第五話 あの格好でアイヲンモール春日野店に来たらすぐ警備を呼ばれるな。刃物持ってるし
俺が異世界に来てから三日目の営業を迎えるアイヲンモール異世界店。
俺は初日のように、営業中のお店を観察することにした。
どうやら俺はいろいろ見落としていたらしいから。
今日も最初にやってきたのは近隣の農家のみなさんだ。
「おはようおばちゃん!」
「おはようクロエちゃん。今日は旦那を連れてきたんだ。あとで昨日のアレを見せてくれるかい?」
「もちろんだとも! さあさあおじさんもこっちへ!」
「はは、クロエちゃん、まずは野菜を下ろさねえとな」
「おっとそうだった! おーい、バルベラ!」
アイヲンモールの敷地に入ったおばちゃんたちと一人のおっさんを迎えるクロエ。
初日とは違って、クロエはバルベラに声をかけた。
「……呼んだ?」
「荷下ろしを手伝ってあげてくれ! 私はスコップやシャベル、猫車を取ってこなくては!」
「……わかった」
クロエは今日も園芸用品を売る気満々のようだ。
野菜の受け入れをバルベラに任せて、クロエはさっそく実演販売の準備に取りかかるらしい。
くっ、ガーデニンググッズがもっと充実してれば! ホームセンター並みの品揃えなら!
いや、それだともうアイヲンモールじゃない。専門館がある店舗は別だけど。
逃した商機に歯嚙みしつつ観察を続ける。
トコトコ近づいていったバルベラは、荷車の下に潜り込んだ。
「え? あの子なにしてんの?」
疑問に思った俺が呟くと。
荷車が、持ち上がった。
木箱に詰まった野菜ごと。
「はい? あれけっこうな重さのはずで、女の子一人じゃ……ってバルベラはドラゴンだったわ! 人化してるだけでドラゴンならあれぐらい余裕か! はあ、もう驚くのに疲れたよ……」
ひょいっと荷車を持ち上げてスタスタ歩くバルベラ。
たまにあることなのか、農家のおばちゃんは「バルベラちゃんは力持ちだねえ。どうだい、ウチに嫁に来ないかい?」と言ってニコニコしている。
「あっさり受け入れすぎ! いや、バルベラがドラゴンだって知らないのか? さすがにドラゴンを嫁に誘わない……いやわかんねえな。普通にアイヲンモール異世界店の従業員だし」
褒められてるのがわかったのか、普段は無表情なバルベラがうれしそうだ。
歩くスピードがちょっと上がってる。
「……ついてくる」
そのまま、バルベラはおばちゃんたちを引き連れてアイヲンモール内のスーパーへ向かっていった。
荷車は入り口を通れないしどうするんだろ、と思ったら今度は木箱を両手で抱えた。
一箱だけじゃなく、何箱も。
「違和感ヤバい。見た目10歳の女の子がフォークリフト状態で違和感ヤバい。さすが異世界!」
木箱で前が見えない分は、おばちゃんたちが誘導している。
「フルタイムの従業員とパートのおばちゃんたちの抜群のチームワークですね! いやあ、頼もしいなあ! ははは……」
従業員の派閥がないのはいいことだ。
人化したドラゴンが従業員なことをスルーして笑う。
バルベラのおかげでモンスターが寄って来ないし、重い荷物を簡単に運べる。
そうだ、有能な人材だ、ドラゴンってことは無視すればいい、ほら見た目じゃわからないんだし。
俺は自分に言い聞かせる。
「おばちゃん、用意できたぞ! アイヲンモールのスコップとシャベルと猫車のすごさを確かめるといい!」
入荷した野菜の陳列が終わったところでクロエが戻ってきた。
緑のラインが入った白い金属鎧で肩にスコップを担ぐエルフ。ギャップがすごい。でもあんまり違和感はない。
「さあ行くぞ! こういうのは使ってみないとわからないからな! なあに、心配は無用だ! ちゃんとお試し用のスコップを用意したからな!」
「はいはいクロエちゃん。ほらアンタ、行くよ!」
農家のおばちゃんは旦那さんの手を引っ張ってずんずん進む。
実演販売は昨日もやってたし、あっちは見なくてもいいだろう。
「おう、今日も邪魔するぜ。いやあ、ここの便所を知っちまうと野外がツラくてなあ」
「違いねえ。街の宿とも比べものにならねえぜ」
出ていったクロエと入れ替わるように入ってきたのは、薄汚れた格好の冒険者たちだ。
革鎧やローブ姿で、それぞれ武器を持った五人組。うち一人は木の杖を持ってる。たぶん魔法使いってヤツなんだろう。
「あの格好でアイヲンモール春日野店に来たらすぐ警備を呼ばれるな。刃物持ってるし。剣と槍で武装したお客さまは入れられないだろ。異世界すげえ」
そういえば、初日に見かけた冒険者たちな気がする。
冒険者同士の会話を盗み聞きすると、どうやら二泊三日でモンスターを狩りに行った帰りらしい。
野外で寝泊まりして、その帰りだと。
