プロローグ
プロローグのみ三人称、本編は一人称です。
——『あ』から『ん』まですべてが揃って、『愛』がある
そんなキャッチコピーを掲げるショッピングモールがある。
食料や日用品はもちろん、家具や家電、衣料品にオモチャまでなんでも揃い、豊富なテナントには各種専門店が並び、映画館や医療モールを備え、フードコートの充実っぷりも有名だ。
休日ともなれば広大な駐車場に車が並び、来客の笑顔であふれかえる。
郊外において外出と言えば、遊びに行くと言えば、デートと言えば、ここに行くことだと言っても過言ではない。
その充実っぷりと人の多さから「小さな街」とも言われる、郊外型大規模ショッピングモール。
五十音の最初の二音から最後の二音までありとあらゆる商品が揃い、訪れた人を笑顔にする「愛」がある。
それが、『アイヲンモール』である。
「後ろにあるのはたしかにアイヲンモールだな……」
夜のアイヲンモールの駐車場に立ち尽くす男がいた。
ライトアップされたアイヲンモールを見つめて、呆然と。
谷口 直也、24歳。
大学卒業後に株式会社アイヲンに入社して、アイヲンモール春日野店で働いている男である。
「暗い森、青い月、車サイズで角があるウサギ、屋上のドラゴン、あ、なんかめっちゃキレイに星が見える。……渦巻きの天の川は初めて見たなあ」
ぼんやりと呟く直也。
すべて、たったいま目にしたものである。
アイヲンモールの、駐車場で。
「はあああああ!? なんなのコレ! え、ドッキリじゃなくて? 夢でもなくて?」
バタバタと動きまわり、直也は頬をつねる。
ピタッと止まる。
直也は、先日受け取った辞令を思い出したのだ。
アイヲンモール*%#店と、読めない店舗名が書かれた辞令を。
「……はは、ははは。あ、なるほど、そういうことね。わかった、俺わかっちゃったかも」
うつろな目をして乾いた声で笑う直也。
背後のアイヲンモールにも駐車場にも人気はない。
直也の奇行を咎める者はいない。
いま、ここには。
「俺の異動先、アイヲンモール異世界店ってこと!?」
ライトアップされたアイヲンモールを背に、直也が叫ぶ。
「異世界ってなんだよ! さっきの地震かあの落書きのせい!? いやおかしいだろ!」
青い月はただ、直也の奇行を照らしていた。
「そもそもなんで異世界にアイヲンモールがあるんだよ! さっすが業界最大手、進出には積極的ですね!っておいいいいいい!」
直也に答える声はない。
今のところは。
※この物語はフィクションであり、実在するいかなる企業・いかなるショッピングモールとも一切関係がありません。くれぐれもよろしくお願いいたします。