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続84 兎月VS火祭

連れて来られたのは屋上。トロトロのカボチャスープのように溶けていく夕日は眩しく、足先から後ろへ大きな影が伸びていく。

あの日、春日に想いを告げたあの時と変わらぬオレンジ色の光。目を細め、見つめる先にいるのは、火祭。


夕日に染まった髪の毛は赤く輝き、屋上の風に吹かれてサラサラと流れる。見る者の心奪う美しい髪と端麗な小顔、でも今の俺は違う意味で心奪われ困惑している。


「ひ、火祭。勝負って何だよ……?」

「一対一の決闘だよ。降参した方が負け」

「聞きたいことはそこじゃないって!」


俺を見つめる目、捉えて離さず。

いきなり連れて来られて、火祭はどうしていきなり……。


「じゃあ、始めるね」

「っ、待っ」


戸惑いが溜まり淀んでいくのが分かる。夕日に目が眩んで目を閉じたその一瞬で、眼前には火祭が迫っていた。

反応し、指先が動き始め、腹に衝撃が襲いかかる。


「夜天・真空極拳流『昇竜烈波』」


腹を撃ち抜かれ、衝撃が貫通して体ごと吹き飛ばされたことが分かったのは景色が空いっぱいになった時だった。

一秒が永遠と感じられる中で腹ん中蠢き爆ぜる激痛、地面へと叩きつけられてやっと息が吐き出せた。呼吸を取り戻し、同時に嗚咽が止まらない。

っ、がっ、相変わらず、なんつー威力……!


「次、行くね」


プツプツと黒い斑点が映る視界に火祭が現れる。またしても接近を許してしまった。けれど痛みのあまり体は動かせない。


「『旋回武竜斧斤』」


動かせない体が、何かが来ると感じ取った。崩れるように膝が曲がり、右から来る何かを避ける。

それは火祭の回し蹴りだった。首先を抜けて、突風が眼球に当たる。

な、んとか避けられた。意識が落ちかけて膝も落ちただけのほとんど偶然みたいな避け方だったが。


「まだだよ」


着地、そして火祭はまた跳ぶ。長い髪が宙を舞い、体も回転する。

今度は左から回り蹴りが襲いかかる。っ、今度は……!

両腕を十字に構えて蹴りを受け止める。


そのはずが、ガードした腕ごと体が弾き飛ばされた。勢いを止めることが出来ず地面を転がり跳ねる。

攻撃を防いだはずなのに、どうして俺は地面に倒れて動けずにいるんだ……。


「ぐっ、火祭、やめ……」


見上げた先にはまたしても火祭。高く跳び上がり、まっすぐ振り上げた足。

落下と共に足を振り下ろし、俺目がけて……

その場で転がり回る。直後、耳元で激しい爆音が轟き、視界の端で捉えたのは地面のヒビ。破片が飛び散る。

火祭はかかと落としを放ったのだ。それで地面が割れるって……どうなっているんだよ。


「さすがまー君だね」


ぐっ、避けるので精一杯だ。

待て、待ってくれ火祭。どうして俺達が戦わないといけないんだ。

火祭が勝ったら付き合う? そんな強引なことして、そこまでどうして。

それに俺には春日が……ぁ、


春日は……いない。


「『多連式・昇竜烈波』!」


激しい連撃が迫る。辛うじて回避して立ち上がる。

体勢を整えることしか出来ない。意識を、気持ちを、戸惑いを整理する暇なんてない。

高らかに上がったのは左腕。大きくしなる。右上部から切り込むようにパンチが来るのが分かる、読める。そこをガードすれば、


「げほっ!?」


またしても激痛が腹を突き破る。鳩尾が、あぁがあぁ、っ、痛い。

今、何が……!?


「『流星・黒折鶴』……そして次は」


っが、そうか、振り上げた左腕はフェイクだったか。意識を逸らしてガードの甘い腹部を狙われた。今思えばさっきの『多連式・昇竜烈波』もわざと緩く放って油断を誘っていた。

そんなのどうでもいい。とにかく腹が痛い。耐え難い激痛、溢れる嗚咽が引っかかって喉を掻き毟る。

そっと静かに、火祭の左と右の手が俺の両肩に触れる。避けることも逃げることも出来ず、意識は薄れる。


「『双槍・雲払い』」


両手による掌底。簡単に吹き飛ぶ俺の体。後ろの壁に激突して背中が刺すように痛む。

体勢は崩れ、前へと倒れ込む。


「『焦がし殺し』!」

「がぁ……っ、ぉ!?」


またしても腹部、火祭の拳が捻じ込まれる。

衝撃は突き抜けず腸を抉り暴れる。内臓が焼けるように熱く、吐く息も熱い。

痛みが、激痛が、体の内部を食い破り暴れ狂う。涙が止まらない。地面に倒れて起き上がれない。意識が、真っ黒で、今すぐ死にたいぐらいだ。


時間があれば俺の訓練に付き合ってくれた。稽古で何度も手合せした。けれどそんなの、手加減してもらっただけに過ぎない。

これが、本当の火祭の実力。血祭りの火祭と呼ばれた、喧嘩最強と名高い火祭桜の本気なのか……?


