続85 向かう想い、傍にいる人達
途絶えかける意識と崩れそうな足、体中が悲鳴を上げる中で目の前には火祭。
今、奥義と言った……? そんなの知らないぞ。
一体、何をするつもりだ……ぐっ、げぇ、だ、駄目だ、痛みで目が虚ろになる。
「これで最後だよ。まー君、負けを認めて」
降参を促す火祭。両腕は俺へと向けられ、その圧倒的なオーラに何もされていないこの時点で俺には太刀打ち出来ないと痛感させられる。
空気が、熱が、冬の寒さを掻き消して俺の肌へ突き刺さる。ここまで俺をボコボコにした夜天・真空極拳流の、その奥義を今から放とうとしているのだ。そんなのどうやって防げばいいんだよ。全く知らない未知の、けれど威力は絶大だと分かる攻撃が来る……!
ここで負けを認めて楽になればいい。無理して死にかける必要がどこにある。
「嫌だ。俺は負けない。火祭とは付き合わない」
ここで負けを認めて楽になるわけにはいかない。無理して当然、死にかけ上等、臆するつもりは微塵もない!
絶対に諦めない。覚悟は出来ている。俺には、春日がいるのだから。
「そっか。分かったよ、まー君」
火祭が走る。地面を蹴り、風を切り、火祭は空へと舞い上がる。
さあ、来い。どんな攻撃が襲ってこようと、どんな困難が立ち塞がろうと、決して負けやしない!
歯を食いしばり、目を開く。気持ちがこんなにも燃え上がっているんだ。俺の体よ、動け!
「夜天・真空極拳流、奥義『月桜・火兎』」
夕日が沈み、赤が薄れていく。それでも火祭の髪の毛と瞳は真っ赤に燃え盛っていた。
そして爆音が、轟く。
……ん、何だ?
どこも痛くない……あれ?
今ものすげー音がしたけど、一体何が?
風が体突き抜け、目の前には誰も映らない屋上。火祭はどこに、
「『月桜・火兎』はね、あらゆる技を合わせて連続で繰り出す奥義だよ」
火祭の声は後ろから聞こえた。
慌てて振り返れば、煙の中で火祭が立っていた……ふぁ!?
な、なんだこれ。地面は抉れ、瓦礫が散らばっている。爆撃地みてーな惨状の地面に、口があんぐり開く。
わ、わぁ~、直撃していたら木端微塵になっていたよこれ。
「す、すげー……でも、なんで当てなかったの?」
いや別に当ててほしいわけではないけどさ。当たったら地面ごと俺も爆ぜていただろうし。
「……まー君は強いよ」
こちらを向くことなく火祭は喋る。ゆらゆらと揺れる長髪は沈む夕日に連なって黒くなっていく。
強いって、今の状態を見てください。俺ボロボロのカスカスだよ。奥義の爆風だけで体よろめいたぞ。
「決して負けを認めず、真っ直ぐ立ち上がって、恵のことだけを考えている。芯の強い、私の知っているまー君だよ」
「そう言われてもなぁ……」
無理して限界無視して立ち上がっているだけだよ。あははっ、って痛い痛い、喋っただけで腹が痛みでよじれそうだ。し、死ぬ。
「恵のところに行ってあげて」
火祭……?
「血祭りの火祭の攻撃を耐えたんだよ。恵のお父さんなんて楽勝だよ。想いを、伝えに行って」
「うー、げほっ、楽勝ではないと思うけど……」
「私の惚れたまー君なら大丈夫、私は信じているよ」
声が届く。火祭は振り向かないが彼女の熱のこもった声はしっかりはっきりと耳に届き胸打ってくれる。
……また火祭に背中を押されたな。ホント、俺はいつまで経っても周りに励まされてばかりだ。さすがヘタレ。
動く、足が動き出す。肺も心臓も内臓も痛くて痛くて仕方ないが、だけど両足は地面を蹴って走り出す!
がああぁぁ、俺って本当にどうしようもない馬鹿だ。何も出来なかったくせに一丁前に落ち込んでどうする。反省する以前の問題だろうが。
そんな暇あるなら、向かうべき場所があるじゃないか。突き進むべき道がある!
