第十二話 なにしろ『あ』から『ん』まですべてが揃って『愛』がある、ですから
アイヲンモール異世界店の屋上。
屋上駐車場なのにキャンプ場みたいになった場所で、俺たちは食後のお茶を飲んでいた。
……なんかマジでキャンプか野営っぽいんですけど。
ちなみにお茶は、アンナさんが淹れてくれたこの世界のものだ。心を落ち着かせる薬草茶らしい。
「そういえばアンナさんって、どうやって日本語を勉強したんですか? クロエからかなり読めるようになったって聞いたんですけど」
「そうだナオヤ! アンナはすごいんだぞ!」
「どうやって、ですか? 乙女の秘密です」
「おとめ。そりゃ21歳だけどそれは享年でアンナさんはアンデッドでそれから何年経ってる——」
「ナオヤさん? 何か言いたいことでも?」
「あ、いえ、なんでもないですはい」
ニッコリと笑顔のアンナさんに思わず尻込みする俺。
ほんと、アイヲンモール異世界店の従業員は三人ともクセが強い。
「ふふ。ナオヤさん、カギはコレです」
そう言って、アンナさんは俺に手の甲を見せる。
肌はすべすべで色白で、色白というかちょっと青みがかってるように見えてさすがアンデッド、じゃなくて。
「ナオヤさんもつけているでしょう?」
「つけて……? ああ、翻訳指輪!」
「そうです。私はひらがなの読み方を教わって、国語の教科書をもらいました。何度も読み上げて正しい音にすれば、だいたいの意味は読み取れます」
「え? でも、翻訳指輪って相手が話した内容が通じるだけで、自分が口にするだけでもイケるんですか?」
「完璧ではありません。でも、わかるまで繰り返せばいいんです。この方法なら、教える人がいなくても勉強できます」
「ほんとアイヲンがすみません。独学じゃ大変でしたよね? わかるまで繰り返すって時間もかかるような」
「大丈夫ですよナオヤさん。私は疲れを知らず、睡眠も必要ないアンデッドですから。24時間戦えるんです!」
アンナさんはアンデッド、それも『死者の王』とも呼ばれるリッチだ。
さっき聞いた話では食事も、いまの話では睡眠も必要ないらしい。
しかもスケルトン部隊とゴーストが配下だと。
アンナさんを雇えば24時間勤務が可能で労働力もついてくると。
「ブラック企業が泣いて喜びそう。あ、アイヲンがめっちゃ活用してたわ。スケルトン部隊は警備に清掃、ゴーストは監視にめっちゃ活用してたわ。ほんとすみません」
「いいんですよナオヤさん。おかげで私はいろんな知識を学べましたから。魔法が存在しない世界の学問はすごくおもしろいです」
「は、はあ、そうですか。なんか研究してるって言ってたし、学者肌ってヤツなんですね。ずいぶん青白いけど」
「そうだナオヤ! アンナはすごいんだぞ!」
「あーうん、わかった。俺も理解した。仕事に必要ないことを独学で勉強するって俺にはムリだ」
「私にもムリだな!」
「堂々と言うな前店長。でもクロエも日本語は少し読めるらしいし営業に必要な数字は出せるし、その辺は勉強したのか?」
「ああ、アンナに手伝ってもらったんだ!」
「二人ともすごいなあ。俺もがんばらないと……ってバルベラは?」
「……運ぶ。狩り」
「なるほどバルベラは力仕事担当だと。見た目10歳の女の子なのにな!」
「……食べる」
「それは仕事じゃないから! まあ参考にするために、いろいろ食べた時の感想は聞きたいけど」
「そうなのか!? 肉のことならいつでも私に相談してくれ!」
「だから野菜食えエルフ! いまアイヲンモールで野菜売ってるだろ!」
なんか、四人で話してるとだいたい突っ込んでる気がする。
それはそれで楽しいんだけど、いまのままじゃいられないわけで。
月間売上一億円の目標を達成しなければ、アイヲンモール異世界店は潰れてしまう。
店長としての責任は重い。
「それでナオヤさん、初めて見た街はどうでしたか?」
アンナさんとバルベラに留守番を任せて、俺は異世界の街に視察に行った。
アンナさんはニコニコと笑顔で感想を聞いてきた。
