辛いものを食べるにあたって
「新ちゃん! 教えてほしいことがあるんだけど」
新ちゃんの部屋のドアを開けながら声をかけると、椅子に座って雑誌を読んでいた新ちゃんは振り向かないまま答える。
「却下」
「まだ何も言ってない!」
「どうせ宿題写させろってんでしょ?」
「違うよ! これだよ!」
新ちゃんに向かって袋を突きつけると、そのがさごそ音に反応して、新ちゃんはのけぞるようにして顔をこちらへ振り向いた。
「……激辛チップス?」
「そう! コンビニで見かけて、食べたくて買っちゃった!」
「そういやガンちゃん、一時期激辛にはまってたよね。いんじゃない?」
「うん、で、教えてほしいの」
「いや、意味がわからないんだけど」
私、山田真子と山田新は双子の姉妹だ。どっちが姉でどっちが妹かについては散々言い争っているので今回はいいとしよう。
あらた、とうまく発音できない幼児期に、私はしんちゃんと呼ぶことにして、新ちゃんは私のことをまなこ→眼→がんとしてガンちゃんと呼び出した。あだ名の付け方はちょっと微妙だけど、私だけがあだ名呼びはバランス悪くて、私からお願いしてつくってもらったあだ名なので我慢する。
私と新ちゃんは双子なのに、全然違う。新ちゃんは自分のことをあらた、と最初から発音できた。私は辛いものも好きだけど、新ちゃんは辛いのダメダメで、胸焼けするほど甘いものをぺろりと食べる。私は体を動かす方が好きだけど、新ちゃんは勉強する方が好きだ。
そんな感じで割りと好みは正反対だけど、まあ、日々それなりに仲良くやっている。
「あのね、 辛いものが好きなんだけど、あの舌が痛いのはどうにかならないのかな。何か知らない? 教えて! 新ちゃん先生!」
「知らねーよ。辛いもん嫌いな私が知るわけないでしょ。ちょっと待ってよー、えーと」
ほらね、すぐにパソコンで検索かけてくれてる。きつい言い方するけど、いつも付き合ってくれるのだ。だから私は新ちゃんが好き。可愛い妹だ。
新ちゃんは机の上の起動しっぱなしのパソコンでかちゃかちゃして、すぐに振り向いた。
「どうも、唐辛子系の辛さには水を飲むのは逆効果みたいね。脂肪分や酸味がいいらしい。牛乳でも飲んだら? はい、じゃあもういいね」
「あ、それで終わり? せっかくだし一緒に食べようよー」
「嫌」
「一人で食べるのさびしーしー」
「うっさいなぁ。まあ、いいわ。ちょうど15時過ぎたとこだし、私も、隣でドーナツ食べてあげる」
「んー、それでいいか」
「なんでガンちゃんが上からなのよ」
いやだって、一緒に辛いの食べて辛い辛いと涙目になってほしかったんだもん。でも一人でやるよりはずっといいから、それでいいや。
新ちゃんとリビングに移動する。キッチンで冷蔵庫をあけて、酸味と脂肪を探す。
酸味はー、昨日の胡瓜の酢の物の残りでいいか。あと脂肪、あ、ヨーグルトあるじゃん。脂肪がよくわかんないけど、牛乳がいいならこれでいいか。
ダイニングテーブルに飲み物としてお茶、酢の物、ヨーグルトを並べる。なんだこれ。なんかおかしい気持ちがするけどまぁいいか。
あとドーナツね。はいはい。仏間に飾っておいたのがあるからとってきてー。
「新ちゃん、ドーナツはチンする? あと飲み物お茶でいい?」
「んー、牛乳で、ドーナツと一緒にチンして」
新ちゃんはすでに席につきながら、部屋から持ってきていた雑誌をぺらぺらしながら私に指示をだす。
チンであっためて、牛乳には少しお砂糖をいれてとかす。これが新ちゃん好きなんだよね。
「はいお待たせー」
「ん。ありがと」
ではでは、さっそく食べ始めましょう。
「せっかくだし、どれが一番効果あるか、食べ比べしてみたら?」
「ん? そだね。よーし、じゃあ、いただきます」
「いただきまーす」
袋をあけて、ぱりりとポテチをかじる。かじった瞬間感じるのは香ばしさ。噛まれて舌に落ちて、さらに噛み砕く。口の中で辛味が暴れだす。
口の中からすぐになくなる。すると途端に舌先がひりひりしだす。まだだ。辛いものはここからが本番だ。
ぱりぱりぱりぱりと、二枚三枚とポテチを口にいれている。すると段々唾液の量も増えて、噛みしめるたびに、ただ辛いだけじゃなくて、口中にじわじわと旨味成分が溶けだすかのようだ。
