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続8 別荘3

娘が心配なあまり仕事を抜け出した挙句、会社のエントランスで転倒、病院へ輸送、診断結果は打撲、痛そう。なんと間抜けな話だ、自分の会社の人が最も行き交いする正面入口で盛大に転ぶだなんて最悪過ぎる。トップの面目丸つぶれ、受付の令嬢さん達にクスクス笑われるの確定だな。なんて可哀想なんだ……とは思わないね! いや少しは哀れみを感じるよ、しかし! あの野郎、仕事をサボって予定より早く別荘へ向かおうとしやがった。それはつまり俺と春日の貴重な二人きりの時間がさらに短縮されることを意味する。そう考えると春日父に対して同情の余地なし。ざまぁ、そのまま病院で一生大人しくしていやがれ。


「……兎月」

「とりあえず……うん、どうしよう?」


春日父母は来れず、雨もひどくなってきた。つーか嵐だし。横殴りの雨矢がハンパなくで降っているし、こんなの警戒注意報が流れてもおかしくない勢いの豪雨だ。こんな状況で外に出れるはずない、だから春日のお母さんも今日は二人で別荘に一泊しなさいって電話してきたんだ。春日と二人きりで……。




んん゛っ?


「兎月……」


二人きり……そうだ、本来ならば夕方以降は春日の両親が合流して四人で過ごすはずだった。それが春日父の怪我とこの悪天候によって二人きりとなった……二人きり。……二人きり? フタリキリ!?


「マジか!?」

「……」


なんてことだ。ハプニング大賞だよパニックだよミラクルだよ! え、え? 何これ、どうした、なぜこうなった、つーかなんで俺は別荘にいるんだ!? そこから物語がおかしいよね!


「う、うぅ~?」

「……兎月」

「ん、うん?」

「……ご飯食べよ」


混乱状態、わけもわからずじぶんをこうげきしかける俺とは違って春日は随分と落ち着いていた。変わらず無表情で物静かに俺の服の裾を引っ張ってくる。なんて冷静、そして可愛い。裾引っ張ってきたよ、体がゾクゾク~!と変に震えて鼓動が一段階早くなる、ま、待てよ。確かにハプニングにビックリするのは分かる……が、これはある意味チャンスではないか? 念願の、夢にまで見た最高のシチュエーション。春日と二人きり……夜で二人っきり………フタリキリ!


「……」

「あ……え、えっと俺、食器用意しておくねっ」

「……うん」


弱まるどころかさらに勢いを増す雨と風が窓を叩きつけてくる。そんな中、春日と二人で夕食の準備を着々と進めていき……進めていき!? え、ぇ……うぇ!? う、嘘ん……いやぁ、こんなことってあるの!? だってさ……っ、その、アレじゃん。今から朝まで、というか嵐が止むまでこの別荘内から出られない、つまり夜は二人きりで過ごすってことですやん。つまり、つまりだよ? ……俺と春日の、初めての二人きりで過ごす夜……大切な一夜………ってことですやん!? そ、それを春日も分かっているのかな……? もっと、こう、照れたりとか甘えてくるとか……そのようなリアクションをなされてないから不安になっているんですよぉ。なんか俺だけ浮かれているみたいな感じがして……いや興奮するでしょ! 初夜なんですからっ。


「……」


キッチンで黙々と作業していらっしゃる春日さん。すごく落ち着いている気がする……あ、あれ? やっぱ俺だけが浮かれてる? だ、だってこんな誰にも邪魔されず二人きりになれるなんて激レアなことなのに春日はいつも通り、それどころか寧ろ冷たいくらいじゃないか。なんでそんな普通に料理しているのよぉ!? も、もっと何かあるんじゃ………はっ、いかん。馬鹿野郎、春日はきっと不安なんだ。隔離された別荘で身動き取れないで外は大嵐の自然の驚異、か弱い女の子なら怯えて当然の状況だ。怖いけど強がっているだけなのかもしれない。となれば……俺に出来ることはただ一つ!


「春日……大丈夫、俺がついているよ」

「邪魔」

「……」


料理する春日の後ろからそっと両肩に手を添えて耳元で甘い吐息を囁いたが、返ってきたのは不快感&嫌悪感の冷たい声。……あっれー? なんか俺の思い描いていた二人きりシチュとなんか違うよ……。ここで甘々ピンク色の空間が築かれるはずなのに……なんか邪魔って言われちゃった。恋人に邪魔とか言っちゃうんだねっ、地味に傷ついちゃう!


