第六話 はあ、味が染みて煮くずれた二日目のポトフが楽しみだったのに
農家のみなさんは帰っていって、冒険者や商人の来店も途絶えた。
お昼を前に、アイヲンモール異世界店はノーゲストになっていた。
「朝はそれなりに人が来るんだけどなあ……よし、そろそろいいかな」
一般営業していないフードコートの一角。
飲食店用のキッチンを借りて、俺は昼ご飯を作っていた。
まだ小さな頃に両親を亡くして以来、俺は爺ちゃんと婆ちゃんに育てられた。
専業農家だった二人は毎日忙しくて、いつしか晩ご飯を作るのは俺の担当になっていた。
土日や長期休みの時は、昼ご飯も俺が作っていたぐらいだ。
おかげで高校生の時に婆ちゃんが、大学生の時に爺ちゃんが死んでからも食事には困らなかった。
当時はそれどころじゃなかったけど。
「可もなく不可もなく。まあこんなもんか。もうちょっと味が染みれば多少はおいしくなりそう」
いまはノーゲストでも、いつお客さまが来るかわからない。
手間をかけた料理は作れない。
俺が作ったのは、ポトフもどきだ。
「売れ残って古くなってきた野菜でも、捨てるのはもったいないからなあ」
アイヲンモール異世界店で唯一営業している生鮮部門、というか唯一販売している野菜たち。
二日間で80人しか来客がなく、いずれ捨てることは目に見えていた。
異世界に来て以来、俺の食生活は必然的に野菜中心になった。
廃棄をもらうんじゃなくて、毎日計算して俺の給料から天引きしている。
「自爆営業ってほどの額でもないし。というか食料は買うしかないし。アンデッドじゃない俺は食わないと生きていけないからね!」
魔石コンロの火を止めてポトフをよそう。
クロエに買ってきてもらったこの世界のパンを温める。
「ナオヤさん、アンデッドを呼びましたか?」
「なんだかいい匂いがするぞ! ナオヤ?」
「……お腹すいた」
俺の前に姿を現したのは従業員三人組だ。
アンナさん、クロエ、バルベラが、フードコートの入り口にひょっこり顔を覗かせる。
「いくらノーゲストだからって全員ここに来ちゃマズいだろ。休憩は交代で!」
「大丈夫ですよナオヤさん、来客があればこの子たちが教えてくれますから」
そう言って斜め下に手を向けるアンナさん。
ぼんやりした人影が床から上半身だけを出した。
俺に向けてペコッと頭を下げる。
「ああなるほど便利ですね! はあ、ゴーストに挨拶されちゃったよ」
「そんなことよりナオヤ! この匂いは!?」
「……ごはん?」
「ご飯だけどこれは俺の昼飯で!」
カウンター席に座った俺の背後にまわりこんで、じっと俺の昼飯を覗き込む三人。
ゴクッとヨダレを呑み込んだのはクロエだ。優雅で上品なエルフのイメージィ!
バルベラはぐーっとお腹を鳴らす。さっすがドラゴン、食いしん坊っぽいもんね! バンザイ!
アンナさんはただ、興味深そうにニコニコとポトフを覗き込んでいた。
「多めに作ったから、みんなも食べてみるか?」
「いいのかナオヤ!? ありがとう、さすが店長! ニホンジンの料理を食べられるなんて!」
「こういう時だけ店長って露骨すぎる」
「ありがとうございますナオヤさん。では配膳を手伝いますね」
「……感謝」
「あーはいはい。はあ、味が染みて煮くずれた二日目のポトフが楽しみだったのに」
残念だけどしょうがない。
これだけ期待されて「いや食わせねえし」なんて俺には言えない。
これはアレだ、まかないってヤツだ。テナントの飲食店の従業員でもない限りアイヲンにそんなのないけど。従業員割引ぐらいだけど。
「おいしい! おいしいぞナオヤ! なんだこれは! 肉がほとんど入ってないのにこんなにおいしいなんて!」
「いやおまえエルフだろ。野菜好きじゃないのか。いまアイヲンで売ってるの野菜だけだし」
「おいしいですナオヤさん! 黄金色に透き通ったスープは深い味わいでさっと煮込んだ野菜の食感と甘みを引き立ててます! これは……五臓六腑に優しく染み渡って生き返るような……」
「アンナさんそれアンデッドジョーク? 生き返らねえよ!ってツッコミ待ちですか? 実はアンナさんもポンコツ?」
「……おかわり」
「あー、すまん、おかわりはもうないんだ。ほらそんな悲しそうな顔するなバルベラ。また作ってやるから」
「……約束」
俺には可もなく不可もなくな味に思えたのに、ポトフは好評だった。
売れ残りそうな野菜にベーコンを加えて、コンソメで煮ただけなのに。
あ、ベーコンとコンソメの素も買い取りました。
俺が来たタイミングで積んであった荷物の中にあって一般には販売してないけどそこはほら店長権限でごにょごにょと。
大丈夫大丈夫、ちゃんと割引なしで給料から引くし売上に計上したし!
「これはただのポトフ、それもぜんぜん煮込んでない適当なヤツなんだけどここまで好評なのか。みんな普段なに食ってるの?」
「肉だな! 野菜を食べたのはひさしぶりだ!」
「ひどいエルフを見た。野菜食えよ。せめて売り物の野菜は一度ぐらい味見したよな? おいなんで目を逸らした」
「私はスケルトン部隊が採ってきた野草や茸、狩りの獲物なんかを」
「アンナさんがまともでよかった。よかったら今度俺にもわけてもらえませんか? 売り物にはできない量なんでしょうけど、同じ野菜ばっかりで飽きてきちゃって」
「それはかまいませんけど……ただその、私は食べても平気ですが、ナオヤさんは無事ではいられないかと……」
「なるほど毒があっても平気でさすがアンデッドですね! 分けてもらわなくてけっこうです!」
「……ウサギ?」
「やっとまともな答えきた! ウサギかあ、日本じゃなかなか食べる機会がなくて興味あるんだよなあ。こっちの食べ方はどんな感じなの?」
「……そのまま?」
「はいまともじゃありませんでした! 生か、生なのか! さすがドラゴン!」
ダメだコイツら。
俺は頭を抱えた。
一部しか営業してないっていっても、野菜だけだけど生鮮食品を売ってるアイヲンモール異世界店の従業員がこんな食生活なんて。
俺が作ったポトフもどきが絶賛のは、この三人がまともな物を食べてないだけな気がする。
「あああああ! ぜんぜん参考にならないし! はやく街! 異世界の街に行っていろいろ確かめなきゃ!」
もっとも、もしポトフが異世界人に好評でコンソメの素やベーコンが売れるようになったとしても、すぐ品切れになるんだけど。
単価も安いし、在庫が全部売れたとしても売上はたかが知れてる。
日本と半年に一度しか繋がらなくて発注さえできないのは、やっぱり痛い。