『勇者』と『侍』の邂逅 前編
とうとう二人は出会います
コンティネンス大陸東方の火の国「ルーブル」と中央に位置する光の大国「ルクスグス」。
その国境線を跨ぐワスティータス荒野にて、闇の国「テネブラム」との激戦が繰り広げられていた。
『火の勇者』フレイ率いる部隊は快刀乱麻の活躍を見せ、黒鎧を纏った闇の軍勢を蹴散らしている。
鬼兵を、魔造兵を、悪魔を、竜でさえも、「魔獣」と恐られる異形の軍団は『勇者』達の一騎当千の力をもって退けられた。
戦況は、「ルクスグス」側、即ち、「ヒト」「エルフ」「ドワーフ」による連行軍へと傾いていた。
☆☆☆
「グオォォォォォォッッッ!!!」
竜の咆哮が乾いた大気を揺るがした。
強大な体躯を震わせ、雄大な翼を広げ空に浮かび、巨大な顎を開き、その獰猛さを剥き出しに威嚇している。
鍛え抜かれた精鋭の兵士達でさえも恐れ慄き逃げまとう。
「『テネブラム』め……まだ飛竜を隠していたとはな……上等よ。ベルグランデは『竜殺し』の一族! 俺様の武勲に加えてくれるわ!」
「ゲオルギウス殿。貴公のみでは天駆ける竜を捕らえることは叶いませぬ。ここは儂の『風』にて援護を!」
「おうよ! よろしく頼むぞ、先生!」
悍ましき竜に立ち向かうのは『土の戦士』と『風の僧侶』。
自信を漲らせた笑みを浮かべながらゲオルギウスは大斧を肩に担ぎ、一部の隙もない険しい表情でセルクスは白銀の杖を天に翳した。
「息吹けよ風の精霊力!『ライズウインド』」
セネクスの詠唱によって掌握された風精霊がエメラルドグリーンに輝く疾風となりて、ゲオルギウスの身に纏われる。
「叡智の風 (インティジェントウインド)」の称号を持つ『風の僧侶』セネクス=マールスは、多種多様な補助魔法を行使する。時には仲間達を癒やし、時には肉体を強化するなど、その深き知識の泉から最適の援護を行う賢明なる『僧侶』は、勇者の部隊を裏方より支える縁の下の力持ちともいえる存在である。
セネクスがもたらした風精霊の加護により爆発的に身体能力が上昇したゲオルギウスは、空より見下ろす竜を屠らんと天高く跳躍した。
「起きやがれ土の精霊力!」
詠唱により掌握した土精霊が振り上げた斧へと結集され、茶褐色の光が力強く輝いた。
「大地砕く豪傑 (ガイアブレイカー)」の異名を持つ、『土の戦士』ゲオルギウス=ベルグランデは『竜殺し』で名を馳せた一族の末裔である。
ベルグランデ家に代々受け継がれし『竜殺し』の魔斧『インペトゥス』は、竜を打ち破る効力を持つ魔装具である。
竜が一頭でも出現すれば、それは一国が崩壊しうる脅威となる。
しかしながらゲオルギウスは、その魔斧を振るい12頭もの竜の首を落としてきた。
『土の戦士』が誇る竜殺しの奥義が今、炸裂する。
「喰らいなぁ!『屠龍破斬』!!!」
如何なる武器や魔法も寄せ付けぬ竜の鱗を、ゲオルギウスの魔斧が呆気無く切り刻み、その肉を、骨までも断ち切った。
首を切り落とされた竜の表情は、己が身に起きた惨劇を理解してないかのように呆けた顔で目を見開いている。
竜の身体は、糸が切れた操り人形さながらに墜落し、大地に伏せた。
「ウォォォぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
光の国の兵士達の歓喜の咆哮が荒野に響く。
「火の勇者」率いる四人の部隊は、異形の軍団相手に日々劣勢の戦いを強いられている兵士達にとって、希望そのものであった。
「ガァーハッハッハ!!! 俺様を、ベルグランデを、『土の戦士』を讃えなぁ!!!」
