第二話 よ、よーし、試作をはじめよう! まずは何から作るかなーっと! 単純作業を任せられるって頼りになるなあ!
「アイヲンモール異世界店、売上アップの最初のウリは、中食だ!」
三人の反応はない。
クロエを見る。
「ウ、ウリ、なかを性的に食べる……だと……? つまりナオヤどころかお客さまに私のなかを性的に食べさせると! 入れ替わり立ち替わり不特定多数の男たちが、わた、わたしのなかを食べ! くっ、殺せ!」
「誰が性的って言った。そういうことじゃないから。いままでよく店長やれてたな!」
頬を赤らめてくねくねするクロエに冷たく言い放つ。
バルベラを見る。
「……中食?」
キョトンとした顔で小首を傾げるバルベラ。
見た目10歳の女の子の純粋な仕草はかわい——騙されるな俺。バルベラはあれで140歳だ。幼女でも女児でも女子でもない。子ドラゴンだ。
アンナさんを見る。
「中を食べる……わ、わかりました! その、私の内臓でよかったら……私はリッチですから内臓がなくなっても復活しますし! で、でも、あんまり痛くしないでくださいね?」
「いやそういうことでもないですから。あと復活するんですねさすがリッチ」
ぎゅっと手を握って覚悟した様子のアンナさんを突き放す。
人の内臓を食うってグロすぎる! 異世界の発想怖い!
「あー、中食の説明をしなきゃダメみたいだな。『外食』は通じるか?」
「外食ということは、外で食べるんだな? 野外訓練か?」
「……狩り?」
「えっと、日常でしょうか。私が前に住んでいた場所は、壊れて屋根がありませんでしたし……」
「全員ハズレです! 街には食事処があったんだしわかるでしょ!」
ここは『外食という概念が存在しない退屈な世界』なわけじゃない。というか街には食事処も酒場もあったし屋台もあった。
『外食』って単語が定着してないか、翻訳指輪が仕事してないだけだろう。
アンナさんの不憫な住居のことはスルーして話を続ける。
「材料を買ってきて、家で料理して食べるのが内食。食事処や酒場なんかで食べるのが外食。その中間を中食と呼ぶんだ」
「な、なんだ、中間の『中』か。はは、そうだな、わかっていたともははは」
卑猥な想像をしていたクロエが乾いた笑い声をあげる。
俺は優しくスルーした。
「屋台で買って、家に持ち帰って食べることはあるだろ? そういうものだと思ってくれればいい。『中食』にはいろいろあるけど、いまはそれだけでいいから」
「なるほど、わかりましたナオヤさん! ということは、このお肉を調理して売るんですね?」
アンナさんはわかってくれたらしい。
バルベラの目は肉に釘付けだ。あとクロエも。
「でもナオヤさん、何を作るんですか? 私は簡単な料理しかできませんけど……」
「何を言ってるんだアンナ! 肉だぞ肉! 焼けばいいだろう!」
「……生?」
もうあれだ、クロエとバルベラは黙っておこうな。
いやだめだ、店舗一丸にならなきゃ月間売上一億円は達成できない。
クロエにもバルベラにも理解させないと…………あとにしよう。
「仕込みに時間がかかる料理もあるけど、調理自体は簡単なものにする。中学から爺ちゃん婆ちゃんの晩ご飯を担当して、就職してからは試食のおばちゃんとパートのおばちゃんたちに鍛えられた俺に任せろ!」
「おおっ! ナオヤ、焼き加減は任せたぞ!」
「ありがとうクロエ。でも肉料理は焼くだけじゃないから!」
「……おなかすいた」
「ステイ! バルベラ、ステイして! 人化してる時に生肉を食べちゃいけません! ドラゴンなんだし大丈夫だろうけど見た目的に!」
「ナオヤさん、手伝いますね。私と、このスケルトンたちも一緒に」
「えーっと、クロエとアンナさんはレジを任せていいですか? 夕方のピークは俺が戦力にならないんで」
アンナさんの申し出を断って、違う仕事をお願いする。
