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嘘つきはなんとかの始まり

思いのほか大きな話になったりする。泥棒うんぬんより人に迷惑かけることある。

 ハルヤとユキヤが指定された時間、つまり翌日の昼にドラゴンの元へ行くと、子ドラゴンがまず真ん中に座り、その隣に親ドラゴン……長が子ドラゴンを守るように座っていた。

 他のドラゴンは後ろに控えている。

 完全に、不利な状態だ。

「よくたった二人で来たな、その無謀とも言える勇気は誉めてやろう」

 長は威厳たっぷりに言う。

「して、ハルヤ……と、言ったかな。我が息子エンを攻撃した、張本人と言うじゃないか……」

 すぅ、と目を細める長。

 びりびりと肌に感じる威圧感を払いのけることはできず、ハルヤの足は止まり、黙り込んでしまった。

「……そして、付添人のお前は……何者だ?」

 しかし、ユキヤはそれなりの場数も踏んでいる。少々恐怖心を持っていたものの、ドラゴンの耳にも届くように、ドラゴンに近づき声をあげた。

「僕はユキヤ。この子、ハルヤの父親だ。聞いたところ、ハルヤがそちらの息子に無礼を働いたらしいが、僕はこちらのみに非があったとは思えないんだ……そんな風に息子を育てた覚えはないからね」

 空気が焦げる音がする。

 長の鼻から、憤りの炎が噴出していた。

「では、エンが嘘をついているというのかね?! ドラゴンは嘘をつかぬ、嘘をつけばきつい罰が待っている。エンもそのことを知っているし、私もエンをそのようなドラゴンに育てた覚えはない!」

