第九話 ほら、従業員の正当な評価は店長である俺の仕事だからな! 俺まだ店長になって四日目だけど!
「ガレットか。オヤツ系として甘く、あとは卵やベーコンを乗せて食事系って手もあるな……」
どれもピンと来ない。
日本から持ち込まれた商品を使うと、使い切ったら補充できないし。
やっぱりアイヲンモール異世界店のネックは、日本から仕入れられないことだ。
「街に売ってた物を考えると、合わせるのは果物のジャムかなあ。でもそうなると、あの母娘が売るガレットの方が出来がいいわけで」
風味付けに使う程度ならそうそう品切れしないだろうし、棚で眠ってるシナモンやオレンジピールなんかを——だったらガレットじゃなくて柔らかめのクレープの方が合いそうだ。レシピの意味がない。
それに、工夫したガレットを売っても月間売上の足しにはならないだろう。
売上は増えるかもしれないけど、単価は安いしそもそもアイヲンモール異世界店の来客数は少なすぎるわけで。
来店したお客さま全員に一つずつ売れたとして40個、一つ500円として。それぞれありえない数字で試算しても売上2万円。
「月間売上一億円の目標には雀の涙すぎる。ガレット単体で売ることを考えても意味ないか」
ブツブツ言いながら足を動かす。
あの後、俺とクロエはガレット売りの少女の家に行ってきた。
案内されたのは隣同士がくっついてる建物、アパートの一室だ。アパートは階段が共用で、各階に扉があってそれぞれにひと家族が住んでる感じだった。
女の子は「ウチは招待できるほどキレイじゃ」って言ってたけど、家の中はきちんと掃除されていた。
アパート自体が古くて「不便ですけど家賃が安いんです」って案内された最上階に登るには勇気が必要だったけど。
階段はギシギシ鳴ってたし、ちょっと強い風が吹くとアパートが揺れたし。
「ああ、やっぱり早まったか。でもあの子のお母さん、泣いて感謝してくれたしなあ」
せっかく買ったガレットのレシピを活用するアイデアは思いつかない。
ちょっと後悔したけど、ベッドから体を起こして泣いて喜んでた少女の母親の顔が目に浮かぶ。
本当にありがとうございます、私が病弱なばっかりにこの子に迷惑をかけて、と俺の手を取って。
「ナオヤ、考えごともほどほどにな。いまは街の外なんだ」
クロエに話しかけられてハッと顔を上げる。
母娘の家を出て、俺たちはすぐに街の外に向かった。
俺とクロエは今日の視察を終えて、アイヲンモール異世界店に帰る途中だ。
モンスターが出る異世界の路上で、俺は考えごとをしてたらしい。
「ああ、そうだったな。すまんクロエ」
「まあナオヤは戦えないんだし、モンスターが出たら私に任せてくれればいい!」
「あー、行きは一角ウサギの子供に襲われたっけ」
土の道を踏みしめる。
いろいろ衝撃を受けたせいか、体は行きより重い気がする。
陽はずいぶん傾いて、予定より遅れてるからちょっと急ぐつもりなのに。
「肉になるモンスターなら私は大歓迎だぞ! ナオヤは商売が得意なように! 私は戦闘が得意だからな!」
「おい前店長? 商売がんばれよ、ってがんばってたのは知ってるけど。アイヲンがちゃんと教えなかっただけで」
「ナオヤはすごいんだな! あのゲスが! 商人ギルドのあのゲスなアイツが引き下がるなんて!」
「クロエ、ギルド長はそんなにゲスくなかったからな? 紹介する仕事先はアレだったけど。それに」
「なんだ、ナオヤ?」
「明日から、あの子はどうやってお金を稼いで生活していくつもりなのか……」
「うん? 明日はジャム作りをして、明後日からまたガレットを販売するって言ってただろう? 『レシピは買い取るけど独占販売はしない』ってナオヤが言ってたじゃないか!」
俺の前を歩くクロエが首を傾げる。
そう、俺はガレットのレシピを買い取ったけど、独占する契約にはしなかった。
