第十一話 落ち着け俺。ここは異世界だ。この店は日本のアイヲンモールじゃなくてアイヲンモール異世界店だ。この程度なら普通だろ。許容範囲だろ
俺が店長になってから四日目のアイヲンモール異世界店。
閉店業務を終えた俺は、テナントスペースのエスカレーターを上がっていく。
営業してないエリアのエスカレーターは動かしてない。だから階段として上がっていく。
三階まで上がって、さらに上へ。
俺が向かったのは屋上だ。
「そういえばこのエスカレーターを上がるのは初めてか。……うわあ」
エスカレーターを上りきった場所には出入り口がある。
屋上駐車場へ出る、屋根付きのちょっとした空間。
普通のアイヲンモールなら休憩用のソファや自動販売機があるそこには、いろんなものが置かれていた。
「石? それに流木? こっちはボロ布で……これ、ウロコじゃ」
インテリアや装飾にしては統一感がない。
まるで「子供の宝物」みたいに、そこらで拾ってきたような物が並んでる。
キラキラした石、角がない丸い石、黒いスジが入った岩、皮がはげて白っぽい木、野ざらしになってたのか汚れた布、何かの生き物のウロコ。
どれも「子供の宝物」にしてはデカい。石は1mぐらいあるし。
少なくともポケットには入らないだろう。
「というかこの赤いウロコはバルベラのだろ! そりゃアンナさんが『いつも余るぐらいですよ』って言うはずだわ!」
無造作に重なる数枚のウロコから、一枚を手に取ってみる。
だいたい手のひらよりちょっと大きいぐらい。生えてた場所によるのか、ウロコには大小あるみたいだ。
思ったよりも硬くない。いや、硬いんだけどグニッと曲がる。
「硬いけど弾力があるって防具に使えそう。魔力を引き出せて、粉にすれば燃料になるんだっけ……これ、宝の山なんじゃ」
ゴクリと唾を呑み込む。
アイヲンモール異世界店の目標は月間売上一億円なのに日間売上10万円もいかないいま、売れる商品が必要なわけで。
「ま、まあ最終手段だな! アイヲンモールの売り物がモンスターの素材って微妙な気がするから! でも『あ』から『ん』まですべてが揃う『アイヲン』なんだしありなのか……?」
赤いウロコをそっと元の場所に戻す。
月間売上一億円を達成しなきゃいけないのは五ヶ月後だ。
ウロコは従業員の持ち物? 落とし物? なわけで、一億円いきそうになかったら考えよう。
「子供の宝物」が並ぶこの空間は、バルベラが部屋か倉庫として使ってるみたいだ。
アイヲンモール異世界店のスペースなのに。
まあ俺もテナントスペースに住んでるわけだし、他人のことは言えない。
「お疲れさまでーす」
「おおっ、きたかナオヤ!」
「ナオヤさん、ちょうど良かったです。いま焼けるところですよ」
「……おにく!」
バルベラが使ってる空間から外に出ると、すぐそこにクロエとアンナさん、バルベラがいた。
地面に石を積んだかまどで、串に刺した肉を焼いている。
「おっ、いい匂い! やっぱり野外でBBQっていいよなあ! しかも炭火か、わかってる!……じゃなくて! 屋上は火気厳禁とかそういうレベルじゃねえなコレ!」
「どうしたナオヤ?」
「待ってバルベラちゃん、ちゃんと焼いてから食べましょう?」
「……変身する」
「あら、いいの? ドラゴン形態になったらこの量じゃ足りなくないかしら?」
「そうだね仔兎の肉だし量はないもんね! ドラゴンに変化したら一口だよね! そういうことでもなくて!」
俺のノリツッコミにコテンと首を傾げるバルベラ。
クロエもキョトンとして、アンナさんはニコニコしてる。
アイヲンモール異世界店の屋上は、俺がいたアイヲンモール春日野店とは違っていた。
屋上の駐車場も土だった。地上の駐車場と同じく。
屋上まで土を運ぶのって大変、ってそもそも建設に魔法が使われたんだっけ。
でも屋上の駐車場が土なのにエスカレーターやエレベーターの出入り口、それにフードコートの排気口なんかは普通に存在してどこかシュールだ。
ちなみに、地上から屋上へ行くための車用スロープはコンクリートだった。だったら屋上もコンクリにしとけよ。
「落ち着け、落ち着け俺。ここは異世界だ。この店は日本のアイヲンモールじゃなくてアイヲンモール異世界店だ。この程度なら普通だろ。許容範囲だろ」
自分に言い聞かせる。
三人の女子は楽しそうだ。
女子会にしてはずいぶんアウトドアだけど。
俺は、たぶん俺のために空いてた木のイスに座った。
丸太を輪切りにして地面に置いただけのイスに。
大丈夫大丈夫、こういうイスなら日本にもある。
ただちょっとワイルドで、アイヲンモールの屋上にあるのは違和感スゴいだけで。
「よし。受け入れた。ぜんぶ受け入れた。さーて、ウサギ肉は初めてだしどんな味なのかなあっと!」
突っ込んだって意味がないし答えもない。
もう俺にもわかってるので、開き直って楽しむことにする。
アイヲンモールの屋上でBBQできるって楽しそうだし! 日本でもやればいいのになあ! ハハッ!