俺がこの調理場を使うのは初めてだし、異世界の肉を料理するのも初めてだ。
たぶん、試作には時間がかかるだろう。
「わかりました。ではスケルトンたちだけ置いていきますね。ナオヤさんの言うことを聞きますから、自由に使ってください」
「ありがとうございます。あっさり受け入れる自分が怖い。すっかり異世界に馴染んでる」
「ナオヤ、では楽しみにしておくぞ! いいか、肉を焦がしても捨てないように! 削ぎ落とせば食べられるからな!」
「だから焼かないって。あー、そうだクロエ」
調理場を出ていこうとしたクロエを呼び止める。
つられて、バルベラの手を引いていたアンナさんも止まる。
「肉に『浄化』をかけてもらっていいか? あと人にもかけられるんなら俺にも」
いくら試作でお客さまに売るものじゃないとはいえ、衛生管理は大切だ。
『浄化』を使えば虫を取り除けるらしいし、クロエにお願いしてみる。
試作ついでのテストみたいなもんだ。
「ナ、ナオヤが私に頼み事を……任せろナオヤ! 私はポンコツ騎士じゃなくて『聖騎士』だからな! 肉とナオヤどころか、部屋ごと浄化してやろう! 『浄化』!」
「あっ! クロエさん、待ってください!」
止めようとしたアンナの言葉もむなしく、クロエの手が光り輝く。
そのまま、光が調理場全体に広がった。
「そういえば魔法をちゃんと見るのは初めてだなあ。虫だけじゃなくて人ごと調理場を『浄化』できるって万能すぎる。虫のほかに何に『浄化』が効くん——」
カチャカチャ音がする。
振り返った俺の目に、焦るアンナさんと小さな骨がポロポロ崩れ落ちるエプロン付きスケルトンたちが目に入る。
「みんな、気を強くもって! 魂をこの場に留めるのです!」
「へえアンデッドにも効くんですね! 『聖騎士』の『浄化』ですもんね!っておいいいいい! 貴重な労働力が!」
骨を震わせてアンナさんにしがみつくスケルトンたち。
『浄化』は虫のほかに、アンデッドや悪しきものにも効くらしい。アンナさんは平気みたいだけど。
「す、すまないアンナ! つい勢いで!」
「大丈夫ですクロエさん。みんななんとか耐えきったみたいです。隊長や警備のスケルトン部隊には効かないんですけど」
「なんか不穏な言葉が聞こえてきた。うすうす思ってたけど、あの鎧を着たスケルトンたちはやっぱり単なるスケルトンじゃないっぽい。上位種とか強いタイプっぽい」
だってエプロン付きの清掃担当スケルトンたちと違って、明らかに強そうだし統率とれてたし。外でモンスターを撃退してるらしいし。
「いやでもこっちのスケルトンも指示を聞いて実行する能力はあるわけで……あれ? こっちもただのスケルトンじゃない? 実は高性能?」
アンナさんを見る。
アンナさんはニッコリ笑って、「みんな、ナオヤさんの言うことを聞くんですよ」って言い残して調理場を出ていった。
アンナさんに謝りながらクロエも、くっついてバルベラも。
残されたのは、俺とエプロン付きスケルトンたちだけだ。
「えーっと……」
さっき『浄化』でダメージを受けたはずなのに、いつの間にか元通りになってるスケルトンたち。
指示を待つように、じっと俺を見つめてくる。
「考えちゃダメだ。そうだ、スケルトンたちは立派な労働力だ。アンナさん一人の人件費で働いてくれる立派すぎる労働力だ」
自分に言い聞かせる。
壁からひょっこり黒いモヤ、ゴーストが顔を出して覗いている。
「よ、よーし、試作をはじめよう! まずは何から作るかなーっと! 単純作業を任せられるって頼りになるなあ!」
アイヲンモール異世界店はアンデッドの巣窟かよ!
俺、店長として従業員を扱いきれるか不安になってきた。
エルフとドラゴンとリッチとスケルトンとゴーストを。
……あれ? ひょっとして、従業員で人間って俺だけ?
…………クロエ! クロエはエルフできっと人間にカウントしてOKなはず!