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第二十五話:実乃里と言う彼女

第二十五話

 秋山と二人きりの時はおそらく、彼氏という立場だ。

 言いだされた時はどきどきしたよ。あれからすでに中間テストが終わって期末に向かいつつあるというのに、一向に淡白だ。

 だというのに、いつもと変わらない日常だ。

「なんちゃって彼氏にはもう飽きたのか」

 がっかりするわけでもないけどさ、そりゃやっぱり一応は……おそらく彼氏なのだから仲良くしてくれたっていいんじゃないかと思う。

 登下校とかさ、毎朝待ち合わせして一緒に校門通ったりとかね。

「どうかした?」

「いや、何も」

 隣の席の主はそのまま座ってペンを走らせている。そういえば変わった事があったなぁ……ペンを走らせる指には絆創膏が良く貼られるようになった。

 それ以外に特に変わりはない。おそらく立ち消えになったであろう関係をいつまでも気にしていても始まらない。

 そもそも、俺と秋山は始まる事は無いだろう。

「なぁ、秋山」

 いつまでも気にしていたら負けたような気がするのでいつもの様に話しかけると俺の問いかけにペンを置いて答えてくれた。

「何、ダーリン?」

「だ、ダーリン?」

 ダーリンの進化理論……じゃ、なくてだ。

 俺の反応に秋山は首をかしげた。

「違った?」

「違ったって……一体何が」

「だから、呼び方。恋人なんだから刺激的な呼び方のほうがいいじゃん」

「でもダーリンはやりすぎだろ?」

「じゃ、冬治」

「いつもどおりっぽい」

「でしょ?」

 俺がもうちょっとボケに走るのなら『冬治きゅん』って呼んでもらうんだけどさ。ボケじゃなくて勇気がいるわ。

 昼時になってお弁当をとりだすと隣人がいきなり立ち上がった。

「一緒に来て」

「え」

 鞄を持って立ち上がったもんだから帰るのかと思ってしまった。

 いつものような無理やりを感じさせない手の握り方である。

「ここでいいかな」

 やってきたのは屋上で、秋山はレジャーシートをとりだして広げた。薄々分かった俺は黙って弁当箱を隠すように置いた。

「お弁当、作ってきたよ」

「そうか」

「うん」

 それっきりの会話。俺は渡された弁当箱を開けてため息をついた。

「……見た目は、うまそうだな」

「さ、彼氏が彼女の初めてのお弁当を食べてどんな表情と、感想を言うのか教えてよ」

 嬉々としているのは間違いない。表情が乏しいときは乏しいもんだからこういう時の落差が激しいな。

「まかせな、俺が漢気ってもんを見せてやるよっ」

 ピンクの短めな箸を握りしめて宣言する。一見するとうまそうなお弁当だ。

「頑張ってね……うまいうまい」

「秋山、何でお前は俺の弁当を食べてんだ」

 そう言うと人差し指を立てられる。

「み・の・り」

「え?」

「秋山じゃなくて実乃里って呼んで。彼氏と彼女でしょ」

「いや、確かに一応は、そうだけどさ」

 秋山、もとい実乃里が作ってくれた卵焼きを口にしてじゃりっと音がする。

「……」

「お約束です。何か一言」

「くそっ、味がいいだけになんだこれはって言いたくなる」

「ずっと練習してたからね」

 なるほどね、その指の絆創膏は伊達じゃないのか。

「あと、わざと殻を入れたから」

「マジかよ。どうしてそんな事をするんだ」

「照れるから。私の逃げ道」

 こっちを見ずに俺のお弁当を突いている。

「そうかい」

「どんどん食べて」

「じゃあ今度はこっちのハンバーグだっ」

 おそらくこっちなら殻が入っている事もないだろう。もっとも、ちゃんとした動物の肉を使っているのなら、だけどな。

「ぐあっ。甘いっ」

「お塩とお砂糖、間違えちゃった。てへ」

「いらねぇミスだ」

 しっかり味わって食ってやった。

「どう?」

「慣れれば……いや、ダメ。こっちのミスは駄目だわ。肉と砂糖が絡みついてやべぇ。醤油ベースだったらよかったかもしれんがね。次やられたら右手で地平線の彼方まで投げる」

「そっか。参考になった……てんどん希望っと」

「おい、マジでやめて」

 ご飯は二層だ。おそらく、二段目にはハートマークのそぼろが埋まっている。

「手が込んでるな」

「そうかな」

「そうだよ」

 炊き方はおそらく今一、全体的な評価は普通だ。多分、照れ隠しが混じっているから評価が低くなってしまったのだろう。

「で、どうだい。面白い小説は書けそうか?」

「このまま行くとふざけた話になりそう」

「……そうか」

 何となく、想像はついたけどさ。

 ああ、多分実乃里は一度のお弁当で様々な意見と感想、反応を見たかったんだろうな。

「最後には死んでもらわないといけないかな」

「え? 何か言ったか?」

「ううん、こっちの話。お弁当はやっぱり一回じゃ駄目だね。いつかまた作ってくる」

「ああ、頼むぜ。なかなか楽しかったよ」

「美味しかったの間違いじゃない?」

「それなら今度は真面目に作ってきてくれ」

 メモ帳にいくつか書き記して実乃里は立ち上がる。

「今度はデートでもしようか」

「ほぉ、デートねぇ」

「夜の学園に侵入するとか」

「それはもうやった」

「じゃ、他のを考えておく」

 やれやれ、次はもしかして夜の男子校に侵入するとか言い出すんじゃないだろうな。

 背を向けて去って行った実乃里を見ながらため息をついた。

「ま、どうせそれにも付き合うんだろうさ」

 実乃里という人間を知りたいから俺は彼女のお願いを聞いたのだろう。それ以外は特に理由が無いはずだ。


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