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第三十六話:龍美と虎子

第三十六話

 年明け一発目の学園がこれほど辛いものだとは思わなかったなぁ。

「くそっ、来るまでに三回も滑っちまった」

 靴の裏がすり減りすぎているのか、それとも俺の運が無いだけなのか……どちらだろう。

「運動神経が無いんじゃないかな」

 途中で一緒に成った龍美が心配そうにこちらを……正確には俺のお尻を見ている。

「こう見えて運動は得意そうに見えて不得意なんだ」

「ん? つまり苦手だと?」

「好きだけど、いまいちいい結果が残せない」

「えっと、ドンマイ……それよりさ、近々一緒にデパート行こうよ。この前行ったところ」

「学年末テスト一日前でいいじゃねぇか」

「えー、今度はばたばたしてそうだし、今週中に行きたいな」

 拗ねたようにそう言われても困る。いや、俺は別に問題ないけどさ……主に龍美の方に問題があるはずだろ。

「もしばれたらどうするんだよ」

「この前はばれなかったよ」

「それはあれだ、事前調査がしっかりしていたからだし……それに人が少なかったのが一番大きい。この前だって下舌がいただろ?」

 下舌の名前を出すだけで龍美はふくれっ面になってしまう。そこまで意識するような相手じゃないはずなんだけどなぁ。

 趣味が同じ(あくまで俺から見た範囲で)なら仲良くすべき。これが俺の考えだ。

「ねぇ、何か余計なこと考えてない?」

 ジト目でふくれっ面……あ、可愛い。

「いいやぁ、特に何も考えてないぜ」

「やっぱり行くの嫌なんだ?」

「龍美がばれてもいいっていうのならいいんだぜ? 下舌とはち合わせたらどうするんだ」

 眉をぴくっと動かしてそっぽを向かれる。

「……下舌にはばれてるよっ」

「そうかな」

「そうだよっ。だから、大丈夫なはず」

「はぁ、お前が言うのならわかったよ」

「やったっ。じゃあ、今日の放課後ね」

 善は急げって言うでしょと龍美は笑うのだった。

 その日の放課後、龍美の教室に迎えに行くと同時にケータイが鳴った。

「ん?」

 下舌虎子からのようだ。確認するとこのまま校門前まで来てほしいと書かれている。

「ちょっと、冬治君これどういう事?」

「いや、今送られてきたんだよっ。というか、勝手に人のケータイをのぞくなよ」

 龍美の額にチョップを喰らわせようと右手を上げるけどそれより先に相手のチョップが俺の頭蓋にヒットした。

「いってぇ」

「とにかくっ、文句の一つでも言ってあげてよっ」

「え、俺が言うのか」

「当然ッ」

 何が当然なのだろう。

 ともかく、こうなった龍美を相手にするのは面倒なので二人で校門へ向かう。

「やれやれ、何もこんな時に呼ばなくたっていいだろうに」

 まるでみられていたかのような錯覚を覚える。

 校門前には確かに下舌虎子が待っており、彼女の美貌を知る男子生徒が何人かでれでれと手を振っていて、女子生徒もデレデレはしていないけど笑顔で手を振っていた。

 改めて人気があるんだなぁと思い知らされる。

「普通、オタクって忌み嫌われる物でしょ」

 仲間か近縁種がそう言ったら説得力あると思う。

「亜種なんじゃねぇか」

「ちやほやされるのはアルビノよ」

 そうだろうか?

