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短編妖怪モノ

塗リ壁クライシス

作者: 月みくろ兎

「これは例えばの話しなんだけれど、腰まである黒髪に白肌白ワンピ姿の純情系美女――――ううん、今の時代で言えば美少女に迫られる誰かさんは運が良いと思うんだ。ほら、世の中には出会いが少ないと嘆き諦めこじらせる草食ぼっちが多いだろう?そう考えると、その美少女はなんて優しいんだろうね」

「それは例えばどころか本当の話しなんだが、そんな自称優しい女に何日も監禁されている俺は全く運が良いとは思えない。気づいたら俺の小さな部屋であんたに縛られていたなんて何の冗談だ。しかも美少女ってのは外見だけのとんでもない悪霊じゃねえか」

「っ、何を言っているんだい?この塗り壁さんはずっとずぅっと前から君だけを狙うような一途な女の子だよ?それなのに酷い、いくら塗り壁さんより背が低いからってそんな事言わなくっても良いじゃないか。性格がひねくれて目が死んでいみたいに暗くって、髪も服も適当な腹黒イケてない系男子である君に付き合ってくれるなんて、なんと優良な彼女だと褒めてくれても良いくらいさ」

「ぐうっ、はっきり言うなよ。性格的にも生命的にも逝っちまってる系の彼女なんて作った覚えはない。それとこれは言い訳じゃないが、あんたがデカイだけだろ。はぁ、そんなに背が高いくせに何でそんな絶壁なんだ」

「え――――?えっ?絶壁、絶壁だって?この塗り壁さんの綺麗な体を君は小さなテーブルを挟んで凝視している癖に、望めば触れられるくらいの近さで溜め息まじりにそんな風に絶望的に言うなんて――――くく、くくくっ」

「わ、悪かった。凝視しているのはあんたを警戒しているのが理由だが、確かに今のは俺の言い過ぎだ。謝るからそのどす黒いオーラと邪悪な笑顔を見せるな!ほら、大きさじゃなく形の方が大事って言うだろ?あんたの胸だってよく見れば――――」

「ぬー、ぬー」

「何故に胸をはる?もう弓なりって言っても良いくらいに」

「えっ?気のせいじゃないかな?君の目は節穴だよ、だからほらほらもっとよくよく見て見て」

「そうだな、気のせいだった。形以前にあんたのはどれだけ見ても分からなかった。残念だよ。俺だって探そうと努力はしたってのに、取りつく島も山もないんだからな」

「あはは、流石の塗り壁さんも恥ずかしいよ。触らなきゃ分からないだなんて、君はそんなにまでこのすべらかな柔肌を触りたかったんだぬー?これはお姉さんが一肌脱ごうかぬー」

「ポジティブ過ぎだろ!?そんなつもりは全くないって。それよりその『ぬー』ってやつは一体なんなんだよ。何かこう呪われそうで怖い、邪悪なものがにじみ出ているよな」

「あれ、可愛くなかった?ほらあたし塗り壁さんだからね、キャラ付けしようかと思ったんだよ。だからこれはどうかなって思いついたんだよぬー」

「言っちまったよ!?ぶっちゃけちまったよ!?その人を呪い殺せそうな邪悪なオーラだけでも充分個性的なんだ、性格も凄いってのに更によけいな語尾までつけるなよ。客観的に見ればあんたは可愛いより美人な方だし、そんなもん似合わないだろ。何よりかぶっている気がしないでもないからな」

「二番煎じだとでも言うのかい?ちぃっ、やってくれるね。この塗り壁さんを怒らせたらどうなるか、このあたしを本気にさせたらどうなるのか、見せつけてあげるよ」

「止まれ!!何故にワンピを脱ごうとしているのか教えてくれ。ああ、そのまま動くなよ。この位置なら見たくなくても見えちまうからな」

「二番煎じなんて言われたら一番になるしかないじゃないか。一肌脱ぐと言ったよね。塗り壁さんも初めてだけど、二次元しか知らない君の為なら頑張るよ。ほら、君って女の子と話すと上手く言葉が出なくなるような可愛そうなくらい可愛い人だから、ここはお姉さんに任せて全て差し出すべきだよ」

