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じいちゃん、死す

いきなり死にます。ぐろくはないはずです。

「この調合なら、もしかして……」

 かちゃかちゃと器具がぶつかり合う音が響く。ハルヤが魔法薬の研究をしているのだ。 

魔法薬のスペシャリストといえば、アマヤの名の次にあがるのは多くの大人たちを押し退けたハルヤである。

 長い人生の大半を薬学に費やした老魔法使い達は涙を呑む結果だが、ハルヤの実力は折り紙つきだ。

なんせ、三歳の頃からアマヤの魔法薬学専門書を読み、五歳には実験室に立っていて、同じ年にどんな小動物にでも変身できる薬を開発し、魔法薬学の研究者として立派な実験室を与えられている。

六歳になった今では、学校にも行かずに魔法薬学の研究に没頭し、今日も起きてすぐにこの研究室へ訪れた。

ちなみに、つい先日まではうるさく学校へ行けと色々な人に言われていたが、シルバーバッチを取ってからは学校を卒業している者と同等の力があるとみなされ、ハルヤは誰にも邪魔されず研究を続けている。

今、ハルヤが目指しているのは完璧な変身薬だ。

シルバーバッチを取るために創った薬は副作用もなく安全に使用できる。しかし、これはハルヤの目指す薬とは違っている。彼ははどんな動物にでも変身できる薬を作りたいのだ。

「だめかぁ……」

 爆発寸前で薬を前の状態に戻し、悲惨な状況を生み出すことを阻止したハルヤは肩を落とす。

 もうこの薬の研究を初めて一年が経つのだ。自分の力にそれなりの自信があり、そしてまだ六年程しか生きていないハルヤにとってはかなり長い時間であり、それは彼の自信を大きく傷つけることである。

