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『道』から外れし者

ヒロインの登場です。

割りとエキセントリックな所もあります。


「それはわたしの獲物です。返していただけますか?」


 少女は物憂げな視線を向けながら、そう言った。

 一言で表わせば、儚げな少女であった。

 一切の穢れのない漆黒の黒髪は、瀑布の如く真っ逆さまに背中まで降りている。

 真一文字に切り揃えられた前髪の下には、細い眉、整った鼻梁、小さな口元、そして何より地獄の底のように暗い瞳が覗いていた。

 ゆったりとした純白のワンピースに身を包んだ少女は、まさしく森の中に住む妖精の類のような存在感を放ってる。


「これは済まなかった。別に横取りしようした訳ではないんだ。しかし……その弓で射抜いたのか?」


 雷蔵はコマドリの亡骸を差し出しながら、少女が担ぐ銀色に輝く大弓に視線を向け尋ねた。


化合弓(コンパウンドボウ)と呼ぶらしいです。これのおかげで、非力なわたしでも遠く射程を延ばすことができるのですよ」


 コンパウンドボウとは現代における最新鋭の弓である。

 持手ハンドルはアルミニウム合金、ケーブルは高弾性ポリエチレンなどの複合材料を用い、更には滑車やてこの原理など、様々な機械力学によって構成されている。

 その最たる特徴は、弓の両端に設置された滑車装置にて弓引く際の負荷を減らす点にある。

 実際に、三十キロもある張りは半分以下まで分散され、少女の細腕でも引けるよう調整されていた。

 他にも、姿勢を安定させ射出の際の衝撃を吸収せしめる安定器スタビライザー、標的の姿を数倍にも拡大する照準器スコープサイトなど様々な機能ギミックが組み込まれたその弓は、まさしく化合コンパウンドの名を冠するに相応しい。

 コンパウンドボウは現代技術の結晶ともいえる武具なのである。


「射程を道具によって補ったとしても、遥か上空の標的を射抜いたのは君自身の腕前だろう。お見事な手際だった」

「はぁ……ありがとうございます……」


 雷蔵の言葉を聞き流しながら、少女は自ら仕留めた獲物を検分していた。

 ムクドリの胸にぽっかりと空いた風穴を見つめながら、はぁ、と彼女は嘆息する。


「頭を狙ったはずなのに、大分外れています……やっぱり、これは邪魔ですね。自分で視るほうが正確です」


 最新鋭の照準器スコープサイトは取り外され、ぽいっと草むらに捨てられた。

 雷蔵は険しい視線を少女に向ける。


「……あっ、ごめんなさい。私有地で塵を捨ててしまって……すぐに拾いますね。お詫びにコレをどうぞ。焼くなり煮るなりお好きにしてください。わたしにはもう必要ないので」


 いそいそと放り投げた照準器スコープサイトを拾い上げ、少女は自ら仕留めた獲物を差し出した。


「いや……要らん。そもそも狩猟を行ったのであれば、仕留めた獲物を解体し、食すなり自然に還すなりするのが作法だろう」

「はぁ……的あてゲームみたいなものだと思っていました……ごめんなさい、それはわたしが処分します」


 そもそも、現代の日本において弓矢を用いた狩猟行為は禁止されているが、雷蔵はあえて追求しなかった。

 少女の類まれなる弓術の腕に興味が湧いたのだ。


「君は何者なんだ? その弓術は一体……?」

「申し遅れましたが、わたしは花桐白羽はなぎりしらはという者です。以後お見知りおきを、鵜狩雷蔵さん」

「待て。何故、俺の名前を知っている?」


 自らの名前を言い当てられた雷蔵は困惑した。

 白羽はその暗い瞳で見つめながら、雷蔵に微笑んだ。


「わたしはあなたと同じ学校に通っている御学友なのです。昼間の大乱闘は見物しましたよ。とても荒々しくて、見ていて爽快でした」

「……言うな。あれはもう忘れたい記憶なんだ」


 古傷を抉られたように、雷蔵の表情が険しいものとなった。

 そんな彼とは対称的に、白羽は穏やかな笑顔を浮かべている。


「あの大乱闘を見てから、あなたのことが気になっていました。こんなところで偶然出会ってお話ができるなんて、わたしはとても嬉しいです」

「これ以上話すことなど何もない。ここから去ってくれ。稽古の邪魔になる」


 気分を害された雷蔵はにべもなく白羽を追い返した。

 しかし、白羽は静かに首を振り、その暗い瞳で雷蔵を見つめた。


「そんないけずなことをいわずに、わたしとお話をしましょう。あなたとわたしは同じなのですから、お話は弾むはずなのです」

「何が同じだ……今日出会ったばかりの君と俺が何を共有する」

「わたしもあなたも……『道』から外れた存在です。あなた自身、そう感じたことはありませんか?」


 雷蔵は閉口する。

 白羽の指摘は、常日頃から「剣道」に疑問を抱いていた彼に対して正鵠を得ていたのである。


「わたしが身を捧げし『弓術』は『弓道』とは愛想れません。『弓道』は、寸分も動かぬ的を三十三間(60メートル)程度の距離から射抜くというだけの、程度の低い競技です。ある程度腕に覚えがあれば、そのような児戯で外す道理はありません。『弓術』の本質は、命を賭して迫り来る標的を射抜くことにあるのです。あなたも『剣道』に対して、同じような疑問を感じているのではありませんか?」


