最終話 これからも
今朝は晴れだった。
四月の初め、季節は春になったとはいえまだまだ寒さは残る。けれど雲一つない太陽の下、普段より気温はぐっと上がるわけで。
ということで衣類を洗濯機に放り込んだ俺は爽快な気分で部屋の掃除を始める。テレビ裏の埃を拭いたり、昨年度使ったレポート用紙を整理したり、ヴォーンと唸る掃除機を操作したりラジバンダリ。
ラジバンダリって高校の時も同じようなこと言っていたなぁ。思考の成長が見られない兎月将也十九歳です。
「あ、お米が残り少ないな。後で買いに行くか……ん?」
掃除も一通り終わって食料の確認をしているとポケットに入れた携帯が震える。高校時代の反省も活かせず講義の時に大音量で携帯を鳴らしてしまった時から常にマナーモードにしているがバイブレーションはオンのまま。西野よろしく震える携帯の画面には『米太郎』の文字。
「もしもし。何か用か」
『よう将也! いやなんか呼ばれた気がするから』
アホな声が耳に広がる中、下に置いたお米の袋に視線を落とす。
こいつマジかよ。俺が米の確認をしたことに反応したというのか。なんて野郎だ。勘が鋭いのは知っているがその範疇を越えた予知レベルだぞ。そしてお前は別に呼んでいない。
「くだらねーことで電話すんな。切るぞ」
『ちょ待てよ。せっかくだし何か話そうぜマイフレンド!』
確かにお前は俺のマイフレンドだけど今は別に話したくない。
あ、俺のマイフレンドって訳すと俺の俺の友達って意味になるね。相変わらず英語がクソだね将也君っ。
ともあれ佐々木ライス米太郎と雑談している暇はない。俺は不機嫌な声を出して電話に応答する。
「黙れライス太郎。これから明日の入学式の準備があるんだよ。サークルのビラとか配るんだ」
『あー、将也の大学は明日入学式だったか。ちなみに』
「お前の大学の入学式がいつとか興味ないぞ」
『ちなみに俺の今日の朝ご飯は野菜スムージーだ』
「さらに興味ないわ!」
携帯から聞こえてくる米太郎の自慢げな声。頭に浮かぶ、あいつのドヤ顔がムカついたので脳内でグーパンを決めておく。夜天・真空極拳流『昇竜烈波』!
あと野菜なのは分かるがスムージーってのがムカつく。何ちょっと意識高い系の朝ご飯なんだよ。意識高い大学生にでもなったつもりか!
『ところで地元にはいつ帰るつもりなんだ?』
「三月の終わりに帰ったからしばらく戻らねーよ。みんなにも会ったし」
『それ先週じゃん。みんなに会った? え、俺は?』
「……野菜スムージーって美味しそうだね。僕にも作り方教えてよ」
『俺にも教えてよ! え、みんなで会ったの!? 俺は!?』
あー、そういや先週の時はお前呼んでなかったわ。
いや違うんだよライス君。俺は米太郎も呼ぼうかと問いかけたんだけど水川が「お米はいい」と拒否したから。それに火祭も同調してみんなで「じゃあ米太郎はいっか、あはは!」と盛り上がったんだよ。
これ言ったら米太郎がキレそうなので俺は違う話題を振ることにした。スムージー良いよねー、うんうん。
『おいコラ無視すんなアホ将也。どうして俺を呼ばなかったんだよ!』
「落ち着けライスセット佐々木。あれだ、えっと、お前は遠いから呼ぶのは可哀想だったんだよ」
『声かけない方が可哀想だろ俺が! 頑張って帰るから、実験や農場実習あっても俺帰るから!』
悲痛な叫び声。とりあえず耳から携帯を離す。
そういえば米太郎は農学部だったな。どうでもいい。ちなみに俺は教育学部。クソどうでもいい。ちなみに火祭は難関国立の法学部。すっごい大事な情報!
「まぁ年末会ったし別にいいだろ。そういや弓道は続けているのか?」
『年末の時に話したよなおい! 今はラクロスやっているよっ』
「授業ではクワを持って部活ではクロスを持っているのか。何か持たないと生きていけないのかモテないくせに」
『急に辛辣!? 白米から玄米に変わるレベル!』
例えが全然意味が分からない。俺も大して変わっていないがこいつも全然変わっていないみたいだ。
だから俺らは今でも野菜コンビと馬鹿にされるんだよ。いい加減コンビ解散しようぜ。
『お、俺だって大学生になってウェイウェイと女子とトークをだな』
「あ、悪い。電話切るわ」
『え、ちょ!?』
部屋のインターホンが鳴る。モニターに映るのは、艶やかな長い黒髪をなびかせた、ちょい強めのつり目が特徴的な女の子。俺の中でトップ1に君臨し続ける愛しの人。
荷物持っているみたいだしドアを開けてやらないとな。
「じゃあな。次の連休にでも会おうぜ」
『ま、待てよ将』
画面をタップして通話を終わらせる。んー、久しぶりに米太郎の声を聞いたわ。気に食わないがなんだか気分が良い。気に食わないが!