 まぁ、それはさておき。

「さて、行って来るか」

「まって、あたしが話しかける……こっちのタイミングで話すから冬治君は話しかけないで」

 人が少なくなったところで龍美が歩き出して下舌に話しかけた。

「ちょっと、用事って何よ」

「冬治君を呼んだはずっすけどね」

「一緒に帰る予定だったからあたしが代わりに聞いてやってんの」

 すげぇ強気である。ライオンの檻の中にウサギが入りこんであまつさえ、頭の上で跳んでいるようなイメージだ。

「ま、いいっす。龍美ちゃんに関係した話っすから」

「ちょっと、なれなれしい」

「そうっすか? 似た者同士っすよ」

 眼鏡を外して龍美の事をまっすぐ下舌はみていた。

「……全然似てない」

 成るほど、やっぱり素顔は可愛いなぁ……。

「これを見てほしいっす」

「ん?」

 下舌は俺へと写真を渡す。

「これは……」

「何?」

 一瞬にして俺たち二人の表情は険しくなった。

 俺と龍美が仲睦まじく食玩を手に取っている写真だ。見ようによってはカップルに見えるわけで、実乃里に見られたら危険だ。

「嘘、何であんたがこんな写真を……」

「あの時あの場所に居たのはおたくらだけじゃなかったっすよ。ラーメン屋でみかけたっすよね?」

「ああ」

 下手に嘘をついたところで事態は好転しないので頷くと下舌は写真をもう一枚取り出した。それはまた、別のアングルから撮られたものだった。

 龍美がレジでお金を払っているところだ。この幸せそうな表情……。

「ベストショットって奴か」

「違うでしょっ」

「違わないだろう? ここまで幸せそうな顔は待ち受けにしてもいいぐらいだ」

「うぐ……いや、ダメ、絶対、駄目だから」

 あくまでいいぐらいであって実際にするかどうかは……しないな。みられたらやばい相手がいるから。

「それで下舌は一体俺らにどうしろって言いたいんだ」

 犯人の要求を知らねばどうしようもない。付け入る隙も相手が見せてくれないのならばこちらから突っ込むしかないのだ。

「下舌虎子さんは上条龍美さんと仲良くしたいだけなんだよ」

 学園の校門から姿を現したのは実乃里だった。

「実乃里……」

「実乃里?」

「あ、えっと、俺のクラスメート。隣の席の小説家志望……」

 龍美に説明している間に実乃里が下舌の隣に立った。

「私の説明はとりあえず置いておくとして……下舌さんはこう見えて奥手でね、上条さんと仲良くなりたいだけなんだよ」

 ただ仲良くなりたいだけで脅迫に使えそうな写真まで撮るのかよ……と、言おうとした俺より先に実乃里が続ける。

「これは私が撮ったものだから。偶然って言ったほうがいい」

「誰が撮ったとかもはや関係ないな……下舌は龍美と仲良くなりたいだけなのか?」

 俺がそちらの方を見ると実乃里が近づいてきて首を振った。

「冬治が出てくると話がややこしくなって最悪な展開を招くから黙ってて」

「え、何でだよ」

「いいから」

「むぐ」

 そういって右手で口をふさがれてしまった。

 龍美は俺の方へ視線を向けるけど、間に龍美が割って入って無表情で見返した。

「……実乃里さんの言った通りっす。自分は龍美ちゃんと仲良くなりたいっす」

「は? あたしは別にあんたと仲良くしたいとは……」

「龍美ちゃんが趣味を隠す事は自分の為にならないってこれまで思っていたっす。でも、実乃里さんがそう言う人もいるんだって教えてくれたんすよ。本当は……追い詰めて行って冬治君の口から全校生徒に向けて龍美ちゃんがそう言う趣味だって知らしめようと思っていたっす」

 恐ろしい事を考える子だ。他人の秘密を学園中に知られた日にゃ学園に来られなくなるぜ。

 実乃里のせいで口が挟めないので大人しくしていると龍美がすごく怖い顔になった。

「あ、あんたねぇ……」

「落ちついて聞いてほしいっす。自分はこれが最善だと思ったっすよ。荒療治っすけど手っ取り早いっす」

「あり得ないでしょ?」

「そうすれば堂々と食玩を買えるっすよ? 誰にもびくびくしなくていいっす」

「それは……そうだけど、あの、えっと……」

 少しだけ躊躇して龍美は続ける。

「後ろめたい感じが少しあったほうが……手に入れた時の達成感が得られるの」

 この言葉に下舌の目からうろこが落ちたようだ。

「……成るほど、そう言った考えもあるっすか」

「そうよ。別に、他の人から色々言われるから黙っているだけじゃ、ないんだから」

「あの、話は変わるっすけど、ダンダムの食玩も揃えているっすか?」

「一応、あるわ」

「見せてほしいっす」

 言い寄られて龍美は困っているようだけど何処か楽しそうだった。まだ、龍美側のわだかまりが残っているみたいだ。それでも、放っておけばこのまま仲良くやっていけそうである。

「おい、実乃里」

「ん?」

「もう口を出していいのか?」

「ううん、もうちょっと黙ってて」

「わかったよ……しっかし、お前が下舌の知り合いだったなんてな。元から友達だったのか?」

 この質問に対して実乃里は首を振った。

「冬治のしりぬぐいした時に知り合ったよ」

「お前にお尻を拭いてもらった事なんてないぞ」

「覚えてないだけだよ。左野ちゃんと下舌さんのグループをぶつけたでしょ?」

「……」

 はて、そんなことあったかなぁ。

「結構、大変だった。話のタネには成ったけどさ」

「……そうか」

「うん、ま、それがきっかけで色々とね。今度は友情物でも書こうかな」

 実乃里と一緒に友達に成りつつある二人組を眺める。

「冬治君もこれからどうっすか?」

「え?」

「デパート、冬治君も行かない?」

 おお、両手に花かぁ……と思っていたら腕を引っ張られる。

「ごめん、これから冬治に用事があるから」

「え?」

 龍美が不思議そうな顔をしていると下舌が頷いて龍美が引っ張り始めた。

「わかったっす。お邪魔虫は二人で仲良くしてくるっすよ」

「え? ちょ、ちょっと……」

 暗くなりつつある夕焼けの下、二人組が去って行った。

「じゃ、帰ろうか」

「あ、ああ……」

 腕を絡めてきた実乃里に戸惑いつつ二人で一歩を踏み出した。


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