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続82 言葉が出せない

中に入ればニコニコと笑う春日母、そして椅子にどっしりと座って目を瞑る春日父。

め、眩暈が……あと嗚咽が止まらない。目が霞み、テーブルに広がる彩り華やかな料理がモノクロに見える。

これ、俺死ぬんじゃないか?


「座りなさい」

「ぉっす」


声にならない声が出た。

椅子に座って対面するは春日の父。父さんの勤める会社の社長、逆らうことの出来ない恐怖の威圧感を持つ超絶親バカ。

そんなことは分かりきっているはずなのに、分かっていたのに震えが止まらない。


やっぱり、さっきのアレがなぁ……


「恵も、そこへ」

「うん」


俺の隣に座る春日。この子がフライングで放った結婚する発言が今この状況を招いている。遅かれ早かれこうなったがあまりに突然だ。


けどま、いい加減決意を固めなくては。

背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見る。前には春日父。きっちり整った髭と閉じた口が厳つい。ヤクザにしか見えない。


「まず最初に、確認しておく。恵、さっき言ったのは本気か?」

「うん。私、兎月と結婚する」


改めて言われると照れ恥ずかしいな。

思い出すあの夕日と屋上での告白。あらゆることを決意して飛び出したあの日。懐かしく、まだ新鮮で、俺達にとって忘れられない大切な思い出。


俺達は結婚する。この気持ちに偽りはなく、ただ純粋に想う。


「そうか……」


目を開いたかと思えばすぐに閉じて腕を組む。

……おかしい。なんだ、この違和感は。

普段から、俺が春日の傍にいるだけで怒りを露わにするこの親バカが今は静かだ。もっと唾と大声を吐き散らして拳銃か刀を取り出すのではないのか?


「パパ?」

「……」


春日が声をかけても反応がない。さっき春日に話しかけた時も普段の溺愛するデレ声じゃなかった。おかしい、なんだ……?


違和感に戸惑っているうちに、春日父が口を開く。


「結婚は認めない。断じて駄目だ」


いつもの怒りに任せた語気の荒れた声ではなくてひどく穏やかで、それであって冷たい声だった。詰まっていた言葉がさらに奥へ引っ込んだ感覚。


「……そ、そうです、よね」

「話にならん、私は絶対に認めない」


いつもの、親バカに満ち満ちた怒号や咆哮の方よりも、低く真面目に放つ今の声が鋭く刺さった。

抵抗をさせない、することを許さない鉄槌が重く静かに俺の体をぶち抜く。

は、ははっ……これならいつものノリで言ったもらった方が気が楽だったな……。言い返すことも出来ない。


「待ってパパ、私達は本気」


動けず喋れず固まることしか出来ない俺の隣で春日が口を開く。はっきりと、自分の気持ちを伝えている。


「恵が本気なら私も本気だ。結婚? 高校生のお前達を? 認める方がおかしい」

「でも……」

「たとえ成人してお前達が一人前になっても私は認めない」


デレデレの緩んだ表情など一切見せず春日父は娘を一蹴する。

ひどく乾いた空間、重い静寂、吸いこむのが空気ではなく鉛のように体を内部から沈めていく。

俺は何も言えず、春日も言葉に詰まり、春日母は黙ったまま。春日の親父さんが大きく息を吐く。


「金田の息子との婚約は解消したが婚約者としてふさわしい者は他にもいる。恵、お前には見合いをさせて良い人物と交際をさせるつもりだ」

「……そ、それは私が決める。私は兎月がいい」

「ふざけるな。そんな一般市民の情けない奴なぞ、交際相手としてもふさわしくない。……おい、兎月将也」

「っ、は、はい」


名前を呼ばれただけで体が死ぬ。呼吸も血流も全て、石のように固まって動かない。

駄目だ、まともに声が出せない。


「確かにお前には色々と世話になった。お前のおかげで私自身気づかされたこともある。だが、恵と交際することは許さない、絶対に」


……だ、だけど俺達は……!


「一人で生きていくことも出来ないガキのくせに偉そうなことをほざくな」

「……で、でも」

「話はそれだけだな。もう帰れ」


必死に、もがいて、吐く息を殺してなんとか出そうとした言葉さえも一蹴された。もう、声は出なかった。

春日父は立ち上がり、部屋を出ていく。その後ろ姿に、その何も言わせない威圧感に、俺はその場で俯くことしか出来なかった。


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