文化祭 - 二
文化祭当日。空は雲一つない青空だ。家の中はまだ寝静まっている。俺はいつも通りに起きて身支度を整え、チャリに跨り通学するのと同じように浩輔の家へと向かった。近くに着き、インターホンを鳴らす。すると、浩輔のお母さんが玄関の扉を開けてくれた。
「あら、おはようございます。今朝は早いのね?どうしたの?」
浩輔のお母さんに尋ねられる。
「あ、おはようございます。いや、今日は浩輔と出かける約束をしていて。それで迎えに来たんですが…。」
というと、
「あら、そうなの?浩輔、まだ寝てると思うんだけど…。起こしましょうか?外で待っててもらうのも悪いので、上がってちょうだい。」
と、浩輔のお母さんが言うので、俺は、
「叔母さん、大丈夫ですよ。俺が浩輔起こすので。」
と言い、家に上がらせてもらった。浩輔の部屋は二階にある。俺は、叔母さんへの挨拶もそこそこに階段を静かに上り、ゆっくりと浩輔の部屋のドアを開けた。すると、そこにはTシャツとパンツ一枚で寝転がっている浩輔がいた。まだまだ夢の中といった様子だ。
「浩輔。」
声をかけるが、まだ気持ちよさそうに寝息を立てている。
「浩輔。」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
某ゲームの台詞がピッタリとあてはまる。いつもなら肩でも優しく叩いて起こしてやるところだが、あまりのんびりとしている時間もない。なので、とりあえず優しく…ではなく、やや強めに浩輔の顔を片足で踏んでみた。
「う、うぅ…。」
これは面白い。もう少し強めに足に力を入れてみた。
「う、うっ…うーん…。」
浩輔は目が覚めたのか、踏んでいた足を退け、ゆっくりとこちらを振り返った。それを見た俺は、浩輔に声をかけた。
「浩輔起きたか?」
寝ぼけ眼で俺を見ている浩輔。最初は何が何だか理解できない様子だったが、はっきりと理解できたのか、俺がベッドの横に立ち尽くしている事に驚いて、飛び起きた浩輔は壁に頭をぶつけた。ゴスッっと鈍い音が響いた。次の瞬間浩輔は、すごく痛そうに頭を抱えて蹲った。
「イテテテ…。なんでお前がそこに立ってんだよ…。」
浩輔は痛みに耐えながら、か細い声で俺に訴えかけた。
「なんでも何も、お前が寝てるからだろう。お前、今日何の日か分かってるのか?」
浩輔は蹲ったまま暫く考えていた。すると数秒後。今日の約束を思い出したのか、浩輔はベッドから飛び降り、
「ちょっと待ってろよ!!」
と言い残し、大慌てで出かける準備をしに一階へと降りて行った。
部屋に残された俺は、何事も無かったかのように床に腰掛け煙草に火をつけた。そして、いつもの様に片付けられていない無造作に転がっている漫画の本に手をかけた。俺は黙って本を読み始める。すると、ものの五分もたたないうちに、ドタドタドタッと一階から階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。そして、部屋の扉がバタッと開く。そこには、制服に着替えてきた浩輔が立っていた。
「晃、行くぞっ!!」
浩輔が俺を急かす。浩輔は物凄い勢いで準備してきた事は分かった。ただ、俺はその浩輔の姿を見て、どうしても伝えなければならない事があった。それは…。
「浩輔、お前鏡見たか?」
「鏡?何で?」
「お前な…。髪型がとんでもないことになってるぞ。」
そう、浩輔の頭は寝癖がひどい事になっていて、右に左にと髪が爆発したかの様に跳ねまくっていたのだ。頭を触った浩輔は、
「あーーーーーーっ!!!」
と大声で叫んで、また一階へと降りて行った。
『そんなに慌てなくても文化祭は逃げねーよ。』
と心の中で思いながら、俺は再び漫画本を読み続けた。数分後、準備ができた浩輔と俺は、バスに乗って聖愛女学院へと向かった。
聖愛女学院の校門前。中では既に文化祭が始まっているようで、外から見てもかなり賑わっているのがわかる。とりあえず、俺と浩輔は校内をブラブラと歩き回る。俺は初めての聖愛女学院の校舎の中という事もあって若干緊張はしていたものの、普段通りに校内の催し物を見ながら歩いていた。しかし、浩輔はというと、校内に入るや否や、右に左にとキョロキョロとして落ち着きがない。なんとも恥ずかしい奴だ。俺は浩輔に声をかける。
「浩輔、お前なぁ、もうちょっと落ち着いて歩くことは出来ないのか?キョロキョロしやがって、恥ずかしいなあ。」
すると浩輔は、
「うるさいなあ、俺だってキョロキョロしたくてしてるわけじゃないんだよ。人を探してるの、人!」
「人?なんだ、お前ここに知り合いでもいんのか?」
「あー、気が散る!いいから黙って俺について来いよ!」
