ママVSパパ
ここのおうちは結局かかあ天下なんです。多分。
フニカは、ハルヤが森を大きく迂回していることを確認すると一度家を出た。
麓にたどり着くまでにはハルヤの足で一時間はかかる。一応、会議室の様子を見ておくに越したことはない。
クラトに見つかっては面倒だし、何より喧嘩をして時間を無駄にしてはハルヤの命に関わる。そのためフニカは正体を隠す魔法を使って老婆になり、その上シルバーバッチを置いた。
これで魔法の使えない老婆の完成だ。そうそう面倒には巻き込まれないだろう。
ちらりと鏡の方を見ると、ハルヤはまだ街の近くにいる。
どうせ会議室に進展はないだろう。すぐに戻ってこれるとタカをくくり、フニカは鏡の魔法をそのままに家を出ようとした。……その時。
「……フニカ? 帰ったよ」
ユキヤが遅い朝食をとるため、帰宅した。
「フニ……カ……?」
やばい、とフニカは焦り変化を解いた。老婆の姿を見抜けないことはないと思うが、どうしてそんな姿をしていたか聞かれたらどんな答えで彼を納得させればいいか一瞬では出てこない。
「あ、あら、おかえり。会議は終わったの?」
「い、いや、終わってないけど……なんで変化の魔法なんて使ってたの? バッチも付けてないし」
魔法使いにとってバッチはとても重要なものであり、自分のランクを示すバッチは必ず肌身離さず持っている。ユキヤはフニカのシルバーバッチがテーブルの上にあることを目ざとく見つけたようだ。
いつもは嬉しい夫の細かいところに気付いてくれる性格に、舌打ちをしたい気分なフニカ。
その上、シルバーバッチから鏡に視線を移すユキヤ。
「あっ……あれは……?」
その目に映ったのは、愛する息子が一人で街の外をうろつく姿。
「……フニカ」
どういうことだい、と非難の目を向けるユキヤ。
フニカは言うべきか、と躊躇う。
ユキヤはアマヤの息子だが、クラトの兄なのだ。もしかしたら反対するかもしれない。
それに、ユキヤはハルヤが戦うことに反対のはずだ。会議に出すのも渋ったくらいなのだから、クラトに近い考え方をしているかも……。
フニカは迷った。今までのユキヤを思うと、どうだろう。ハルヤの冒険を応援してくれるのだろうか……。
「フニカ?」
ユキヤの目が不安げに揺れる。押し黙るフニカに異変を感じたのだろう。
「どうしたの、って聞いてるんだよ」
一歩、フニカに近寄るユキヤ。
「……アマヤさんの遺言と、ハルヤの望み、それから街の希望よ」
ユキヤを説得することにしたらしいフニカは、言葉を選びながら説明を始めた。
「どういうこと?」
困惑したように眉を顰めたユキヤ。
「ハルヤはアマヤさんの仇を討つために、自分の得意分野をフル活用してなるべく安全な方法で動いてるわ……私も協力してるの」
「それは、僕たちが頼りないって事?」
温厚なユキヤの声に鋭さが混じる。
「違うわ。前に立つ人間がいないことに不安を感じているの。アマヤさんの後任になれる人材がいないのよ。あなただって会議の指揮こそ執っていたけど、結論は出たの?」
「……」
「アマヤさんは、ハルヤにこの街を託したの。それに私もハルヤならって思ってる。――親の贔屓目だって笑われるかもしれない、でもあの子は……あの子は特別だわ」
今期最年少シルバーを取ったということを抜きにしても、アマヤが死んだ悲しみを乗り越えようと、必死にドラゴンへ果敢な挑戦をしている。通常の子供であれば、ドラゴンへの挑戦はおろか悲しみに負けてしまうだろう。
そういうことを、フニカは言いたかった。
「……そうだね。確かに、君の言う通りだ。ハルヤは特別だ」
わかってくれたのね、とフニカの表情が明るくなる。しかし。
「――でも、フニカ。ハルヤはまだ子供なんだよ。確かにハルヤは天才で、特別だ。それは僕たち以外の人も口を揃えて言うだろう。なんせ、父さんがいない今魔法薬について一番詳しくて一番難しい薬を作れるんだから」
「じゃあ……じゃあ、この街がドラゴンに滅ぼされるのを黙って見てろって言うの? ハルヤという希望を潰すの?」
フニカは憤慨していた。どうしてこんな分からず屋と今まで寄り添い人生を歩んできたのだろう。子供まで産んで、これからもずっと三人で……もしかしたら増えるかもしれないけれど、今のところ三人で歩んでいくのだと思っていた。
それなのに。
「フニカ、落ち着いて」
「これが落ち着いていられる? 私が惚れた男はとんだ分からず屋だったわ、確かにハルヤは危ないことをしている、でもそれをなるべく危なくない方法で助けるのが親ってもんじゃないの?」
最初はフニカも反対していた。
