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フニカ、ご機嫌斜め

お母さんだって感情的になります。

「ハルヤ、朝よ。起きなさい」

 フニカの声でハルヤを起こす鳥。赤く派手な色をしたその鳥は、フニカの使い魔であるルーフスだ。いろいろな事を手伝ってくれる良きパートナーだが、朝はハルヤの専用目覚ましとなりハルヤの周りを飛び回る。

「やだ、もう少し……」

 というのも、ハルヤの寝起きが異常に悪いためだ。

 天才少年といえど、このあたりは普通の子供である。

「ハルヤ! ドラゴン倒してお祖父ちゃんの仇をとるんでしょ! 早くご飯食べて気合入れなさい!」

 一喝。

 紛れもなくフニカ本人の声だ。

「えっ……お、お母さん、どうしたの」

 フニカの顔は般若の面でも付けたように怒りで染まっていた。

 ハルヤが起きないからと言って彼女がこんなに怒ったことはないし、今もハルヤに怒っているのではないようだ。フニカはハルヤのベッドサイドに荒々しく腰掛ける。

「聞いてよ! まだ会議が続いてる上、全然進んでないの! やっぱりアマヤさんがいないとこの街はダメなんだわ、ハルヤはもうドラゴンに交じって話を聞く準備を完璧にしているというのに、あれがダメこれがダメって、本当に街の平和を望んでるのかしら! アマヤさんがいなくなったからって、この街はもうだめだムードが漂ってるの、信じられる? 誰一人、アマヤさんのように先頭に立って街を守ろうなんて人はいないんだわ!」

 興奮して声がどんどん大きくなるフニカ。ハルヤの目覚ましにはぴったりの一撃だったようで、目を大きくぱちくりとさせている。

「えっと、お母さん、会議室に行ってきて、まだ会議は続いてて、あまりにも進んでないから怒ってる、でいいんだよね……?」

 叩き起こされた脳みそをフル回転させて、フニカの話をまとめるハルヤ。

「えぇ、そうよ。ハルヤ、こうなったらあなたがドラゴン問題を解決して、街の大人たちを見返してやりなさい。クラトさんなんて、あなたのこと超バカにしててむかつくったら!」

 実をいうと、フニカはクラトが嫌いだ。

 ユキヤと結婚する前から仲は悪かったのだが、ハルヤが魔法薬の才能をめきめきと伸ばしているのにも関わらず、ハル坊、なんて小さな子供を呼ぶような呼び方をする。

 ハルヤを子供扱いしてからかっていいのは私とユキヤだけよ、なんて鼻息荒くユキヤに捲し立てていたのは記憶に新しい。

 昔は年も同じなので仲が良かった、とアマヤは言っていたが、ハルヤにはどうしてもそれが信じられなかった。

「お母さん、またクラおじさんと喧嘩したんだね……」

「えぇ、あの人ほんっとうにむかつくったら――」

 それでもハルヤがシルバーバッチを取ったのはクラトのおかげと言えるのだから、とハルヤを会議室から追い出した件までは我慢していたのだが、会議室に行ったフニカに「ハル坊は怒られて泣いてるんじゃないか? というか、お前なんで会議に参加しないんだ、街を守ろうという意欲はないのか」なんて言われて、堪忍袋の緒が切れたのだ。

