第十三話 俺が店長で責任者のアイヲンモール異世界店で、月間売上一億円分、それ以上に、異世界の人たちに満足してもらう
「俺は小さい頃に交通事故で両親を亡くして、爺ちゃん婆ちゃんに引き取られたんだ」
俺、クロエ、アンナさん、バルベラ。
輪切りの丸太イスに座って、たき火を囲んでいる。
いきなり昔話をはじめても、三人は黙って聞いてくれた。バルベラはちょっと眠そうだ。え、いまいいとこなんだけど。
とりあえず無視して続ける。
「その頃の春日野は田舎だったし、爺ちゃん婆ちゃんは『いきなり育てることになった孫』にどうしたらいいかわからなかったんだと思う。当たり前だけど、当時の俺とは歳が離れてたしね」
「歳が離れてた……デュポワ一族である私の祖父母となると300歳を超えているな。それ以上か?」
「離れすぎだろ! 俺普通の人間だしそこまで歳は離れてないから! クロエは見た目通り18歳でもエルフはやっぱり寿命が長いんだな!」
「ナオヤさんは人族で、そのナオヤさんがまだ小さかった頃の祖父母……18歳で子供を生んで、その子がまた18歳で生んだとして、祖父母は40歳ぐらいでしょうか?」
「今度は離れてなさすぎ! さすが異世界、子供を生むのがずいぶん早いですね! 爺ちゃん婆ちゃんが若い!」
「……2000歳?」
「はいケタ違いきました! バルベラは140歳だけど見た目10歳って、ドラゴンは何歳で大人になるのかな? というか幻想種のドラゴンに『家族』って存在するの?」
常識が違いすぎる。
異世界では気軽に昔話もできないらしい。
「とにかく! その頃の爺ちゃん婆ちゃんは60歳すぎで! まだ5歳だった俺を引き取ったけど、どんな風に接したらいいかわからなくて! 俺もまだショックが癒えてなくて!」
あの頃のことはなんとなく覚えてる。
婆ちゃんと手を繋いで、爺ちゃんにガシガシ頭を撫でられたこと。
食事のたびに「うまいか?」と爺ちゃんが聞いてきたこと。
でもやけに豪華な食事ばっかりだったのに、味は覚えてない。
俺は返事をしないで、爺ちゃん婆ちゃんが困った顔をしたことも覚えてる。
「何ヶ月かそんな感じだったらしいんだけど、ある日、爺ちゃん婆ちゃんが連れてってくれたんだ。春日野に新しい店ができたって」
爺ちゃんの古いセダンに乗って行った先は、オープンしたばかりの店だった。
「ナオヤ、それはひょっとして」
「ああ、クロエ。アイヲンモール春日野店だ。アイヲンに入って俺が配属されたのは、地元の春日野店だったんだ」
それも人事部の伊織さんあたりの差し金らしいけど、いまはいい。
いまでも覚えてる。
田んぼに挟まれた国道を行った先、遠くに見えた巨大な建物。
春日野は郊外で、国道ぞいにはいくつか大型店があったけど、それさえ小さく思えるほどのデカい建物と広い敷地。
爺ちゃんと婆ちゃんは「ナオヤはあんぐり口を開けてた」って何年経ってもおもしろがってたっけ。
「初めて行ったアイヲンモール春日野店は、すごかった。駐車場には見たことないほど車が止まってて、お祭りかってほど人がいて」
「お祭り……アイヲンモールに……な、何人ぐらいだったんだナオヤ? 100人? ま、まさか200人ということはないよな?」
「ははっ。クロエ、ケタが違うぞ。アイヲンモールは年間来客数1000万人を超える店舗も多いんだ。日本最大級の広さの『アイヲンタウン』なんか年間5000万人を超えるんだぞ?」
「ごっ、ごせん、まん……!? ナ、ナオヤ、ウソだろう? そんなに人がいるわけないじゃないか! まったくナオヤは冗談が下手だな!」
「たぶん人口が違うしなあ。移動手段も違うから、気軽に来られる人の数も違うだろうし」
「1000万、いえ、5000万……大小問わずにこのあたりの命の数を数えれば」
「アンナさん、なんか不穏だから止めてくれません? リッチが『命の数』って言い出すと怖すぎるんですけど」
俺が店長になってから四日間、アイヲンモール異世界店の来客数は合計で156人だ。
ケタが違いすぎてクロエもアンナさんも信じられないんだろう。バルベラはウトウトしてた。
「子供の頃の俺も、あんなに人がいることを信じられなかった。でも中に入ったら、アイヲンモールはもっとすごかったんだ」
あまりのデカさにポカンと建物を見上げた俺が、爺ちゃん婆ちゃんに手を引かれてアイヲンモール春日野店の中に入ると。
明るくて、広くて、キレイで、圧倒された。
「映画館、オモチャ屋、本屋、ゲームセンター、服屋、家具に家電に食品にレストランにフードコート、なんでもあった。本当に、『あ』から『ん』まで、アイヲンモールにはなんでも揃ってたんだ」
アイヲンモール異世界店はまだスーパーの一部しか営業していない。スーパーの一部どころか生鮮食品の一部で、野菜だけ。
クロエとアンナさんは、俺の説明で想像してるみたいだ。バルベラは起きた。
「すべてがキラキラしてるように見えて、『あれはなに? あれは?』って興奮して聞きまくったのを覚えてる。それに、爺ちゃんと婆ちゃんがどこかホッとしてうれしそうだったのも覚えてる」
