第五話 これ、日本からの仕入れが半年に一度ってのが一番キツいかも
まだ陽も昇りきっていない早朝。
俺はアイヲンモール異世界店の外にいた。
ゆっくり体を伸ばして深呼吸を繰り返す。
「よし、ストレッチ終わり! 森が近いからか空気がおいし……いやちょっと埃っぽいな」
アイヲンモール異世界店の駐車場は、ほとんどがむき出しの土だ。
街と街を繋ぐ道も土だから、この世界ではこれが当たり前らしいけど。
広さは日本のアイヲンモール並み、つまり学校のグラウンド以上だから埃っぽいのも当然か。
「これはなんとかした方がいいかもな。壁が汚れるのも早そうだし。それに雨が降ったら……まあ馬車でも徒歩でも、敷地の入り口から店舗まではアスファルトで繋がってるけど」
アゴに手を当てて考え込む。
昨日は来客数42人、売上16,000円。
アイヲンモールとは思えないような数字だった。
月間一億円の売上目標を達成するためには、まず客数を引き上げなきゃ話にならない。
「とりあえず看板でも立てるか。水場あります、トイレあります、雨宿りできますって。……休憩所かよ! ドライブインかってそもそも車がないけどな! でもほら道の駅的なアレで!」
自分で言っておいて自分に突っ込む俺。
薄暗い早朝のアイヲンモールの駐車場で。完全に不審者だ。
まあ誰もいないし、見られなければ不審者でもなんでも——
「ナ、ナオヤ?」
「はい見られてました! おはようクロエ今日はずいぶん早く来たんだな!」
「お、おはようナオヤ」
ちょっと引き気味のクロエ。
俺の奇行は前店長でポンコツなエルフに見られていたらしい。
「その、大丈夫かナオヤ? 今日はゆっくり休んでた方がいいんじゃないか?」
「昨日の悪漢扱いと違って優しいけどその優しさが俺の心を抉るな。気にしないでくれ。いやほんと気にしないで。むしろ忘れて」
「あ、ああ、なら忘れよう」
クロエは半歩後ずさる。
引きつった笑顔がツラい。
「それで、こんな早朝にどうした?」
「ああ、今日からナオヤが仕切るって言ってただろう? ワクワクして目が覚めてな! こんな気持ちはエルフの里から家出したとき以来だ!」
「子供かよ! あとなんか聞き捨てならないセリフが聞こえたんですけど!」
「なあナオヤ、手伝えることはないか? 営業開始までまだ時間があるだろう?」
「あー、そういうことか。どうしようかなあ」
売上をあげるために、今日から俺が本格的に店長として仕切る。
クロエは俺がどんなことをするのか楽しみにしていたらしい。
まだ三年目だけど俺は株式会社アイヲンの社員だし、クロエは現地採用でほかのアイヲンモールを知らないわけで。
きっとこれまで、クロエなりに手探りでがんばってきたんだろう。売上16,000円だけど。
「俺はこのあと売れそうな商品を探して、クロエの意見も聞きたいけどそれはまだあとで……ああそうだ、クロエ。土が埃っぽいし、ちょっと緑を植えたいんだけどどう思う?」
「正気かナオヤ!? これだけ広くて平らな場所はなかなかないんだぞ! なんなら練兵場にすればいい!」
「鍛えないから。兵士もいないから。あー、でも広場やグラウンドとして貸し出すのはありか。緑を植えるのはひとまずアスファルトとの境あたりだけにしよう」
「せっかくの練兵場なのにもったいない……」
「いやお前エルフだろ。緑が増えるんだし喜ぶんじゃないのか。それに境界だけだし」
今日はクッコロに走らなかったけど、あいかわらずクロエはズレてる。
俺のエルフのイメージの方がズレてるのかもしれないけど。
「ナオヤ? どこに行くんだ?」
「緑を植えるのに使えるものを取ってくる。掘り返す道具は必要だろ」
「ほっ掘り返すだと!? 農家のおばちゃんから聞いたから知ってるんだぞ! 耕す! 掘る! わ、わた、私を掘ったり耕したり……くっ、殺せ!」
なんか背後から聞こえてきたクロエの言葉を無視して、俺は店内に戻る。
アイヲンモール異世界店の、駐車場の近くにあるスペースの一角。
そこに、目当ての物を取りに行くために。
「ほらクロエ、これを使ってちょっと掘り返して、この種を埋めてみてくれ。テストだからそんなに大掛かりにやらなくていい」
「ほ、掘り返して……種を……人族は早朝からケダモノすぎるッ! 父様母様、クロエは」
「いや違うから。これはただのガーデニング用品だから。芝生の種と……スコップぐらいこっちにもあるだろう?」
俺がクロエに渡したのは、先が尖った大型のスコップと芝生の種だ。
日本にいた時に俺が働いていたアイヲンモール春日野店は、すぐ隣に別会社のホームセンターがあったから園芸品はほとんど取り扱ってなかった。
でも昨日、閉店後に売れそうなものを探してまわった時に見つけたんだ。
「なんだ、そういうことか。ああ、スコップはある。土を掘るならほかにも農具はあるけど」
「んじゃ売り物にはならないか」
「このスコップはすごく軽いな! すごい、すごいぞナオヤ! これなら下草ごと掘り返せそうだ!」
「いやエルフは緑を大事にするんじゃないのか。あと腕力すごいな。この世界のエルフは肉体派か」
ニッコニコでスコップを振りまわすクロエ。
風圧を感じてちょっと離れる俺。
「そうだな、じゃあアスファルトの横を掘り返して、芝生の種を植えてみてくれ。芝生が育つかわからないし、ちょっとでいいぞ」
「任せておけナオヤ!」
ブオンッと一つ大きく振ってから、クロエはスコップを肩に担いだ。
ノリノリで離れていくクロエを見送る。
スコップは売れるかもな、なんて考えながら、俺は異世界で売れる商品を探すためにアイヲンモール異世界店に入っていった。
「家具は在庫が少ないから微妙。家電は異世界に電気が通ってないからダメ。いや電気が通ってる可能性も?……ないな。アイヲンモールが特別なんだろ。二階の衣料品。数はそこそこあるけど、売れ筋がわからん。奇抜に思われて売れないかもしれないし」
ブツブツ言いながらスーパー部門の二階と三階売り場を見てまわる俺。
テナントスペースは何もなかったけど、ドラッグストアや二階と三階の売り場には商品が並んでいた。
ロープを張って閉鎖されているから、売り出してはいないけど。
それにほとんどの商品は売り場に並んでる限りで、バックヤードに在庫はない。
「食品の在庫も限られてるんだよな……これ、日本からの仕入れが半年に一度ってのが一番キツいかも。発注出せるのは半年後で、届くのは一年後だしなあ……」
ボヤく。ボヤかずにはいられない。
家電はともかく、家具や寝具、文房具にオモチャ、各種食品、売れそうな物はある。
セールとして安売りすればお客さまの目を引けそうな品もある。
でもどれも一時的なものだ。
一日に均した334万円の売上目標は達成できても、月間一億円は厳しいだろう。
「とにかく一度街に行って、異世界の生活と売ってる物を確かめないとなあ」
これだ! と思える商品は見つからなかった。
というか仕入れが半年後だからどれも継続的に販売できないんですけど!
人気商品を作れても即品切れなんですけど!
前途多難すぎる現実を前に、俺は一階に、アイヲンスーパーの開店準備に向かった。
がっくり肩を落として。
※架空のショッピングモールであるアイヲンモール春日野店が東日本のため、
スコップを大型、シャベルを小型の東日本準拠?にしています