第二話 多すぎィ! アイヲンモール異世界店はアンデッドだらけのダンジョンかよ!
「ああああああ! 俺もう異世界ヤダ! おウチに帰してくださいもうほんとアイヲンヤバい!」
朝起きたら、格子状で向こう側が見えるシャッターの先に骸骨がいた。
俺は思わず叫んじゃって、でも叫んだことでちょっとスッキリして落ち着いたっぽい。
「ほらあれだ、骸骨も幽霊もきっと実在するモンスターなんだ。実在するんだったら怖くない……怖くないか?」
首を傾げる。
つられて骸骨も首を傾げる。なんすかコレ。
「そうだ。骸骨、幽霊。ここは異世界でモンスターがいてエルフがいて、つまりスケルトンやゴーストがいたっておかしくない」
平静を取り戻した俺は、シャッター前の骸骨を落ち着いて観察する。
骨だけの体。どうやって動いてんだよ。魔法か、これも魔法なのか。
鎖骨と肩甲骨あたりからぶら下がるエプロン。エプロン?
骨だけの手はウィーンとうなる清掃用ポリッシャーを押している。……はい? ポリッシャーを押して?
「ええ……? その、まさかとは思いますが……カーペットを掃除しているのでしょうか?」
絞り出すような俺の問いかけに、スケルトンはコクッと頷いた。
「そういえばアイヲンモール異世界店は使ってない場所までキレイだなと思いました! 清掃お疲れさまです!って言葉通じるのか翻訳指輪すげえ!」
俺の言葉に、ありがとう、とばかりに頭を下げるスケルトン。頭骨を下に向ける骸骨。
会話は終わったとでも思ったのか、ウィーンと音を立てて清掃用ポリッシャーを押していく。
アイヲンモールが開店する前に清掃しちゃおう、とばかりに。
「働き者の骨だなあ。……って人外じゃん! というか骨じゃん! 待って。この広いアイヲンモール異世界店を清掃するのに、あの骨一人なはずなくない? 一人と呼ぶのか一体と呼ぶのかわからないけど」
せっかく一度立ち上がったのに、ベッドに腰かける。
そのままドサッと上体を倒して知ってる天井を見上げる。
俺が店長を務めるアイヲンモール異世界店。
どうやら人外も働いているみたいです。
「あああああ! 前店長とアイヲン本社の人事計画どうなってんだよ! なんで資料に入ってないの! 伊織ィィィイイイ!」
しばらくベッドの上を転げながら、叫んで。
さっさと服を着替えて、俺は住居スペースを出た。
顔を洗って歯を磨いて髪をセットして身支度を整えて、クロエを問い詰めるために。
「なんだ、ナオヤは知らなかったのか? スケルトンは清掃と警備を、ゴーストは夜間の監視をしているぞ?」
「前店長に問い詰めたら当たり前のようにあっさり言われました! どうなってんのこれ!」
「どうなって……? はっ、まさかどうなってるのか違いが知りたいと言って私をはだ、裸にひんむいて『ここはスケルトンの骨格と同じだなあ』などと体をまさぐって!」
「いやどんな変態だよ。別にエルフの骨格を知りたくない……その耳の尖ったところって軟骨?」
「だだだダメだぞナオヤ! エルフの耳は親愛の情がある者にしか触らせないんだ! その、私とナオヤはまだ出会って三日目だし店長と従業員という言わば命じられたら断れない関係性でどうしても触りたいというなら」
「なあクロエ、スケルトンやゴーストのほかにも従業員がいるのか? 店長として知っておきたいんだけど」
くねくねするクロエを気にせず聞いてみた。
俺が店長になってから三日目なのに、知らない従業員がいたことが恥ずかしい。
いやスケルトンとゴーストを従業員と呼ぶのかは別として。
「ああ、紹介してなかったか。いい機会だ、ではみんなを呼ぼう!」
「……みんな?」
戸惑う俺を放置して、店内に向けて駆け出すクロエ。
金属鎧を着てるのに速いですね、なんて思いながら早朝の店舗入り口の前で一人待つ。
ピーッって音はクロエの指笛だろう。スケルトンは鳴らせないだろうし。
しばらく待っていると、ガチャガチャと音が聞こえてきた。
鎧の音っぽいしクロエが帰ってきたのかなーと思って、店舗と駐車場の間の歩道に目を向ける。
骸骨がいた。
エプロンをした骸骨たちと、鎧を着た骸骨たちと、骸骨の馬に乗った骸骨がいた。
「多すぎィ! アイヲンモール異世界店はアンデッドだらけのダンジョンかよ!」
「すまんナオヤ、ゴーストたちは陽の光がツライから外はムリだって」
「へえそうですか! でもスケルトンは平気なんですね! 待て待て待てゴーストもたちって! アイヲンがヤバい。死んでも働かせるアイヲンがヤバい」