「ぐあぁっ!止めろ、止めてくれ!それ以上言うな、世の中にはそんな男子が居たって良いじゃないか。ああ俺は何も悪くない、ただ運が悪いだけ、世界が優しくないだけなんだ」

「そうだね、世の中ってやつはいつも無情なのさ。けれど大丈夫、君にはこの塗り壁さんが憑いているじゃないか。やったねお父さん、子供が出来るよ」

「おいやめろ。今のついてるってニュアンスはおかしかったよな?邪悪なオーラを出しながら遂にボロを出したよな?ああ、あんたに既成事実は作らせない。とにかく服を戻せ」

「ごめんね、怒らせちゃったみたいだね。今のは冗談だよ。冗談に決まっているじゃないかっ」

「い、いや、そんなに落ち込まなくても良いじゃねえか。冗談だって分かってたら俺だってそんな責めたりしないって」

「良かった。塗り壁さんが君と新たな命をつくるなんて土台無理な話だから、てっきりそのせいで責められると思っていたんだ。ほら、あたしって一応悪霊でしょ。やる前から逝ってたら出来るものも出来ないからね」

「そっちかよ!?憑かれてるのも悪霊ってのも冗談じゃねえ。冗談っぽく言っても冗談じゃ済まない。とにかくそのぶっちゃけるの止めて、ほんと勘弁して。流石にあんたみたいな美少女にそんな事言われたら辛いって」

「えっ、性的な意味で?」

「いや、霊的な意味で。どう反応したら良いか分からないだろ、一応あんたにとっちゃデリケートな話題なんだからな」

「真面目だね、それに優しいよ。塗り壁さんはこんななのにどうしてそんな事を言ってしまうんだい?君はなかなか曲者だ、あたしと同じで会話を止める才能があるよ」

「褒めてないよなそれ。俺も自覚してるから放っといてくれ。それにしてもあんたが否定しないってのはつまり図星って事だろ?今まで散々にこにこしながら言っていた癖に、嫌なら無理して話さなくて良いって」

「うーん、参っちゃったよ。意識したら急に話しにくくなったじゃないか。全く泣きたいくらい君の言う通りなんだけどさ、そろそろ塗り壁さんの話題も尽きて来たんだよね。ほら、あたしの友人達との笑い話は充分だってこの間言われたし」

「人じゃなかったけどな。狐の神様にちょっかいかけた話は体が吹き飛んだ状況をグロリアルに説明してくれたり、カラス天狗に付きまとって大泣きさせたり、あんたの友(自称)達に同情して聞くのが辛くて辛くて全く笑えなかっただけだけどな」

「待ってよ、どうして頭以外吹き飛ばされたあたしに同情してくれないの?しかもかっこ自称なんて、君は日本語を学び直した方が良いんじゃないかな?グロリアルって何かのキャラかい?」

「なんか寂しそうだったから襲っちゃったんだよねー、とか言ってたあんたの自業自得だろ。頭だけとかホラー過ぎて笑えねえよ。よく生き残ったもんだ、そもそも生きてないけど」

「う、ウソ……今のがスルーされた。そんな、この塗り壁さんをスルーするなんて君は一体どうしてそんなにひねくれてしまったのさ。スルースキルがパないぬー」

「あんたに言われたかねえよ!ブーメランをへし折るディフェンス力には驚きを通り越して恐怖を感じるけどな。そしてその語尾は止めて、な?」

「ふふん、これでも塗り壁なんだから防御力には自信があるのさ。だから君の思春期故のけだもののような熱意ですら、この塗り壁さんがどーん!と受け止めてあげるよ。さあ、この胸に飛び込んで来るが良いさ」

「あ、はい。腕を広げたところで飛び込まないし、クッション無しの断崖絶壁に飛び込んだらこっちも無事じゃ済まないので全力で遠慮しますね。それにあんたの死霊期故の化け物そのものの悪意を感じるんで」

