第八話 OJTって! 異世界人がオンザジョブトレーニングって無理ありすぎだろ!
アイヲンモール異世界店の営業時間は短い。
朝は8時に営業がはじまるから、俺がいたアイヲンモール春日野店の朝10時オープンより早いけど。
ただ、閉店時間が早かった。
アイヲンモール異世界店は夜6時に閉店する。
つまり営業時間は8:00〜18:00だ。
「日が落ちたら閉門するからな! 街に入れなくなるし、その後に街道を利用する人はほぼいないんだ!」
「なるほど。たしかに夜に道を通る人は見かけなかったな」
クロエに聞いてみると、街の中でも18時頃にはもう限られた店舗しか営業していないらしい。
「そうだな、宿屋や一部の食堂、冒険者ギルド、警備隊の詰め所、それにその、女性とアレなことをする、しょ、娼館ぐらい……はっ! ここで暮らすナオヤは夜のお店がないからと! 私もここに住むように店長権限で命令して! 『ここにはないんだからしょうがないだろう?』などと私を求めて! くっ、殺せ!」
「途上国でも夜が本番な国はあるんだけどな。エロい意味じゃなくて普通の小売や飲食業で」
クロエの妄想はスルーする。
アイヲンモール異世界店の前の道を夜に通る人は見かけない。
午後遅くから夕方にかけて街に向かう商人や冒険者が通って、その後はぱったりいなくなる。
時期によって変わるかわからないけど、日暮れは17時過ぎ。
18時の閉店時間は妥当なところだろう。
「あとクロエがここに住む必要はないから。というかテナントに住んでる俺が特例なんだし」
「だがナオヤ、バルベラもアンナもここに住んでるぞ?」
「え?……そうなの?」
「ああ。バルベラは屋上に、アンナは地下に住んでるそうだ! む、これはやはり私も!」
「いや来なくていいから。そういや屋上もボイラー室の先も見てなかったなあ」
アイヲンモール異世界店を見てまわった時に、二箇所とも俺が行かなかった場所だ。
屋上のドラゴンが従業員だって知らなかったし。ドラゴンが従業員って。
地下は薄暗くてボイラー室の先まで行く用事はなくていやぜんぜんビビってないし。英断だった。あの時に幽霊と骸骨を見つけたらどうなってたか。
「ほんと、見落としてばっかりだ。っと、出たか。今日の来客数は」
「どうしたナオヤ? それはなんだ? レジをいじって何をしてたんだ? ナニをイジる……だと……?」
「いや言ったのクロエだろ。今日は来客数40人、売上64,000円。客数はここ二日間とそれほど変わりないけど、売上は昨日より減少。昨日で農家のおばちゃんたちのほとんどに園芸用品が行き渡ったからなあ」
「ナ、ナオヤ? なんでそんなすぐにわかるんだ! 今日はほとんど接客してなかったのに! その紙はなんだ!? 魔法の品か!」
アイヲンモール異世界店はまだスーパーの一部しか営業していない。
来客数も少ないし、稼働させているレジは一台だけ。
レジからプリントアウトしたPOSデータで今日の売上をチェックすると、クロエはなんだか驚いていた。
イヤな予感がする。
「クロエ。いや、前店長。ひょっとして……レジって、お会計にしか使ってない?」
「うん? ほかに使い道があるのか?」
「……なあ、野菜を売る時になんでこの手元のバーコードを読むのか知ってるか? というかコレ、なんのために用意してここに貼るのか知ってるか?」
「打ち間違いを減らすためだろう? 一度値段を決めたら自動で計算してくれるとはすばらしい道具だ! 値引きできないのが難点だし、換算するのに少し手間がかかるけど!」
「あああああ! クロエもアンナさんも自然にレジ打ってるし野菜用のバーコードも用意してるからわかってると思ったら!」
閉店直前、ノーゲストの店内に俺の叫び声が響く。
天井をふらふらさまよっていたゴーストがサッと離れるのが見える。できれば俺に近づけないでほしいってお願いはどうしたアンナさん。
「気づいた、俺気づいちゃったかも。クロエ、俺に来客数と売上を教えてくれる時に紙を見てたけど、あれもしかして」
「ナオヤ、私は計算ができると言っただろう? お客さまの数と売上を紙に書いて、毎日計算していたんだ!」
