第一話 でも車はないんだけどな! 馬車は商人や軍や貴族しか持ってないらしいし!ってことは片道一時間でけっこう立地がキツい!
「なあ、この格好でおかしくないか? 大丈夫か?」
「心配しすぎだぞナオヤ! そのマントを羽織っておけば大丈夫だ! はっ! ひょっとして『おかしい』と私に言わせて『じゃあ脱ぐしかないなあ』などと言ってその流れで私も脱がして襲おうと!」
「どんな流れだよ。あとむしろこのマントが心配なんだけど。なんかカビ臭い気がするんだけど」
「なあに、歩いていればそのうち気にならなくなる! 今日はいい天気だからな!」
日光と風でなんとかなるとでも言うのか。
クロエの言葉にじゃっかん不安になる。
俺の格好は黒い革靴にダーググレイのスラックス、ボタンダウンのシャツ。
ジャケットのかわりに、いやかわりにならないけどマントを羽織っている。
マント以外は俺の私物で、仕事の時に着ている服だ。
ちなみにマントはアンナさんが地下室から持ってきてくれた。大丈夫かコレ。いろんな意味で。
クロエにチェックしてもらったけど、パッと見はおかしくないらしい。
この格好で、異世界の街に行っても。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから四日目。
朝から午前中の来店のピークを終えて、俺とクロエは敷地の外に出た。
お昼前から午後にかけての時間帯はお客さまが少ない。
だったら、最寄りの街を視察してみようと思って。
案内役はクロエだ。
というかクロエしかいない。
アンナさんはリッチでアンデッドだし、バルベラはドラゴンで無口だし見た目10歳ぐらいだし。
この時間帯は過去三日間ノーゲストだったし、店はアンナさんがいれば大丈夫だろう。
荷運びが必要ならバルベラが、周辺と店内の警備はスケルトンとゴースト部隊がいる。
もしお客さまが来てもレジが混雑するほどにはならないはずだ。現実は厳しい。ここ異世界だけど。
「街まで歩いて一時間だっけ? 商人のおっさんは馬車で30分って言ってたっけ」
「ああ、ゆっくり行けばそれぐらいだな! 走るか?」
「いや走らないから。普通に歩くと街からどれぐらいかかるのか知りたいし。ってクロエは金属鎧着たままで走れるのな」
「当たり前だ! 私は鍛錬しているし、寝るとき以外はこの鎧を着たままだからな!」
「金属鎧で日常生活を過ごすエルフかあ。エルフってなんだろ」
鎧にガシャッと拳を打ち付けるクロエ。
この世界のエルフは筋肉タイプなのか。
昨日の夜アンナさんに聞いたら、「クロエさんはエルフの中でも、その、ちょっと変わっていますから」って言ってたけど。
クロエも「失格エルフと呼ばれていた」って言ってたし、ほかのエルフとは違うと思った方がいいのかもしれない。
「歩いて一時間かあ。アイヲンモール異世界店はなんであそこに、街から離れた場所に作ったんだろう」
「なんだ、ナオヤは知らなかったのか? 世界が繋がるのはあの場所だから〈転移ゲート〉を設置して、アイヲンモールもあの場所にしたそうだ」
「ああそれで。確かにそれなら別の場所に作るのは大変か」
半年に一度繋がる〈転移ゲート〉。
俺はそれを通って、アイヲンモール春日野店からこの世界にやってきた。やってきたというか会社に飛ばされたというか。文字通り。
〈転移ゲート〉があるのはどちらの世界でもアイヲンモールの搬入口付近だ。
偶然じゃなくて、少なくともこの世界側は狙ってのことだろう。
「でもなあ……最寄りの街まで歩いて一時間。だいたい5km前後だろうから、車なら10分ぐらい。そう考えると立地としてはおかしくないんだけど」
土の道は曲がっているし軽いアップダウンもあるから、まだ街は見えない。