俺は携帯をテーブルの上に置くとすぐに立ち上がって玄関へと向かう。ドアを開き、そこに立っているのは、
「おかえり恵」
「……ん、ただいま将也」
何やら荷物を持った恵が立っていた。無表情で無口、そして超絶美人。ちょっとでも隙を見せたら大学で男共が寄ってくる程に。その度に俺はムカムカしています。恵に近づくウェイウェイ野郎マジ許せん。
「何この荷物」
恵から荷物を受け取る。結構重たい。
運んでやるから俺を呼べば良かったのに。まぁ扉の前まで前川さんが運んでくれたんだろうな。
廊下の端でチラチラと見ている前川さんに軽く会釈しておく。きっと春日家の主に言われて様子を見に来たんだろう。お疲れ様です。
「ママが持って行きなさいって。お米や野菜」
「あの人タイミングすげーなおい」
丁度お米を買いに行こうと思っていたらこれだよ。何これすごい。あなたの母親はエスパーなの?
だが食料は助かる。ありがたく頂いておこう。
「そういや今電話があってな」
「……桜?」
「違うよ。違うから拗ねるのやめてください」
頬を膨らませて俺の服を掴む姿には未だにドキッとしてしまう。可愛いよそれ。
どうだ、うちの彼女可愛いだろっ、いや俺の婚約者可愛いだろっ。自慢したいです。SNS始めようかな。
「米太郎だよ」
「…………ぁ、佐々木」
今すげー間が空いたよね。完全に米太郎を思い出している時間だったよね。可哀想だからやめてあげて、あれでも一応俺らの恩人だから。
いつまでも玄関先で話すのも変だし俺は荷物を抱えて恵にアイコンタクト。恵は何も言わず靴を脱いで中へと入っていく。俺らが住む、二人の家に。
「そういえばパパが将也に会いたいって」
「あのクソ親父さんが?」
恵が淹れてくれたコーヒーを二人で飲みながら部屋でのんびり。
ここに住んで一年が経つがまぁ快適なものだ。やっぱ大学生になったら一人暮らしだよねー。俺らは二人暮らしだけど。
「将也と飲みたいって。潰してやるって言ってた」
「俺を急性アルコール中毒で殺す気満々だろあいつ。前にも言ったけど俺は未成年だから酒は飲めないって伝えておいて」
「ん」
未成年って言い訳も今年までか……。はぁ、あの親バカ野郎と酒飲むとかぜってー嫌なんですが。
いい加減俺を息子として見てもらいたいものだ。正月に会った時にお義父さんと言ったら発狂していた。今思い返しても愉快だ。ざまーみやがれ。
と、コーヒーの湯気と香りが揺れた。それも一瞬のこと、次には恵の匂いでいっぱいになる。
俺に抱きつき、頬をすり寄せてくる恵。大好きで愛おしい、恵の温もりが全身に染み渡る。
「急にどしたの?」
「んっ、一日空いたから将也成分が足りない……補充してる」
「将也成分ってなんだよ。俺はカルシウム的な何か?」
「ほじゅー……んんっ」
俺のツッコミを無視して恵は抱きついたまま甘えた声を出す。
無視するのは高校生の頃と変わらず、か。あの頃の理不尽な暴力と無視を思い出して笑みがこぼれる。懐かしきヘタレ下僕生活。
今は違う。俺はへたれ犬じゃない。
恵と二人、同じ大学に通って同じ家に帰る。順風満帆な、二人の明るい生活。
一年も経って当たり前の日常になったのに、嬉しくて恵を強く抱きしめ返す。すると恵がさらに強く抱きしめ返す。ごめん肋骨折れるからやめて!
「んーんー♪」
「痛い痛い! これもある意味理不尽な暴力!」
でも嬉しく愛おしい、二人の日常。
これからも恵と二人で過ごしていく。それがどれ程に素敵で幸せなことだろうか。
高校を卒業し、アパートの契約と同時に同棲を始めて、同じ大学に通って一緒にご飯を食べて一緒に寝る。
三年前のヘタレ下僕だった頃の俺が見たら驚愕するだろうな。「お前何やってんの!?」と絶叫しそう。うんうん分かるよその気持ち。
「なぁ恵」
「ん」
「これからもよろしくな」
「ん、こちらこそ。大好きだよ将也」
恵と二人で、これからも、ずっと一緒に―――
〈完〉
こんにちは、腹イタリアです。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました&お疲れ様でした。
『へたれ犬』の続編として始めた『へたれ犬じゃない』ですが、今回で完結となります。
……あれですね、投稿したの何年前だよって話ですよ。調子乗って続編とか始めてさ、全然更新しなくて、おいおいクソ野郎かよ!!
最後の方もイマイチ更新出来ず、微妙な終わり方だったかもしれません。
ですが作者の私はとても満足しています。自己満足で始めた作品なんでね、もう最後まで自己満ですよオラァ←
ここまで読んでくださった方はきっと『へたれ犬』から読んでくださっている方だと思います。
本当に、ありがとうございます。感謝しきれません。最後まで付き合っていただけたことが心より嬉しく、何よりありがたいです。
感想やメッセージを書いてくれた方々、何度も助けられました。たくさんの喜びとやる気をいただきました。
長く書くとグダグダになるので反省や語りは控えます!
何か書きたいことあればまた追加で書きます。
今までありがとうございました。とても楽しかったです!
それでは~




