花火とともに
切ない初恋が終わる瞬間の物語です。
拙い文章ではありますが、読んでいただけると嬉しいです。
「__へえ、そうか……。ああ……お幸せに」
心にもない言葉。でもこれで良かったのだと思う。これでやっと、長い長い片思いを、報われるはずのないこの思いを断ち切ることができるのだから。
幼馴染だった彼女。でも気づけば、もっと違う思いに変わっていた。初恋、だったのだと思う。でも、俺は思いを伝えなかった。いや、伝えられなかった。臆病な俺はこの距離が遠くなるのが怖かったのだ。彼女が大切だから、困らせたくないから伝えない、そんな言葉で自分の心を偽って。俺は自分が大切だっただけだった。傷付くのが怖かっただけ、自分が可愛いだけだった。結局、俺には覚悟が足りなかったのだ。思いを伝えることで、今の関係を壊す覚悟が。
思いを自覚したのは中学一年の頃。隣のクラスの女子に告白された時だった。俺は剣道部の期待のルーキー、彼女は部活のマネージャー。それなりに仲も良かったと思う。だが、俺は断った。その時は自分でも理由は分からなかったが、俺の中に彼女と付き合うという選択肢は存在していなかったのだ。
「やっぱり、雛希ちゃんが好きなんだね……」
彼女は泣き笑いを浮かべて言った。最初は、雛希?何故そこで幼馴染の名前が出てくるんだ、と不思議に思ったが、続けられた言葉で自分の思いに気づいた。
「愁君、いつも雛希ちゃんの事見てたもの。分かってた、振られるなんて事」
それでも伝えたかった、好きなんだと知ってほしかった、と泣きながら言う彼女に胸が締め付けられた。でも、気づいた、気づいてしまった気持ちを無視なんてできなかった。彼女に応えることはできなかった。
「ごめん、奏……。俺は、雛希が好きだ。だから奏の気持ちは嬉しいけど、応えられない」
気づかせてくれて、ありがとう、と俺が続けた言葉に、彼女は少し微笑んで、幸せにならないと許さないから、と言った。
それから、俺は雛希を意識しすぎてどう接したらいいか分からなくなり、少し距離ができてしまった。その上、進級してクラスが別になり、ほとんど話さなくなってしまった。距離が縮まらないまま、季節は過ぎ去り、中学三年に。進学先は別になる。俺は剣道部の強い全寮制の私立へ、雛希は夢のため県内で偏差値トップの進学校へ。このまま伝えられずに終わるのか……。半ば諦めていた時だった、雛希に一緒に夏祭りに行かないか、と誘われたのは。
「夏祭りに行こう。最後の思い出を作りたいの」
思いを伝える絶好のチャンスだ。そう思った俺は頷いた。
簪の鈴を揺らして、浴衣を着た雛希が待ち合わせ場所に来た。
「ごめん、待たせちゃった?」
少し不安そうに顔を覗き込んでくる雛希に顔が赤くなる。
「遅いぞ。別に気にはしていないが……」
赤くなった顔を見られたくなくて、顔をそらす。ほっとしている雛希の手を少し強引につないで歩き出す。祭囃子が近くなってきた。今日が最後のチャンスだ。
「え、どうして手を……?」
手を引かれて戸惑う雛希にはぐられたら困るからな、と返す。子供じゃないんだから、と笑う雛希を見て、このまま傍に居てほしいと思った。そのためにも、伝えなくてはならない。
しばらく歩くと射的の出店が見えてきた。その景品の一つに雛希に似合いそうな髪飾りを見つけた。渡したら喜んでくれるだろうか。
「なあ、射的やっていってもいいか?」
雛希が頷いたのを確認して、射的を始める。何とか取れた髪飾りを見て、頬が緩んだ。こちらを見ながら首を傾げる雛希に髪飾りを無言で差し出した。
「え?何?」
不思議そうな雛希が何だか可愛くて好きだな、と実感する。このまま黙っているわけにもいかないので小さく呟く。
「似合うかもな」
そっと頭を撫でながら言うと、雛希は少し呆けた後にありがと、とはにかんだ。
「大事にするから!」
嬉しくて笑みが浮かぶ。伝えてしまおうか、そう思った時だった。
「あ、そろそろ花火が始まる時間だった!」
走り出す雛希を見て楽しみにしてたんだなと思った。あとを追いかけながら、花火を見ながら伝えようと決めた。
「ここなら、綺麗に見えるはず……」
腰を下ろしながら雛希が呟いた、すぐ後にドーン……と花火が上がった。目を輝かせて花火を雛希を見て、今なら伝えられる、と思った。
「あの、さ。雛希……」
そっと呼びかけると雛希は首を傾げ、何?と言った。緊張で声が小さくなる。花火にかき消されるほど小さく。
「ごめん、花火の音で聞こえなくて……
」
何て言ったの?と尋ねる雛希に何だか言い辛くなってしまった。誤魔化すように、花火綺麗だなって言ったんだ、と言って、口を閉じた。もう最後なのに、そう思っても口を開くことはできなかった。雛希の表情が、俺を拒んでいるように見えて。
__俺の雛希と過ごす最後の夏は終わった。
あれから約十五年。来月に雛希は結婚する。高校の時から付き合っていた人とらしい。電話越しの雛希の声は明るく弾んでいて、とても幸せそうだった。幼い恋はいつしか愛に変わっていった。今では雛希が幸せならばそれで良い、と思えるようになっている。……ただ、ほんの少し、純白のドレスを纏って笑う雛希の隣に立つのは、俺が良かったな……と思った。
◇◇◇
私には幼馴染がいる。不器用で優しい王子様みたいな人。でも私は、彼の思いを聞こえないふりをして誤魔化した。遠くなる距離、彼はいつか私を置いていくのだろう。だから、花火の音に隠した。好きだよの一言を。
◇◇◇
__花火とともに消えた言葉
報われない恋心__
今日も君の幸せを願う。こんな俺は滑稽だろうか?
私は恋愛経験はほとんどありませんが、ちゃんと悲恋になっていると嬉しいです。