 矢継ぎ早に繰り出された白羽の言葉には情念と期待が篭っていた。

 彼女の暗い瞳にも、心なしか熱が宿っているようである。

 雷蔵は猛る己が心を静止しながら、冷静さを心がけて言葉を紡いだ。


「剣道に弓道など、あらゆる『道』の理念とは心と身体を鍛え、稽古を通じて人間形成を目指すことにあるという。平和な現代に相応しい、理路整然とした健全な競技だと俺も思う。『剣術』とは趣が異なるものの、それを否定するつもりはない。しかし……」

「『しかし』の後は……何ですか?」


 白羽が促すと、雷蔵は観念したように語り出した。


「君の言う通りだ。俺の心は渇望していた。『示現流』を全力で試したい、『剣術』を思う存分に振るってみたい、敵の頭蓋を叩き割り脳症が溢れる様を見てみたい、と。このような暴力的な思想は、『道』の理念に外れる……どころか、現代社会に害をなす精神異常者のそれに等しいだろうな……」

「わたしも同じです! 動かぬ的よりも、獲物を狙い撃ちたいと、日頃より感じておりました。的よりも小動物。小動物よりも獣。獣よりも人。人よりも武士もののふ武士もののふよりも……天下無双の益荒男ますらおを、わたしの『弓術』でもって射抜きたいと常々空想しています!」


 雷蔵と白羽は、誰にも語れず、相談できず、胸の内に秘めていた苦悩を互いに吐露することで、非常に穏やかな心情となっていた。

「悩んでいたのは自分だけではない」という安堵感により、二人は肩の荷が下りたような心持ちに包まれた。

 二人の間に傷を舐め合うような一体感が満ち、奇妙な絆がそこに生まれた。


「先程の無礼な物言い、申し訳なかった。君と話したことで、気持ちが落ち着いたよ」

「そんな……わたしこそ、強引に押しかけてしまって、ごめんなさい。雷蔵さんとお話できて、とても楽になりました」


 仄かに光が灯ったような瞳を真っ直ぐに向けて、白羽は静かに微笑んだ。

 雷蔵は、儚く線が細かった少女に命が宿ったような錯覚を覚えた。


「俺は毎日欠かさずに、朝夕とこの廃道場で稽古をしている。もし暇があれば、また来てくれ。今度は茶菓子も用意しておく」

「お気遣いなく。わたしは、雷蔵さんとお話ができるだけで充分なのですから」

「……そうか。まぁ、兎も角、これからよろしく頼む、花桐」

「今なんと言いました?」


 照れくさそうな仕草で雷蔵は苗字を呼んだ。

 女性慣れしていない彼が、初対面の女子である白羽の名前を呼ぶことを避け、苗字を呼称したことは極自然なこと。

 しかし、意図せずに発した何気ない一言が人の逆鱗に触れるのはままあることである。


「む? いや、よろしく頼むと言ったんだ」

「その後です! 聞き捨てならない台詞を聞き取りました! 私の名前は白羽です! 苗字を呼ぶなんて、失礼極まりない行為ですよ!」

「待ってくれ、花桐。君の苗字を呼ぶことに何の不満がある?」

「また苗字で呼びましたね! あなたのことなんてもう知りません!」


 途端に涙目となって癇癪を起こした白羽に雷蔵は混乱を極めた。

 何が何だかわからないと言った心境である。

 とりあえず、今にも泣き出さんとする白羽を宥めるべく、雷蔵は決心する。


「済まなかった、白羽。これからは名前を呼ぶからそんなに拗ねないでくれ……」

「……うぅ……取り乱してしまってごめんなさい……でも、絶対に苗字は呼ばないでくださいね……」


 何とか落ち着きを取り戻した白羽を見て安堵した雷蔵は、踏み石にどかっと腰掛けた。

 白羽は縁側に、背筋を伸ばした行儀の良い姿勢で座り込んだ。

 びゅうと山風が息吹く廃道場が再び穏やかな空気に包まれる。


「わたし達はどう生きるべきでしょうか?」

「どう生きる、とは?」

「わたし達は、胸に秘めたこの苦悩を一生抱えながら生きるのでしょうか? このままでは込み上がる情動に屈服し、何時の日か野鳥ではなく人を射抜くかもしれないと……わたし自身がとても怖いのです」

「そうだな……考えて見れば、今日の乱闘も御祖父ちゃんを愚弄されたとか、『剣道』への報復とか、そういったものはあくまで切っ掛けだったのかもしれないな。溜まりに貯まった鬱憤をただ晴らしたかっただけなのかもしれない……しかし、まぁ、白羽。君と語り合うことで互いの負担を分散させることで己が心を制することができるかもしれないと、俺は感じるぞ」

「ええ。わたしもそう思います……はぁ、でもいっその事、戦国の世に生まれ落ちたら良かったのに、と考えてしまいます……」

「ううむ。戦国時代か、せめて幕末にでも生まれれば、古流武術を振るう機会はあったのかもしれないな」

「巴御前に甲斐姫など、女性でも武勲を挙げている人物は存在しますからね」

「そりゃあいいな。花桐家の白羽姫か。語感もいいし、ぴったりじゃないか」

「うぅー……花桐家は余計ですよ……」


 二人が和むような会話に没頭していた最中である。

 前触れ無く、風景が変貌した。

 廃道場を囲っていた木々は影も形もなくなり、辺りは塵一つなき闇に包まれた。

 縁側にて腰掛けていた二人は、虚無の空間へと放り出され、暗闇の中を落下した。


「招待してやろう、貴様等が渇望する戦場へと」


 闇の中に響き渡る声を聞き、雷蔵はユスの木刀を、白羽は化合弓コンパウンドボウを構え、声の主と対峙した。

次は、とうとう異世界への旅立ちです

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