道理で誰もいないはずの夜の店内で視線と気配を感じたわけだ。
ちょっと納得した自分が怖い。
「いえ、私たちはお願いして働かせてもらってるんです」
「……はい? しゃべった? スケルトンが?」
大量の骸骨、スケルトンたちの中で一人——一体? だけ、装甲付きの骸骨馬に乗った骸骨。
モヒカンみたいな飾り付き兜に装飾がきらびやかな鎧、マントを羽織った偉いっぽいスケルトンから声がした。
「ふふ、違いますよ。私はスケルトンじゃありません。よいしょっと」
骸骨馬から一人の女性が下りてきた。
偉いっぽいスケルトンの体に隠れて見えなかったらしい。
青い飾りが入った黒のローブ。
手にした木の杖とあわせて魔法使いっぽい。
首から下げたネックレスは何かの文字か記号だろうか。
あとデカい。伊織さんには負けてそうだけどデカい。
無理やり視線を外すと、青い瞳と目が合った。
光の当たり方か、長い黒髪は青みがかったように見える。
「はじめまして。私はアンナ=マリアです。アンナと呼んでください」
「あっはい。はじめまして、アンナさん。アイヲンモール異世界店の店長になったナオヤです。挨拶が遅くなってすみません」
「いえいえ、こちらこそ申し訳ありません。このところ地下室に籠もりっぱなしで気付きませんでした」
優しげにふわっと笑うアンナさん。
大人の女性の余裕と優しさを感じる。
地下室。そういえば地下のボイラー室の先に、見取図に用途が書かれていない部屋がいくつかあったっけ。
「ああそうですか! それにしてもよかった、従業員はスケルトンとゴーストだらけで人間は俺とクロエだけなのかと思いましたよ! まあクロエはエルフですけど!」
「あの……ナオヤさん、私……」
照れたように頭をかく俺をじっと見つめて、言いにくそうにモゴモゴするアンナさん。
なんかイヤな予感がする。
アンナさんはスケルトンたちと一緒に現れて、というかスケルトンの親玉っぽいヤツの後ろに乗ってきたわけで。
いまも各種スケルトンたちはアンナさんの後ろに控えていて。
聞きたくない。
聞きたくないけど、アンナさんもスケルトンたちもウチの従業員らしくて店長は俺だ。
俺は意を決して、さらっと聞いてみた。
「どうしました? え、その姿なんだしアンナさんは人間ですよね?」
「えっと……元人間、ですね」
「あああああ! 元って! 元人間って! それつまり人間辞めちゃったわけですねへええ人間って辞められるんですね!」
「元人間で、いまはリッチです。ゴーストとこの子たちは私の配下ですよ」
「おおおおお! やっとまともそうな人が来たと思ったのに! 人じゃない人来ちゃった! 高位のアンデッド来ちゃった!」
わめく俺を見てもアンナさんは笑顔を崩さない。
「ふふ。ナオヤさん、このお店の警備と清掃を担当しているのはゴーストとこの子たちです。アンデッドですから疲れ知らずで睡眠も要りません。それに……」
「……それに?」
「お給料をいただくのは、私だけです」
「わかった、俺わかっちゃったわ。そりゃアイヲンが大喜びで雇いますわ。24時間働けるタイプのチームが給料一人分って!」
俺の反応を見てアンナさんはクスクス笑う。
なんかクロエよりまともっぽい。アンデッドだけど。リッチでアンデッドたちの親玉らしいけど。
「はあ……いや、こっちでアリなら俺がとやかく言うことじゃない。むしろ店長で責任者な俺にとってもありがたいわけで」
そう、アンデッドなことを気にしなければメリットだらけだ。
警備も清掃も大人数が必要なわけで、でもアンナさん一人の人件費ですべて担当してくれるらしいから。
なんとか自分を納得させる。郷に入っては郷に従え的な。
「よし。大丈夫、大丈夫だ俺。むしろメリットだらけでOKだ。アンナさん、今後ともよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
「ただ一つだけ、恥を忍んでお願いがありまして……」
「なんでしょう?」
「……夜、俺にゴーストとスケルトンを近づけないでくれませんか?」
俺は深々と頭を下げた。
ビビってないし! トイレのあとでよかった、前ならチビるところだったとか思ってないし!
「ふふ、わかりました、ナオヤさん。みんなに言い聞かせておきます」
そう言って、アンナさんは笑った。
リッチなのに優しそうでクロエよりまともっぽいんですけど……。
「ナオヤ、挨拶は終わったか? あと一人いるんだが」
「あら、あの子もまだ挨拶してなかったんですね」
「はい? え、クロエ? アンナさん?」