 寝起きのハルヤにぐちぐちと文句を言うフニカ。

 他の相手ならば直接文句を言えるのだが、クラトは旦那の弟。あまり問題を起こしたくないというのが本音である。

「ハルヤがドラゴン問題を解決したら、きっとクラトさんは面目丸つぶれね! みんなの目の前でハルヤを追い出したらしいじゃない!」

 あの時追い出してなかったら、と後悔するに違いないわ! とほくそ笑むフニカ。

「オレの作戦をそんな風に使わないでよ……」

 ハルヤははぁ、とため息をつく。

 目的は街を守るためなのだ。アマヤの仇をとるでもなく、クラトの面目を潰すためでもない。

「あら、わかってるわ。でも、成功したらそうなるだろうことは変わりないもの」

 まぁ、ハルヤの活躍に街が大騒ぎであの人のことなんて誰も気にかけなくなるかもしれないけどね! なんて、フニカは言った。

「お母さんはクラおじさんのこと毛嫌いしすぎだよ……」

 よいしょ、とベッドから降りてフニカの傍らに立ったハルヤ。

「お腹すいた、朝ごはん何?」

 話を逸らそうと、寝起きでまだ空腹なんて感じないが朝ごはんのメニューを訪ねる。

「かぼちゃと蝙蝠のパイとミルクよ」

 うまく焼けたんだから、とフニカは誇らしげな表情を見せた。

 ハルヤはフニカの機嫌が直ったことにほっとする。気分屋な母親を持つと大変だ。

「おいしそう。早く食べたいな」

 かぼちゃと蝙蝠のパイは、かぼちゃの甘さに蝙蝠の苦みが効いたフニカ自慢の一品である。ハルヤもこれが大好きで、朝からこのパイを食べられることなんて滅多にないので喜びが顔に出ていた。

「じゃあ、さっそく食べましょ」

 二回連続で父親がいない食事をするというのは、ハルヤにとって珍しいことである。

 ユキヤはいつもフニカの料理を褒める。もちろんフニカの料理の腕も上々だが、それはユキヤの言葉の力もあるんじゃないか、とハルヤは思っていた。

 子供ながらに、自分の両親の仲が良いことをとても誇りにように思っていたハルヤ。

 早くドラゴンの問題を解決し、またいつものように食事をしたい、とハルヤは思ったが、いつものように、という所で表情が暗くなる。

 もう、アマヤはいないのだ。

 四人で食事をすることはもうない……そう思うと、大好きなはずのかぼちゃと蝙蝠のパイが途端に味気ないものになる。

「……どうかした?」

 なにか変なものでも入ってたかしら、とフニカは眉をひそめた。

「違うよ。もう四人でご飯、食べられないんだなって。……静かだなって」

 ハルヤの表情が暗くなる。

 フニカはパイを食べていた手を止めフォークを置くと、食卓越しに手を伸ばした。

「人の死を悲しむのは当然のことだわ」

 彼女の手はハルヤの頬を撫で、いつのまにか浮かんでいた彼の涙を拭う。

「でも、今はおいしいものを食べて元気になって、ドラゴンの問題を解決しないと。お母さん、あなたに危険な目に遭って欲しくはないけれど、あなたを応援したいの。でもこの危険なことをしないと解決しないわ。ならちゃっちゃと終わらせて、落ち着いた状態でお祖父ちゃんを見送りましょう?」

 フニカの思いは複雑なものだった。

 息子を危険な目に遭わせたくない。でも応援したい。できることなら自分が変わりたい。でも、それだとハルヤは成長しない……。ハルヤの成長を止めたくはないが、もう少し大人になってからでもいいのでは。でも、嫌なことは早く終わらせてしまいたい。こんなこんがらがった感情を抱えて過ごすのも嫌だ。ハルヤも自分の性格を受け継いでいる。目の前にあることはさっさと終わらせてしまいたい。その気持ちもよくわかる。でも危険な目に遭わせたくはない……。

 ぐるぐると渦巻く感情の中、フニカが選んだ答えは精一杯ハルヤのサポートをして、さっさとこの状況を終わらせてしまうことだった。

 どんな事を解決するにしても多少の犠牲は付き物である。

 それが例え息子の命だったとしても……。

「じいちゃんを……見送る……」

 ハルヤはきっと、自分がやっていることは自分の命を賭けに出しているということに気が付いていない。

 ただひたすら、アマヤの死を嘆きドラゴンへの復讐を思っている。

「さて、せっかく朝から作った料理が冷めちゃうわ」

 止まっていたハルヤの手を急かすように、フニカはフォークを動かす。

「あっ……そうだね、食べちゃおう」

 ハルヤはかぼちゃの甘さの中に点在する蝙蝠のほろ苦い味に笑みを零しながら、食事の手を進めた。



子どもに八つ当たりはよくないですよフニカさん。

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