「はい、焼けましたよバルベラちゃん。これどうぞ」
「これもよさそうだな! さあナオヤ、私が狩った仔兎の肉を味わうといい!」
「あー、ありがとうクロエ」
アンナさんはバルベラに、クロエは俺に串焼きの肉を差し出してくる。
まだじゅうじゅう言ってる肉を、バルベラは気にせずパクッと一口でいった。
「あっ! おいバルベラ!」
「ふふ、心配いりませんよナオヤさん。バルベラちゃんはレッドドラゴンですから」
「……おいしい」
「そりゃドラゴンが『肉が熱い』ぐらいでヤケドするわけないか。はあ……あちッ! あ、おいしい」
一口でいったバルベラとは違って、普通の人間な俺は冷ましてから端をかじる。
人生初のウサギ肉は、柔らかくて臭みも感じなかった。
「鶏肉と豚肉の中間って感じかな。これがウサギ肉、あーっと、一角ウサギってモンスターの肉だし普通のウサギ肉とは違うのかも。でもおいしい。おいしいけど、味付けは塩を振っただけって」
「うむ、仔兎は柔らかくておいしいな! やっぱり肉は素晴らしい!」
「もうちょっと感想あるだろクロエ。そういえば街で山羊肉を食べた時も歯ごたえのことしか言ってなかったな」
「はあ、おいしいです。炭火で炙られた仔兎の肉は外はパリッと中はジューシーで噛むほどに肉の旨みが染み出てきます。体の中に滋養を取り入れて精がつくような……」
「アンデッドって消化吸収できるの? 血肉を作れる? 精がつく? アンナさん、その辺どうなってるんですか? というかわざと言ってますよね?」
「……もうない」
「一角ウサギだけど子供だから普通のウサギサイズだったもんなあ。ほらバルベラ、俺の分をやるから」
「ナ、ナオヤ! 私にはないのかッ!」
「あー、街でほかの肉を買ってくればよかったな。クロエ、ガレットを出してくれ。夕飯が肉ひと口じゃ俺も足りないし」
仔兎はおいしかったけど、四人で食べたらあっという間だ。
ほかに用意してないみたいだし、ポーチからガレットを出してもらうようクロエに頼む。
「クロエ、ジャムもな。アンナさんとバルベラもよかったらどうぞ。街へ行ってきたお土産です」
「まあ! ありがとうございます、ナオヤさん」
「……おいしい?」
「さあ、ドラゴンの口に合うかなあ」
クロエはもぐもぐ口を動かしながら、腰のポーチからガレットを出していく。
空いてた木のイスの上に直置きするあたり、この世界の衛生観念は怪しい。いやクロエはきっと置いたあとに『浄化』すればいいとでも思ってるんだろう。異世界怖い。
「四人分の夕飯って考えたら足りないか?」
「あの、ナオヤさん。バルベラちゃんはドラゴンで幻想種ですから、魔力さえあれば食事はしなくてもいいんです。それに私もアンデッドなので食べなくても……」
「え? でもいま二人ともウサギ肉を食べてましたよね? 前にポトフを作った時も」
「味はわかりますから、食事は趣味のようなものです。ですから、ガレットも一枚いただければ充分で」
「あ、そういう感じなんですね。いや一枚ずつしか買ってきてないわけじゃないんで遠慮せ」
「……甘い! もっと!」
「言われる前にガレットをおかわりしてるし! よーしよし、よく食べて大きくなるんだぞー」
「……もう大きい。見る?」
「いやいいから! バルベラのドラゴン形態が大きいのは知ってるから!」
子供扱いにムッとして変化しようとしたバルベラを止める。
そんな俺たちを見てアンナさんは「仲良しになりましたね」とクスクス笑い、クロエは気にせずガレットに夢中だ。お前は街でさんざん食っただろ。
とりあえず、果実のジャム乗せガレットはバルベラにもアンナさんにも好評だった。
女子会、もとい、俺も参加した食事会は続く。
※あくまでも架空のショッピングモールのお話です!
屋上でも地上でも、BBQ、テールゲートパーティはNGですからね!