しかし、こうしてハルヤのサポートをしているうちにやはりハルヤはドラゴン問題を解決し、彼が街を平和に導けるのではないかという希望が、確信に変わりつつある。
「……君は、街を息子と、どっちが大事なの?」
「ハルヤもドバルも大事だわ。ハルヤは死なないわ、危なくなったら私が魔法で引き寄せる。そしてドバルを守れるのはハルヤだけ。ハルヤがドラゴン問題を解決すれば街の英雄だわ、つまり一生生活に困らないしゴールドバッチを手に入れる。そうすればハルヤは、好きなだけ大好きな魔法薬の研究を続けられるわ……」
「なるほど、ね。」
ユキヤはフニカに跪き、彼女の手を取ると手の甲にキスをした。
これは二人の意見が対立して、片方が折れた時に使われる儀式のようなものである。
「わかったよ。僕も協力する。確かに君の言う通り、ハルヤの幸せはきっと魔法薬とは切って離せない関係にある。ドバルも救われるしハルヤの将来も約束される、この危険を乗り越えればいいことだらけだ。僕が間違ってたよ、ハルヤが危険だということしか頭になかった」
「……私も、最初はそうだったわ。ハルヤが一生懸命だから、協力しただけよ。ハルヤが危ないとか、危ない目に遭わせたくないとか、たくさん考えてこうなったの。良かったわ、わかってくれて」
ユキヤの手を取り立ち上がらせると、フニカは自分より背の高いユキヤの頬にキスをした。これも仲直りの儀式のようなものである。
「さて、こうして和解したことだし、君は今わざわざ老婆に変身してシルバーバッチを置いてまでどうしようとしていたの?」
ユキヤはフニカの頭を撫でつつそう尋ねた。
「会議室の様子を見に行こうとしたの。ハルヤの邪魔になるようなことになるなら妨害しようと思って」
あっさりとそう言い放つフニカに苦笑いのユキヤ。
「フニカってたまにものすごいことしようとするよね……会議室は、あっ……」
ユキヤの表情が一変する。
「フニカ、ハルヤの作戦ってどんなものなの?」
「えっ? えっどうしたのいきなり、えっと、ドラゴンに変身してなんで街を襲ったのか聞いて、誤解を解こうっていう話よ。平和的でしょ? ドラゴンに変身する薬を開発したのよ」
「そりゃすごい、世紀の発見じゃないか! ……じゃなくて、クラトがドラゴンを攻撃する作戦を立てているんだ。一匹ずつおびき出す方法を考えてる」
声を低め、家の外に人がいないかを確認するユキヤ。
先ほどまでフニカの声は聞こえていただろうから無駄な行為かもしれないが、幸いにも家の周りには誰もいなかった。
「そんなの……ハルヤが平和的に解決しようって頑張ってるのに、それがバレたら水の泡だわ!」
フニカも声を落とす。しかし、クラトの企てはショック以外の何物でもなかった。
「クラトの方は僕がなんとかしよう、フニカはハルヤを見守っていて。今までだって反対意見が出たら納得するまで話し合っていたんだ。とは言っても……」
ユキヤは窓の外に目を向けると、ため息をついた。
「クラトはこの作戦が最良だと信じて疑わないから、ごり押しするだろうけどね。兄の僕が言うんだ、間違いない。ああなったあいつを止めるのは無理だ。でも、足止めくらいならできる。フニカ、ハルヤの事を頼むよ」
こうしちゃいられない、と家を出ようとするユキヤの背中をフニカが止める。
「待って! お腹すいて帰ってきたんでしょ? これ、食べて」
フニカは大急ぎでかぼちゃと蝙蝠のパイに魔法をかけると、まるで、遠い和の国で有名な「おにぎり」のようにしてユキヤに渡した。
「……フニカの料理の腕はどんどん上がるね、ありがとう」
見たことのない魔法に、フニカの勤勉さが伺える。ユキヤは改めていい奥さんを貰った、と顔を綻ばせた。
「おにぎりって言うの、ドラゴンの事を調べてたら東の国で龍っていう酷似生物を見つけて、その周辺の国にある食べ物らしいわ。食べやすいから忙しいときにって思って。ほら、早く行かないと!」
こんなに早く使うとは思わなかったけどね、と笑いながら手を振るフニカ。
「そうだった」
ユキヤは慌てて家の外に立てかけてあった箒に魔法をかけ飛び乗ると、あっという間にいなくなってしまった。箒は一人しか乗れないが、どんな乗り物よりもスピードが出るうえ、手軽だ。普段は複数人乗れる絨毯が主流な一家だったが、緊急時には箒も使われている。フニカは箒の手入れも毎日欠かさず行っていた。
「さて、と」
鏡を振り返るフニカ。
ハルヤはちょうど山の麓にたどり着いていた。小屋の陰からドラゴンたちの様子を窺っている。
間に合ったことに安堵しながらフニカはいつでもハルヤを呼び寄せることができるように、魔法を発動させる準備を始めた。
あれ?まえがきでネタバレしてた




