彼女
とある平日の夜のこと。部屋で勉強をしていると、突然電話がかかってきた。この時俺は、何故か直感的に浩輔からの電話ではないかと思い、珍しく自ら電話を取りにいった。
「もしもし。」
「あ、晃か?俺だ。」
「やっぱりお前か。何だよ。」
「お前かって何だよその言い方。せっかく電話してやったのに。」
「誰も電話してくれなんて頼んだ覚えはねえよ。ただ電話出る時に、なんとなくお前なんじゃないかって気がした、ただそれだけだよ。それで、何の用だ?」
「俺の気がしたって、お前エスパーか?まぁ、そりゃいいや。晃、お前明日の夕方って時間空いてるか?」
「部活の後なら時間は空いてるけど、といっても十九時過ぎだけどな?」
「十九時過ぎか。まぁ、いいや。じゃぁ、十九時半くらいにいつもの公園に来てくれないか?」
「あぁ、あの公園か。あそこなら帰り道だから全然構わないぜ。でも、そんなに急ぎな用なのか?」
「あぁ、ちょっと晃に会ってほしい人がいるんだ。」
「会ってほしい人?明日じゃなきゃダメなのか?週末でもいいだろう?」
「いや、なるべく早い方がいいんだよ。詳しいことは明日また話すから、じゃぁ明日十九時半に公園でな!」
「わかった。それじゃぁ、明日公園でな。」
そうそう言って、俺たちは電話を切った。それにしても、俺に会わせたい人って一体誰なんだろう。皆目検討もつかない。まぁ、今考えても仕方がない。明日になれば分かることだと自分に腹落ちさせ、部屋に戻った。
翌日。俺は部活を終えると、そそくさと帰り支度を整え、部員たちに別れを告げ、急いで浩輔との待ち合わせの公園へ向かった。
季節はもう秋。十九時半とはいえ、辺りはすっかり薄暗くなってきていた。
公園のゲートを潜り、辺りを見渡すと、ブランコに二人の人影が見えた。よく見ると、どうやら晃らしき人物と、もう一人は女の子の様だ。俺はゆっくりと、ブランコの方に歩いて近づく。ザッ、ザッと砂をする足音が響く。すると、その音に気がついたのか、浩輔が振り返る。
「おう、晃か。お疲れ。」
満面の笑みを浮かべながら、俺の方へと寄ってくる。
「おう、お疲れ。それで、お前が昨日会わせたいって言ってた人って、あの娘か?」
「そうなんだよ、俺彼女が出来たんだよ。それで晃に会わせておこうと思って。」
浩輔は浮かれてヘラヘラしてやがる。俺には浩輔に彼女が出来ようが、どうでもいい話なのだが。折角なので付き合ってやることにする。
女の子の方へ近づくと、浩輔の彼女と思われる娘がブランコから立ち上がり、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてきた。
三人が揃うと、間に立った浩輔がそれぞれの紹介を始めた。まずは彼女からの紹介だ。
「こっちはななえ。俺の彼女。京蘭女学院に行ってて、俺等と同い年。まあ、仲良くしてやってくれよ。」
浩輔がそう言うと、彼女は軽く会釈をした。
「そして、こっちは晃。俺の幼馴染み。最近でもこいつとはよくつるんでる。まあ、いい奴だからよろしくな。」
俺も軽く会釈をする。これをきっかけに、三人で他愛もない話をする。今となっては何を話したかなんて、全く覚えていないが。
というのも、俺はこう見えて極度の人見知りで、且つ、対女性に於いては、自分が興味がなければ殆どといって話をしない。自分自身でも分かってはいるのだが、結構失礼な奴だ。このみすずという子。残念ながら俺には全く興味の沸かない子だった。俺もガキだったとはいえ、今思えば自分でも本当に失礼極まりない奴だと思う。
会話をしたといっても、俺は殆どが相槌を打ち程度だっただろう。途中からは二人の会話にも全く興味が沸かず、『早く帰りたい…。』そんな雰囲気さえ醸し出していたと思う。すると浩輔が突然俺に、
「ちょっと話がある。」
と言って、俺を連れて彼女から離れだした。
俺は何の事だと思いながらも、浩輔について行った。彼女から少し離れたところで、浩輔が俺に内緒話をするような小さな声で話し出した。
「晃、お前に一つ聞きたいことがあるんだけど。」
「何だよ突然。聞きたいことって?」
「お前、あの子の事どう思う?」
「はあ?お前の彼女だろう?別にどうも思わねーよ。別にいいんじゃねーの?」
「違うよ、そんなんじゃねーよ。俺の彼女かわいいだろ?」
なんだ、俺に聞きたいことってそんな事なのか?お前の彼女のルックスなんてどうでもいいんだが…。何をそんなに気にするんだ?
