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文化祭 - 四

生徒会室に向かって歩いていると、彼女は突然何かを思い出したかの様に立ち止まった。そして彼女は俺の方を向いて、またもじもじしながら話しかけてきた。


「あのお、すみません。今更ながらで大変申し訳ないんですが、まだお名前を伺ってなくて。お名前を教えてもらっても宜しいですか?」


俺はすっかり忘れていた。そういえば、洗い場で驚かされた後、彼女の名前は確かに聞いていたが、俺は自分の名前すら名乗っていなかったのだ。


「あっ、ごめん。そういえば俺、まだ名前言ってなかったね。俺は成和西高校二年の本宮晃。宜しくね。」


「本宮さんですね。宜しくお願いします。」


「あー、そんな本宮さんなんて堅苦しく呼ばないで。晃でいいよ。」


「えっ、そうですか?じゃあ、晃さんって呼ばせてもらいます。晃さんも二年生なんですね。私も二年生なんです。同級生ですね。」


「藤咲さんも二年生なんだね。同級生だとちょっと安心するね。」


「あっ、晃さん、私も名前で呼んでもらっていいですよ。お互い同級生ですし。」


「えっ、そう?じゃあ俺も名前で呼ばせてもらう事にするよ。」


俺達はこんな会話をしながら、生徒会室へと向かった。


ガラガラガラッ。生徒会室のドアを開ける。勿論そこには誰もいない。部屋はきちんと整理されていて、いかにもといったような感じである。奥の窓から差し込む光が何とも心地良い。


「どうぞ、座ってください。」


そう言われて、俺はゆっくりと椅子に腰掛けた。彼女は早速アイロンをセットし、手際良くアイロンをかけはじめた。彼女は一生懸命アイロンをかけている。その間、静寂が部屋を包み込む。


…。


…。


うーん、手持ち無沙汰だ。こういう空間で黙って座っているのはなんとも落ち着かない。彼女に話し相手にでもなってもらおうと、俺は口を開いた。


「あのさ…。」


突然俺が口を開いたのに驚いたのか、彼女は体をビクッとさせて、


「はいっ!」


と上ずった声で返事をした。その姿がなんとも面白かった。


「あっ、いや、そんなに驚かなくていいから。」


俺は苦笑いしながら、彼女に答えた。そして俺は会話を続けた。


「ちょっと気になった事があったんだけど、奈緒ちゃんってさあ、俺と話す時になんでそんなにおどおどしてるの?俺恐いかな?」


「すっ、すみません。全然恐くないです。そんなんじゃないんですけど…。」


「…けど?」


「男性と話すのがあまり得意じゃなくて…。」


「えっ、そうなの?でも、話す機会なんて沢山あるでしょ?」


「父や親戚の叔父さん達と話すのは全然大丈夫なんですけど、それ以外の男性とはあまり話をする機会がないので、何を話したらいいかあまりよく分からなくて。」


「話す機会がないって、確かに女子高だからここだとあまり男と話す機会もないだろうけど、中学の時の同級生とか会ったら話するでしょ?」


「私、実は中学からここの付属中学に通っていて。そして、そのまま高校に進学したので周りには殆ど女の子しかいなくて。男性と話す機会なんて殆どなかったんです。だから緊張しちゃって。なんか、気を使わせてしまってすみません。」