母親も少女も「これで続けられます」って喜んでくれたけど……。
「ガレットは変わらず販売できる。でも、今後は場所代を払うんだ。稼ぎは目減りするだろ。たっぷり稼げるんならこんなことにならなかったわけで」
「あっ」
「仕事は厳しい、生活は苦しくて、母親は病弱。これからしんどいだろうなあ」
従業員でもないし、俺が心配することじゃないかもしれない。
でも早くに両親を亡くした俺には他人事に思えなかった。
俺の場合は、頼れる爺ちゃんと婆ちゃんがいたけど。
「……ナオヤは、すごいな」
「どうしたクロエ?」
「私はそんなことも気がつかなかった。ナオヤみたいに助けられず力に訴えようとしたしな」
立ち止まったクロエの言葉は、いつもより力がなかった。
背中はどこか寂しそうで。
「あのゲス、いや、ギルド長が言った通り、私は失格エルフで、ポンコツ騎士なのだろう」
うつむいたクロエの表情は見えない。
夕暮れ時の日は傾いて、長い影が道に伸びている。
「物心ついた時から、私はエルフらしくなかった。父様や母様や里のエルフと違って弓は苦手で、妹にもすぐに抜かれてしまった」
「えっと、クロエ? 昔話する感じですか? その、もうすぐ日が落ちるし歩きながらでもいいですかね?」
「ナオヤ、私は騎士の中でも魔法が使える『聖騎士』だ。では、何の魔法が使えるんだと思う?」
「急に振られました。えーっと、『聖』が付くんだし神様に祈る系統の魔法? 神聖魔法的な」
「おおっ、正解だ! ヴェルトゥの里にいた頃から、私が使えたのは神聖魔法だった。里を守る精霊・オンディーヌや精霊たちの力を借りる精霊魔法ではなく、人族の神の神聖魔法だ」
「え、ええー? 信仰してないのに? そんなんあり得るの? 神様適当すぎじゃない?」
異世界が不条理すぎてヤバい。
ゆっくり歩き出したクロエについていきながらビビる。
「でも父様も母様も、こんな私にも優しくしてくれた。『弓も精霊魔法も使えないクロエは里の外に出たらダメだよ』と優しく言い聞かせ、温かく育ててくれた。妹や同年代のみんなが森で狩りをはじめても」
「お、おう。なんかその優しさってニートが育ちそう」
「『里の外にはモンスターがいるんだ。クロエが外に出たら、人型の怖いモンスターに犯されてしまうよ、悪いニンゲンに襲われてしまうよ』と、外に出たがる私に言い聞かせてくれた」
「変な発言の原因それか! なに教えてんだよご両親! 注意としては正しいのかもしれないけどさあ!」
ここにはいないクロエの両親に突っ込む。俺のツッコミは届かない。クロエにも届かない。
「里のみんなは優しかった。けど、どこか居心地が悪かったんだ。みんなと違って、私は何もしなくても生きていける。でもそれでいいのかって」
「あー、それはなんかわかる気がする。俺の場合は爺ちゃん婆ちゃんががんばってて、でも俺は何もできなくて、だから料理や家事をするようになったんだし。だからほら、クロエだって弓と精霊魔法が使えなくても」
「私は家出した」
「飛躍しすぎ! そうだねクロエさんは家出娘でしたね!」
「私にだって何かできるはずだと。『クロエは弓が苦手だから』と父様からいただいた精霊剣エペデュポワと、父様のポーチを黙ってこっそり持っ……書き置きを残して」
「ポーチのくだりは聞きたくなかったです。家族同士なら窃盗にはならない。ならないはずだ。ならないと思う。ならないんじゃないかなあ。でもなあ」
「もしモンスターや悪いニンゲンに捕まって父様が言う通り犯されるなら、その前に殺されるか自死しようと思って外に出たんだ」
「『くっ、殺せ!』って言う理由もわかりました。いや襲わないし犯さないから!」
「里の外のモンスターはこの精霊剣で倒せた。怪我をしても私には神聖魔法があった。人里にたどり着き、冒険者として活動して、スカウトされ学園に入学し卒業後は騎士になり」
