第四話 安心しろナオヤ! 私はただの『騎士』ではなく、魔法が使える『聖騎士』だ! 『浄化』の魔法をかければ食料につく虫など一発だぞ!
「さあナオヤ、ここが街一番の市場だ! なんと、冬場以外はいつも開いてるんだぞ!」
「毎日営業してる市場があって業者以外も買い物できると。アイヲンモール異世界店の毎日営業はウリにならないってことか」
肉屋をあとにした俺は、クロエにお願いして街の市場に連れてきてもらった。
市場は二つの大通りが交わる広場の横、街の中心部にあった。
だいたいは布を張った屋台が並ぶ青空市場で、一部のお店は建物内にあるみたいだ。
表の青空市場には、さまざまな物が並んでいた。
「野菜はウチが売ってる種類とほとんど一緒か。むしろこっちの方が果物もあって充実してる」
「この辺では果物が採れる季節は短いし、種類も量もわずかだからな! ここにある果物は離れた街から運んできた物だぞ!」
「アイヲンモール異世界店は近所の農家さんとしか取引ないからなあ。流通はそれなりにあって、いまのところ街の方が充実してると。でもクロエ、みんな魔道具を使ってないように見えるんだが」
「ナオヤ、魔道具は高価なんだ。だから私はあの肉屋を行きつけにしている。お肉は獲りたて捌きたてが一番なんだぞ!」
「どこの店にもあるわけじゃないのか。よしよしよし」
「どうしたナオヤ?」
「保存方法も保管スペースも、生鮮食品を売るには頭を悩ませるところだからな。アイヲンモール異世界店の冷凍庫と冷蔵庫は強みになりそうだ」
「そ、そうか」
「あとクロエ、肉も魚も新鮮じゃない方がおいしいモノもある。適切な処理と保管がされていれば、だけどな」
「ははっ、ナオヤ、冗談だろう? そりゃあ私だっておいしい腸詰めや薫製、干し肉も食べたことはある。だが獲れたてに勝るものはない!」
「肉にこだわるエルフってなんだろ。いや森の住人なんだし狩猟はするはずで……まあいっか。クロエ、んじゃいつかおいしい『新鮮じゃない肉』を食わせてやろう」
「本当か? 本当だなナオヤ! 約束したからな!」
「わかったわかった」
「はっ! ままま待てナオヤ、対価はなんだ? まさか私が食べたことのないおいしい肉を見せつけて! 『これを食べたければ……わかってるな?』と私に体で支払わせようと! くっ、なんて巧妙な罠を!」
「ないから。売れるかもしれないし味見させるだけだから」
クロエと話しながら、俺は市場を見てまわる。
ごちゃごちゃして先が見通せないから大きな市場だと錯覚するけど、実際はそんなに広くないだろう。
広さだけで言ったらアイヲンモール異世界店のスーパーの方が広い。営業してないスペースもあわせればだけど。
売ってる物はさまざまだ。
野菜、果物、魚など海産物の干物っぽいヤツ、干し肉に薫製肉、香辛料と香辛料がわりのハーブ。
中古の服や木のカゴ、毛皮や革ヒモなんかの革製品も売ってる。
入り口が大きく開いた建物の中の店では、桶の中に魚が泳いでいた。川魚らしい。
建物の中には肉屋もあった。肉は切り分けられてなくてだいぶ原型を保ってる。
行きにクロエが倒した一角ウサギの成体、イノシシ、ニワトリっぽい肉、鳥は大小にずいぶん差があって、天井から吊り下げられた牛っぽい動物の肉もあった。くそデカくて牛か牛型モンスターかは不明だ。
「ここでも保管の魔道具は使われてないんだな」
「ナオヤ、ここにはあるぞ? いまは魔道具から取り出して売ってるだけだ!」
「ああ、なるほど。んじゃクロエはなんであの肉屋がお気に入りなんだ? こっちの方が種類が多そうだし、業者じゃなくても買えるんだろ?」
「何を言ってるんだナオヤ! あの肉屋は、持ち込んだ獲物をおばちゃんが目の前でさばいてくれるんだぞ! これほど新鮮なことはない!」
「だから肉の鮮度にこだわるエルフってなんだよ。まあ保管の魔道具は高価であんまり使われてないみたいだし、安全のためには鮮度は大事か」
移動方法は徒歩か馬車、あとは馬に乗って、ぐらいしかないんだろう。
保管のための魔道具ってヤツを使うならともかく、そうじゃなければ流通に時間がかかるはずだ。
そうすると売っている肉や魚や野菜が腐ってもおかしくないわけで、鮮度へのこだわりも頷ける。
「待って、寄生虫対策は? 野菜には虫もついてるだろうし。あれ、アイヲンモール異世界店の野菜は大丈夫?」
「安心しろナオヤ! 私はただの『騎士』ではなく、魔法が使える『聖騎士』だ! 『浄化』の魔法をかければ食料につく虫など一発だぞ!」
「へえそれは便利ですね! なるほどクロエが入荷した野菜を触ってたのは魔法をかけるためでしたか!っておいいいい! こんな身近に魔法があったのに俺気づいてなかったし! それに『聖騎士』ってなんだよ! しかも虫だけ殺せるってどんな魔法だよ!」
俺の言葉にクロエは首を傾げてる。
一気にまくしたてられて理解が追いついてないのか。俺のツッコミも追いつかない。
「異世界ヤバい。日本より遅れてる感じだけどときどき魔法って力技でとんでもない。虫だけ殺すって菌はどうなるんだろ。発酵食品は大丈夫なんだろうか」
「ナオヤ、これで市場は一通りまわったぞ! 次はどうする? なにかの店に行くか? 小腹が減ってきたなら食事処に案内するぞ?」
「よし後で考えよう。いまは視察だ視察。……なあクロエ、俺ちょっと思ったんだけど」
「なんだ?」
「クロエ、荷物は? さっき買ってみた果物と香辛料、それに肉屋で受け取った仔兎の肉はどこにいった? ああ、受け取ったと見せかけて配達してもらうとか?」
「何を言ってるんだナオヤ、ぜんぶちゃんと腰のポーチに入れたぞ! 里から家出した時に、私は父様のポーチを借りてきたんだ! 小さくて一角ウサギの子供さえ丸ごとは入らないんだが!」
「へえそれ魔道具なんだ。保管の魔道具ってヤツもすごく身近にあったんだ。そんな使い方でいいのかとか家出ってなんだよとかそれぜったい無断で借りてきただろとかツッコまない」
「ナオヤ、疲れたのか? 休憩するか? きゅ、休憩と言っても! 男女二人が休憩と言って連れ込み宿に入るのではなくて勘違いするなよナオヤ!」
「異世界にもラブホがあるらしい。クロエが聖騎士ってむしろこの発想は性騎士だろ」
がっくり肩を落とす。
何かとエロいことに結びつけるクロエのせいじゃなくて。いやそれもあるけど。
俺は本当に、この世界の生活、この世界の当たり前、この世界の常識を知らないらしい。
「あああああ! くっそ、でもあと五ヶ月後には月間売上一億いかないとだし! へこんでるヒマはないから! よしクロエ、次は店舗をまわるぞ! 案内を頼む!」
俺はやけくそ——開き直って、初めての異世界の街の視察を続ける。
ポンコツだけど実は優秀なクロエに案内をお願いして。