「頼むからさぁ、正直に言ってくれよ。」
「頼むも何もお前、自分の彼女なんだからそんなの別にどうでもいいじゃねーか。彼女の事好きなんだろう?」
「いや、そりゃそうなんだけど。やっぱ気になるんだよ。」
「わかった。お前がそこまで言うなら言ってやるよ。ただ、お前も俺の性格を十分分かって聞くんだろうから心して聞けよ。嘘は絶対言わないからな。後でぐちぐち言うなよ。」
「わかった。」
そういうと、浩輔はゴクリと一息飲んだ。
「お前の彼女な、正直可愛くない。というか、俺のタイプではない。」
俺は浩輔にハッキリと自分の思いを伝えた。一応気遣って、後付で『俺のタイプではない』と言ったものの、俺も嘘が言えない性分。すまん。
すると浩輔は、掌で自分の目を抑えて
「あー、やっぱりかあ!そうだと思ったんだ。全然話盛り上がんねーしなあ!」
「つうかお前、自分の彼女『可愛くない』って言われて何とも思わないのか?」
俺は気まずさを感じながらも浩輔に尋ねた。すると浩輔は、
「いや、逆に晃ならそういうだろうと思ってさぁ。だから別に何とも思わねーよ。」
とあっけらかんと答えた。
「そうか、それならいいんだが。俺がお前だったら絶対にぶっ飛ばすけどな。」
と冗談混じりにいうと、浩輔は
「大丈夫、大丈夫。お前には言わねえよ。さ、向こうに戻ろうぜ。」
と屈託のない笑顔で彼女の所へと戻っていった。
この日は後少しだけ三人で話をして、俺と浩輔はそれぞれ別々に帰路についた。浩輔と別れた帰り道、俺は一人で自転車のペダルを漕ぎながら考えた。浩輔は一体何をしたかったのか。
ただ、紹介したかっただけなのか?それともそれ以外に何かあったのか?しかし、勿論の事だが考えても答えは出ないので、考えることを止めた。しかし、これはこの後の序章に過ぎなかったのだ。
彼女を紹介されて二ヶ月ほど経った時のことだろうか。また、浩輔から公園に呼び出された。彼女なら以前会ったし、別に三人でわざわざ遊ぶなんて事でもないだろうに…とそんな事を考えながら、また一人で公園へ向かう。すると、前回紹介されたみすずという子はいなく、その子とは違う女の子が公園にいた。そして浩輔は、またその女の子を自分の彼女だといって紹介してくるのだ。そして、また三人で他愛もない話をして、浩輔は俺を別の場所へ連れて行き、前回と同じ質問をしてくる。
「晃、あの子のことどう思う?」
俺は流れでとりあえず浩輔に合わせたものの、それ以前の整理が出来ていない。俺が逆に浩輔に問いかける。
「待て待て。『あの子のことどう思う?』の前に、あのななえって子はどうしたんだよ?」
すると、浩輔は当たり前かの如く、
「え?別れたよ。」
そう答えた。
「いや、『別れたよ。』じゃねーよ。まだ二ヶ月ぐらいしか経ってねーだろ?なんでだよ?」
「なんでって言われてもなぁ。いろいろと合わなかったんだよ。それに過去を振り返ってもしょうがないじゃん。で、どうよ、今度の彼女?」
浩輔は、しつこく今の彼女の事を俺に聞いてくる。いろんな事が腑に落ちない俺は浩輔に、
「俺のあの子への対応見てりゃ大体分かるだろ。そういう事だよ。」
と素っ気無く返した。すると、浩輔は、
「やっぱりかぁ、今度はいけると思ったんだけどなぁ。」
と寂し気に戻っていった。『いけるも何も、自分の彼女だろうが。俺にいちいち聞くな!』と内心思いながらも、俺は浩輔の後をついて行った。
その後も、二ヶ月経っては呼び出され、三ヶ月経っては呼び出されと、同じような事を繰り返していた。こんな事が二、三回繰り返した頃だろうか。またいつもの様に浩輔から電話がかかってきた。どうせまた彼女が変わったのだろうと、呆れながら電話に出た。