「ちぃっ、強情だね君も。一体どれだけの時を共にすれば君は心を開いてくれるのさ?塗り壁さんはいつだって君が来るのを待ち望んでいるのにさー、女の子を悲しませるなんて酷いよねほんと」

「悲しませるって言われてもあんたは全然悲しんでる風じゃない。なのに悲しいって言うんなら、壁を作ってるのはどっちだろうな」

「っ、そうだね、そうかも。だから塗り壁さんはこんな事をしてしまっているんだ。素直になれないあたしはこんな事しか出来ないからね、強行手段ってやつだよ」

「むしろ恐慌手段だけどな。悪霊に監禁されるとかどんなホラーゲームだよ。しかしそれでもこうやって会話するだけってのはあんたにしては意外だった。悪霊になるって事はそれだけ人間に恨みがあったって事になるだろうし、いつとり殺されるかとビクビクしてたってのに」

「そんな事しない、そんなのする意味がないよ。昔はそんな事もあったけど、最近はイケメンを追っかけたりするだけで何も悪い事をしていないからね。ふふん、塗り壁さんは優しい化け物なのさ。だから君には敵わないかな?」

「敵わないって何がだよ。しかも何気にサラッと怖い事言っていなかったか」

「ほら、君って草食どころか絶食男子でしょ?だからリアルな私に一度触れたら、きっとモンスターみたいに襲われると思ってビクビクしているんだ。もちろん塗り壁さんは受け止めるよ、君のたくまし――――」

「おらあぁ!!鎮まりたまえ悪霊よ!!」

「ひいぃ!?テーブルを蹴りあげるなんて君は酷く足癖が悪いね。塗り壁さんじゃなければ危なかったよ、流石のあたしも死ぬかと思ったね」

「こいつ、止めやがった。絶壁は伊達じゃないってのかよ!?そして既に死んでるってのは、いやもういいや」

「はぁ、そんなにつれなくされると胸が痛いな。あたしだって女の子なのにさ、酷いよねほんと。なんだよ、もう。意地悪馬鹿クズゲス野郎性格ネクラな虹専オタク」

「いじけていらっしゃる!?胸で受け止めたテーブルを元に戻し、そこに突っ伏すなんていじらし過ぎるだろ。後半の暴言がなければ正直危なかった、それがなければ即死だった」

「だからさ、塗り壁さんは君を呪ったりしないって。呪うのはこの世だけ、いたずらで人間の前に立ち塞がったりしたのも昔の話しなんだ。今は擬人化的なものも流行ってるし、あたしとしてはありがたいようなありがたくないような微妙な世の中なんだけどぬー」

「塗り壁のイメージを全力でぶち壊しておいて何をしみじみ言っていらっしゃる。ワンピ姿の美女が塗り壁とか、あんたに監禁されるまで信じられなかったってのに」

「立ち塞がる物、阻む物、それが塗り壁さんの本質なんだ。だから君をこの部屋に閉じ込めるなんて簡単なんだよ。もちろんあたしだってそんなの面倒だし疲れるけどね、それだけ君の事が気になってるって訳なのさ」

「面倒なのはこっちの方だ。あんたとの話しは嫌じゃないけど、いつまでもこうしていられないだろ」

「どうして?」

「どうしてって、それは――――考えなくても分かるだろ。言わせんな」

「ふーん。ねえねえ、あたしの事知りたい?話題が尽きた塗り壁さんは、こんなになってしまった原因を君に明かそうと思うんだ。けれどもこれは君の興味を引く為の最終手段だし、同情を誘って君を誘うのが狙いさ。だから君が嫌なら止めるよ、あたしは自らの事を知って欲しいと思っているんだけどね」

「相変わらずのぶっちゃけ具合で正直こっちも戸惑う。急にシリアス顔すんな、そんなご飯を待ちわびる犬みたいな目でこっちを見るな」

「くくくっ。照れてる癖にツンツンしちゃってさ、ますます君が欲しくなっちゃったよ。うん、君はあたしが居ないとダメになる。性格や性癖がもう手遅れなくらいダメなやつでも、あたしなら平気だよ?」

