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パパVSおじさん

兄に勝てる弟はいないらしいです。

一方、ユキヤ。

「どういうことだ、さっきは渋々ながらも賛成しただろう」

 バン、とクラトは机を叩く。はずみで彼が飲んでいた水が滴を飛ばすが、そんなことは目にも入らないくらい、彼はユキヤに対して怒っていた。

「やっぱり、実力行使は良くない。父さんだってよく言ってたはずだ、力ある者が実力行使で物事を解決し始めた時、世界は良くない方向に動き出すって」

 会議室にて、ドラゴンを一匹ずつおびき寄せる作戦を立てていたクラト。

 彼も彼なりに街を守ろうとしているため、ようやくドラゴン問題の解決に向けて前進したと思われていた矢先に、ユキヤの反対。

 兄であるユキヤの意見を無視するわけにはいかない。クラトは完全に苛立っていた。

「兄貴、親父がいない今誰が力ある者だっていうんだ? ドラゴン相手に対等に戦える相手が、どこにいるっていうんだよ」

「だからって実力行使は良くない。それはクラトだってわかるだろう? ドラゴンは賢いんだ、話し合いだっていくらでもできるはずだ」

 ユキヤの発言を、鼻で笑うクラト。

「ったく、家に帰ったと思ったらこれだ。フニカか? あいつが兄貴に変な事吹き込んだんだろ」

 ピクリ、とユキヤの眉が動く。

「あの女、本当に街を守りたいのかねぇ? 会議にも参加しやがらねぇし、実はハル坊連れて街を出る準備でもしてるんじゃねぇのか」

 クラトの目に憎悪の炎が浮かぶ。兄の嫁とはいえ、昔からフニカのことが嫌いだった。

 彼とフニカは同じ年である。お互いに才能を伸ばし、切磋琢磨し合った仲である。まだ子供だったクラトはフニカの事が好きだった。なのに、いつの間にか兄であるユキヤと仲良くなり、結婚して子供まで産んだ。

 クラトの中には、フニカに裏切られたという感情が強く残っている。結婚が決まったころからフニカにつっかかるようになり、今では顔を合わせるだけで険悪な仲。

 ユキヤは、そんな事情を知っていた。しかし、今まではそのことを掘り返すこともなかった……弟の好きな女を取ったことに、罪悪感を感じていたからだ。

 そう、今までは。

「よくもまぁかつて愛した女をそこまでこき下ろせるものだよ」

 ビクリ、とクラトの肩が跳ねる。

 ユキヤはそんな弟の様子を気に掛ける様子もなく言葉を続けた。

「確かにフニカは会議に参加していない。でもそれは彼女が自分の信じた道を進んでいるからだ。僕はフニカのそんなところに惹かれた。だから、彼女に好きだと言ったし彼女に好かれようと努力もした、それが今この結果だよ。クラ、お前は昔から何一つ成長していないじゃないか」

「……っ成長してないってなんだよ、俺は、俺は……」

「してないじゃないか。自分の思ったことだけを周囲に押し付けて、それを受け入れられなければいじけて。周りをもっと良く見なければクラはそれ以上先には進めないよ。父さんの力を受け継いでいるからシルバーバッチまでは手に入れられたようだけど」

 はぁ、とユキヤはため息をつく。余計な事を言った、と考えているのだ。

 怒ると余計なことまでべらべらしゃべるのは、自分の悪い癖だな、なんて思っていると、クラトは再び机を叩いた。

「俺は成長してないなんてことはない! 兄貴に心奪われたのはフニカだ、今回の事も兄貴を唆したのはフニカなんだろ! 全部、全部フニカが悪いんだ!」

 駄々をこねる子供の様に、クラトは叫ぶ。

「責任転嫁するのはいい加減やめたら? それに、フニカを誑かしたのは僕かもしれないし、今回のことだって僕の独断かもしれない。恨むなら僕を恨め、フニカにそんな剥き出しの負の感情を向けないでくれ」

