3.辺境の地の二人
「ところで先輩。もうすぐテスト期間ですが、勉強してますか?」
季野は本を机に伏せ、俺に訊いた。一見すると、そんなことになんの興味もないように見えるが、彼女の表情は、大抵そんなものだ。
しかし、今は六月上旬。テスト期間は夏休み前の一週間だ。まだ一ヶ月以上ある。
「テストって七月の後半だぞ。もうすぐではないだろ」
「してないんですね。呆れるを通り越して呆れました」
「通り越してないじゃないか」
「あと一ヶ月ですよ。それでよく三年間やってこれましたね」
俺のツッコミを無視して、季野は更に毒を浴びせてくる。
「そういうお前は勉強してるのか?」
「いえ、してませんよ」
はっきり言いやがった。何故そこまで堂々としてるんだ。
「他人のこと言えないんじゃないのか」
「他人じゃありませんよ。私と先輩は」
「おっ…」
とぉ。ツンデレか。
「時に先輩」
「なんだ後輩」
「ここで勉強をしてもいいですか?」
季野はそう言って、教室を見渡した。
「ここは静かで集中出来そうです」
季野が普段どこで勉強しているかは分からないが、別に断る理由もなければ、家でやればいいだろうなんて言う理由もない。俺は頷きつつ言った。
「構わないが。いちいち許可をとらなくてもいいけどな」
「部長ですので、いちおう」
いつもその部長を苛めてるくせに、こういう時だけちゃんとしている。
部の活動以外のことで、部室を使用してはいけないと校則で決まっている。季野は優等生なのだ。
「ここは訪問者など滅多に来ませんし、いい感じで西日も射し込んできます」
この教室は校舎の隅にある。学校の辺境だ。プライベートスペースとしては、かなり立地条件がいい。
「お前って頭いいのか?」
季野は本をカバンにしまい、帰ろうとしていた。俺の問いに、壁の時計を一瞥してから答える。
「どうでしょう。中学校ではそれなりでしたが、ここではどうか分かりません」
早く帰りたいのだろう。いつもより早口で答えてから、教室のドアを開けた。
「では、帰ります」
「あぁ、明日な」
「まだ帰らないんですか?」
「今いいところなんだ。……それとも、まさか一緒に帰りたいのか?」
何寝ぼけたこと言ってるんですか土に還しますよ、とかなんとか言ってくると思い身構えたが、うんともすんとも言わない。
振り返ると、そこには開け放たれたドアがあるだけで、季野の姿はなかった。
無視か…。言葉でどうこう言われるよりキツいな。