第二話:左野初
第二話
中途半端に増改築を繰り返した学園のおかげで、転校してきたばっかりの俺、迷子中。悪いのは俺か、学園か……決まっている、学園だ。『絶対迷宮学園』なんて噂もたったらしい。西棟の四階に行くには三階から五階へあがって階段を使わなくてはいけないのだ。
噂の一つとして、方向感覚を狂わせる装置を学園長が使っているとかいないとか、本当だったとしても何がしたいのか理解に苦しむ。
「全部世間が悪いんだーって窓をわれたらどれだけいいか」
破壊衝動でもあるのかね。まぁ、それは置いておこう。
学園で迷うなんて情けない事、この上ないよなぁ。まだ慣れていない、やっぱりそんないいわけは出来るだけ言いたくないわけよ。
助けてくれそうな生徒会とかそこらへんの人を探していると廊下の向こうからどなり声が聞こえてきた。
首を向けるとこちらに人差し指を向けているスクール水着の少女が一人。水泳部だろうか。
「あんたが下着泥棒ねっ」
「ほわっ」
間抜けな声を出してしまったのも許してほしい。まさか出会うなんて思わなかった。
スクール水着で走ってきた相手は俺にぶつかるつもりだったようで、滑った。
「あっ…」
「くっ…間に合うかっ」
なんて言いつつ華麗に避ける俺、偽善者。
創作ものだったらこういう時に起こりうる展開はざっと二つ程度だろう。
ひとつは少女をかばう。
二つ目は少女に押し倒される。
その後は体のいいラブコメが展開されるはずだ。
残念ながら、俺は三つ目の選択肢を選ばさせてもらった。
スク水をジャンプで避けた後は少女が走ってきた方向へ一目散にダッシュする。
ツンデレとか、ヤンデレとか、天然とか、毒電波とかさ、実際に居たら付き合いたくない人間なんだよね。
そこがいいとか言う人間もいるだろうけど、俺は遠慮したい。ショートカットの元気印は特に相手にしたくない。出会いが最悪なら後は昇るだけ、それは甘い考えだ。マイナス方向へ突っ走ることだってある。
「ちょっとっ、待ちなさいよっ」
そのままいったーいなんて言うのかと思えば違うようだ。なんと、女子生徒は鼻血を出しながら俺のことを追いかけてきたのだ。軽い、ホラー。
何と言う執念だろうか。余程お気に入りの下着を盗人さんに奪われたと見える。
「まてったらっ」
「人違いです」
「まっ…うぐっ」
後ろから追いかけてくる気配が消えたので軽く振りかえる。女子生徒は胸を押さえてうずくまっていた。
「大丈夫です……か?」
喘息か、心筋梗塞だろうか…近寄ろうとしたらちらりとこちらを一瞥し、また顔を伏せて苦しんだ感じを出している。
「……うぐぐ、苦しい、ちら」
ここでまた一度だけ視線を向けてきた。
スク水さんに一言、俺は感想を吐いた。
「演技、下手っすね」
「………ぱたり」
そのまま倒れてしまった。
ううむ、廊下に女子生徒が転がっているなんてけしからんな。風邪をひかないように俺が毛布になってやろう、そう言えたらどれだけ格好いいだろうか。
面倒事には極力関係したがらないのが俺なので、無視することにした。すたこらさっさと逃げに徹する。
「ちょっとっ」
「はい?」
「可愛らしい女子生徒がいきなり倒れたんだから普通は近寄るでしょっ。何してるのっ」
鼻血を流しながら、いや、もう止まってるな、スク水姿の女子生徒に近寄る男子生徒なんていないだろうなぁ…それにこの子ウザそうだし。
既に立って走り始めている女の子は元気そのものだ。
「さいならばいちゃ」
「まてったらっ」
俺の方へさらに加速する。
「血が出てる」
「そんなのは全く、かんけなーいっ」
何と言う見上げた根性だろうか。よほどいい下着を着用していたのだろう。
「止まりなさいっ」
「はい」
「あ、いきなり止まるなーっ」
断っておくが、少女が止まれと言うから俺は大人しく従ったまでだ。こんな俺に対して色々と屁理屈こねるんじゃないよと思うかもしれない。
俺を避けて少女は壁にぶつかり、そのまま動かなくなった。
さすがに鈍い音が聞こえてきたので心配になり、少女の近くへと向かう。肩を叩いても返答が無いので不安になってしまう。
「大丈夫?」
「捕まえたっ」
さっきみたいなへまをせず、相手は俺にしがみついてきた。股関節は俺の腰に絡みつき、両肩辺りに身体を巻きつけられている。
「あ、ちょ、やめっ……」
「逃がさないわよっ。よくも、このこのこのっ」
「いたたたたっ……ん?」
耳とか髪とか引っ張られながら女の子を引きはがそうとすると誰かが小走りしてきているようだった。
「左野、何してんの?」
「りっきー下着泥棒捕まえたのっ」
真正面から男にしがみついている光景を見せつける左野と呼ばれた少女。俺はどんな顔をすればいいのかよくわからなかった。男子生徒が女子生徒に対してこんな事をしたら、いいや、男子生徒が男子生徒にこんな事をしたら大変な事になるだろう、うほっ。
「こいつ、しょっぴくわよ。ほら、来なさいよっ」
いまだにまきついている人物を引きはがそうにも相手は女子だ。後で文句をいわれるかもしれん。
「その、多分人違いだよ。多分じゃないわ、絶対ね。下着泥棒、捕まったから。しかも、猫」
「え、猫……」
「とりあえず記念に一枚」
りっきーと呼ばれた人物が俺と左野を写した。
「あ、ちょっと」
「ごめんねー、左野って思い込みが激しくて心より身体が動いちゃう困った子なんだ」
人懐っこそうなリッキーさんが左野という人物を俺から引っぺがす。
「あーあー、血まで流しちゃって」
「こいつが悪いの。逃げるから」
「また左野がわけのわからない事を言いだしたんじゃないの?」
左野ではなく、俺に向けられた言葉のようなので頷いておいた。
「いきなり追いかけられて驚いた」
「だろうねぇ、ほら、左野謝ったほうがいいってば。黙っていればかっこいいかもしれない人だよ」
「……黙っていればかっこいい」
かもしれないかよ。
「うー……ちょっとだけ悪かったわよ」
そっぽを向いて謝られても、謝罪の気持ちは全く伝わってこなかった。ある事を考えついて俺は手を叩く。
「後日謝罪を要求するから名前とクラスを教えてくれないか」
「そのぐらいならいいわよ。あたしは左野初。クラスは1-B」
初とかいて『うい』と読むのか。そして、一年生か。それなら左野って呼び捨てでいいか。
「一年生か……そっちの君は?」
「私はりっきーと呼ばれてる羽根突律だよ。同じく1-B」
「あんたは何なのよ?」
「俺は真白冬治っていうんだ。2-Gだよ」
「これで先輩?」
はんと鼻で笑われるのでため息をつく。
「二年にはスクール水着で突っ走る人間はいないよ」
「これは個性ですー」
「はいはい、個性個性。じゃあ俺はこれで。一回保健室ぐらいには行ったほうがいいよ」
それだけ言って俺は背中を見せるのだった。
これ以上、構っていられるほど暇ではない。何せ、迷子中だからな。