とつぜん育てることになった孫で、爺ちゃんたちはいまいち接し方がわからなかったんだろう。
でも近くのアイヲンモールに連れていったら喜んでくれた。
ホッとする気持ちも、いまならわかる気がする。
「……アイヲンモールは、すごいんだな」
「ああ、すごいんだぞクロエ。広さや店舗次第だけど、一店舗あたりの年間売上は300億円を超える店もあるしな。テナントだらけだから『売上』をどうカウントするかって問題はあるけど」
「さ、さんびゃく、おくだと……? アイヲンモールはバケモノかッ!」
「どちらかと言うと一角ウサギがバケモノだな。あとドラゴンとリッチとスケルトンとゴーストもバケモノだな。ウチの従業員バケモノ多いなおい!」
「一日あたり8000万円ちょっとですか。異世界店の目標の月間売上一億円を、一日と少しで達成するんですね」
「それだけじゃない。テナントも含めれば、アイヲンモールの従業員は一店舗で1,000人を超える。2,000人前後の店舗が多いかなあ」
「に、にせん!? ウソだろナオヤ? 里のエルフよりも多いぞ!」
「あ、エルフは少なめなんだ。その辺はイメージ通りっぽい」
「従業員で2,000人ほどですか。アイヲンモール異世界店では私たち4人、それと私のスケルトン部隊とゴーストたち、それに」
「待ってアンナさん。骨と幽霊以外にまだ何かいるんですか? ねえそれ俺に教えておいてくれません? 夜中にバッタリ遭遇したらチビるんですけど。いやチビらないけど。ビビるだけだけど」
クロエもアンナさんも、日本のアイヲンモールの規模感に驚いてる。
建物だけが立派だったアイヲンモール異世界店からは想像できなかったんだろう。あ、バルベラの目が閉じそう。
「たくさん従業員を雇う、つまり働き口がある。何が売ってるだろうって期待感と、ここに来ればなんでも揃うって安心感と、見つけた時の充足感と、また行きたいって満足感。それが、日本のアイヲンモールの売上と来客数になってるんだと思う」
俺の言葉に、前店長だったクロエは肩を落とす。
きっと、アイヲンモール異世界店はそんな風になってないって思ったんだろう。
「子供だった俺にとって、アイヲンモールはすごくて、楽しくて、キラキラしてて、爺ちゃん婆ちゃんに『行くか?』って聞かれたらワクワクした」
小学校の頃も、中学生や高校生になってもそうだった。
中高生になると友達と行くこともあって、やっぱり楽しかった。デート? よくわかりません。
大学になると都会に出て遊ぶことが多かったけど。
「だから俺は、株式会社アイヲンに就職したんだ。商いがしたい。俺が憧れたアイヲンモールを、その魅力を、まだ知らない人に伝えるために。ド田舎や離島、海外もいいなあって」
そうだ。
だから俺は、株式会社アイヲンを志望して就職した。
だから俺は、採用試験の最終面接で『異世界に行って、アイヲンモールの魅力を伝えるべく商いする。ええ、おもしろそうです!』って答えた。
だから俺は——
「アイヲンモールに夢と希望を感じていただいて、お客さま……異世界の人たちを、ワクワクさせたいんだ」
街を見てからずっと抱えてたモヤモヤがスッキリした。
いや。
たぶん、この世界に来てからずっと感じてたモヤモヤだ。
いきなり俺を異世界に送り込んだアイヲン。
俺は「店長なんだ、責任者なんだ」と思っても、どこか騙された気持ちが抜けなかった。
おかげでモヤッとしてるんだと思ってたけど、違う。
「俺が店長で責任者のアイヲンモール異世界店で、月間売上一億円分、それ以上に、異世界の人たちに満足してもらう」
売上はお客さまが満足した証だ。
キレイごとに聞こえるけど、小売業にとってはキレイごとじゃない。
そうじゃなきゃ初めて来たお客さまはお金を使わないし、また来ることもないから。
月間一億円の売上をあげなきゃ帰れなくなるかもってネガティブな理由じゃなくて。
「一億円分も満足してもらえたら、きっと街だって変わる。アイヲンモール春日野店とその周辺が、そうだったように」
ギュッと拳を握る。
顔を上げる。
「俺が、ワクワクしたように。この世界の人にも、ワクワクしてほしい」
クロエがキラキラした目で見つめてくる。
アンナさんは微笑んで、バルベラはトロンとした目で俺を見る。
「よし。やる気出てきた! やっと店長だって自覚してきた!」
三人から「いまさらかよ」ってツッコミはない。
まだ店長になって四日目が終わったところだし!
いきなり異世界で、驚くことがありすぎてそれどころじゃなかったし!
それに、街の視察もまだちょっとしか行ってない。
「おおっ! ナオヤ、私もやるぞ! もうポンコツ騎士とは呼ばせない! それでナオヤ、明日から何を売るんだ? 私は何をすればいい!?」
「……それはこのあと考えるということで」
俺が店長になってから四日目の営業を終えた、アイヲンモール異世界店の屋上。
たき火を囲んで夜がすぎていく。
…………とりあえず、商品考えなきゃ。
※この物語はフィクションであり、
実在するいかなる企業・いかなるショッピングモールとも一切関係がありません。
とうぜん今話の各種数字も架空のものです。