「そうだよ! お父さん、こいつら殺しちゃおうよ!」

 子ドラゴン、エンが長を煽る。長の口からは今にもハルヤとユキヤを焼き尽くす灼熱の炎が飛び出そうとしていた。

「待ちなよ、子の不始末は親の不始末だろ。僕は殺されても構わないから、ハルヤは逃がしてくれ!」

 ユキヤの叫びもむなしく、長の炎はハルヤに向かって突き進む。

「ハルヤ――――!!!!!」

 しかし、怒りできちんと焦点を合わせそびれたのか、その炎はハルヤにはあたらず背後の小屋に当たった。

 一瞬で燃え尽きた小屋の灰が、ハルヤの頬を汚す。

 命の危機に晒され、ハルヤは咄嗟に叫んだ。

「オレが君を攻撃したのはゴブリンに変身していたからだ! ゴブリンが災厄を運んでくるというのは、ドラゴン族にも伝わってるだろ!」

「殺せ――――――――――――!!!」

 エンの絶叫。

 ゴブリン、という単語が出た瞬間叫んだエンだったが、ハルヤの言わんとしたことはもうドラゴンたちに伝わっていた。

「ゴブリン?」

「あいつ、ゴブリンなんかに変身しやがったのか」

 ハルヤの声が耳に届いたドラゴンの口から、どんどん話が広がっていく。

「え……なん、だ……?」

 ハルヤは動揺を隠しきれない。

 何せ、今までドラゴンたちが自分に向けていた殺気が、一瞬で他へ向いたのだ。

「殺せ! あいつを殺して! 早く! 今すぐに!」

 狂ったように叫ぶエンへと、矛先を向けたのだ。

「……どうやら、ゴブリンに変身していた、っていうのが地雷だったみたいだね」

 ユキヤがハルヤの頬についた灰を拭い、笑う。

「ギリギリセーフだ」

 ドラゴンたちはどよめき、既にユキヤとハルヤの存在など忘れてしまったかのようだ。

 ……ただ一匹を除いては。

「うわぁ――! お前が、お前なんて来なければ!! さっさと殺しちゃえばよかった!!」

 怪我は仮病だったらしい。

 これ見よがしに手当がなされていたエンが、ハルヤとユキヤに向かって突撃してきた。

「エン!! お前って息子は……!」

 長がエンの尻尾を噛み引き戻し、エンの牙はハルヤの首元をかすめただけに終わる。

「だって、パパ! 離して!! 僕の一生がめちゃくちゃだよ!!」

 じたばたと暴れるエン。

 しかし、長の力には勝てず、振りほどくことができない。

「お前の撒いた種だろう! お前は審議にかけ厳しい罰を与えるからな!」

 長はそう怒鳴り、エンをドラゴンの群れに連れて行こうと引っ張る。

「嫌だ! それくらいなら、みんなを殺して僕も死ぬ!」

 尻尾がちぎれそうなほど大暴れするエンには、さすがの長も手を焼いたらしく尻尾を噛む力が緩んだ。

「離せ!! パパなんてもう頼らない!!」

 その隙をつき、一気に体を離そうと試みるもやはり力ではかなわず、どんどんドラゴンの群れへと引き摺りこまれていくエン。

「……ざまぁ、みろ」

 呟くハルヤ。

 ユキヤは長の目が辛そうな光を放っていることに気が付いてしまい、何も言わずに目を逸らした。

「お父さん、これで……良かったんだよね。解決、だよね」

 これで、ドバルの街が襲われることはもうないだろう。エンの復讐という名目で彼らは襲ってきたのだ、もうドバルを崩壊させる理由はなくなった。すべて、エンの嘘が原因だったのだから。

 しかし、泣き叫ぶエンの姿を見てハルヤの心は痛む。

 エンの姿が見えなくなり、彼の声が耳に入ってくるようになると、ハルヤは思わず耳を塞いだ。

「解決、だよ……」

 あまりにもすっきりしない終わり方。

 ユキヤも、エンの断末魔の叫びに近い悲鳴に心を痛める。

 しかし、あのエンはアマヤの仇だ。実の父の仇に、同情する余地などない。

「嫌だ! もう嘘つかないから! ごめんなさいいいいい!」

「ええい、黙れ! お前は一族の恥さらしだ!」

 長の声にも、苦痛の色が混じっている。

 ドラゴン族の長だ、自分の息子を救うくらいならできるのだろう。しかし、そんなことをすれば他のドラゴンがどう思うかなんて想像にたやすい。

「……お父さん」

 ぎゅ、とハルヤの手がユキヤの服の裾を掴む。

「……もう、見ない方がいいよ」

 魔法でハルヤの視界と聴覚を塞ぐユキヤ。

 このままこの場から立ち去りたいくらいだったが、勝手にいなくなるというのは無礼な行動だ。せめてドラゴンのうちの誰かに帰る旨を伝えられればいいのだが。

 ユキヤがハルヤを抱き上げ、困惑していると長が群れの中から出てきて、二人に近づいた。

 話があるのだろうと判断したユキヤは、ハルヤにかけた魔法を解く。

「……申し訳ないことをした。謝って済む問題ではないが、この通りだ」

 長は頭を垂れた。ハルヤとユキヤのすぐ近くに彼の頭がきて、ユキヤは改めてドラゴンの大きさというのを感じた。頭だけで、成人男性一人分の大きさを優に超えている。

「エンは処刑することになった。我らは君たちの街の住人を何人か殺してしまった……罪のないものたちを、だ。エンの命だけで償えるものではないとわかっている。もし、ドバル……といったか。ドバルの街が他の種族からの襲撃に合い、危機に瀕した時は我らが駆けつけ君たちを守ると誓おう。我が名はセン。ドラゴンを呼ぶ呪文を教えておく……」