「いやあ、想像以上になにもかも違いましたね。日本には魔法がないしモンスターもいないし、当然なんでしょうけど」
一角ウサギの子供は俺たちを襲ってきて、斬り捨てたクロエの剣は木剣だった。
交通手段は馬か徒歩で車はなく、保管や臭い消しの魔道具があった。
「店や市場は……どうでしょうか。活気がないわけじゃないんですけど、うーん、なんて言ったらいいのか」
「ナオヤ、よくわからないぞ! ほかにどこか見たい場所でもあったか? はっ! まさかナオヤは娼館に! しかも私に案内させて仔兎の肉で精を付けたナオヤはそのまま私も部屋に連れ込んで娼婦と二人掛かりで私を! くっ、殺せ!」
「発想が飛躍しすぎだろ。これたぶんご両親のせいじゃないわ。クロエの妄想癖がヒドいだけだわ」
「ふふ。お二人はなんだか仲良くなったみたいですね」
俺とクロエのやり取りを見て、アンナさんはクスクス笑う。
バルベラはちょっと眠そうにまぶたをこすってる。
「商人ギルドのギルド長、市場の店員、食事処の人たち、それに街を歩いていた人たち。みんな普通なんですよね。暗かったり落ち込んでるわけじゃないんですけど。ガレット売りの少女とそのお母さん以外は」
「普通でなにか問題でもあるのか? 私にはわからないんだが。アンナはどうだ?」
「さあ、どうでしょう。私は最近街に行ってませんし」
「覇気がない、あんまり活気がないって言うと大げさなんですけど。楽しそうじゃない、普通、ニュートラルというか。ただ毎日を過ごしてるというか。モンスターがいる世界で、それはいいことなんでしょうけど」
「なんとなく、ナオヤさんの言いたいことがわかりました」
「おおっ、さすがアンナだ! それで、どういうことだ?」
「ナオヤさん、『夢や希望が足りない』と感じたんじゃないでしょうか? ……でも、諦めや絶望も足りないようですけど」
「そう、それです! さすがアンナさん! なんと言うか、みんなワクワクしてないんですよ! あとアンナさんが『諦めや絶望も足りない』って言うと違う意味に聞こえますね!」
「ふふ、ありがとうございます」
「いや褒めてないし! アンデッド、しかもリッチって諦めや絶望が好きそうですねってイメージしただけで!」
街には雰囲気があると思う。
活気がある、さびれた、楽しげな、暗い、騒がしい、静かな……街によってさまざまな雰囲気が。
でも最寄りの街に行ったとき、いろいろ驚いたのは確かだけど、活気というかエネルギーというか、そういうものは感じなかった。
「ナオヤ、それがどうかしたのか? 日々を生きているわけで、問題ないんじゃないか?」
「ああ、まあ普通に暮らすにはそうだけどな。でも俺たちは、アイヲンモール異世界店の従業員だ」
「なるほど、将来に希望が持てないとお金は貯蓄にまわり、消費に向かいにくい。つまりアイヲンモール異世界店の売上が伸びないということですね?」
「アンナさんの理解力がヤバい! 本読んで独学しただけでおかしなレベルになってますから! いえ、その通りかもしれませんけど、そこまで言いたかったわけじゃなくてですね……」
俺のモヤッとした感覚を理解しただけじゃなく、あっさり言い放ったアンナさんにビビる。
前店長はクロエじゃなくてアンナさんに任せればよかったんじゃ、とも思うけどまあクロエは国から派遣されてるわけで。
それにいまは俺が店長だし。
「アイヲンモールに夢と希望を感じて、お客さまにワクワクしてもらいたいんです。アイヲンモールにいる時だけじゃなくて、来る前、帰った後、日常でも。なにしろ『あ』から『ん』まですべてが揃って『愛』がある、ですから」
アンナさんもバルベラもクロエもキョトンとしている。
いまの俺の言葉だけじゃわからなかったらしい。
そりゃそうだ、三人は日本のアイヲンモールを知らないから。
だから、俺は語りはじめた。
日本にいた頃の、俺の昔話を。
ひょっとしたら、帰り道でクロエの過去を聞いたことも影響してたのかもしれない。