「はいレジの意味なし! そうだよねレジ画面に出てくるの日本語だしね! 翻訳指輪で話は通じるけど日本語は読めないよね!」
お会計のたびにレジは使われていた。
でも表示されるのは日本語で、お金の単位は日本円だ。
お客さまに伝えるのはとうぜんこちらのお金に換算した金額で。
口頭で伝えるのは面倒だし、そのへん設定いじれないのかなーと思ってた。
でも、それどころじゃない。
「つまり……レジを通してるからPOSデータは残ってるけど、クロエは使い方を知らなかったってこと? 来客数も売上も手動計算? え、時間ごとの来客数や売上のデータは? 客単価は?」
「紙に残してあるぞ? ああすまんナオヤ、ナオヤが店長になったんだし渡すべきだったな!」
「おおおおお! ウチの従業員は優秀だなって思った俺がバカでした! でもこれ現地採用のクロエたちのせいじゃなくてアイヲンの教育の問題だろ! 教育計画どうした! なにやってたんだ伊織ィ!」
きょとんとした顔で首を傾げるクロエ。
ここにはいない人事部の伊織さんに呪いの言葉を吐く俺。
現代のレジは、間違えず簡単にお会計ができるだけじゃない。
会計した時間、来客数——会計した来客数、売上、時間帯別・商品別売上、性別や年齢別、入力したさまざまなデータが残る。
きちんと操作すれば集計データも出る。
アイヲンモール異世界店は繋がってないけど、日本ならリアルタイムで本部からデータを見られるぐらいだ。
いわゆるPOSデータとして。
「どうしたナオヤ? 私が店長として至らなかったことはわかってるんだが、その、何か失敗してたか?」
悶える俺を見てオロオロするクロエ。
キレイな顔立ちが不安に彩られて自信なさげだ。
「あー、すまんクロエ。クロエが使い方を知らなかったのは教えてないアイヲンの責任だ。毎日俺に来客数や売上を報告して、聞いたらきちんと答えられるクロエはすごく優秀だと思う」
やるべきこと、やった方がいいことを教えなかったのはアイヲンだ。
でもクロエは、自動集計を使わないで来客数も売上も、時間帯ごとの来客数も把握していた。
俺が店長になってから最初の二日間はクロエから報告があったぐらいだ。
過去の売上もきちんと答えられる。
「そ、そうか? その、人から失格エルフだのポンコツ騎士だの言われることは多かったが、優秀と言われるのは初めてで……はっ! まさか無理に褒めて私をその気にさせてもてあそぶつもりだなッ!」
「ないから。ほんとに優秀だと思ってるから」
ストレートに褒めたらクロエが止まった。
白い肌をボッと赤くする。
「ななな何を言ってるんだナオヤ! おっともう閉店時間だな! では私は各所を施錠してくる!」
「あー、待ってクロエ、一言だけ。いままでアイヲンがすまなかった」
異世界にはないショッピングモール。
前店長だったクロエは、手探りでがんばってきたんだろう。
じゃなきゃ過去の来客数と売上を覚えてるわけないし、たいして意味がないレジを使うこともなくなるはずだ。
でもクロエもアンナも、きちんとレジを使っていた。
こっちの貨幣で会計する役に立たないし、集計データも見てなかったのに。
俺が来る前もちゃんとレジを使ってた。
「え? いや、私はアイヲンによくしてもらってるぞ? こうして店長も派遣してくれたしな!」
「不憫すぎる。クロエ、ほんとすまん。アイヲン社員として申し訳ない」
「よくわからないが、かまわないぞナオヤ! では私は施錠してくるから!」
まだ顔が赤いクロエはすごい勢いで去っていった。
誰もいないスーパーに一人残される俺。
ああうん、また天井にゴーストが浮いてるけど。
「それにしてもアイヲンヤバい。ちゃんと教えないのにやらせるアイヲンヤバい。これきっとアレだ、やってくうちに覚えるとかOJTだからとか言ってとにかくやらせてみたパターンだ」
いつものごとく俺は頭を抱えた。
「OJTって! 異世界人がオンザジョブトレーニングって無理ありすぎだろ!って初店長で初異世界な俺もOJT中みたいなもんでしたね!」