続83 あの日と同じオレンジ色の夕焼け
放課後の教室。オレンジの夕日が窓から差し込み、トロトロのスープのように溶けていく。目に滲む眩しさが無理矢理昨日の出来事を思い出させる。
昨日、春日の親父さんに結婚のことを話した。
結果は分かりきっていたことだ、駄目だと言われた。分かっていたことだ。あの親バカが認めるわけがない。
でも、それだけじゃないんだ。確かに今まで付き合っていたことを隠していたし、昨日バレる直前までまでヘラヘラとふざけていた部分があったかもしれない。
それでも、でも……俺と春日は本気なんだ。本当に、本気で、結婚したい。
「……そう簡単に認めてもらえるわけないよな」
誰もいない教室、口から零れた自分の声がひどく渇いている。腕が、足が、何も動かせない。
春日父の言い分は尤もだ。
親の金で生きて遊んで学校に通って、自立も出来ていない俺が何を偉そうに結婚したいだ。
本気と言って、それがどうした。だから何が出来るというんだ。
そうさ、俺は何も出来ない。無力な人間だ。
「けど俺は……」
――『絶対に認めない』
春日父の言葉が、頭の中でガンガンと響き渡る。それだけで全身が止まってしまう。痛みは感じない。ただ、頭の中がガンガンと騒がしい。
駄目、なんだよな。もう……。
「……帰るか」
鞄を持ち、体をなんとか動かして立ち上がる。
もう駄目だ、諦めろ。そう思った途端に体が動いた。ははっ、昨日は何も動かせなかったのにな…………。
自分の机を見て、弱々しく微笑みが出た。痛くないのに、苦しいのはなぜだろう。
……さようなら。もう、会うことは、
「こんの、馬鹿将也があぁ!」
「へべれむっ!?」
後頭部襲う衝撃。俺の体は前から床へと叩きつけられた。
ぐう……ものっそい痛いんだけど。頭蓋骨ずり落ちてないこれ?
「ぐおぉぉぉ後頭部がぁ……!?」
なんとなく分かる。誰か蹴っただろおい。
そしてなんとなく分かる。知っている声だ。ぜってーお前だろ……!
「このヘタレ馬鹿アホ将也。なんだその燃え尽きたような哀愁漂う顔は!」
後ろを振り返れば、米太郎。両腕を組んでふんぞり返っていた。
「悲劇の主人公気取ってんじゃねーよオラァ」
「米太郎……なんか久しぶりだな」
「あぁ、将也とは昨日会ったはずなのにすごく久しぶりな気がする」
だが今はどうでもいい!とライスがシャウトする。
ズバッと俺を指差して米太郎の顔は歪んでいく。顔芸は相変わらずなんだね。
「今日一日、テメーを観察していた」
「ホモストーカーかよ」
「話の軸を折るなぁ! 昨日言ったよな、今から挨拶に行くと。そして今日だ。将也、お前の落ち込みぶりを見て結果はお察しだよ」
そうか、まぁ今日ずっと机に突っ伏してこの世を恨んでいたからバレて当然か。
あぁそうだよ、何も抵抗出来ず何も言い返せず惨敗で終わったよ。
「俺があれだけアドバイスしてあげたのによぉ、本当お前は駄目なクズ野郎だな! お前なんか畑の肥料よりクズだ。ウンコ以下のクズ野郎が!」
……そう、なんだよな。
俺はクズ野郎だ。何も言い返せず、でも俺は本気だと心の中で想うことしか出来ず、胸張って春日父と対面していない。
ただの弱虫で、ヘタレだ。
「米太郎、ちょっと後ろを向いてくれ」
「おう?」
不思議そうな面持ちを見せて米太郎は素直に後ろを向く。
床に伏した俺、即座に立ち上がりその場で勢いよく跳躍する。
「いやテメーに言われたくねぇよ!」
「へべれむむんっ!?」
お返しにドロップキックをお見舞いしてやった。揃えた両足はお米の後頭部を捉え、米太郎を吹き飛ばす。
「何がアドバイスだ、テメーは意味不明なことダラダラ喋っただけじゃねーかー! そんな奴にクズ野郎と言われる筋合いはないわボケが!」
ムカついた、追撃してやる!
床に倒れた米太郎をこれでもかというぐらいに蹴り続ける。オラオラオラ俺流・春日ローキックだよオラァ!
腹、太股、顔面、首元、あらゆる部分に渾身のローキックを蹴り込んでいく。
「が、がはっ……あれ、もう暴力は振るわないって言ったよね……?」
それとこれは別だ。とりあえず本気でムカついたから蹴ってやった。
と、米太郎がよろめきながら立ち上がろうとしている。ずっと思っていたけどお前って相当タフだよな。野菜のおかげか?
