PARTIAL TALE Akiyama
「ただいま」
秋山は仕事が終わると成功、失敗にかかわらず気が重くなった。勿論、今まで仕事で失敗したことはない。ただ、成功しても自責の念がこみ上げてくるところを考えると、失敗した場合自分は自殺でもしでかすのではないかと不安で仕方ない。
死ぬことが何よりもいやだった。仕事が終わると次の仕事への不安で何日も寝られない日々が続いた。それでも今までは、次の仕事が下されるまでに最低でも二、三週間の猶予があった。そのおかげで、何とか自分を保っていた。それなのに、今回に限って連続で仕事をしなくてはいけないなんて。家に仕事を持ち込むことが、秋山にとっては耐えがたい苦痛だった。
「お帰りなさーい」
まだ、七歳になったばかりの一人息子が玄関で出迎えていた。妻の姿は見えなかった。
息子の顔を見たとき、一瞬心が和んだ。家族とは、親子とは、本当にいいものだなと秋山は思う。それだけに残念だった。
「お母さんはどうしたんだ」
靴を脱ぎながら尋ねる。
「お母さん、今お風呂。ねぇ、お父さん。お母さん何か怒ってたよ」
それは大変だなと、苦笑いしながら秋山はリビングへと向かった。
「これは何なのよ」
バスタオル一枚を身体に巻きつけた妻の、驚き叫ぶ姿は爽快だった。
「何よこれ、どうなってるのよ」
ソファの上にはうつ伏せで倒れている息子がいた。ついでに付け足すのならば血だらけの、だ。さらに言えば、それは秋山が短銃を使い、やったことだった。
「何で。何がどうなっているのよ」
妻の戸惑いが秋山にあることを実感させた。
なるほど、これは俺の天職だったのか。自責の念なんてクソ食らえじゃないか。秋山は不気味な高揚感を抱きつつ短銃の照準を、震えている妻に合わせた。
「た、助けて。何でこんなことを」
女と言うのは、だまって死ぬことも出来ないのかとあきれた。そうして気づく。男も大差ない。黙って死んでいってくれるのは幼い子供だけだ、と。
秋山はためらわずに引き金を引いた。実際に怖いのは弾丸ではない。銃口なのだ。と、若いころ読んだ小説に書かれていた気がする。確かにそうなのかもしれない。ただ、確かめようが無い。秋山が銃口を向けた相手は全員死んでしまっている。
死ぬ直前に今までの人生がフラッシュバックする。と言うことも書かれていたような気がする。いや、これは違うか。ただ、殺した方もフラッシュバックするのは知らなかった。
二ヶ月前のことだっただろうか。久しぶりにぐっすりと眠ることができ、正午近くに目が覚めた。
「あなた。言いたいことがあるんだけど」
点けられていたテレビのワイドショーでは、熟年離婚の事が話題になっていた。もしかすると。ただ、秋山はまだ三十代だったので早すぎるのではないかと気にかかった。
「あなたがどんな仕事をしているのか、いまだに知らないんだけど」
女と言うのは、何でも知りたがる。子供もそうだ。男は、まあ、どうなんだろうか。
「聞いてるの。いつも、出張なのは仕方が無いわ。ただ、なんで出張から帰ってくると何週間も、ずっと家にいるの。これっておかしくないかしら」
「何言っているんだ。家族を大切にしたいからに決まってるじゃないか」
なぜ妻の癇癪球が破裂したのか、秋山は理解に苦しんだ。次に妻の言った言葉には、さすがに参った。白旗だ。降参だ。もう一回、寝かしてくれないか。
「仕事と私。どっちが大事なの」
「お疲れ。我が社一押しの殺し屋、秋山」
自分よりもいくつか若く、顔立ちは美女の部類に分類されるであろう上司の吉良喪絵が言った。
「そんなにおだてないでくれるか」
秋山邸には、組織の社員が何人もやってきていた。秋山は妻を殺した後、会社ならぬ組織に電話した。無論、後処理を頼むためだ。
「普通いないよ。自分の妻子を仕事で殺すヤツって」
吉良喪絵が軽快に笑った。その姿もさまになっていた。
「仕事のほうが大事だからな」
「あら、そうなの」
吉良喪絵は笑いながらそう言って続けた。
「とりあえず、一家心中ってことにして家、燃やすから。秋山には今から医療班のところに行ってもらうわよ」
「なんのためにだ。それと、一家心中にするのなら俺の死体も無いとまずいんじゃないのか」
秋山が疑問を口にすると、吉良喪絵は間を空けずに返してきた。
「整形に決まってるじゃなの。ちなみに死体は本部の倉庫で冷凍してるヤツらのを適当に使うから」
そして、「そのための隠蔽班じゃないの」と言って、せわしなく家の中を動き回っている社員たちに指示を出した。
「それともあんたが死体になろうか」
遠慮しておく、と言ってから秋山は玄関から外に出る。
外にはワゴン車が二台、駐車してあった。
そのうちの一台から、スーツ姿の童顔な男が降りてきて秋山に言った。
「それでは出発しましょう。早く乗ってください」
秋山が乗り込むと、ワゴン車は動き出した。じわじわと加速していくのに反比例しながら、秋山の気は軽くなっていった。