浩輔は少々気が立った様子で、俺の前を黙々と歩いて行く。相変わらず我儘な奴だ。仕方なく俺は浩輔の後をついて行く。相変わらず我儘な奴だ。仕方なく俺は浩輔の後をついて行く。どれくらい歩いただろうか。俺たちは校舎のあちこちを一通りは歩き回った。しかし、浩輔は一向に足を止める気配は無い。流石の俺も、いい加減疲れ果てた。そりゃそうだ、男二人で何をするわけでもなく、ただ校舎の中をずっと歩き回っているだけなのだから。
「なあ、浩輔、一体いつまで俺達歩き回るんだよ。さすがに俺も疲れたぞ。」
すると浩輔は、ふと我に返って俺に返事をした。
「あー、すまんすまん。さっきから、ちょっと人を探してるんだけど、なかなか見つからなくてさ…。それでずっとあちこち見ながら探してるんだけど、全然見つからなくて。」
「なんだ、そうだったのか。お前にしては珍しくずっと黙って歩いてるからなんだろうとは思ってたんだけど。まあ、とりあえず一通り歩いたし、ちょっと飲み物でも買って休憩でもしないか?」
「そうだな、休憩してたら来るかもしんないしな。」
「よし、じゃあ飲み物買いに行くか。」
「おう。」
俺らはとりあえず、近くに飲み物を買い、ジュースを持って校舎の中庭に出た。中庭のベンチに男二人。ジュースを片手に気怠そうに座っている。女子高の中なのになんとも滑稽な風景だ。俺らは二人、黙ってベンチに座りジュースを飲んでいる。しかし、浩輔は座りながらもあちこちを見渡しながら、目的の人を探している様だ。俺はふと気になったことを浩輔に、
「なあ、浩輔。これだけここに女の子が沢山いるのに、見向きもせずに声もかけないなんて珍しいな?お前の事だから、手当たり次第に声かけると思ってたんだが。」
とほくそ笑みながら浩輔に聞いてみた。すると浩輔は、
「俺だってさっさと声かけたいわ。でも、今日チケット貰った娘にとりあえず礼言っとかないとさ。」
と返してきた。
「あー、なるほど、そういうことか。お前にしちゃあ珍しく律儀じゃないか。」
「バカ、俺はいつも女の子にはちゃんとしてんだよ。」
「はいはい、そうですか。」
俺は呆れ顔でジュースを口に含む。すると、正面から一人の女の子が俺らに向かって近づいてくる。よく見ると、ちょっと小柄な、そして目鼻立ちのはっきりとしたキレイな感じの子だ。彼女はどんどんとこちらに近づいてくる。すると、隣に座っていた浩輔が急に立ち上がって、
「友香ちゃーん!!」
と声を上げて近づいて行った。どうやら俺達が…というよりは、浩輔がずっと探していた人らしい。浩輔はその女の子に自ら近づいて行って、少し離れたところで立ち話を始めた。暫く二人で話し込んでいたが、浩輔の事だ。もう、すっかり俺の事は忘れているらしい。俺は仕方なくゆっくりとベンチから腰を上げ、二人のもとへ近づいて行った。
「おい、浩輔。また俺の事忘れてないか?」
「ん?あっ、すまんすまん。すっかり忘れてた。」
知り合いに会えたのが余程嬉しかったのか、満面の笑みで俺の事を忘れてやがった。ムカつく。
すると、流石に女の子も気を使ってか、俺に笑顔で挨拶をしてきた。
「どうも初めまして、友香です。」
人見知りの俺はぶっきらぼうに、
「どもっ。」
とだけ返事をした。すると浩輔は珍しく、
「お前、友香ちゃんが挨拶してくれてるだろう!お前もちゃんと挨拶しろよ!俺ら友香ちゃんのお陰で今日ここに入れたんだからな。感謝しろよ!」
と俺を怒った。なんか更にムカつく。だが、浩輔が言っていることは正論だ。ちゃんとお礼は言っておかないとな。
「あ、そうなんだ。ありがとう。」
とりあえず、礼は言った。
「お前、『ありがとう。』じゃねーだろ、子供じゃあるまいし。自分の名前くらい言えないのかよ全く…。友香ちゃんごめんねー、こいついつもこうなんだよ。こいつは俺の同級生の晃。今日はどうしてもこいつが聖愛の文化祭に行ってみたいって言うからさあ。それなのにごめんねー。」
「あっ、彼がこの前言ってた晃君なんだねー。よろしくね。」
彼女は笑顔で俺に話しかけた。というか、俺は全く言ってもいない事を、然も俺が言ったかの様になっている事に驚いた。俺は浩輔に、
「ちょっ、俺はそんな事一言も…。」
と言い掛けた所で、浩輔が俺の言葉を遮る様に、
「晃、コイツ一人であちこち回りたいらしいから、俺等は二人で一緒に回ろうぜ!じゃあ、晃後でなあ。」
と言い残し、俺を一人残して友香という女の子と一緒にその場を去って行ってしまった。そして俺は気がついた。そう、浩輔にまんまと嵌められた、利用されたのだと…。アイツは俺を利用して、あの友香とかいう女の子と文化祭を一緒に回るために俺を連れてきたのだ。それを理解した途端、心の底から怒りが沸々と沸いてきた。しかし、それも後の祭り。俺は行き場の無い怒りを抱えたまま、一人女子高の校舎を歩くのだった。