「ち、ちげーし!?性癖とか言うの止めろ、ほんと止めてくれ。しかし塗り壁さんじゃなく『あたし』って連呼するのにはどんな意味があるんだ?まさかそれが素ってやつかよ」

「あ、あたし塗り壁さんって言ってなかったの?これは迂闊だったね。まさか君みたいな男の子から図星でトドメの一言をもらうなんて思ってもなかったよ」

「トドメってのは大げさ――――」

「素が出るくらいには本気みたいだ。塗り壁さんは君に本気。とっくに殺されたあたしが今更トドメを刺されるのは、冗談みたいな話だけどぬー」

「・・・・・・」

「君の沈黙に応えて話してあげるよ。完璧だった筈のあたしが崩れ堕ちた昔の話、もうどうでもいい過去の黒歴史ってやつを。さあ、塗り壁さんの昔ばなしの始まり始まりだよ」

「分かった、聞いてやるから座れ。とにかく座れ。胸を反らしながら見下ろされても、赤くなった顔じゃキメ顔にならないだろ」

「ぬー、これは照れた訳じゃないのさ。そんなに舐めた口をこの塗り壁さんにはくなんて、君・・・呪うよ?」

「黙れ悪霊!!今更カッコつけてないで話があるならさっさと済ませろ!」

「そんなにあたしを知りたいと叫ぶなら仕方がないね。こほん、じゃあちゃんと聞いていなよ。これは断崖絶壁のように退路のない、堕ちて行くだけの女の話なんだ――――」



完璧、あたしは正に完璧だったんだよ。こう見えて武家に生まれたお嬢様でね、それはもう完璧に教育されていたのさ。

何をって?そんなの決まってる。花嫁修行ってやつだよ。もちろん嫌だった、と今のあたしなら思うだろうけれど、その時はそれが当然だと思っていたよ。

箱入り娘ならぬ壁入り娘。外出も許されない塀の中で、あたしはそれだけの為に生きていたからね。男子の生まれない終わりかけた家、お家を存続させる為の生け贄人形として。

いや、別に親を恨んでは居なかったよ。だってそうだろう?時代が違う、世の中が違う、価値観も生きざまも今とは全く違うのさ。少なくともその時のあたしの見ている世界はそれだけだったし、それだけが望まれていた役目だったんだから、期待に応えたいと思うのはただの小娘には至極当然の流れだよ。

それでね、よその家の三男坊を婿にする事が決まった。決まっていたって方が正しいかな?会った事もないままに、あたしの答えなんて聞かないままに物事は進んでいたからね。でも不満なんてなかったよ、何度も言うけどそれが閉ざされたあたしの生き方だったから。

ううん、恋なんてしないよ。恋を経験していたらそんな生き方嫌だって思えた、気づけたのかもしれないんだけれど、残念な事にあたしは若い男と会う事すら許されて居なかったんだよ。

笑っちゃうよね。そこまでしてあたしを、あたしの精神を閉ざして、お家の為なんてくだらない事を考えてるからあんな事になったんだ。

ああ、ほんとくだらない。トントン拍子で流れるように祝言を上げて――――んふっ、もしかして妬いてる?ねえねえ、あたしが他の男と~なんて考えてイラついちゃった?無視しないでよ、無言なんて分かりやすいぬー。

まあ安心してよ、あたしは傷物にはなっていないからね。男の顔も親のそれすらもとっくに忘れてしまったけれど、誰もあたしに触れていないのは断言する。

後者はあたしを大事にし過ぎたんだろうね。前者は恐れていたのかな?いや、どっちも恐がっていたかな。

何事も限度がある、度が過ぎれば普通じゃなくなる、完璧過ぎれば恐れられる。人間ってやつはどうしようもなく普通だからね、桁が違えばもう規格外なのさ。

考えてみてよ。コンプレックスや負い目のある人間が、何があっても何を言われても動じない人間を、会話の内容の先の先を読んで結局会話を止めてしまうような人を相手にできるかな?