あー、美味しい。たまらん。口の中が空っぽにならないよう、ぽいぽいいれていくけど、さすがに限界がある。
口の中にある分を飲み込み、いったん手を止める。その途端に、収まっていたひりひりが、さっきよりずっと激しくなる。喉の入り口あたりまでひりひりして、熱い。熱があるようで、痛くすら感じる。
「ひー」
舌をだしてうめく私。半泣きになりそうなくらい辛い。唇もひりひりする。
「ほんと、辛いのなんてどこがいいの? 知ってる? 舌って辛味を感じる部分はないのよ」
「へ? じゃあ、なんで辛いって思うの?」
「味じゃなくて、痛みを感じる部分が、そう言う風に認識してるの。つまり辛いものが好きなガンちゃんはドMね」
「違うよっ。とと、とりあえず、酸味からいくね」
用意しておいたお箸で、胡瓜をつまんで口に運ぶ。
「ん、いいかも」
酸味のある付け汁がひろがって、さっばりしている。僅かにまだ辛味の残り香みたいなのはあるけど、痛みはない。でも問題は飲み込んでからだ。
辛いものでも、次から次へ食べているときは全然辛いのが辛いと感じない。
「あ、飲み込むとまた辛いわ。ちょっと残り食べるね」
元々残り物で、大した量はない。ささっと全部食べる。
うーん、痛いってほどではなくなった。だけどまだひりひりするし、このままでいろと言われたらたまらない程度には辛い。
とりあえず喉も乾いたしお茶を飲む。さっき新ちゃんが水は効果ないって言ってたけど、飲む分にはいいでしょ。ついでに口の中にお茶をいれてる状態で、舌を動かしてゆすいでから飲み込む。
「んっ? あ、おさまった」
すっと、さっきまでの不快感はなくなった。綺麗に流されたみたいだ。
「え、そんなに酢の物きいたの?」
「いや、どっちかと言うとお茶?」
「ん? ちょうと待ってね」
新ちゃんはぽちぽちとスマートフォンで検索しだす。相変わらず、うつの早いなー。
「ふーん、お茶のカテキンにも効果があるって。あと苦味もいいって」
「苦味? へー、結構色んな対応があるんだ。でも苦味なんて、簡単にとれなくない?」
「いや、コーヒー」
「ああ、私コーヒー苦手」
「不思議だよね。あんたピーマン好きじゃん」
「ピーマンは好きだけど、コーヒーはなんか、前に飲んでちょっと酸っぱいなと思ってから苦手なんだよね」
「酸っぱいってねー、腐ってたんじゃない?」
ちょっと馬鹿にするように新ちゃんは鼻で笑う。むー、確かにコーヒー苦手ってちょっと子供っぽいけど。
「知らんけど。と言うか、新ちゃんだってコーヒー苦手でしょ」
「え、私コーヒー好きよ?」
「いや、半分以上牛乳であんだけ砂糖いれたらもうコーヒーじゃなくない?」
「なんでそこはコーヒー通みたいなこと言ってんのよ」
まあ、コーヒー談義は置いといて。
とりあえず舌のしびれはとれたんだから、次行こう。次はヨーグルトー。
「まずチップスから。んー! かっらーい」
「理解に苦しむわ」
あり得ないと言いたげに、真っ赤なチップスを食べる私を横目に、新ちゃんはドーナツをちびちび食べながら、ふーふー牛乳を冷ましながら両手でカップを持って飲んでいる。
むぅ。辛いものが美味しいのはゆずらないけど、確かに新ちゃんのような食べ方の方が可愛い。甘いもの好きってのも。私も甘いものは好きだけど、あんまり甘いのが多いとすぐ胸焼けするんだよね。
「んっ、これで最後、と」
最後のチップスを飲み込む。
口の中が燃えるようで、半泣き越えて泣きそう。これが嫌だから、辛いのは好きだけどあんまり食べないんだよね。
ヨーグルトの蓋をあけて、口にいれる。甘くてとろりとしてて、食べている間は全然辛くない。おお、これは酸味より期待できるかも。
「んっ」
飲み込むと駄目だ。でもこれは想定内。さらに二口目を多目に口にいれて、さっきのお茶の時みたいに舌を動かしてヨーグルトで舌を洗うようにしてみる。そうして丸々一つ食べきった。
「……あんまり、かも」
割りとまだ痛い。まだ涙目状態は解除できそうにない。これは酸味の方が聞いたかも。いやでもヨーグルト一個ってあんまり量ないからそのせいかな?