なるほど。所違えばなんとやらだな。


「あ、そうだったんだね。そりゃ緊張しちゃうかもね。俺も人見知りだからあんまり大層な事は言えないけど、俺は別に取って食ったりしないんで安心して。」


そういうと、彼女は少し緊張が解れたのか、にっこりと笑った。そして、続けざまに俺に問いかけてきた。


「晃さんは今日は誰かといらしたんですか?」


「今日?あー、今日はダチと一緒に来たんだ。知り合いからチケット貰ったらしくって。」


「えっ?じゃあ、お友達はどちらに?」


「ダチはそのチケット貰った女の子と一緒に文化祭回るって言って、そのまま行っちゃったよ。」


俺は呆れた顔をして、彼女に答えた。


「それじゃあ、お友達と一緒に回ってる女の子は彼女さんなんですか?」


彼女は興味津々に尋ねてきた。


「うーん、どうなんだろうね?俺は初めて会ったし、ダチもしょっちゅう彼女が変わるから全然わかんないんだよね。」


「へーっ、そうなんですね。でも、羨ましいな。誰かと一緒に文化祭回るって。ちょっと憧れますね。」


そういうと、彼女は再び俺の制服にアイロンをかけ始めた。また、静かな時が流れ始める。暫くすると彼女の手が止まり、


「出来ました!」


と声をあげ、アイロンがかかったばかりの制服を俺に渡してきた。俺は、アイロンがかかったばかりの制服を受け取り、彼女に向かって、


「ありがとう。」


と声をかけた。すると、彼女はニコッと笑って、


「いいえ、どういたしまして。」


と返事すると、使っていたアイロンを片付け始めた。彼女がアイロンを片付けている間、俺はふと考えた。彼女は文化祭を誰かと一緒に回るっていうのに憧れてたな。浩輔の奴もどうせまださっきの子と一緒にいるだろうし。折角奈緒ちゃんとも知り合えたんだし、ここは一緒に文化祭を回ろう!

思ったら即行動。俺は彼女に声をかける。


思い立ったら即行動。俺は彼女に声をかける。


「奈緒ちゃん、あのさ、この後時間あるかな?」


すると彼女はきょとんとした顔で俺の方を見て、俺にこう返した。


「時間ですか?そうですねえ、生徒会の仕事がまだ残ってますが、すこしくらいなら大丈夫ですよ。どうしたんですか?」


「もし奈緒ちゃんさえ良ければなんだけど、学校を案内してくれないかな?ダチがどこか行ったっきり全然戻ってこないし、さすがに知らない所を一人で歩いててもつまらなくてさ。折角こうやって知り合ったから、良かったら一緒に文化祭回ってくれないかなと思って。」


すると彼女は大きく驚いてあたふたし始めた。彼女は終始『えっ?えっ?えっ?』と連発していた。俺は、そんなに驚く事でもないのにとは思いながらも、その言葉は胸に仕舞った。しかし、彼女からしたら想定外の誘いだったのだろう。しかし、ここまで動揺する彼女を無理やり誘うのも申し訳ない。


「あ、あの、奈緒ちゃん、無理しなくてもいいよ。無理なら俺、一人で回ってるから。もう少ししたら、ダチも戻ってくるだろうし…。」


と苦笑いをしながら彼女に言った。俺の言葉を耳にした彼女はふと我に返り、落ち着きを取り戻した。そして、申し訳なさそうにこちらを見つめている。


『さすがに無理か…。』


とこちらも諦めモードで彼女を見ていると、これまた彼女から予想外の返事が返された。


「あのぉ、私でいいんですか?」


「はいっ?」


俺は一瞬自分の耳を疑った。


「文化祭一緒に回るの、私でいいんですか?」


「い、いや、いいも何も、頼める人がいないからこうやって頼んでるんだけど…なんで?」


「私と一緒に回ってて、周りに変な風に誤解されたら、晃さん迷惑じゃないかと思って…。」


ふむ、なんとも俺には理解し難い言葉だった。


「はははっ。迷惑だなんてそんな事全然ないよ。さっきも言ったけど、俺、この学校に誰も知り合いはいないし、変に誤解されたとしても、またここに来るわけでもないから俺は全然大丈夫だよ。寧ろ、奈緒ちゃんは大丈夫なの?」


「わっ、私ですか?私も全然大丈夫ですよ。多分誤解される事もないですし、何か言われても『生徒会として案内してるので!』って言います。あと、私も一緒に文化祭回ってみたかったので…。」