「将也、俺を倒したごときでいい気になるなよ。俺は四天王の中でも最弱……」
ごめん、何この流れ? お前は何しに来たんだよ。
あとその四天王の中でも最弱って台詞は他の四天王が言うんだよ。お前本人が最弱発言してどうする。
「で、米太郎は何がしたいんだ。落ち込む俺を励ましてくれるのか?」
「俺は落ち込んでいるリア充にドロップキックお見舞いしたらどれほど気持ち良いんだろうなぁと思っただけだ」
あーやっぱお前親友じゃねぇわ。マジで野菜コンビ解散な!
「けっ、また真面目に説教垂れるのは面倒臭いんだよ。今回は他にも言いたい奴がいるからな、そっちに任せるわ」
そう言って米太郎は血を吐いた。
と思ったらトマトの液だった。
「お前本当に何しに来たの!?」
「案ずるな、今回の俺はただのボケキャラだ。ここからが本番だぞ」
うるせぇよ! お前久しぶりに登場するから張り切っているだけだろうが!
一通りボケたし俺もう満足だよ的な微笑みを浮かべる米太郎にまた蹴りを食らわせる。気絶するまで蹴ってやるよ、第三者が見たらイジメだと思うぐらい蹴ってやるからなぁ!
「……まー君っ!」
ライス君を蹴っていると、後ろから殺気を感じた。背中が冷え、避けろと直感が駆け巡る。
腰を落とし、上半身を捻り、足裏に力を込めてその場から離脱する。
腹の横を、何かが突き抜けていった。
「ぐぼっ!?」
直接触れなくても分かる。今、俺の横を通り過ぎた攻撃の凄まじさを。
それは米太郎の顔面に直撃した。米太郎の顔面の皮膚が食い込んでいき、悲鳴が押し潰されている。
ただの蹴り、たが彼女の蹴りは鋼鉄にすら穴を開ける。かもしれない。
火祭桜の鋭く凄まじくストレートな蹴りが米太郎の顔面を吹き飛ばす。その光景を間近で見て、間近で感じて、俺は息を呑む。す、すげぇ。
「ぐべべべべべべべべぇ!?」
米太郎が吹き飛んだ。後ろの壁に叩きつけられ、煙と埃が舞う。轟音と衝撃波が教室中を駆け抜け窓ガラスを揺らし、火祭のスカートをヒラヒラさせる。あ、見えそうで見えない。
つーか……俺よく避けたな。あんなのまともに受けたら半年は植物状態だぞ。
「まー君!」
「は、はい!?」
とりあえず初撃を避けたことは誉める。だが問題は片付いていない。
赤みの帯びた長髪を揺らし、火祭はこちらを睨む。
白くて柔らかな肌、小さなお鼻とアーモンド形の瞳がバランス良く整って可愛さと綺麗さを兼ね備えている。
さすが火祭、いつも通りの美少女っぷり。けど蹴りの威力は半端ではないです。見ろよ米太郎を、白目剥いてトマトの液体吐き散らしているよ。
……う、うん、あれは全部トマトの液体だよ。そうだよ、そうに違いない。
「まー君、聞いてる?」
「え、な、何が?」
米太郎の無事を祈りつつ火祭の方を向く。
なんで火祭がここにいるんだろうか。そしてなぜ俺を背後から襲ってきたのだろう。
色々と聞きたいことがあるが、それより先に火祭が口を開く。
「恵はどうしたの?」
っ、それは……
春日の、後ろ姿が、瞼の裏にチラつく。
「……春日の父親の命令で、運転手の前川さんが迎えに来た。すぐに帰っていった」
数人の屈強なSPを引き連れて前川さんは申し訳なさそうに春日を連れていった。
手を伸ばす、届かない。春日の名を呼ぶ、声が出ていない。何も、何も出来ず、春日の後ろ姿を見つめることしか出来なかった。
そんな俺の前に、戻ってきた前川さん。
前川さんは……春日父の言伝を俺に伝えてくれた。
『二度と恵に近づくな』
「……もう俺には、春日の前に立つことも横に並ぶことも出来ない」
またしても体が動かなくなる。
呼吸が止まる。
意識が遠のく。夕日が、溶けたオレンジが、眩しい。
……最初から分かっていたことだ。
俺と春日では住んでいる世界が違う。共に歩んで生けるわけがない。
でも、でも俺は……けど、だけど!
「まー君、私と勝負して」
……意識が戻る。戻った先、目の前に火祭が立っていて、俺の目を見て離さない。
その目を、その姿を、俺は見たことがあった。
「――私が勝ったら、私と付き合って」
あの時と同じ、決意に満ちた瞳で。あの時と同じ、夕焼けが差し込んでいた。




