第六話 くく、くはは! ナオヤ、商売とは楽しいものだな!
店舗入り口に戻った俺を待っていたのは、予想もしない光景だった。
「軽い、軽いぞ! この猫車もなんて滑らかなんだ! すごい、すごいぞアイヲンモール!」
店舗入り口と土の道を結ぶアスファルトの横ではしゃぎまわるクロエ。
俺が渡したスコップでザックザックと土を掘っては猫車に投げ入れて、ダッシュで猫車を押す。
掘り返した土は噴水横に溜めてるらしい。
土はこんもりと小山になっていた。
「ク、クロエ? クロエさん?」
「おおナオヤ! もうすぐ片側が終わるところだ! 芝生の種はどれぐらいの深さに蒔けばいい?」
「ええっと、土を柔らかくすれば浅い場所でよかったような。つまり土をどけたのはムダなような」
「そうか、じゃあ埋め戻さなくてはな!」
「いやノリノリすぎるだろ。せっかく運んだ土がムダだったのにご機嫌すぎるだろ」
俺の言葉を聞いてさっそく動き出したクロエ。
顔が引きつる。
アスファルトの横に芝生を植えてみるのは育つかどうかの実験みたいなもので、こんな大掛かりにするつもりはなかったのに。
「ま、まあ楽しそうだしいいけど。土にまみれるエルフ、かあ」
エルフってなんだろ。
まあ森に暮らすイメージはあるわけで、だったら土いじりしてもおかしくないか。
「ナオヤ! このスコップも猫車も売っていいのか? これはきっと売れるぞ!」
「え? スコップもあるし、昨日荷車も見たし猫車もこっちにあるだろ? 売れるか?」
「ああ、たしかにどちらもある! だがナオヤが持ってきたこれは売れる! 軽くて丈夫なスコップも、これほど滑らかに進む猫車もないからな!」
「ああ、なるほど。そのへんは基本技術のレベルの違いかなあ」
同じ物はあっても、きっとスコップの金属の質が違うし、猫車はタイヤやベアリングなんかの精度が違うんだろう。
「となるとツルハシやほかの園芸用品も売れるか。あー、アイヲンモール春日野店の隣にあったホームセンターもこっちに来てればなあ、ってそれは売上にならないし!」
「なあナオヤ、これ売ってもいいんだろう? おばちゃんたちも喜ぶと思うぞ!」
「……まあこの世界にある商品の改良版なんだし、売っちゃうか! 在庫はあんまりないけど!」
日本の商品は継続して仕入れられないし、この世界にない商品を販売したら何が起こるか、何に繋がるかわからない。
でも、このままじゃ月間一億円の売上なんて夢のまた夢だ。
「クロエ、品切れ御免のお一人様一品限りで売り出すぞ! ああ、一人で一品ずつ何種類も買うのはOKで!」
「おおっ! なあナオヤ、ほかにこういう物はないのか? おばちゃんも商人もきっと買ってくれるぞ!」
「いやウチはホームセンターじゃないし。あとは小型のツルハシと小さいシャベルぐらいだな」
「小型の物もあるのか! くっ、私がこの商品に気付いていれば! 見慣れた物なのにこんなに違いがあるなんて!」
「はいはい、じゃあ品出ししてくるわ。売値も決めないとな」
スコップを振るってすごい勢いで土を戻すクロエを置いて、俺は販売準備をはじめることにした。
在庫が少ないから全部売れてもたいした売上にはならないだろうけど……。
アイヲンモールの商いを知ってる日本人は俺しかいないんだし、焦らず一つずつやるしかない。
「おばちゃん! このスコップすごいんだ! ほら持ってみて持ってみて!」
「どうしたのクロエちゃん? あらほんと軽いわね」
「それにこの猫車! 押せば違いがわかるはずだ!」
「あらあらすごい! でも一輪じゃなかなか、ねえ。倒しちゃいそうだもの」
「むむっ!」
俺が異世界に来てから二度目の開店を迎えたアイヲンモール。
昨日と違って、店舗入り口の前は活気づいていた。
在庫にあった園芸用品を売り出すにあたり、ノリノリなクロエが実演販売しているのだ。
俺が指示したわけじゃないのに、楽しそうに。
「そこの護衛の冒険者! 冒険のおともにこのツルハシとシャベルはどうだ? 街で売ってる物と違って軽いから持ち運びに便利だし、丈夫だぞ!」
「おう? ちょっと貸してくれ」
「商人さんにはこっちのスコップがおすすめだ! 馬車に一つ積んでおけば、荒れた道を通る時に使えるだろう?」
「場所によっては道が悪いところもありますからねえ。どれ、試してみましょうか」
昨日は水場とトイレを使った申し訳程度に瓜系野菜を買っていったお客さま。
今日はその人たちとは別人だけど、お客さまの反応はいい。
「おう、その値段でいいならこのツルハシとシャベルを買ってくわ」
「ありがとうございます! ナオヤ、こちらの冒険者さんがお会計だ!」
「了解、いま行く」
活気があるだけじゃない。
日本から持ち込んだ園芸用品を手にしたお客さまは、「その値段なら」と買っていくことが多かった。
いまも、クロエいわく「冒険者」のお客さまが小型のツルハシとシャベルをお買い上げだ。
どっちもこの世界の値段にあわせて、価格破壊しないように日本円換算で3,000円台にしたんだけど。
「日本円の換算間違ってるのかも。いや、日本の技術に対して元値が安すぎるのか?」
「おい、どうしたブツブツ言って?」
「ああいえ、失礼しました。お買い上げありがとうございます」
何枚かの銀貨と銅貨を受け取る。
まだ馴染まないけど、これがこの国の通貨らしい。
けっきょく頭の中で日本円に換算して、計算してからお釣りを渡してるけど。
「くく、くはは! ナオヤ、商売とは楽しいものだな!」
「はいはい後でなクロエ。ほら、次のお客さまだ」
「ああ、任せろナオヤ!」
お客さまとおしゃべりするだけではなく、申し訳程度に野菜を買ってもらうだけでもなくて、欲しいと思っていただいて購入してもらう。
そんな当たり前のことを、クロエはただ喜んでいた。
きっとこれまで、クロエなりに悪戦苦闘してきたんだろう。
そもそも現地採用でアイヲンモールのことを知るスタッフが誰もいないのに店長って不憫すぎる。
だからって俺をいきなり異世界に送り込むのもどうかと思うけどなァ!
「なんでもやらせりゃいいってもんじゃないだろ! アイヲンヤバい!」
お客さまがいるから今日は小さな声で。
誰にも聞かれずに、俺の独り言は消えていった。
俺が店長になってから二日目のアイヲンモール異世界店。
本日の来客数、38人。
売上、81,000円。
※架空のショッピングモールであるアイヲンモール春日野店が東日本のため、
スコップを大型、シャベルを小型の東日本準拠?にしています