「まー君、降参する?」


僅か一分足らずで俺はもうボロボロだ。意識が残っている分、余計に辛い。何度も腹を殴られて腹筋が痙攣していやがる。

もう、このまま死にたいぐらいだ。痛くて痛くて、それは吐き気と弱気なって口から漏れそうになる。

さすが火祭だな……俺なんかが勝てるわけない。秒殺でこのザマだ。


本当に、降参しようかな……。


「今日、恵から聞いたよ。昨日あったこと、お父さんに認めてもらえなかったこと」


火祭は語る。俺は倒れて朦朧と弱る意識の中、目を閉じる。


「辛いよね。でもね、それなら私と付き合えばいい」


薄れていく視界と暗くなる世界で火祭の声ははっきりと届く。胸の奥にまで響いて、造花のようにボロボロと崩れていく気持ち。想いが千切れていく。


「厳しくて怖いお父さんを相手にするぐらいなら私と付き合った方が楽だよ。今まで頑張ってきたまー君がこれ以上無理する必要はないよね。もう、楽になろうよ」


……そうだよな。春日の傍にいるだけでキレて日本刀構える春日父にビクビクして精神削って何が楽しいんだ。あいつのせいでクリスマスを二人きりで過ごせなかったし、春日と良いムードになったら邪魔しに来て、挙句に昨日は完全に否定された。

そこまでされて、どうしろってんだ。認めてもらうまで何度も頭を下げにいく? いつもは親バカのくせに昨日はマジ顔で正論言って相手にもしてくれなかった春日の親父に?

散々やられて、必死なって誠意を見せて春日父が認めてくれるわけでもない。辛く、しんどくて、途方もない苦労が待っている。


そんなことするくらいなら、火祭と付き合った方が良い。

火祭となら何やっても楽しいし、気楽に付き合える。可愛くて仲良くて、何一つ文句のない完璧な彼女だ。


「俺は……」


そうだよ、その通りだよ。火祭の言う通りさ。

もう楽になっていいじゃないか。面倒くさい親父と真っ向から戦う必要がどこにある。




でも、駄目だ。

俺が、好きなのは、間違いなく春日なのだから。


「ごめん。火祭とは付き合えない」

「『鬼刃燕脚』」


胸元切り込む火祭の鋭利な一撃。心臓を突き刺すような蹴りが俺の体を持ち上げ、宙へ吹き飛ばす。


「『天刃落火』」


宙に浮いた俺の頭部を、火祭のかかと落としが追撃する。

意識が真っ黒になる。またも俺は地面へ叩きつけられ、潰し圧された肺が辛うじて息を取り込む。息が、気力が、抜けていく。


鬼刃燕脚。爪先に威力を集中させた足蹴りは半円を描いて相手の体を蹴り上げる。一点のみに集中した一撃、胸に風穴を開けられた感覚だ。

天刃落火。ジャンプして縦回転し、その勢いを踵に乗せて放つ空中かかと落とし。

鬼刃燕脚から流れるような動作で天刃落火へと繋ぐコンボ。二つを合わせて夜天に舞う『天鬼の円』と俺が名づけた。


って、んな冷静に技の説明している余裕があるのかよ……。

ただでさえ満身創痍の体が今の二撃で終わりを迎えた。もう、指一本とて動かせやしない。


「ねぇ、負けを認めてよ。まー君じゃ私には勝てないよ」


そうだよな、以前と比べて強くなったと言ってもその俺を鍛えてくれたのは火祭だ。圧倒的な武術センスと体幹、比較するまでもない実力差。どうやっても俺では火祭に勝てるわけがない。


だから負けを認める。火祭と付き合った方が楽で辛くない。


そう思ってしまう自分がいる。それじゃ駄目だろと叱咤する自分がいる。

どこかしらの骨が折れたか砕けたかと思える程に全身はボロボロのボロ雑巾みたいな状態だが、気持ちだけは折れていない。折れてたまるものか。


だって、俺には、


「俺には、春日がいる」


離れ離れになっても、春日父から認めてもらえなくても、どんなに打ちのめされようとも、確かに俺の隣には春日がいるんだ。


「越えられそうにない困難が立ち塞がり、辛いこと苦しいことがあって、今なんて前を向くことさえ出来ない。でも横を見れば、隣を向けば、春日がそこにいるんだ!」


一緒に並んで、一緒に歩んでいこう。そう誓い合った相手がいる。

春日がいない? 何を寝ぼけたこと言ってやがる、俺は馬鹿か。目に見えなくとも、ちゃんと分かっているはずだろ。実感しているはずだ。

ちゃんと俺の大切な人は傍にいる。俺と春日は共に歩んでいく。


「だから、俺は負けない。負けを認めるわけには、火祭の想いに応えるわけにはいかないんだ……!」


動け、動け。肉が千切れようが骨が折れようが、まだ俺のこの気持ちは折れちゃいない。曲げない信念のように、俺の体よ、立ち上がれ!


しっかりと両足で立って、背筋を伸ばす。

ガクガクと震える足腰、麻痺してろくに動かせない両腕、口の中は切れて血が溢れて頭はグラグラ揺れる。

だけど立った。俺は立てた。隣に春日がいるから。一緒に生きていくと決めたから。俺は、立ち向かえる!


「そっか……降参しないんだね」


消えかけの視野に映る火祭を必死に捉えて離さない。

火祭は、ゆっくりと両腕を構える。


「だけど私も負けるつもりはない。これで最後だよ、まー君」


風が吹き、夕日が沈みかける。空に溶けて真っ赤な夕焼けが火祭の髪の色をさらに鮮やかに染め上げる。

燃えるような赤色の髪、そして彼女の瞳も決意に満ちた色を帯びて燃え上がっていた。


「夜天・真空極拳流、奥義『月桜・火兎』」


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