「なんだ、また彼女が変わったのか?」
俺から先に口火を切った。
「そうなんだよ。だからまた会ってほしくってさ。」
さすがの俺も、もう付き合いきれないと思って、断りを口にした。
「お前なあ、これで何回目だよ。二ヶ月経っては別れ、三ヶ月経っては別れ、やれ合わないだなんだって。毎回毎回呼び出される俺の身にもなってみろよ。どうせ付き合ってはまたすぐに別れるんだろ?もういい加減にしてくれよ。どうせその後会うわけでもないんだし。面倒臭えんだよ。」
そういうと、受話器の向こうから、珍しく神妙な声が聞こえてきた。
「晃、ごめん。確かに今までの俺は、女の子に対して適当だったかもしれない。でも、今度の彼女は本気なんだ。俺、マジで惚れちまったんだ。だから、もう一回だけ会って欲しいんだ。」
今までの浩輔からは聞いたことがない言葉だった。だからこそ俺は驚いた。
「浩輔。これまで長い付き合いだけど、まさかお前からそんな台詞を耳にするなんて思ってもみなかったよ。お前、本当にマジなのか?」
俺は再び浩輔の決意を尋ねた。
「マジだ。」
浩輔の答えは変わらなかった。受話器の向こうからも、浩輔の真剣さが伝わってきた。
「わかった。お前がそこまで言うのなら、もう一回だけ会ってやるよ。待ち合わせはいつもの場所でいいか?」
「ありがとう。じゃぁ、待ち合わせはいつもの場所で。」
そう言うと、俺達は電話を切った。
約束当日の放課後。俺はいつもの公園に、いつも通り一人で向かった。ゲートを潜ると、ブランコにいつもの様に二人がいた。この時は季節も夏に変わっていて、いつもと同じ時間でも、辺りはまだ明るかった。遠めに見ても二人がいるのがはっきりと分かる。
少しずつ近寄っていくと、浩輔と彼女と思しき女の子の顔が見えてきた。そこで僕は少し驚いた。これまで見てきた浩輔の彼女とは、全く違うタイプの女の子がそこにいたからだ。いつもの様に三人になると、浩輔は改まって彼女を俺に紹介した。近くで見ると、お世辞でなく本当に誰が見ても可愛いというような容姿の、小柄な女の子だった。
これまでの浩輔の彼女とは、あまり話しでも盛り上がったことが無かったが、この時は不思議といろんな話で盛り上がった。
暫くしたところで、浩輔がいつもの様に俺を引き離して、訪ねてきた。
「なあ、晃。今度の彼女はどうだ?」
「お前なあ、本気で惚れたんだろう?だったらそんな事俺に聞かなくてもいいだろう?」
「本気で好きさ。でも、どうしても晃の感想を聞きたいんだよ。」
「意味わかんねえ奴だな、ホントに。でも、今回の彼女は普通に可愛いんじゃないか。俺はいいと思うぞ。」
「えっ?今何て言った?」
「だから、可愛らしいし、いいと思うって言ったんだよ。」
すると浩輔は、小さくガッツポーズをして、『ヨシッ!』と喜んだ。それを見た俺は浩輔に、
「なんで俺が可愛いって言ったくらいでそんなに喜んでんだよ?」
と尋ねると、
「俺、晃に一回でいいから自分の彼女が可愛いって言ってほしかったんだよ。お前が女性を見る目はかなりいいからな。」
と、俺からしたら全く訳の分からない事を言ってきた。
「浩輔、お前それどう?いうことだよ?」
と尋ねると浩輔は、
「お前はそれだけ面食いってことだよ。」
と笑って答えながら、彼女の元へと戻っていった。『浩輔、それは全く持ってお前の勘違いだと思うんだが…。』と言うことは、俺の胸の内に秘め、俺も浩輔の後を追うのであった。