ううん、あたしのは勘が良いで済ませるには度が過ぎていたんだ。例えば他愛もない冗談の落ちを先に言っちゃうような、もっと的確に表せば一言で会話の末に答えるべき結論を出してしまうような、そんな人間だったね。

いつもおしとやかな笑顔だし、所作も完璧に叩き込まれていたから気持ち悪いって思われても仕方がないよ。だけどあたしには行き過ぎって自覚がない。言ってくれる人が居なかったんだから、人に合わせるなんて土台無理な話しさ。

ん?そうそう、コンプレックス。それがあの人間の根底にあって、あたしに触れない理由だったよ。背が低い三男坊、性格もおどおどしてパッとしない事柄だらけの人。

それが家柄が良いだけであたしと一緒にされたんだから、ある意味で被害者はあっちかもね。まあ優しかったよ、だからあたしに触れる事もなかったし。

けれども気はふれてしまった。周囲からあたしと比較されて、完璧なあまりに異常なあたしと暮らして、おかしいって思った時には手遅れだったよ。全く会話もなくなっても良き妻をしていたあたしが最後に聴いたのは、あの人の狂ったような叫び声と刃が何かを切り裂く音。

うん、それはもう見事にバッサリと斬られたのさ。憎悪と狂気、血走った目に涙を浮かべて刀を握るあの人にね。

それでこんな胸になったんだから、悲劇としか言い様が――――嘘じゃないし話を盛ってないよ?

胸の話は多少は盛ったけど、昔は今よりもっと――――うん、冗談は止める。無理をしてるだろって指摘されたら、流石のあたしも無理な話だって認めるしかないじゃないか。

まあ、あの時のあたしは無理な筈の完璧笑顔を浮かべて、我に返って後退りするあの人間にこう言ってしまったんだけどね。

『お疲れのようですね。今日は早めにお休みなさってはいかがです?』って、ぶつかったままの壁に背を預けて、顔を青く身体を赤く染めながら。

くくっ、あたしの言う事がやっと分かったみたいだね。身体中の感覚がなくなって行く違和感と感じた事のない痛み、それとあの人間の恐怖に震える様子を見ながら、その時になってやっとあたしも気づいたよ。度が過ぎて人間の限度を超えている、他人から見ればあたしは耐え難い化け物だったんだ。

だから親もいつの間にかあたしと話さなくなっていたよ、同じ家にいるって言うのにね。今思えば最後に話してくれたのはあの人だったかな?嫌なのに関わってくれるなんて優しすぎるよね、あたしは関わってはいけない物だったっていうのに。

好きになっていたのかって?んー、どうなんだろう。愛情があったのかは微妙なとこだけれど、最期に興味を持ったのは確実だよ。巻き込んじゃって悪い事をしたなーって、殺された相手だって言うのに負い目を感じたし。

そう、だからあたしは死にきれなかったんだ。気づいたら真っ暗でね、身体を動かしたらぬっとそこから飛び出したんだよ。あたしの遺した凄惨な跡が残る、もうボロボロになった漆喰塗りの壁の中から。

それはもう見事に廃れていたよ。流石のあたしもそこが自分が暮らしていた家だと気づかないくらいに。まあ、あたしは自分の家なんて思ってなかったからそれも仕方ないかな。

居場所がないとかじゃなく、居場所自体不要だったからね。徹底的な、絶望的なくらいの自己完結。あたしは何も望んで壁を作っていた訳じゃなく、他人から見れば高い壁そのものだった。存在自体が断崖絶壁なんだから、登れる人なんている訳ないのさ。

だからさ、あたしは気になったんだ。ぼーっとしながら、精神的にも肉体的にも壁のなくなったあたしはこう考えたんだ。

『あの人だけがあたしに本気で接してくれた。そうだ、あの人はどうなったんだろう?』ってね。切れたのはあっちで斬られたのはあたしなんだし、文句のひとつでも言ってやろうかと思ったよ。