最後の方はもごもご話していたため、俺にはよく聞こえなかった。俺はお構いなしに、


「じゃあ、交渉成立って事で。よろしくねっ!」


と返した。彼女がアイロンを片付け終わると、俺達は生徒会室を後にした。二人であちこちの教室を回る。ついさっきまでは、一人でつまらなく回っていた文化祭も、こうして誰かと一緒に回ると楽しいものだ。でも、本当に何が起こるかわからないな。さっきまで腹を立てていた奴にも感謝感謝だ。


一頻り回り終えると、俺達は中庭に移動した。朝はここで浩輔にしてやられてイライラしていたが、今はなんとも穏やかな気分だ。俺は奈緒ちゃんと一緒に、朝と同じベンチに腰を掛けた。そして俺は、彼女に御礼を言うために話始めた。


「奈緒ちゃん、今日は本当にありがとうね。いろいろ教えてもらえたし、一人でつまらなくなるところを一緒に回ってくれたし。本当に楽しかったよ。」


「いえいえ、こちらこそありがとうございました。私も楽しかったです。文化祭を誰かと一緒に回れるなんて思ってもいなかったので。」


そういうと彼女は、満面の笑みを俺に返した。


「俺も、今日の文化祭はダチと回るもんだと思ってたからさ。それがダチには放ったらかされるわ、変な女にぶつかってはジュースかけられるわで散々だったけど、でもそれがあったからこうやって奈緒ちゃんと一緒に回れたしね。お二人様々だよ。」


と言うと彼女も、


「ホント、そうですね。」


と笑顔で返した。こんなやり取りをしていると、離れたところから、


「晃ー!晃ー!」


俺の名前が聞こえてきた。中庭の奥の方に目をやると、浩輔が手を振りながらこちらにやって来るのが見えた。俺の隣に女の子がいるのに気がついたのか、浩輔は俺達の方に走り寄ってきた。浩輔は、見知らぬ女の子と俺が一緒にいる事に驚いたようで、俺達の所に着くなり質問を浴びせてきた。


「おい晃、誰だよその隣に座ってる可愛い子!お前、ここに知り合いいたのかよ?」


なんとも浩輔が訪ねてきそうな質問だ。


「いや、ここに知り合いはいない。」


「じゃあ、何か?ナンパしたのか??」


「お前なぁ、俺がナンパするような性格じゃないのはお前が一番知ってるだろう?」


「確かに。でも、じゃあなんで女の子と一緒にいるんだよ。」


浩輔は、俺からいろんな事を聞き出そうとする。うーん、面倒臭い。ふと我に返ると、隣に座っている奈緒が、少し怯えた様子でこちらを見ている。彼女の不安を取り除くためにも、一応きちんと話をしておこう。


「うるせぇなぁ。ちゃんと話すから落ち着いて聞け。彼女は藤咲奈緒さん。この学校で生徒会をやってるんだ。お前が俺を放置して女の子と遊んでる間に、ここの生徒とちょっとした事件があったんだよ。その時俺の制服が汚れてな。それでわざわざ謝りに来てくれたんだ。」


浩輔に説明をすると、彼女は浩輔に対して怯えながらも軽く会釈をした。俺は続け様に、


「お前が全然戻ってこねーから、彼女に文化祭を案内してもらってたんだ。」


そう言うと浩輔は、奈緒を見て浮かれているのか、


「おっ、マジかっ!奇跡じゃん!こんな可愛い子と文化祭回れるなんて。いーな、いーなー!」


と、相変わらず軽いノリで返してきた。女性に見境のない浩輔に対して呆れていると、浩輔は奈緒に向かって、


「初めまして。俺、浩輔。晃の幼馴染みなんだ。ヨロシクねっ!それにしても、君可愛いね。俺とも一緒に文化祭回ってよ!」


と訳の分からないことを言い出した。この後俺は直ぐに察した。多分、浩輔みたいなタイプは、奈緒は物凄く苦手なのではないかと…。気になった俺は、ゆっくりと彼女の方に目を向けてみる。すると、案の定な結果がそこには表れていた。当初怯えていた表情に、軽いノリが嫌いとでも言わんばかりの怪訝な表情が加わっていた。さすがの俺も、これ以上彼女に不快な思いをさせる訳にはいかないと、浩輔の誘いを俺が断った。