「それであんなに汚れて、というか服や鎧の汚れより布袋からポタポタ垂れてる液体の方が気になるんですけど」
俺の呟きをよそに、冒険者たちはまっすぐトイレに向かっていった。
気持ちはわかる。
清潔なアイヲンモールのトイレは快適だ。
俺だって日本にいた時は、駅や公園のトイレはイヤだけどアイヲンモールのトイレなら落ち着いて用を足せた。
あ、自宅は別ね。昔は家の外にあるボットン便所だったけど、離れを建てた時に母屋もリフォームしたから。
やっぱり一番落ち着くのは家のトイレだよな、俺の家どうなってんだろ。書類通りアイヲンがちゃんと管理してくれてるって信じるしかない。
「一階は大理石風のフロアでよかった。二階三階のカーペットにあの液体が垂れたらシミ抜き大変そう」
「うっし! スッキリしたし、んじゃ街に帰るか! おっと、さすがに便所だけ使ってそのまま帰るわけにはいかねえな」
「そりゃそうだろ! おうお嬢ちゃん、コイツを人数分頼む!」
ちょっと日本のことを思い出してたら、五人組冒険者がトイレから出てきた。
そのまま帰るのかと思いきや、商品を買っていってくれるらしい。初日と同じ、売れ筋商品の瓜系野菜だ。
「見た目と口調はアレだけどけっこう気を遣ってるんだな。日本だってトイレだけ使ったりソファで休憩したりタバコ吸うだけで帰るお客さまもいるのに」
「はい、こちら五つですね。ありがとうございます」
「……なあ嬢ちゃん、仕事終わるの何時だ? ちょっと飲みに行かねえか?」
「うふふ、ありがとうございます。ですが私は用事がありますので」
「……そうか」
「お、なんだなんだ? おめェ惚れちゃったか?」
今日はクロエが外で実演販売していて、俺はちょっと離れたところから営業の様子を観察している。
いまレジに立っているのはアンナさんだ。
アンナさんは問題なく会計を済ませ、冒険者のナンパをあっさりかわしてお客さまをお見送りした。
「アンナさん有能すぎない? 一人分の人件費で警備と清掃チームがついてくるし! というか冒険者! もしアンナさんがOKしてたら二人っきりになって『貴方を食べていいですか?』ってストレートに言われちゃうから! 性的な意味じゃなくて!」
「食べませんよ?」
「おわっ!」
独り言のつもりだったのに、耳元でアンナさんの声がした。
ビクッってなって振り返る。
アンナさんがいた。
いま、離れた場所でお客さまをお見送りしてたはずなのに。
「私はリッチですけど、食べ物は人間と同じです。食べなくても生きていけますけど。あら私ったら、死んでるのに生きていけるっておかしいですね。うふふ」
「アンデッドジョークかよ! いや笑えないから!」
「ナオヤさん、お客さまはいませんから、あの子たちに清掃をお願いしました。その、ナオヤさんが見かけるかもしれないので一応ご報告をと」
「あ、ありがとうございます。なんか気を遣わせちゃってすみません」
ニコッと笑って、アンナさんはレジに戻っていった。
冒険者たちが使ったトイレの方向を見る。
壁をすり抜けて、ぼんやりした人影が現れた。昼間なのに。
ゴーストだ。
「よし、わかってればイケる。店内は明るいし近くにアンナさんもいるし。そのアンナさんの配下なわけだけど」
ゴーストはトイレに繋がる通路の前でふよふよ浮いている。
その横を、エプロンをしたスケルトンが何体か通り抜けていった。
「あ、お客さまが来ないかゴーストが見張って、その間にスケルトンチームが清掃するんですね。道理で営業中にスケルトンを見かけなかったわけだ。お客さまに見せないように配慮してると。いままで俺にも配慮してたと」
お客さまの汚れを咎めるのではなく、汚れた場所をすぐキレイにする。
しかもゴーストとスケルトンの連携で、裏方がお客さまに見えないように。
「有能すぎるだろおい。すぐ消えられるし24時間働けるし、なんなら日本のスタッフより優秀まであるぞ」
これが、アイヲンモール異世界店の通常営業の姿だったらしい。
店長として赴任したのに従業員との挨拶が遅れたことといい、初日にアイヲンモール異世界店の真の姿に気付かなかったことといい、俺は異世界に来て動揺していたのかもしれない。
「ってそりゃ動揺するでしょ! 異世界だし! 従業員はエルフとドラゴンとアンデッドだし! むしろ営業三日目で受け入れてる自分を褒めてやりたい!」
とにかく。
お客さまは少ないし、従業員は「普通の人間」とは違うかもしれないけど、みんな優秀だ。
異世界なことに動揺してたけど、店長である俺も落ち着いてきた。
「あとは月間売上一億円に向けてがんばるだけだな! それが難問なんだけど!」