「火祭、俺行ってくるわ」
「うん、ちょっと本気出してくる」
ありがとう。その言葉も飲み込んで、後ろは向き向かず、火祭の方は見ず、俺は走る。
「行ってらっしゃい、まー君」
火祭……何度助けてもらったか。火祭は俺に救われたと言うが寧ろ逆だ。俺の方がお前に助けられているよ。
春日だけじゃない、俺の傍には火祭もいてくれた。米太郎や水川、部活仲間の山倉や矢野、たくさんの人がいる。
皆、ありがとう。俺は進むよ。想いを告げに行く。もう二度と臆するものか。
ドアを開け、階段を下りていく。
さぁ、行こう! 春日待ってて…………あ、
「兎月、階段から転げ落ちて動かなくなったんだけど……」
「あれだけのダメージ受けたんだから当然じゃね。まぁ将也だから大丈夫さ」
階段の下、兎月が仰向けになって動かない。階段を踏み外してグラッと倒れて……気絶しちゃった。
私達の親友が転げ落ちたのに佐々木はヘラヘラ笑って漬け物を頬張っている。漬け物臭いんだけど。やめてくれない?
「それにしても凄まじい攻撃の数々だったなー。俺だったら一撃目で昇天しているわ」
「はいはい。佐々木は兎月を保健室に連れていって。……私、桜のところに行ってくる」
桜、きっと今頃……
そう思うと居ても立っても居られない。急がなくちゃ、
「やめとけ水川。お前が行ってどうする」
「何言ってるの、あれじゃあ桜が……」
すぐ横の扉を開ければ屋上。そこには桜がいる。……桜の泣く声が聞こえるもん。だから行かないと……っ、
佐々木が私の腕を掴む。ちょ、離して!
「火祭が本気なら将也を降参させるくらい楽勝だ。でもそうしなかった。火祭は最初から将也を元気づける為にあんなこと言ったんだよ。自分の気持ちを押し殺してさ」
「だからこそ、慰めてあげなきゃ」
それでも佐々木は離してくれない。振りほどこうとしても、その力は強く、佐々木は鋭い眼差しで私を見つめる……っ。
「心配しなくても火祭は大丈夫だ。俺らが行く必要なんてねーよ」
「っっ、聞こえるでしょ。桜、泣いているんだよ!」
「やーめーろ大声出すな。……火祭は将也と春日さんの為に、あそこまでしたんだ。ただの損な役回り、それを分かった上で将也に喝を入れた。大好きな人をボコボコにしたい奴じゃねーだろ。寧ろ逆だ、将也を傷つけたくないはずだ」
佐々木の真剣な表情、黒く光る瞳……私の腕を掴む手は微かに震えている。
「そんなことまでして、全ては将也の為に、火祭はやりきった。すげー奴だよ。そんな火祭に今俺らが言う言葉なんてない。あいつは一人で立ち直れる、またこれからも将也を想い続ける。本当に、強いよな」
佐々木は手を離す。行くなら行けば?と小さく呟いて再度漬け物の入ったタッパーを取り出す。
……ドアを開けることは出来なかった。扉の向こうから聞こえるすすり泣きを聞くことしか、私には出来ない……。
「普通なら将也を奪う絶好のチャンスだったのになー、アホなことしたよ火祭」
「佐々木だってアホなことしかしてないじゃない」
「俺はアホでいいのさ。そこで倒れているアホが幸せになるなら、俺はアホになるし損な役割も引き受けてやらぁ。水川も同じだろ?」
真面目な顔をやめて佐々木はニヤッと笑う。無駄に明るくて気持ち悪い笑顔、ホント佐々木ってキモイ。
……アンタだって、すごいくせに。誰も見ていないところで、色々やってきたくせにそれを言わないでさ……。
「火祭が見送ったんだ。俺達が見送らないでどうする。将也も春日さんも火祭も、俺達の親友だ」
「……うん、そうだよね」
「てことでまずは将也を運ぶことからしよう。マミー手伝って」
屋上には行かず、階段を下りていく。床に倒れて気絶したアホの親友の元へ。
悲しい泣き声は次第に遠ざかっていった。
「マミー言うな」
私も見送ろう。何も触れず、そっと遠くで。それが私に出来る最高のアホなことだ。




