表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

4.梅雨の日のSOS

「また雨かよ」


五時間目の授業中、誰かが呟いた。朝から降っていた雨は昼前に一度止んだのだが、また降ってきたようだ。


六月。梅雨の時期だからしょうがないとわかっていながら、しかし気分は盛り下がる。


加えて今は数学の授業。黒板を埋めていく数式が増えていくにつれ、そして雨足が強まっていくにつれ、教室の空気は重く、どんよりと沈んでいく。


半ば自動的に黒板の数式をノートに写していると、ズボンのポケットが振動した。携帯だ。それはすぐ止まった。この短さはメールだ。


一応、この学校は市内で一番の偏差値を誇っている。だからそこそこ校則も厳しい。


それは携帯電話に関する規則も同様で、授業中の携帯電話の使用はもちろん禁止。それどころか、マナーモードにしていないのがバレると容赦なく没収され、放課後まで手元に戻ってくることはない。


だから俺の携帯電話が音を発することはない。切り替えが面倒だから、学校にいるときは常にマナーモードにしている。


俺のポケットから振動音がすると、周りの生徒が微動したが、すぐにノートに目を戻す。


俺の席は教室の後方に位置しているので、黒板の前にいる教師には聞こえていない。しかし聞こえたとしても、やはり周りの生徒と同様の反応しか示さないだろう。


問題は、誰がメールなんて寄越したかということ。


俺のメールアドレスを知っているのは、家族とこの学校に通っている生徒数人くらいしかいない。


家族は滅多に連絡してこないし、この学校に通っている生徒は俺と同じように、今は授業を受けているはず。


携帯の没収という、高校生にとって致命的なリスクを負ってまでメールを送ってくる友人に、俺は心当たりがない。


ならば迷惑メールだろう。そう俺は結論付けた。


さて退屈しのぎも終わったことだしその間に追加された数式でも書き写すか、とシャープペンシルを握り直したところで、またポケットが振動した。短い。メールだ。


隣の生徒がちらりと俺を見る。申し訳ない。


一回なら名前のわりにそこまで迷惑じゃない迷惑メールも、間髪入れず二回連続となれば、それは本当に迷惑メールだ。


危険を承知で確認しようか。幸い、教師は黒板を埋め尽くした数式の中で古くなったものを消して、その空いたスペースに新たな数式を書いていて、こちらを見る気配はない。


また振動した。メールだ。三通は、さすがに普通ではない。


さすがに三通目ともなると、周りの生徒も不審がっている。


これはもしかしたら、俺にSOSを告げているのかもしれない。


どこかに監禁された誰かは、犯人の隙をみて短くメールを打つ。長すぎるとバレる危険性があるが、短すぎても伝わりづらい。この調節はかなり難しく、そしてもどかしい。


だとしたら、携帯を没収される危険なんて恐れている場合か。人命がかかっているのだ。


なるべくゆっくりを心がけ、ポケットから携帯を引き抜き、手のひらに隠し、机の下でそれを開ける。


その間にもメールが届いていた。計四通。普通では考えられない数字だ。


じめじめした空気と、緊張からくる汗で、手はびっしょりだった。


まず一通目。母親からだった。ならば、監禁されているのは……。


『雨降ってきた。帰りにスーパーで買い物してきてくれない?』


「…………」


まだわからない。まだ三通ある。母親の出不精が顕著に表れたメールが、たまたま他の人のSOSのメールと被っただけかもしれない。


二通目。妹からだ。妹は高校一年生。言いたくはないが、変質者の格好の餌食だ。許すまじ変質者。俺が正義の鉄槌を下してやろう。


『ハロー。兄貴のエロ本コレクションの中で、男の裸がメインのものない?』


お前が変態か!地獄に落ちろ!


ちなみにそんなものはない。


「…………」


お前らのせいで、本当に助けが必要な人を救えなかったらどうするんだ。


三通目。差出人は季野。今日から一週間、一年生は面談日で、昼前に授業は終わり、それぞれ都合のいい時間帯に三者面談を行うはずだ。


季野の面談日がいつかはわからないが、授業は終わっているはずだ。そして面談日でなければとっくに下校しているはず。その際に何かあったか。


季野は無表情で、世の中すべてを見下してるかのような目をしていて近寄り難いが、世の中にはそういうのが好きな、物好き極まりないやつがいても不思議ではない。


メールを開く。


『季野です。授業中すみません。放課後、部室に来ていただけないでしょうか?相談したいことがあります』


SOSではなかったが、何やら訳ありのようだ。


季野がメールを送ってくること自体、滅多にないことなのに、俺に相談事なんて、何やら怪しげだ。


四通目も季野からだった。恐る恐るメールの文面を読む。


「…………」


窓の外に目をやる。外の雨は更に勢いを増していた。生徒は口々に不満を漏らしている。


「……はぁ」


俺はため息をついて、もう一度、季野のメールに目をやった。


そこには短くこう書いてあった。


『書き忘れていましたが、恋愛相談です』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