道の左右には農地が広がっている。
「でも車はないんだけどな! 馬車は商人や軍や貴族しか持ってないらしいし!ってことは片道一時間でけっこう立地がキツい!」
歩きながらついつい大声を出してしまった。
完全に不審者だけどクロエはスルーしてくれた。
もう慣れたらしい。その、すまん。でもいきなり異世界に放り込まれたらしょうがないと思う。
「む? ナオヤ、下がれ。私の後ろから出ないように」
クロエがすっと手を出し、俺を止めて前に出る。
クロエの視線の先を見ると、農地に植えられた麦っぽい作物が揺れていた。
「クロエ?」
「モンスターだ。おそらく小型」
キリッとした顔で俺に教えてくれるクロエ。
いつものちょっと抜けた様子はなくて凛々しい美人さんで、そういえば顔はエルフっぽいし整ってたことを思い出す。
ガサガサと麦っぽい作物の揺れが近づいて。
モンスターが、土の道に飛び出してきた。
「ウサギ? でも額に角がある? 初日の夜に見た——」
「てやっ!」
驚く俺をよそに、勢いよく飛び出してきたウサギにクロエが攻撃する。
クロエはいつのまにか腰の剣を抜いていた。
まるでスローモーションのように、クロエの剣が角付きウサギを斬り捨てる。
地面に転がった角付きウサギはピクリとも動かない。
「俺が初日に見た角付きウサギ!……のわりに小さいな。普通のウサギサイズだ」
「ふう。大丈夫かナオヤ? 農家のおばちゃんが一角ウサギが出たと言ってたな。だいたいはバルベラが喰っ……倒したそうだが、コイツははぐれた子供だろう」
一仕事した、とばかりに汗を拭って剣を納めるクロエ。
いまなんか見た目10歳のバルベラの血なまぐさい生態が聞こえた気がするけど、それよりも。
「剣で斬ったわりにウサギから血が出ないと思ったら! 剣! いまの剣!」
「うん? どうしたナオヤ?」
「いやどうしたじゃなくてクロエの剣!」
「この剣は我が一族に代々伝わる一振り。精霊剣エペデュポワだ!」
「へえなんか言いづらそうな名前……じゃなくて! それ木剣じゃん!」
「そう、ヴェルトゥの里の精霊・オンディーヌに祝福された古木で作られた剣なんだ! 斬りたい時に斬りたい物を斬れる名剣だぞ!」
「あ、ガチの木剣じゃなくてそういうタイプの武器ね。大丈夫大丈夫、ここは異世界。そんな武器があってもおかしくない」
「おお、わかってくれるのかナオヤ! 騎士団の連中はなかなか理解してくれなくて、私のことをポンコツ騎士と呼んでいたのに!」
「……まあ、見た目が木だからなあ。でも一角ウサギ? は一撃だったわけで。いや普通サイズのウサギなら木剣でも一撃か?」
「むっ。血抜きも必要だしな、では斬れ味を見せよう!」
「あっ、おいクロエ」
納めた剣をまた抜いて、クロエが精霊剣なんちゃらをさっと一振りする。
倒れた一角ウサギの首がスパッと斬れて、土の道にじわっと血が流れ出した。
「ほんとに木剣で斬れるのか。異世界すごい。あといくらモンスターだからってウサギをためらいなく斬っててヤバい」
でも見た目はかわいい普通サイズのウサギでも、成長したらミニバンサイズになるわけで。
異世界に来た初日の夜に大人の一角ウサギの群れを見かけた俺としては、クロエの判断に文句は言えない。むしろ褒めたい。
「ふふっ、私はこれでも騎士だからな!」
「ああ、それ気になってたんだ。クロエ、騎士って『心は騎士だ』ってこと? それともいまも騎士団に所属してる? ウチの従業員じゃないのか?」
「私は国の騎士団からアイヲンモールに派遣されているのだ!」
「…………はい?」
え、いや、はい? いまなんて?
※クロエの一族名をジュブワ→デュポワに変更
「Dubois」で変更はないのですが、表記の調整です