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7.パンケーキをもらう

俺は朝に強い。


その強さは、目覚まし時計を必要としない。起きたい時間の大体五分前には目が覚めるという特殊体質の持ち主だ。


それは今日の朝も例外ではなかった。たとえ『大工』の読み方が気になり中々眠りにつけなかったとしても、それは体質には敵わなかったようだ。今日も時間通り、午前七時に俺は起床した。



俺の自宅は二階建ての一軒家だ。二階は俺の部屋と妹の部屋がある。


制服に着替え、朝食を食べに一階へ向かう。


自室のドアを開けると、同じタイミングで妹の部屋のドアが開いた。


「おっ、兄ちゃん。ハロー」

妹は俺を見つけるなり言った。既に制服に着替えており、日に焼けた褐色の肌がより制服の白さを際立たせている。


「……ハロー。お前んとこもテスト期間か」


妹は今年高校生になった。俺とは別の高校に通っている。自宅から電車を乗り継ぎ三十分の所にある高校に通っている理由は、妹のその褐色の肌にある。


「そうなんだよな〜。もうすぐ大会だってのに、参っちゃうよな〜」


「学生の本分は勉強だぞ、野球少女」


自分の部屋の前で愚痴る妹を追い抜かし、階段を降りながら言うと、


「野球じゃなくてソフトだよ、兄ちゃん」


と妹に訂正された。


同じようなものだ。しかし声には出さない。そう言うと、野球とソフトボールの違いを延々とまくし立てられるのは目に見えている。



妹のその焼けた肌は、小学校から続けているソフトボールのせいだ。高校も、ソフトボール部が強い所を選んだ。


朝練がある日は五時半に起き、出勤ラッシュで混雑した電車に揺られて登校する。毎日辛くないかと訊いたことがあったが、妹は笑顔でこう返したものだ。


『兄ちゃん、横棒が一本足りないぜ』と。


まぁ、好きはでかいということだ。


しかし今はテスト期間。いくら好きだからといって、妹が学生であることに変わりはない。部活動が禁止されるこの二週間。妹は悶々とする日々を過ごすことだろう。


一階に着き、リビングのテーブルを見ると、二人分の朝食が用意してあった。


両親は共働きだ。父親はもちろんのこと、母親も俺達の朝食を作ると朝早く出ていく。


「兄ちゃん。私のパンケーキ一枚あげる。三枚も食べて運動しなかったら、あっという間に太っちゃう」


今日の朝食はパンケーキのほかに、サラダとコーンスープ。妹は三枚のパンケーキのうち一枚を手でつまむと、俺の皿に乗せた。


「手でやるなよ」


「蜂蜜とって」


席に着いた妹は俺の言葉を無視して、冷蔵庫を指差した。


蜂蜜はかけるのか。糖分の塊だぞ。俺は冷蔵庫から蜂蜜を手に取り、無言で妹に手渡す。


「サンキュー。ところで兄ちゃん。ホットケーキとパンケーキの違いって何なんだ?」


「字数」


俺は席に着き、コップに入ったコーンスープを一口。薄い。母親は、混ぜずに仕事に行ったようだ。


「まぁ、それもあるけど」


「ブッ!」


俺はコーンスープを吹いた。それもあるのかよ。


「そうじゃなくて……。もっと根本的に違う感じがする」妹に俺の冗談を殺したという意識はないようだ。ホットケーキとパンケーキの違いについて思考している。


何気に俺も気になったので、パンケーキに蜂蜜をかけながら考えた。恐らく、違いは些少なものだろう。東日本と西日本で呼び方が違うとか……。


パンケーキを口にほおばる。冷たかった。……ん?そうか、分かったぞ!


ホットケーキは名の通り温かいもの、パンケーキは冷たいものだ!


そう考えると、この冷たさが逆に美味しく感じてきた。


「……日本ではホットケーキ。アメリカではパンケーキって呼ぶのかな」


妹はそんなことを呟いていた。そんなわけない。ホットケーキのホットは英語だし、パンケーキのパンは和製英語だ。


「分かったぞ。教えてやろうか?」


「あ、そういえば。今日、家に彼氏連れてくるから」


妹はいつの間にか食べ終わっていた。食器を流しに運びながら言った。


もう興味ないのな。俺の素晴らしい解を聞かせてやりたかったのに。


「あっそ。今日、一階でDVD見るからあんまり来んなよ」


DVDプレーヤーは一階のテレビにしか付いていないのだ。


「いや、兄ちゃんが二階にいろよ」


「何で俺が。明日には、そのDVDを返しに行かなきゃダメなんだ」


忘れてたのは俺のミスだが、妹はそのことを言わず、代わりに、悪知恵が思い付いたというような表情を浮かべた。


「じゃあ、兄ちゃん。三人でそのDVD見るか?私はいいよ。兄ちゃんは果たして、私と彼氏がイチャイチャしているすぐそばでDVD観賞出来るのかなぁ〜」


くそ!最悪なカードを切りやがった。


しかもその彼氏が一番気まずいことに、妹は気付いていない。


「今日のところは一階の使用権利を譲ってやる」


俺は悪徳土地所有者ばりの捨て台詞を吐いた。どこにも去ってはいないが。まだ食事中なのだ。


「悪いな、兄ちゃん。一時過ぎくらいに連れてくるから、それまでに上に行っててね」


「あぁ」


妹は走って二階に行くと、カバンを持って一階に走って下りてきた。朝から騒がしいやつだ。


「じゃ、お先」


そう言って家を飛び出していった妹を横目で見ながら、俺は最後に取っておいたサラダに手を伸ばした。俺はベジタリアンなのだ。






朝食を食べ終えた俺は食器を持って台所へ向かう。と、玄関のドアの開く音がしたので、さては忘れ物でもしたか、そう思い妹が座っていた席の周りを見ていると、


「外に兄ちゃんの友達っぽい人がいるぞ〜」


妹の声が聞こえた。友達っぽい人?なんだその微妙な立ち位置の人は。


しかし、こんな朝早くに家を訪ねてくる友人なんて、俺にはいないけどな。そう思いながら玄関に行く。


開け放たれたドアの向こうにいたのは、


「よっ!友達っぽい人です」


「…………」


恋愛マスターだった。

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