「ゲオルギウス殿! 戦場にてかように粗忽な振る舞いは控えられよ。直ぐ様、フレイ殿、エヴァ嬢、両名への加勢に向かうべし」
声援に応えるように高笑いをあげるゲオルギウスへと、セルクスは険しい視線を向ける。
軽率な態度を厳しく追及する『僧侶』の言葉を受け、『戦士』はきりりと表情を引き締めた。
「すまねぇ、先生。二人の援護に向かおう。まぁ、あの二人相手に魔造兵程度じゃあ、援護も必要ないとは思うがな」
「戦闘に『絶対』はありえませぬ。最悪の事態を常に頭に過らせるべし。さぁさぁ、疾風の如く急がれたし」
セネクスが聖杖『オプターレ』に掌握せし風精霊を開放し、緑光に包まれた『戦士』と『僧侶』は宣言した通り、疾風の如く戦場を駆け抜けた。
☆☆☆
「何てことだ……ひどすぎる……」
『勇者』フレイは、見慣れたはずの戦場の惨劇を前に、久方ぶりに吐き気を催していた。
荒野には荒々しき闘争の足跡が刻まれていた。
白鎧に包まれし兵士が、精鋭の騎士が、屈強なドワーフの戦士が、眉目秀麗なエルフの弓兵が、岩の巨人によって別け隔てなく挽き肉へと変えられていたのである。
「聞いた話とは随分違うわ……あそこまで大きな魔造兵が存在するなんて……」
通常の魔造兵はヒトの背丈の数倍程度の大きさであるが、現在戦場を蹂躙しているタイプはその更に十倍はある、極めて巨大な亜種であった。
神話に中で語られるような巨人の如き敵を『魔法使い』エヴァは険しい表情で見つめた。
鈍い黒色の魔造兵は、遠目でも山の如き存在感を醸し出している。
「テネブラム」率いる様々な魔獣と戦ってきた『勇者』と『魔法使い』であれど、竜よりも巨大な敵と相対したのは初めてのことであった。
「このままだと犠牲が増えるばかりだ。急がないと!」
戦場を流星の如く駆けるフレイを物憂げな表情でエヴァは見つめる。
「気をつけて、フレイ……流水の加護を、我らに……」
エヴァは故郷である水の国「カーレウム」に伝わりし祈りの言葉を紡ぐ。
詠唱ではない。
数瞬の瞬きの中で、彼女は瞑目し、黙祷し、祈り、自らの願いを心に投影した。
やがて「流水の射手 (ストリームアーチャー)」の称号を誇る『水の魔法使い』エヴァ=メルクリウスは、凛とした表情で金色の弓を構えた。
「燃え上がれ炎の精霊力!『ブラストエッジ』!!!」
フレイは掌握した火精霊を聖剣に乗せ、打ち込みと共に灼熱の刃として射出した。
紅く輝く炎刃は魔造兵の胸元を斜めに刻み込むも、表面の岩肌を溶解するだけに留まった。
ガギギ……という岩石が擦れ合わさるような駆動音と共に、黒き巨人はその極大の拳を振り上げる。
「逆巻け水の精霊力!『スプレッドアロー』!!!」
フレイが身構えるより先に、水精霊が凝縮されし魔法の『矢』が後方より飛来した。
『矢』は寸分違わず魔造兵の拳に命中し、その瞬間その岩石のような拳は花火の如く爆ぜた。
「援護ありがとう、エヴァ」
「お礼はいいから目の前の敵に集中しなさい! でも、もっと頼っていいのよ!」
そんないつものやり取りの後に、フレイは改めて聖剣を正面に構え、魔造兵と真向う。
エヴァは金色に煌めく聖弓「マーテル」に己が精霊力を込め、更なる援護射撃のために身構えた。
「キェェェェェェェェェェェェェェィィィィッ!!!」
瞬間、獣の如き咆哮が荒野に響き渡る。
見慣れぬ貫頭衣を纏った男が威嚇するように吠えている。
魔造兵に立ち向かっていたのは『勇者』と『魔法使い』のみにあらず。
一人の『侍』が赤黒き剣を携えて、巨大なる敵と真っ向から打ち当たっていた。
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