 ゆっくりやればよい、とアマヤは言ったのだが、早く祖父の立つ場所に並びたいハルヤの耳には入らない。

 否、入ってはいるのだが、納得ができないのだ。早く早く、じいちゃんの手伝いをしたい。ハルヤの願いはそれだけだった。

 祖父の手伝いをするには、最低でもゴールドバッチを取らなければならない。

 そのため、ハルヤは一日でも早くこの薬を完成させたいのだ。

「何が必要なんだろ……何が足りないんだろ?」

 ぶつぶつと呟くハルヤ。六歳とはとても思えない分析力で、大抵の大人たちには理解しがたい理論を組み立てて行く。

 その時だった。

 外で、人々の悲鳴。

 この街はアマヤが守っているため、とても平和である。

 そのため、ハルヤは人の悲鳴を聞く事が初めてだった。

 なんだろう、と窓を開ける。

幼い心にも、人々の恐怖が伝わったのだろう。彼の表情は少し怯えていた。

上の方にある鍵にはとても届かないので、魔法を使う。

がたん、と音を立てて開いた窓の外には、想像を絶する光景が広がっていた。

燃える建物。泣き叫ぶ女、子供。

しかし、そんなものはハルヤの目に入らない。

上空に並ぶ、巨大なドラゴンの群れ。

火を吐くもの、吠えるもの、飛び回って威嚇するもの。

このドラゴンたちは恐怖の象徴だった。

 なんで、とハルヤは思う。この街は結界で守られているはずなのに。

「雷の御心よ、邪悪に心を塗りつぶされしかの者を追い払いたまえ!」

バリバリ、と稲妻が空を割り、ドラゴンを阻む。

稲妻を放ったのは、アマヤだ。逃げ惑う人々の中、たった一人でドラゴンと戦っている。

ハルヤもアマヤの手伝いをしようとは思うのだが、足がすくんで動かない。

体が言う事を聞かないのだ。

窓も閉めずにへたり込む。

こんな恐怖に襲われるのは、ハルヤにとって産まれて初めて。

天才少年と言われても、中身はやはり小さな、六歳の子供なのだ。

涙を流しうずくまるハルヤ。

「うぅっ……じいちゃん……」

 オレも手伝いたいのに、と足を叩く。

 動け、動け、と握り拳をぶつけるが、その拳も微かに震えていた。

「ハルヤ!」

 研究室に飛び込んできた女性。うずくまるハルヤを見るなり、彼を守るように抱きしめた。

「お母、さん……」

 ハルヤの母、フニカである。

「ハルヤ、大丈夫よ。お母さんが守ってあげるからね……貴方だけは絶対に守るわ」

 ぎゅうう、とフニカの腕に力が入り、げほ、とハルヤが苦しそうに咳をした。

「お、お母さん、苦しいよ……」

 弱弱しく呟くと、ハッとしたように力を緩めるフニカ。ごめんなさいね、と呟く。

「何があったの? どうして街が襲われているの? どうして、」

 ハルヤの言葉が止まる。

 窓の外で、アマヤがドラゴンの爪に切り裂かれ大出血しているのを見つけてしまったのだ。

「じいちゃん!」

「ハルヤ! 駄目、戻りなさい!」

 フニカの手を振り払い、ハルヤは窓から飛び出した。夢中で呪文を唱える。

「風の御心よ、邪悪な心を持ちしかの者を追い払いたまえ!」

 アマヤに傷を与えたドラゴンが少し怯んだ。

 その隙に体勢を立て直したアマヤは意を決したように叫ぶ。

「雷神風神太陽神、多くの神々よ我に力を与えたまえ! この街を脅かす強き力を排除せよ!」

 ヴォン……と音がして、アマヤの周囲からオーロラが広がって行く。

 オーロラに触れたドラゴンたちは街から弾かれ、遥か上空を飛び回っている。

 炎を吐いてくるものもいたが、オーロラに阻まれ空に散る炎。

 ハルヤはその光景があまりにも美しくて、その光景から目が離せない。

 おかけで彼は気がつかなかった。

 アマヤが、膝からがっくりと崩れ落ちたことに。

「お義父さん!」

 研究室から出てきたフニカの声でようやくアマヤの異変に気がついたハルヤ。

「……じいちゃん……?」

 あきらかに様子がおかしい。いつも威風堂々と、大柄ではないのに誰よりも大きく見える祖父が、小さく見えるのだ。

 ドラゴンに引っかかれた傷から、どくどくと血が出ている。

「じいちゃん! ……お母さん、傷を塞いで! 中の傷はオレがなんとか――」

「ハルヤ……」

 弱弱しい声。アマヤのこんな声を聞いたのは初めてで、びくりとハルヤの方が揺れる。動揺しているのだ。

「良い、わしは命と引き換えにドバルを守れたのじゃ……薬では良くならんよ、そういう魔法を使ったからの」

 ハルヤも知っていた。神に力を借りる魔法は、魔法使いが使っていいものではない。あまりの力の強さに、命を失ってしまうのだ。

「でも、じいちゃん……」

「老い先短いことを知っておるのじゃ……こんな死に方なら、本望じゃよ」

 信じられなかった。プラチナバッチを持つアマヤが、たった一度ドバルを守るオーロラを放っただけで死んでしまうなんて。その思いはフニカも同じだった。

 何も言わない二人に向かって、アマヤは語りだす。

「この魔法は、向こう十年この街に害を与えんとする者を阻む……」

 十年。それはハルヤにとっては想像もつかない年月である。それでも、とんでもない力を使ったという事はわかる。あまりにも、長い年月だ。

「その間にお前は十六歳になるな。わしはお前にドバルを守ってもらいたいのじゃ。それを見守っていたかったが、それももう……」

 長いため息をつくアマヤ。

「何故ドラゴンがこの街を襲ったかはわからん。だが、ハルヤよ。ドラゴンはもうこの街に手は出せまい。復讐心に捕らえられず、自分がすべきことをするが良い……無茶をしてはならぬぞ」

