幻想世界の旅
少々、時間が戻ります
しばらくは雷蔵&白羽視点で続きます
時は、雷蔵と白羽が幻想世界へ招かれた直後へ遡る。
太陽が照りつける荒野を、二人はただ只管に歩き続けていた。
額に汗を滲ませ、各々の得物を大事に抱えながら、広大なる大地に心折れそうになりながらも必死に歩いていた。
「……雷蔵さん……わたし、疲れました……」
「……言うな……俺だって疲れている……だが、進むしかないだろう……」
「……冷静に考えたら、あのまま連れて行かれた方が良かったですよね……なんだか、あの声の方もとても焦ってましたし……」
「……つい勢いで飛び出してしまったことは、本当に済まなかった」
「……いいえ……わたしものりのりでしたので……何だか気分が高揚してしまって……これからどうしましょう?」
「……ともかく、人を探し出し、頼るしかない。ここらならば歓声も聞こえるし、近くに人は居るはずだ」
「……わかって言っているとは思いますが、歓声と言うよりも、明らかにこれは悲鳴や怒号といった類のものですよね?」
「……そうだろうな。やはり、ここは……」
「……ええ、ここは……」
小高い丘の頂点まで辿り着いた二人は、赤土の大地を見下ろした。
案の定、そこでは鎧に包まれし兵士達が力の限りを尽くし殺し合っていた。
剣戟が響き、矢が飛び交う、血で血を洗う凄惨な空間が其処に存在した。
「「戦場か(ですね)」」
☆☆☆
「さて、俺達が現在置かれているこの状況を分析しようか」
「ええ。わたし達はどこへ連れ出されたのか、はっきりと答えを示さねばなりません」
眼前で繰り広げられている惨劇をなるべく視界に入れないようにして、二人は神妙な表情で考えこむ。
「まず、ここは『戦国時代』ではないな?」
「兵士達が纏う甲冑が洋風のそれですから、違うでしょう。そもそも植生、地理、気候からして日本とは全く異なります。どちらかと言えば、ギリシャやイタリアなどの地中海の国々に近いかと」
「そうなるとヨーロッパ辺りに飛ばされたと考えるべきか? とすればここは百年戦争か薔薇戦争か、そのあたりの時代だろうか」
「ええと、ですね……非常に申し上げにくいのですが、そんな何時の時代へと飛ばされたとか、そんな単純なお話じゃなさそうなのです。もっともっと遠くの世界へと、わたし達は招待されたと考えるべきかと」
「遠くの世界だと? 何だ、何を言っている?」
白羽の意味深な言葉に、理解できぬと雷蔵は首を傾げる。
瞬間、二人の頭上に翼を広げた『竜』が翔けた。
『竜』は戦場へと舞い踊り、その顎から大火炎を吐き出し、白い鎧に包まれし兵士達を焼き尽くした。
呆気にとられる雷蔵とは対称的に、白羽はその暗い瞳で冷静に戦場を見つめている。
「竜が……竜がいるぞ。外国には竜がいるのか……?」
「そんなわけないでしょう。雷蔵さん、落ち着いて戦場を見てください。特にあの黒い鎧の兵士を」
雷蔵が血塗られし戦場を見てみれば、やはりそこには殺し合う兵士達があるだけであった。
しかし、よく目を凝らしてみると、白羽が指した黒鎧の兵士達からは何やら奇妙な違和感を感じさせた。
そして、騎士の剣の一閃によって兜を飛ばされた際に、その正体が明確となる。
「あれは……何だ? 豚か猪のようだが、何故二本の脚で突っ立っている?」
「おそらく、幻想文学に登場するオークやトロルに近い存在かと。わたしの『目』で見る限り、少なくとも人間ではないようです」
「人間ではない……か。竜といい、動物人間といい、一体何がどうなっている……」
雷蔵はうんざりとした様子で、赤土の地べたにドカっと座り込んだ。
白羽は目の前の戦場を食い入る様に観戦していた。
「その、俺の目が狂っていなければ、炎やら氷やら竜巻やら岩石やらが飛び交っているみたいなんだが……どうも現実味がなくてだな。君の自慢の『目』で見て確かめてみてくれないか?」
「確かめるもなにも、視てのとおり『魔法』のようなものが行ったり来たりしているようですね」
「極みつけには『魔法』か……なるほど、俺達は時間移動をしたのではなく、異世界へと連行されたという訳か」
戦火を見下ろしながら呟く雷蔵の言葉を気にすることもなく、白羽はその瞳に儚い火を灯し微笑んだ。
「よもやこんな形で戦国の世に生まれ落ちるとは、とても感慨深いです。では、さっそく武勲を挙げるとしましょう。白羽姫は参りますぞ!」
「ちょっと待て! おい! 待てと言っている! 花桐、何を考えている!?」
化合弓を携え、すたすたと眼下の戦場へと赴こうとする白羽姫を、雷蔵は慌てて呼び止めた。
「苗字を呼ばないでくださいっ! わたしの名前は白羽です!」
「そんなことはどうでもいい。それよりも、まさかとは思うがこの戦いに参加するつもりか?」
「どうでもよくないのに……ええ、そうですよ。あの異形の者共を射抜き、わたしの『弓術』の腕を証明し、この何だかよくわからない国で士官を目指すのです」
さながら夢を語るような明るい声色で力説する白羽に、雷蔵は深刻な面持ちで語り始める。
「悪いことは言わないから、やめておくんだ。俺達はこの世界の事は何も知らないだろう。例えば中世のように女性の地位が著しく低かったとすると、君はどう足掻いても士官なんて望めない。この世界がどのような理によって動いているのかもわからない今は、闇雲に行動するのは危険だ」
雷蔵の説得を受け、白羽は物憂げな表情に戻り、その瞳は再び暗く染まった。
「……そうですね、ごめんなさい。わたしが軽率でした。つい戦場を見てはしゃいでしまって……」
「いや、俺だって混乱しているんだ。こんな異常な状況で、果たしてどんな行動を取るのが正解なのか、全くもって検討もつかない。だが、御祖父ちゃんからの受けよりだが、示現流の心得にこんなものがある。『刀は抜くべからざるもの』とな。これはつまり、迂闊に力をひけらかせば、無益な争いを生んでしまうということを示す教訓なんだ。俺はこの教えに従い、ひとまず自衛以外では『武術』は使わないと心に決めた」
真剣な眼差しを向ける雷蔵を、白羽はその黒い瞳でじっと見つめた。
やがて、観念したように微笑み、雷蔵へと歩み寄った。
「何だか格好良いですね。わたしも見習って、ひとまずはその心得に従うとしましょう」
「了解した。これから先、お互いを守り合っていこう。命ある限り、歩みを止めずに進み続けよう。差し当たっては、あの城が聳え立つ街を目指すぞ。あの亜空間の主のように、俺達と言葉が通じる者も居るかもしれない」
「ここからだと、およそ歩いて二日程といったところですね。これは、のんびりしている場合ではなさそうです」
二人は重い腰を上げ、凄惨なる戦場を横目に見ながら歩み出した。
赤土の荒野を抜け、鬱蒼と茂る森林を跨ぎ、更にその先にある広大なる草原を踏破してようやく、高い城壁に囲まれた城下町が待っている。
遥か先の城下町を目指し、二人は前を見据えて歩み始めた。