第五話:秋山と夜の学園
第五話
五月の頭、そのころにもなれば俺の存在なんて転校生からたんなる生徒になるのも無理はない。友達として付き合う相手、付き合わない相手といった線引きがしっかりと出来上がっているもんだ。
奇妙な事に、『普通の人としての関係』から一人だけ外れた人間がいた。
初日に出会って携帯電話の番号やアドレスを交換した相手なのに結局連絡する事は無かった、そのような人もやはりはいる。実際、学園に毎日通っているようなものだからあまり学園の外で電話をかけたりするようなこともない。
『今日の八時学園前で待ち合わせ』
簡単なメール文で何度か呼び出され、奇行に付き合わされている。
学園で話をするかと言えば、そうではない人間なのだ。
秋山実乃里と言って、俺の席の隣の人物である。話しかけようとすると察知されるようで逃げられるのだ。
「おはよう」
「…おはよう」
お昼の学園ではたったそれだけのやり取りだ。話す事も特になく、秋山実乃里と一緒に居る時間は殆どない。
彼女の奇行に付き合わされるのは夜だ。
『今日の八時半学園前で待ち合わせ』
五月に入ってもなお、週に一度の奇行は続いていた。
「学園の夜を感じてみたい」
最初に彼女の口から聞かされた時は首をかしげるしかなかった。やらしい感情が一瞬だけ首をもたげたものの、疑問のほうが早く浮かぶ。
「何故」
一般人なら当然の感覚。
何となく、彼女の気持ちが理解できるような気もする、でも、だ。再び学園へ向かう労力、見つかった時の対応、見つかった後の罰を考えるとそれより得をするような何かを感じられなければその行為に意味など持たないだろう。
さすがに、中学生とかの無謀さを持ち合わせているわけでもない。
学校中の窓をたたき破るほどのやる気も持ち合わせてはいないのだ。
「肝試しかな」
その答えを聞いてどう返していいのかわからなかった。秋山実乃里の整った顔には愛想笑いが張り付いているのは目に見えてわかる。そして、本人も隠すつもりが無いようだ。
結局、今日もこうして学園内に侵入したのは中学生の頃の無謀さが残っていたからなのかもしれない。
「で、今日はどこに行くんだい」
日によって秋山実乃里という人物が向かう場所は違う。
「演劇部の部室」
「マジかよ」
ついそう言ってしまったのも仕方が無い。何せ、演劇部の部室と言えば部室棟の地下一階全部を使った場所なのだ。演劇に力を入れたかったからとか実は宴会場だったとかそう言った噂があるようで、お化けが出ると言う共通の噂があった。
「怖いの?」
挑発するような秋山実乃里の表情に俺は頷くしかない。その問いかけに主語は無い。
「怖いさ…ほんの少しだけ」
簡単に頷いてついつい見栄を張ってしまう。
「見つかるのがね」
「てっきり、幽霊の類が怖いのかと思った」
「そんなものはさ、いないさ」
事実、お化けが出るよりも警備員とかそういう存在に出会う確率の方が高いはずだろう。
行くのはやめよう、なんて言葉が出るよりも先に部室棟へとついていた。校舎の窓から見える距離だし、警備員が来る距離でもない。
まだ職員室に電気がついているので侵入するなら早くしなくてはいけない。
「これでよし」
今回も、秋山実乃里は鍵で部室棟への鍵を開けていた。
「何でそんなものがあるんだ」
金物のこすりあう音と共に秋山が振り返る。
「スペア。卒業生に物好きが居て作ったんですって。たった一人に受け継がれる羽津学園の伝統だってさ」
もっとも、このスペアも殆どが使えなくなっているんだけどねと秋山実乃里は続けた。
二人で部室棟へと入って階段を下りる。其処にも鍵がかかっているので乾いた音を出しながら扉を開けた。
「何だってこんな事をするのか教えてもらえないかい?」
「小説のネタのためかな」
「小説?」
「そう、小説…開いた」
秋山実乃里に続いて中に入り込む。其処には体育館の半分ほどの広さがあった。
「小説を書く為に侵入しているのか」
「そうだね、うん、そう」
話をしながら、何かを探すようにして秋山実乃里は乱雑に道具が積まれている場所へと向かう。俺が特に何かしたいわけでもない為、その背中を追った
「他に理由をあげるのなら、特別な存在が欲しかったからかなぁ」
「特別な存在?」
首をかしげるしかない。俺って、彼女にとって特別な存在なのだろうか。
「秘密を共有する友達…だね」
「それが俺?」
「うん、だけどね、信じてはいないんだ」
面と向かってこんな事を言われても嬉しくはなかった。
「信頼関係ってすぐに壊れるでしょ?なんだろう、お互いの弱みを握りあって、それでけん制し合うような関係が一番、心安らぐからそう言った関係が欲しいの」
どう考えても心安らぐような関係ではないだろう。
「弱みを握りあったらいつばれるか気が気じゃないんじゃないの?」
疑問をぶつけると首を竦められる。
「いいや、抜け駆けしようとしたらこっちも弱みを誰かにばらす事が出来るから対等だよ」
「そうかぁ?」
「そうだよ」
そう言われれば、そうなのかもしれない。だけど、どう考えても疑り深い性格なのだろう。
「ん?でも俺は別に弱みを握られちゃいないぞ」
「そう、だから今日まで準備してたの」
一体それは、口からそんな言葉が出ようとしたら足を払われた。思った以上に素早い動きで的確だ。
男として言わせてもらう、ほんのちょっと、ちょーっとだけ、油断しただけなのだっ。
「うわっ」
情けない言葉を出して藁にもすがる気持ちで近くにあった何かを、今回それは秋山実乃里という人間だった、を掴もうとしてそのまま倒れた。
「いててて…」
「ほらね」
電気がついたと同時に、フラッシュをたいた時の音が聞こえてくる。
「…なるほど」
今頃立ち上がったところで遅いだろう。きっと、カメラには秋山実乃里を襲っている男子生徒が映っているはずだ。
「これで対等」
真下の彼女は見た事の無いような笑みを浮かべて俺を見据えている。
「…このまま襲っちゃったらどうするつもりなんだ」
もちろん、冗談だ。
この言葉に心配無用だとばかりに扉の方へ顔を動かした。
階段を誰かが降りてくる音がしたのだ。慌てて離れて、電気を消し物陰に隠れる。
「だ、誰かいるのか?」
若干、怯えた様子の男子生徒の声だ。こんにゃくの一つでもぶつけてみれば十中八九、悲鳴を出して逃げ出す事だろう。もしくは、腰が使い物になるかもしれん。
「気のせいかな…気のせいだよね」
一人しかいないはずなのに、誰かに確認をしている。俺の隣に秋山実乃里がやってきていた。
「ドキドキするでしょ?」
その質問には頷かざるを得ない。
「そりゃあな」
男子生徒が居なくなってすぐに俺たち二人も部室棟を後にした。
「いい気分転換になった。今後もまた、メールを送るから」
「俺が嫌だと言ったらどうなるんだ」
どんな答えが返ってくるのかすぐに想像できたものの、一応、聞いてみた。
「ばらすよ」
「だろうなぁ…変な人に目をつけられたものだ」
何一つ解決にはならないもののため息をひとつ、ついてみた。