 フニカには笑顔が似合うんだから、とクラトを挑発するようにユキヤは笑う。先ほどの反省は心から消え失せていた。この際だから、長年こじれていた事も解決してしまおうと、ユキヤは思う。

 もう、クラトがフニカと喧嘩しているのを見るのは嫌だったし、時間稼ぎにはちょうど良い問題だ。クラトの感情を引っ掻き回してドラゴンの事から気を逸らすにはこの問題がちょうどいいだろう……そんなことを考えていた。それに、これを解決しなければクラトは幸せを掴むことはできないだろう。

 ふ、とユキヤは目線を下に落とし、心の中で笑った。自分はこんなにも性格が悪かったのか、と。

 視線をクラトに移すと、彼は頭を抱えて呻いていた。叩きつけられた現実と戦っているのだろう。

「俺、俺、は……」

 フニカを愛していた、幸せな時代。苦しむことから逃れたいあまりに封印した記憶。

「黙っていても解決はしない。力づくなんて、もってのほかだよ」

 だったら、どうするのか。クラトはユキヤに救済を求めるような目を向けた。

「話し合い、クラには自分の意見をまとめる頭をそれを述べる口があるだろ?」

 フニカはクラトが自分を好きだったことなんて知らない。だから、クラトがいきなり態度を変えた時は困惑したし、憤慨した。

 二人の誤解が解けても、フニカは自分の元にいる。そんな自信があったから、ユキヤはクラトにこんなことを言ったのだ。

 ……否、自信がついたから、と言ってもいいだろうか。クラトにフニカを取られないという自信がつくまで、軽く十年はかかっている。

 ユキヤは自分の不甲斐なさを思い、苦笑いを浮かべた。

「ドラゴン問題は僕に任せなよ」

 動いているのはハルヤだが、それを言うとまた面倒なことになるだろう。

 クラトはうんうんと頷く。

 そんな弟の様子を見て、満足げに会議室を出ようとしたユキヤ。

 しかし、ハッとした様子でクラトはユキヤを呼び止めた。

「ま、待てよ兄貴! いいのかよ、俺がフニカに本当の事を言ったら……」

 言いにくそうに言葉を重ねるクラトに、ユキヤはなんでもないよ、と言った。

「フニカと築いてきた十年はクラトに崩せるものじゃないからね」

 にっこり、と笑った兄に、少し寒気を感じるクラト。ユキヤは言葉を続ける。

「今更フニカを僕から奪えるとでも思ったの? 甘いよ、僕は妻を弟に差し出すためにこんなことを言い出したんじゃない、クラトがフニカの事を諦めて、他の人を好きになれるようにするためだ」

 頑張ってね、と彼は笑顔で言い放った。

「……オレは獅子の子じゃねぇんだぞ……」

 谷底に落とされてたまるか、と呟くクラト。

「でも、そうでもしないと君はフニカのことを諦められないだろう? 僕は早く姪っ子か甥っ子が欲しいんだ」

 クラトは顔を上げる。

 長年一緒にいたのだ、今の一言に含められたユキヤの本心を理解したクラトの頬に涙が伝う。

「兄貴……ごめん、ありがとう」

 『幸せになれよ』言葉にされなかった部分を受け取ったクラトは、子供の様にうずくまり泣きじゃくった。

「ハルヤじゃないんだから、そんなに泣かないでよ。……僕は君の兄だからね、厳しいことも言うけど基本的にはクラトの味方だよ」

 ユキヤはクラトに近寄り、幼いころのように彼の頭を撫でる。今だけは、昔に戻って。

「行ってきなよ」

 顔洗ってからね、とユキヤはクラトから手を離す。

「……クラ?」

「……すー……」

 長年積もっていたものが晴れたのか、眠ってしまったクラト。

「……本当に、いつまで経っても子どもだね」

 ハルヤよりも始末に負えないよ、とユキヤは苦笑いを浮かべる。根は、いいやつなのだけれども。

「さて、と……」

 ユキヤはクラトの体が冷えないように保護魔法をかけると、今度こそ会議室を後にした。



でも弟の方がいい男だったりするよね。そんな決めつけはよくないと思うの。

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