 そう言うと、眠るようにアマヤは息を引き取った。

「父さん!」

 絨毯を走らせ、飛んできたのはハルヤの父ユキヤだった。

「父さん! 父さん! ……嘘だ、父さん……」

 ユキヤもアマヤが死んだことを受け入れられないらしく、愕然としている。

 空に輝いていたオーロラは、だんだんと色を失い、ついには透明になった。

「お、お母さん……この魔法、十年は続くんだよね……?」

 不安げにフニカを見上げるハルヤ。オーロラがなくなってしまっては、またドラゴンが襲ってくるのではないか。

 アマヤが死んでしまった今、ドバルの街を守れる者はいない。アマヤですら勝てなかったドラゴンに、誰が立ち向かえるというのか。

「あぁ、大丈夫だよ」

 ハルヤの質問に答えたのはユキヤだった。

「きっとこのオーロラは母さんに見せるものだったんだと思う。母さんはオーロラが好きだったから、父さんが逝くときはオーロラで合図をしてほしいなんて約束をしていたし」

 ユキヤの母、アマヤの妻。ハルヤの記憶には残っていない祖母のことだ。

アマヤはハルヤに、祖母については何も教えてはくれなかった。しかし、街の人の誰に聞いても、仲睦まじい夫婦だったという。大魔法使いも、死んだ妻のことを思い出してしまっては涙してしまうのだろう。孫の前で、涙なんて見せたくにのではないか、という事を街の人の一人が教えてくれた。

 ハルヤは、祖父が死んだなんて、受け入れたくはなかった。しかし、街の人が言っていた祖父と祖母の仲の良さを思うと、きっと祖父はこれを望んでいたのかもしれない、とも思う。

祖父の死を嘆き悲しめばいいのか、祖父と祖母が一緒にいれる幸せを喜べばいいのか、ハルヤの幼い心にはまだわからなかった。

「じいちゃん……」

 まだ、祖父に教わりたいことはたくさんあった。まだ、一緒にいたかった。

涙が溢れる。

彼に祖父の心を考え受け入れ、喜ぶことはまだ難しい。

 ハルヤの心は悲しみに塗りつぶされた。

「……ハルヤ」

 声も出さずに涙を流すハルヤに、声をかけるフニカ。返事もしないのは、天才と呼ばれる少年の意地だった。

泣くことは弱い者がすること。そう思っている彼は必死に涙を止めようとしている。

 しかし、一向に涙が止まる気配はない。

 フニカは泣き続ける息子を抱きしめた。よしよし、と頭を撫でる。

彼女の目にも小さな滴が光っていた。

「フニカ、ハルヤを連れて一度家に帰ろう」

 ユキヤだ。アマヤの遺体を絨毯に乗せると、フニカを呼び、フニカはハルヤを抱き上げ絨毯に乗り込んだ。

 ハルヤはフニカにしがみつき離れない。

 しかし、彼の心の中で、悲しみ以外のものが生まれつつあった。

 憎しみだ。最愛の祖父を自分から奪ったドラゴンを憎み、絶対に仕返ししてやるんだ、という思い。

 アマヤの最後の言葉は、ハルヤの心には届いていなかったようだ。

 しかし、ドラゴンは強くハルヤ一人では倒せない。ましてや、複数だ。

 そこまで考えたハルヤは気がついた。

 どうしてドラゴンが複数いるんだ? と。

 本来、ドラゴンは単独で行動する生き物だ。どんな本を探してもそう書いてあるし、アマヤだってそう言っていた。なのに、今回ドバルを襲ったドラゴンは何十匹という大群。

 だからアマヤも動揺して、あんな簡単にやられてしまったのだ。

 そこまでわかると、ハルヤの涙はひっこんでいた。やはり彼は専攻が魔法薬といえど、根っからの研究者であり、わからないことがあれば考察に入ってしまうらしい。

「……ハルヤ、ダメよ。確かにドラゴンが集団で現れることなんて前代未聞だけれど、無茶はしないで」

 さすが母親である。ハルヤがドラゴンについて考え始めたことを悟り、先手を打つ。

「無茶なんてしないよ」

 そう、無茶は。

 きちんと分析し、危険のないように動く。

 もしうまくいけば、ドラゴンたちの新たな生態を知ることができる。そうすれば、ゴールドバッチを取得するのも夢ではない。ハルヤは野望に燃えていた。

 祖父の死を忘れることでしか、自分の心を守れない。まだそんな年なのだ、ハルヤは。

 また考察に入る小さな少年を、フニカは複雑そうな顔で見ていた。

 


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