だから、あたしは――――えっ?おかしくはないよ。その時のあたしはもうこの世の者ならぬ化け物なんだから、完璧である必要がないじゃないか。

だから口調も今のようにとまでは行かずとも、砕けた感じだったと思う。実際はあの人が二人きりになった時だけ出る砕けた口調を、真似しただけだったんだけどね。

待って、それ以上は聞かないで欲しいな。好きとか嫌いとかそんな甘い話じゃない。酷なものだよ、そんな不粋な事を女の子に聞くなんて。

そんなに謝らないでよ。結果的に言えばあたしがその人に会う事なんて二度となかったし、何にも進展しないままに終わった話なんだから。そうだよ、何人もの人の前に立ちふさがりながらぶらぶら旅をしたけれど、あの人に会う事は二度となかった。

うん、人の前に立ちふさがっていたのはあの人を探して顔を確認していたからなんだ。正直最初から諦めていたけれど、ずぅっとそんなイタズラを続けていたよ。

ほら、人間味って言うのかな?怖がったりする無様な姿を見て、あたしは人間らしさを学習したのさ。次にあの人と会えたら、普通に笑い合えるようにって。

おかしいよね、何もかもおかしい話。何にも進展しない物語、塗り壁さんのオチのない過去はこれで終わりだよ。

ここまで教えちゃったんだから素直に言うよ、聞いてくれてありがとう。誰も知らないあたしの事を知ってくれて、ありがとね――――――。



「おい、どこにいったんだ?ふざけた冗談は止めろ、こんな終わりかたはない。悪霊だってのに話を聞いてもらっただけで行っちまうのか?あんたはそんな軽い女じゃないだろ。俺はふざけたあんたの事を少なから気に入ってたし、す」

「ぬー!!驚いた?ねえねえ驚いた?急に背後から現れた塗り壁さんに君はどんな顔を見せてくれるのか――――あ、うん、ごめんなさい。照れテンパってふざけすぎたんだよ。だから睨むのは止めて、その顔は辛いからさ」

「はぁ、いい加減にしてくれ。あんたはそんな話を俺に聞かせてどうしたい?正直に言えよ、何も誤魔化さないでな」

「一目見た時から好きでした。憑きあって下さい、って感じかな?悪霊的に言えば」

「一目見て、ね」

「そう、一目見て。それからずっとあたしは見守ってたってのに、君ってば子供の頃からあたしに気づかないんだから困ったよ。こんな事になるなんて思ってなかったけどね」

「霊感なんてなかったんだ、仕方がないだろ。俺だってこんな出会い方したくなかった。今の話を聞いて何かムカついたし、最悪だよなこんなの」

「ごめんね、流石の塗り壁さんでも出来ない事ってあるんだ。けど君が望むならあたしは君と共にありたい。償いの意味も込めて、あたしは君にお付き合いを申し込んでいるのさ」

「別にあんたは障ってないし、あんたが償う理由はない。けどそうだな、結局俺はあんたと居るのが一番良いのかもな。退屈しないって意味で」

「それはイエスと言う意味で良いのかな。もしもそうならあたしは死ぬまで出来なかった、塗り壁ホールドと言う禁断の技を繰り出して良いかい?今の君なら触れられるからね、そうなれば君もただじゃ済まないんだけれども」

「勝手にしろ。考えたらあんたとは一年はこうして話し合っていたし、いい加減こんなボロ部屋にも飽き飽きしていたからな」

「じゃあ行くよ、塗り壁ホールド!!んふふ、どうだい?心地良いだろう?仕方がないなー、塗り壁さんはスタイルが良いから、胸が顔に当たるのも許してあげるよ。そこらの悪霊と違ってあたしは寛大だからね」

「技名かよ!?それに全く柔らかくねえよ!ユルユルになった顔とは大違いの鉄壁に正直驚いてる。そんな涙ぐみながら台詞も崩れないってのは流石塗り壁だ。ただ抱きつかれてるだけだってのに離れられる気がしない」