 力ない長の声に、ハルヤは思わずこう言った。

「エンを、処刑しないで」

 目も耳もふさがれている状態で、ハルヤは考えた。

 確かにエンは大好きな祖父を殺した憎い相手だ。しかし、命を奪って自分の気がすむだろうか。

 否、後味の悪さだけが残る。

 祖父もいつか言っていた。憎しみが産んだ殺意は、虚しさだけをもたらす。と……

 そして、祖父の言葉と同時に、祖父の嘆きも思い出したのだ。

「エンの命は、オレがもらう」

 ぎょっとした目でハルヤを見つめるユキヤと長。何を言い出すのだこいつは、と言いたげな目に、ハルヤは答える。

「じいちゃんが言ってたんだ。すべての魔法を受け継ぐことのできる才能の持ち主がいつの世にも現れるわけじゃないから、だんだん魔法は淘汰されていくって。ドラゴン族は頭がいいんでしょ? だから、エンに魔法を覚えてもらって、魔法がこの世から消えないように見守っててもらう。死ぬよりはいいよね?」

 長はゆっくりと振り返り、ぎゃあぎゃあと騒ぐエンを見つめた。

「……あんな愚息に、そのような大役が務まるだろうか……私は、エンを甘やかして育ててしまった自覚はある。もし、エンが暴走してドバルを壊してしまったら……」

「そうしたら、貴方を呼ぶよ。さっきの呪文を教えてくれるって言ったよね?」

 一生懸命長に交渉するハルヤを見て、ユキヤの頬が緩む。

 さすが、父が選んだ後継者だ。自分の息子ながら、いい子に育った……なんて思っていた。無駄な殺生を好まず、自分の祖父の仇でさえこうして守ろうとする。

 強くて、優しい子だ……。

「僕からもお願いするよ。ドラゴンが何を食べるのかもわからないけど、できるだけのことはする。奴隷のように扱ったりはしないし、エンの意見もちゃんと尊重して育てていくことを約束するよ」

 二人の真摯な姿、そして息子の命が助かるという希望。

 とうとう、長は折れた。

「……わかった。他のドラゴンたちにとって他の種族と共に過ごすというのは耐え難い苦痛だ。きっと納得してくれるだろう……」

 のしのしと長は群れに戻り、エンをハルヤに引き渡すことを告げると、ドラゴンたちにどよめきが広がる。

「か弱き種族と過ごさせることがどういうことがわかっているのか…?」

「死んだ方がマシだろう、その罰はあまりにも重すぎる」

「いやしかし嘘をついただけではなく他種族にも多大な迷惑をかけたのだ、それくらいが妥当だろう……」

 そんな言葉がハルヤたちの耳に入ってくる。

 エンは既に声も枯れ、大人しく群れの中で俯いている。彼の意見を聞くことはできそうもない。

「死んで償うよりも、こうして我らのできることをして償った方がいいと思うのだ。どうだ、皆反対意見のあるものはいるか」

 長は群れの中を見渡す。

 どうやら、異を唱えるものはいないようだ。

「では、エンの処罰は、これから魔法使いたちと共に生活し、彼らのために生きることとする。エン、わかったな」

 エンは微かに頷き、ハルヤたちの方へゆっくりと歩き出した。

 他のドラゴンたちは、本当の罪人が裁かれた瞬間が終わったため、一匹、また一匹と飛び立っていく。

 エンと長がハルヤとユキヤの前に立った時には、後ろに控えていたドラゴンたちは一匹もいなくなっていた。

「エン、オレはハルヤだよ。これからよろしくね」

 ハルヤがそう声をかけるも、エンは反応を示さない。

「エン、お前はハルヤたちのしもべとなるのだ。主にそんな態度をとってもいいと思っているのか」

 長がしかりつけると、うなだれるエン。

「すいませんでした……これから、よろしくお願いします……」

 掠れた声。弱弱しいその姿に、ハルヤは顔をしかめた。

「オレはエンをしもべだとは思ってないよ。確かに知識を受け継ぐためにたくさん勉強してもらわないといけないし、そのためならちょっと厳しいこともすると思う。でも、オレは基本的にエンのことは友達と同じように扱うよ」

 エンが顔をあげる。長も驚いたようにハルヤを見つめた。

「友達……? ハルヤ、は……オレを友達だと言ってくれるの? 友達って、ドラゴンには必要ないからあまりなじみのない言葉だけど、家族と同じくらい大切なものなんだよね?」