「お前なぁ、『一緒に回ってよ!』じゃねーよ。次から次へと。彼女はお前みたいな軽いノリの奴は嫌いなんだよ。そもそもお前、友香って子と一緒に回ってたじゃねーかよ。」


そう言うと、浩輔は俺の方を振り返った。その顔は、なんとも情けない、今にも泣きだしそうな顔をしていた。そして、俺にこう言った。


「晃、聞いてくれよー。俺、あの子を落とそうと思って今日の文化祭に来たのにさぁ、話してたら『私、今好きな人がいるから。』とか言われてさぁ。それでも何とか頑張ってって思ったら、その好きな奴っていうのが現れやがってさぁ。もー、なんなんだよー。」


『なんなんだよ』と言われても。そのとばっちりを喰ったのは俺の方だ。


「自業自得って奴だな。奈緒ちゃん、こいつはまー、聞いての通りこういう奴なんだよ。」


そういうと、彼女もあららと言わんばかりに苦笑いをしていた。ひとしきり話が終わると奈緒が、生徒会の仕事に戻ると言い出した。


「晃さん、私そろそろ生徒会の仕事に戻ります。今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました。」


「いやいや、こちらこそありがとう。アイロン掛けてもらった上に、文化祭まで一緒に回ってもらって。いい思い出になったよ。」


そういうと、彼女はニコッと笑い軽くお辞儀をした。そして、手を振りながら生徒会へと戻っていった。そして、浩輔はと言うと、友香という子にフラれたのがショックなのか、ずっとぶつぶつ独り言を言っている。


「晃はいいよな、あんな可愛い子と一緒に回れてさあ…。俺スゲー頑張ったのにフラれるし…。」


正直鬱陶しい。しかしさすがの俺も、ここまでの浩輔の落ち込んでいる様を見ていると少し気の毒になり、歩きながら俺は浩輔を励ますことにした。


「浩輔、まー、そんなに落ち込むなよ。お前の人当たりの良さなら、またすぐにいい娘が見つかるさ。」


「そうかなあ。そうだといいんだけど。」


俺達は校舎の中を歩きながら、そんな会話をしていた。浩輔の肩は項垂れて、なんとも言えなかった。しかし次の瞬間、浩輔から思いもよらない言葉が発せられた。肩を落とした浩輔が、一瞬目を横にした。その時だった…。


「なあ、晃。ちょっと右側見てみろよ。」


俺は浩輔に言われるがまま、右を向いてみた。そこには二階に上がる階段と、その階段に、ここの学生と思われる女の子が二人座っていた。そして、浩輔から発せられた言葉は、


「ほら、あそこの二人、パンツ見えてるぞ。」


俺は絶句した。人が折角落ち込んでいる浩輔を励まそうとしている所に、コイツから出てきた言葉が『パンツ』なのだから…。一瞬にして怒りが込み上げてきた俺は、浩輔の頭を一発思いっきり叩いた。


「痛ってーなあ!何すんだよっ!」


「うるせえ、バカ!お前が落ち込んでると思って励ましてんのに、『パンツ』じゃねー!励まして損したわ。帰るぞっ!」


「あぁ…、パンツぅ…。」


俺はもう一発浩輔の頭を思いっきり叩いて、浩輔を引き連れて帰った。まあ、浩輔らしいと言えば浩輔らしいが、俺からしたら何とも傍迷惑な文化祭だった。

後日、浩輔から文化祭の時に一緒だった奈緒とはどうなったのか?連絡先くらい聞いたのか?など、しつこい質問攻めにあったが、『何もない』の一点張りでかわし切った。


実は、彼女と文化祭を回っている最中に、彼女の連絡先は聞いていたのだが、それを浩輔に言うと、また面倒臭くなるのが目に見えているのでね。


その後、俺と奈緒がどうなったかというのは、また別の話。

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