遠くにアイヲンモール異世界店が見えてきた。
それでクロエはダイジェストでお送りしたわけじゃないだろうけど。
「だが……どれだけ努力しても、弓と精霊魔法が使えない私は『失格エルフ』であることに変わりはない。それに『ポンコツ騎士』と呼ばれるようになった」
クロエがまた立ち止まった。
気にしてないように見えて気にしてたらしい。
「そして私は、初めて、生まれて初めて長となった。アイヲンモール異世界店の店長に」
夕陽に照らされたアイヲンモール異世界店を見つめるクロエ。
俺には、クロエが泣き出す直前の子供に見えた。
「初めての長として努力して、がんばってきたんだが……売上は……ナオヤも知っての通りだ」
クロエがうつむく。
口をへの字にして。異世界だと何の字って言うのかは知らない。
「なあナオヤ。やっぱり私はポンコツなんだろうか。いやいい、自分でも答えはわかってるんだ」
キリッとした美人で、抜けてるところがあって、でもいつもハキハキしてたクロエ。
そのクロエが、自嘲気味に笑う。
「私では売上をあげられなかった。私ではあの少女を助けられなかった。……ナオヤは、すごいんだな」
「いやすごくないから。売上あがったって6万とか8万の話だし。月間売上一億円いくには日間334万円必要だし。それに」
立ち止まったクロエの肩に手を置く。
クロエの鎧がガシャッと鳴る。
「アイヲンモールが何なのかわからないのに、営業できてたクロエの方がすごい。だいたいちゃんと教えてないアイヲンが悪いんだって! いきなりやらせて指導なしって無理に決まってるだろアイヲン!」
「だ、だがナオヤ、短時間だが私は教えられて! それに分厚いマニュアルも受け取って!」
「あ、いちおうレクチャーはあったんだ。それにマニュアル……マニュアル? すごくイヤな予感がするのですが、クロエさん、それは何語で書かれたマニュアルでしょうか?」
「すまないナオヤ。私は日本語で書かれたマニュアルをほとんど読めなくて……かなり読めるようになったアンナに教わってるのだが……」
「アイヲンひどすぎるだろおいいいいい! 支度金ありがとうって思った俺の気持ちを返せ! それでPOSが使えるわけないじゃん! 持ってきた商品のパッケージも読めなくて売れるわけないじゃん!」
「ナ、ナオヤ?」
「あー、クロエは悪くないわ。この状態で一部営業できてたって、ポンコツどころかハイスペックすぎる」
「その、ナオヤ、そんな優しい言葉をかけて、わた、私の肩に手を置いて、わわわ私はそれで好きになっちゃうような簡単な女じゃないぞ? 口だけならなんとでも言えるしな!」
「はいはい。んじゃクロエがポンコツじゃないってところは、今後のアイヲンモール異世界店での働きっぷりと売上で見せてやろう。クロエ自身と、クロエにそんなこと言ったヤツらに!」
肩に置いた手を離して、背中をポンと叩く。鎧でガシャッて鳴ったけど。鎧があるからセクハラじゃない。きっとセクハラにはならない。
「明日から頼むぞクロエ! さーて、店長として売上あげる作戦をちゃんと考えないとな!」
「ナ、ナオヤ……」
「ほら、従業員の正当な評価は店長である俺の仕事だからな! 俺まだ店長になって四日目だけど!」
クロエの返事はない。
覗き込んだら、クロエはくしゃっと泣き笑いしてた。
「……ああ。よろしく、店長」
絞り出すように言って、クロエはスタスタ歩き出した。
俺に顔を見せないように、みたいに。
クロエの気持ちを察して俺は少し後ろを歩く。
夕陽に照らされたアイヲンモール異世界店に向かって。
ところで。
さっきは流したけど、アンナさん『かなり日本語読めるようになった』ってどういうことだよ!
ウチの従業員たちがハイスペックすぎてヤバいです!