「意地悪だね君、いちいちひねくれたら言い方をしないでよ。でもあたしはそんな君だけのツンツンしたところが大好」

「鎮まれ悪霊よ!!もう話すな、話なら充分すぎるくらいしただろ」

「君も大概だけどね。さっき言いかけた言葉の続きを教えてくれないなんて、ほんと酷いよ。まあ分かってるから良いんだけどぬー」

「頬を俺の頭に擦り付けるな!それより何か居る、何か黒くてヤバイもんが部屋を囲んでいるんですがこれは」

「あ、気が緩んで塗り壁フィールドが緩んじゃってたみたい。でも大丈夫、君はこのあたしが守るよ。今度こそ、相手は違うけど今度は絶対に守るから。うん、この戦いが終わったら結婚しようそうしよう!」

「いやマジ止めてくれ、変なフラグ立てないでくれ。まあ力になれないけど、今のあんたには俺がついてるからな。結婚の話は知らないけど」

「ふふん、これは心強いね。確かに君もとっくについてるから、あたし達は一蓮托生だよ。つまり今の塗り壁さんは塗り壁さん怪なのさ!さあ、来れるものならかかってくるが良いさ!」

「抱きついたままじゃねえか!?見た目も何も変わってねえよ!?それに一蓮托生って俺たちには当てはまらないだろ、いやとにかくどうにかしようぜここは、って挑発したせいで窓枠から入り込んで来たぞおい!?」

「大丈夫、本当に大丈夫だぽー。だって悪霊としての格が違う、ちょっとした趣味で邪神をしていたのは伊達じゃないんだからね。それに――――」

「邪神うんぬんはもう驚かないが、それになんだよ?」

「出会ってしまったあたし達を阻む物はない。何故ならあたし自体が阻む物で、悲劇すら受けとめた塗り壁さんを阻むなんて土台無理な話だよ。でもさ、君への想いはあたしを壊してくれちゃったみたいだね」

「のろけるってのは随分余裕だな。あれはじわじわ近づいている訳だが、これは安心して良いか」

「うん、だってあたし達はもう終わってるじゃないか。もちろん冗談だよ、やる気はこの胸の中に満ちているからドーン!と任せてよ」

「不安だ。その胸って言うのが不安だよ俺は」

「くくっ、まあ冗談は止めるから安心して。あたしと君の邪魔をする物は、呪いなんてチャチャなものだけじゃ許さない。久々に本気になった塗り壁さんに喧嘩を売った事を、後悔して逝くが良いさ!」

「だから離して。俗に言う大しゅきホールドをしながら何を言っている。他にする事があるだろ、例えば得体の知れない化け物とバトルとか」

「子供は出来ないと思うけど、君が望むなら仕方がないかな。うん」

「話が進まないね、流石塗り壁さんですね。ほんと可愛い悪霊もいたもんだ」

「んふふ、大好きだよ。やっと見つけたんだ、塗り壁さんから離れるなんて君にはもう無理だからね。そう、消えるまでずぅっと一緒さ。まあ、邪魔物には早急に消えてもらうけどさ」

「邪悪な笑顔がこええよ!?ちょっ、どす黒いオーラが俺にまで当たってるんだが!?」

「君は平気だって。君の未練はあたしなんだ、これからは一緒に良い悪霊ライフを楽しもうぬー」

「おいやめろ。いや、戦いは始めてくださいお願いします。ほら、何か飛びかかってきなさったー!?」

「これが塗り壁さんの奥義のひとつ、塗り壁ディフェンス弐式!」

「蹴りやがった、長身を活かして蹴りやがった。ただの物理技かよ!?」

「悪霊のくせにって?一撃で消し飛ばしたんだから、そんな細かい事は気にしないでよね」

「勝手に言ってろ。俺はあんたの話を全部聞いてやるし、気にしてやるからな」

「あ・・・っ、ほんと君ってば優しいんだからさ、今ので完全に塗り替えられちゃったよ。もうあたしは阻む物じゃなく守る物になってしまったみたい。だからもっともっと話そうね?あたしの主さん」



塗リ壁クライシス

終わり


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