とりあえずお茶で口をゆすいでおく。ん、ましになった。
「で、結論は?」
「お茶が一番だね」
「あんた今まで辛いの食べるとき、お茶飲んだことなかったの?」
「んー、そういやなかったかも」
だいたいジュースか、カロリーが気になったときは水飲んでるし。
「にしても、なんか変な食べ合わせしたせいか、お腹落ち着かないなー。なんかないかな。新ちゃん、ドーナツは……」
「ごちそうさま。ガンちゃんの分まで美味しくいただきました」
「ひどい」
「そのつもりで二つとも渡したんでしょ?」
「そうだけど」
今日の期限だし、最初はポテチで十分だと思ったし。んー、何かないかなー。
立ち上がって台所をもう一度見てみる。ん、鍋が残ってるな。おお、朝のお味噌汁だ。これでいいか。温めてーと。
「どんだけ食べたいのよ、デブ」
「で、デブじゃないもん! BMIだと健康ど真ん中だもん!」
「はいはい」
新ちゃんは甘いもの好きで私より運動もしないし、引きこもり系のくせに、なんであんな痩せてるのさ。くそう。
まあいいや。おっと、沸騰する前に火を止めてと。お椀によそって席に戻る。
新ちゃんはカップも空にして私に呆れた視線を向けつつも、私が食べ終わるまでいてくれるつもりらしい。
「いただきまーす、ふぉごぉ!」
「はっ!? な、なに?」
味噌汁を口に含んだ瞬間、さっきのひりひり感が突然ぶり返してきた。悲鳴をあげつつなんとか飲み込む。
「ど、どうしたの?」
口を押さえる私の背中を撫でてくれる新ちゃん。あー、ありがたやありがたや。
「い、痛い。お味噌汁飲んだら、辛いのがぶり返してきた」
「え、そんなことあるの?」
「わかんないけど、熱いからかなぁ」
「んー、特にそう言うのは見つからないみたいだけど、とりあえずお茶飲みなさい。そのお味噌汁は、私が食べたげるから」
「ありがとう、新ちゃん。頼りないお姉ちゃんでごめんね」
「頼りない妹を助けるのは姉の役目だからね」
ちっ、さりげなく言っても、自身が姉であると譲らないつもりらしい。
「ま、これで今後は辛いもの食べるときは冷たいお茶で決まりね」
「うん。そだねー。じゃ、私が次に辛いもの食べるときにはそう教えてね」
「てめーで覚えてろ」
ひどい。
とりあえず、満足するまで辛いのは堪能したし、しばらくは食べないから忘れてもいいか。て言うか、もう辛いのはいいや。
「んー、なんか、甘いもの食べたくなっちゃった。なんか買いに行く?」
「デブまっしぐら。ま、私も味噌汁で口の中しょっぱいから賛成だけど。私プリンね。お金は後で払うから」
「そこは一緒に行こうよ」
ほんとに、家からでないと新ちゃんもいつかデブるから。って、この言い方だと私がデブ前提じゃん! デブじゃないから!
「……仕方ないな。一番近くのコンビニしか行かないからね」
自分で考えて自分でダメージを受けて黙った私が、新ちゃんは私が一人じゃやだと駄々をこねているように見えたらしい。
「うんっ」
まあ、それでもいいか。やっぱり一人より二人の方がいいもんね。