「そうだ、いいのかハルヤ。こいつのせいでハルヤの祖父は……死んだんだぞ?」

 言葉を詰まらせながらも、長はハルヤを諭す。

「どうして長……えっと、センだっけ。センはそうやってエンを酷く扱わせたがるの? オレ、知ってるよ。ドラゴンはプライドが高いから、ドラゴン以外の種族と馴れ合うのがとっても苦痛なことだって。オレたちと過ごすってことでもう、エンは罰を十分受けてるよ。それに、エンを手荒に扱ったからって、じいちゃんが帰ってくるわけでもないじゃん」

 ぽん、とユキヤがハルヤの頭を撫でた。

「その通りだよ、ハルヤ。エン、僕の息子は友人にするにあたってとても優しく賢い。でも、才能がありすぎて友達にあまり恵まれていないんだ。君が、傍にいてくれないかな」

 既にユキヤの二倍は大きいエンが、枯れたと思われていた涙を浮かべる。

「僕、あんなにひどいことしたし、殺せ、なんて言ったのに……魔法使いって、優しいんだ。なのに、僕……」

 嗚咽を漏らすエン。

「オレ、そんなに友達いないように見えるんだ……いないけど」

 ハルヤは唇を尖らせるも、すぐに、あ、と小さく呟いた。

「……いなかったけど?」

 エンに向かって微笑むハルヤ。エンの涙腺は崩壊し、しゃべることもままならない。

「本当に……ありがとう。息子を頼むよ」

「だってさ。行こうか、オレたちの街に」

 ハルヤはエンの手を掴もうとするが、大きすぎて掴めず、迷った末爪先を掴んだ。

「あ……危ないよ」

 自分の爪の鋭さを知っているエンは、ハルヤに離すように促す。

「だって、他に掴めるところがないんだもの。友達っていうのは、手を繋いで走るもんなんだよ?」

 それはもう少し下の年代じゃないかな、と苦笑いするユキヤだが、ハルヤは同年代の子供と遊んだ経験などないに等しい。

仕方ないか、ハルヤとエンの様子を見守る。

「……魔法使いというのは、不思議な慣習を持つものだな」

 長はハルヤにひっぱられていくエンの背中を、寂しそうな目で見つめた。

「僕たちはドラゴンと違って弱いからね、他の誰かと関わらなければ生きていけないんだ」

 ユキヤはフニカのことを思い浮かべ、微笑みを浮かべる。

 無事に、彼女の元へ帰れそうだ……と。

「そういうものなのか……」

「そういうものだよ。さて、僕も行こうかな……セン、たまにはエンの様子を見に来てあげなよ」

「なぬ」

 驚きを隠せない様子の長は、ユキヤをじっと見つめた。

「え、じゃないよ。君の息子だろ、成長を見届けてあげようとは思わないのかい」

 呆れたような声に、長は狼狽える。

まさか、そんなことを言われるとは思ってもみなかったようだ。

「だが、あいつはもう……」

「ドラゴン族じゃないって? それでも君の子供には変わりないだろ、今まで一緒にいた時間がなくなるわけじゃないんだから」

 黙り込む長。

 ユキヤはハルヤたちの後を追おうと、歩を進める。

「……魔法使いというものは、変わっているのだな」

「僕たち家族が少し異常なのかもね。魔法使いが全員こういう考えをしているわけじゃないよ、信用しすぎると危ないかも」

「ますますわからん。まぁ……たまに、顔を見せるとしよう」

 長はそう言い残すと、翼を広げ飛び立った。

「……素直じゃない生き物だね、ドラゴンって」

 ユキヤはそう呟くと、ハルヤとエンに追いつくため、自らに魔法をかけた。



ハルヤくんできる子。私だったら絶対殺す。チーンってなってるの見てざまぁみろファーッファッファッって高笑いする自信ある。やっぱない。

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