第六話:左野とプール掃除
第六話
羽津学園は勉学だけではなく部活の方にも力をいれているようで、運動部系には比較的いい施設が見受けられている。何処かの企業の株を持っているそうで、部の施設の維持費、増設等はそれらから出ているようだ。
学園長の夢は羽津学園都市を作る事、そんな噂をきいた。
「プールは温水かぁ」
室内プールなんて早々無いよなぁ。珍しいからと言っても一度見ておけば二度も見る必要はないだろう。
今はその温水プールに生温かい水がはられている事は無く、水泳部達が一生懸命ブラシで磨いている途中だ。
背中があらわになった競泳水着やらスクール水着に心を奪われていると厄介さんの声が飛んでくる。
「ちょっと、手を休めないでよっ。きれいきれいにしてよっ」
「はいはい」
勿論、野次を飛ばしているのは左野初だ。
何故俺が手伝っているか、単純な話にリッキーこと羽根突律と左野初に頼まれたからだ。
「親しい男子生徒って先輩しかいなくて。あ、そうそう、先輩今日もかっこいいですよ」
「あからさまなお世辞は要らない、うれしくないよ」
「可愛らしい下級生が手伝ってと言っているんだから大人しく手伝ってくれてもいいんじゃない?」
「可愛らしいだって?」
「何か不満でも?」
「左野は黙っていれば可愛いよ、ね、先輩」
少しだけいらついた感じの左野の言葉、そしてリッキーの微妙なセリフに首をすくめるしかなかった。
話はさかのぼる事、数十分前のことだ。
「スク水姿の水泳部を見放題だよ」
「実際にそんな事を言われて飛びつく男子生徒なんて殆どいないんじゃないのか」
「うん、まぁ、そうかな」
「お金が出るわ」
「よし、のった」
こういったやり取りで俺は雇われの身となった。
一時間ほど磨いてようやく終わりが迎えたようだ。
「ふいー」
遊んでいる部員もいるけど、率先してやらされた俺は疲労が勝っていて遊ぶ気にもなれない。
「お疲れー」
リッキーにねぎらわれ、スポーツドリンクを受け取る。リッキーの隣には左野も腰をかけている。
うん、黙っていれば可愛くていい感じの二人組だ。他の水泳部員は比較的胸が大きいから可愛いと言うより綺麗と言ったほうがいいのかも。
「今日は泳げないのか」
「時間かかるからねー」
「まだちょっと寒いし、無理よ」
「それに左野は泳げないし」
「え」
すごく重要な事を聞かされた。左野自身もぎょっとした感じでリッキーを見ている。
「ちょ、ちょっとリッキーっ。何しゃべってんの!」
親友に詰め寄って両手を振り回している。
「え?事実じゃん。嘘は良くないよ。冗談でもさ、先輩が左野のことを水面に放り投げたら溺れちゃうじゃん。それを防止するため」
そんな事をする人はいないんじゃないのか?リッキーの杞憂だと思われる。
「そうだけど、言わなくてもいいんじゃないのっ?」
「いやね、こういうのってちゃんと言っておいた方がいいんだよー。わたしもさ、泳げなかった時に泳げるなんて言ってさぁ…溺れかけたから」
何があったのかは知らないまでも、その目は達観したものがあった。
リッキーのことはいいとして、問題は左野だ。年下のくせに、やたら上から目線のこやつにはちょっとだけ悪戯したい気持ちもあった。
さすがに、水面に向かって放り投げるようなことはしないけどさ。
「そうかぁ、左野ちゃんは泳げないのか」
「左野ちゃんとか言うな、気色悪い」
ぶるっと身震いする左野に俺はからかうよりもここは一歳年上として心が広い事を見せようと思った。
「おおかた、泳げるようになるために水泳部に入ったんだろう」
「え、何でわかったの」
勘だ。
でも、馬鹿正直に答える必要もないだろう。
「もしかして、左野の事なら何でも分かるストーカーだったりして」
リッキーがにやっと笑う。
「こう見えて女子生徒の情報は詳しいんだぜ?」
もちろん、冗談だ。そもそも女子生徒の知り合いなんて殆どいないし、残念ながら電話番号も知らない。
「真白先輩、今日の左野のパンツはなぁに?」
「可愛い熊のバックプリント」
勘というより、ここは絶対に当てちゃいけない問題だ。だから、あり得ないような柄を指摘してみた。
「な、何で知ってるのよっ」
「事実は小説より奇なりか…もうどうにでもしてくれ」
まさか泳げないんだろうからストーカー扱いされそうになるとは思わなかった。
「さーのっ、落ちついて。おそらく勘で言ったのよ」
「いまいち信用できないんだけど。いっつもパンツの中を覗いてそうな雰囲気があるもん」
まるでゴキブリでも見ているような目だ。
「たとえそんな人間だったとしても、だ。俺は左野のパンツを覗き込むような時間を無駄にするような事はしたくない」
変な話になったら相手を怒らせて終了させるに限る。
実際、この方法はある程度効果を見せてくれているからな。
「…そんな事を言って、あたしの事が凄く気になるんでしょ、へ、変態」
「凄く自意識過剰なんだな…」
胸を隠すようにうずくまる。顔なんて真っ赤、もじもじしている姿は可愛いと認めてやってもいいかな。
「照れた顔がまたたまらないとか、言うんじゃないのー?」
「リッキーもおかしなことを言わない」
さっさとお金をもらって逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
俺の心を覗いたりしたのか、リッキーがため息をついた。
「お金は今日払われないよ」
「そうかい、じゃあ俺は帰るよ」
これ以上ここに居てもいい事は無いだろう。
「そうだねー、帰ろうか」
「う、うん」
「先輩、一緒に帰ってもいい?」
「えー、左野がいるしなぁ」
本心からそう言ったつもりではなかった。
「……そう」
見るからに沈んだ感じの左野を見て凄く悪い事をした気持ちになってしまう。
「打たれ弱いのかよ…」
「香車みたいな性格。しかも、敵陣地にいざ乗り込んでも奥手になって成れない縛りつき」
「隅っこでやられるのを待つだけの存在か」
倒せるのは初期配置ならおそらく歩と香車だけだぜ。
「元気出せよ、左野」
「うん…」
「これは近年まれに見るへこみ具合」
「そうなのか」
解説者みたいな感じのリッキーに尋ねると深く顎を引かれる。
「そりゃあね、友達だから手に取るように分かる。この前先輩を疑った後に『どうしようどうしよう』と言ってたからね。年上の先輩が左野のタイプだから。応援してあげてね」
応援、ねぇ。
「頑張れ頑張れさーのっ」
「負けるな負けるなさーのっ」
二人でそれを繰り返していると他の部員が寄ってきて一同で左野を応援した。徐々に体を起こしていき、最後に言葉を放った。
「うっさい、ばーかっ」
左野はおそらく元気になったのだろう。何となく、ほほえましい気持ちでいられた。




