第四話 ねえそれ大丈夫? お客さまが少ないのそのせいじゃないよね?
ドラゴン。
俺が〈転移ゲート〉で異世界に送り込まれた夜に、屋上にいたのを見かけたモンスター。
イメージで言えば強いモンスターで、物語の中盤や終盤、モノによってはボスとして出てくる生物。
「バルベラが、ドラゴン? このちっこい体で?」
「……むう」
「ほらほら、むくれないのバルベラちゃん」
ぷくっと頬をふくらませたバルベラ、頭を撫でるアンナさん。
こうして見ると仲の良い親子……姉妹にしか見えない。だからそんな目で俺を見ないでくださいアンナさん。
「そうだな、私も最初は信じられなかった! バルベラ、ナオヤに見せてやるといい!」
「そうですね、クロエさん。バルベラちゃん、お願いできるかな? 隊長はこちらへ!」
アンナさんが声をかけると、一体だけ派手な鎧を身につけたモヒカン兜のスケルトンが近づいてきた。
「あ、偉いっぽいじゃなくて偉いんだ。隊長なんだ」
マントをはためかせ、腕を組んで威風堂々と俺の前に立ちはだかるスケルトン部隊の隊長。スケルトン隊長。
バルベラはスケルトン隊長の陰にすっぽり隠れて、クロエとアンナさんしか見えない。
「さあ手を上げるんだバルベラ!」
「もうバルベラちゃん! 下着ははきなさいって何度も言ってるでしょ!」
「……チクチクする」
女性陣の話し声と、パサッと布が落ちる音がする。
「え? 何してんの? まさか脱がせてるの?」
「見るなよナオヤ! はっ、まさかナオヤは幼女趣味で欲望のあまりこのままバルベラも私もアンナも三人を狙って野外で襲いかかって一対三で」
「ないから。幼女趣味でもないし襲う気もないから。そもそも一対三って瞬殺されるだろ俺」
「はい、これで大丈夫ですね。じゃあバルベラちゃん、できるかな?」
「……やる」
スケルトン隊長の陰から出てくるクロエとアンナさん。まあ二人はチラチラ見えてたけど。
俺から見えなかったのはバルベラだけだ。
「やるって、え、まさかほんとに? マジでドラゴン?」
「……がおー」
気の抜けた声がして、でも気の抜けた声とは裏腹にすごい勢いでバルベラが飛び出した。
「ジャンプ力すごい、じゃなくてマズいでしょあれ! 服! 服を着せてあげ……え?」
スケルトン隊長の陰から跳躍したバルベラは斜め上へ飛んでいく。
全裸で。
いや見た目10歳だしぺったんこだし俺は何も思わないけどマズい、とか考えてたら。
空中で、バルベラが光った。
まぶしい光に思わず目を閉じる。
目を開けると、そこには。
「グオオオオオオンッ!」
ドラゴンがいた。
バルベラはいない。
「はは、ははは、異世界ヤバい。小学生ぐらいの女の子が『がおー』って言ってて微笑ましかったのにいま『グオオンッ!』ってぜんぜんかわいくない」
「うむうむ、やっぱりカッコいいな! 見たかナオヤ、これがバルベラだ!」
「バルベラちゃんはレッドドラゴンです。140歳ですけど、ドラゴンとしてはまだ子供ですね」
「いやおかしいでしょ! 質量保存の法則どうなってんの! 異世界ヤバい!」
「ドラゴンは実体があって実体がない幻想種です。質量にとらわれず変化できるようですよ」
「グオ?」
俺たちの声が聞こえてるのか、目の前で首を傾げるレッドドラゴン。
トカゲのような顔つき、額から生えた角、大きな翼、赤い鱗。
どこかで見たような——
「ってこれ初日の夜に屋上にいたドラゴンじゃん! 従業員だったのかよ!」
「ほう、ドラゴンの姿になっていたのか。ナオヤ、このアイヲンモール異世界店にほとんどモンスターが寄ってこないのはバルベラのおかげだ」
「……え?」
「バルベラちゃんがドラゴンの姿になって、ときどき威圧するんです。ここはドラゴンの縄張りだと。それだけで、たいていのモンスターは近づいてきません。それでも寄ってきたモンスターは……」
アンナさんがチラッと目を向けると、スケルトン隊長がガシャンと胸を叩いた。
その時は我らの出番だ、とばかりに。いや知らんけど。
どうやらアイヲンモール異世界店は、ドラゴンとスケルトンに守られていたらしい。
初日の夜、群れで駐車場を通り抜けるデカい角付きウサギを見かけたけど、あれは珍しい出来事だったらしい。
「ドラゴンの縄張りで、スケルトンが出没する。ねえそれ大丈夫? お客さまが少ないのそのせいじゃないよね?」
「ま、まさかそんな、人族にはモンスターやアンデッドの気配に鈍感なはずだ。大丈夫、大丈夫だとも。大丈夫だよなアンナ?」
「さあバルベラちゃん、人間の姿に戻りましょう。隊長、またお願いします」
「え? ねえアンナさん、なんか話逸らしてない? 大丈夫なんだよね?」
「さ、さーて、私は開店準備を進めるかな! アンナ、あとは任せた!」
「おいクロエ? え、冗談だよな? 従業員のせいでお客さまが来店しづらいってそんなことないよな?」
「隊長はバルベラちゃんの着替えが終わるまで待機してください。スケルトンのみんなはいつも通り清掃と警備をお願いしますね」
「ちょっとアンナさん?」
俺が動揺してる間にレッドドラゴンは消えた。
スケルトン隊長の陰からゴソゴソ聞こえるあたり、脱がした服を人間モードのバルベラに着せ直してるんだろう。
そのへんは便利な服はないんですね。「実体はあって実体がない幻想種」とかよくわからないこと言いながらそこはリアルなんですね。へえ。
俺が店長になってから、アイヲンモール異世界店の営業三日目がもうすぐはじまる。
人間で店長で日本人の俺と、エルフで前店長のクロエと、アンデッドでリッチのアンナと、可変タイプのドラゴンのバルベラと、警備と清掃を担当するスケルトン&ゴースト部隊が働く、アイヲンモール異世界店の営業が。
……いくら異世界って言ってもこの従業員の構成がまともだと思えないんですけど!
人員計画を寄越せ伊織ィィィイイイ! 問い詰められるの半年後かよ!