「ご、ごめん」

「……向こう行ってて」


そして邪魔者扱いされてキッチンから追い出される。どうやら春日は別に怖いとか不安とかそんな女子らしいことは考えていなかったみたい。クールに自分のやるべきことを淡々とやっている。なんというか、ちょっぴり悲しいなぁ。外ではゴロゴロと雷が轟く轟音すら鳴っているってのに全然驚かない。ラブコメの定石だとここで女の子は恐がって男子に抱きついてきたりするはずなのですが……うん、春日にそんな定番は通じないよね。何事もなく料理を続けるマイガールフレンド。何も起きなくて悲しい? いやいや、そうじゃないでしょ将也。まだまだ他にも楽しむことがあるではないか。考えてもみなさいよ、こうして春日の料理する姿を眺めることが出来るのだからそれだけで感無量の極みではないか。いやぁ、新婚気分を味わっているようだ。コトコトと煮込まれるカレーのコク深い匂い、手際良く野菜を切るリズム良い音が心臓の表面を撫でるようでくすぐったい。指切らないかな……なんて過保護な心配も安定した調理の調和された音色に溶けてしまった。耳傾けるだけで気持ちがほんわかしているってのに……はうっ、料理中の春日の後ろ姿が目の前に。エプロン姿が新妻っぽくてええ感じです。ちなみに言っとくけど新妻でもエイジの方じゃない。分かってるわ馬鹿、安直なボケ言うな、といった辛辣コメントが聞こえてきた気がしたが気にしない。今すっごい……ぽわぽわしてるわぁ。エプロン姿ってのがこれほどの秘めた力を持っていようとは……恐ろしい。


「……こっち見ないで」


春日にそう言われて自分が血眼で凝視していたことに気づいた。瞬きを忘れていた……眼球が乾きまくっていたよ。う……そして春日がギロリと睨んでくる……手に持つ包丁を不自然に構えて。怖い怖い、ヤンデレ指数が上昇中!


「す、すんません」

「……」


しばらく睨んできたが惜し気もなくプイッと振り戻って料理を再開する春日。ヤンデレさんによる嵐の惨劇を予期したが……ふー、はぁ。なんだろうなぁ、予想していた展開にはなりそうにないです。春日がものすっごい甘えてくると構えていた自分が恥ずかしいくらい。最近の春日が一日一甘だったからそれに慣れていたが、本来の春日さんは無表情無口無愛想のワンダフル接しにくいお嬢様なのだから。過度な期待やらイチャイチャ展開を待ち望んでも無駄なこと。大人しく静かにほんわかと二人だけの時間を過ごすしかあるまい。はぁ、なんか興奮していた自分が滑稽ですな。別にこれでもいいじゃないか、当分は拝むことの出来ないと思っていたエプロン姿を見れただけで最高じゃん。これ以上を求めるのは諦めましょうよ。今の春日はそんな気分じゃないみたいだし。


「……出来た」

「待ってました!」


甘い期待は豪雨の中へと捨ててリラックス状態へとモードを何か手伝うことない?とかソワソワしたり、眼福エプロン姿をチラ見したり、意味もなくヒンズースクワットしながら待ちに待った食事タイム。二人で協力して食器の用意を進めていき、春日と向かい合わせで椅子に座る。テーブルに広がる手料理の数々……こ、これは……!? さきほどから迸っていたカレーの匂いから推測するに、十中八九カレーライスが登場するであろう。容器に盛られたカレーとライスは圧倒的存在感で食欲をそそってきやがる。くっ、なんつー威力だ……さすが晩ご飯の強豪クラス。恐ろしい、おっそろしぃ。続いて食卓を震わせたのはサラダ。そう、サラダだ。サラダだ、って実際口に言うとなると言いにくいよね。どうでもいっか、ごめん。とにかくサラダだだ。ちゃんと言えなかったがサラダとは素晴らしいものなんだと痛感した。透明のガラス容器に盛られた野菜は芸術ですらある。うおっ、料理の盛り方も上手いってすごいなぁ。春日、家で料理頑張っているのかな……思わず頬が緩んじゃう。そ、し、て……ラストに登場したのが、


「ハンバーグ……だと……!?」


テンションの上がる晩ご飯のメニューで全国三千人からアンケートを集計すれば間違いなく毎回ランクインする並の人気を誇るハンバーグ、そのハンバーグさんが目の前に君臨しているのだ。なんと春日さんハンバーグも作ってくれたのだ! 俺の大好物でもあります。子供っぽいとか言わないでほしいね、だって男は皆いつまでも少年なのだからっ。


「兎月、好きって」

「あ、うん。ハンバーグ大好きだよ」


俺の好物ってこと知っていて作ってくれたのか……にへらぁ、と心が弛緩しまくりだ。よっしゃ、早速いただこうではないか。


「いただきますっ」

「うん。……どう?」

「美味いっ!」


幾度と春日の手料理は食べてきたが、これまた最高に美味しかった。毎度毎度同じようなコメントしか言えてないけど実際美味しいのだからそれしか言うことはないでしょ。口に広がる味の全てを事細かに喋れるほどの語彙力は持っていませんので。ただ美味い美味いと馬鹿の一つ覚えを口走りながら箸のスピードは加速していく。うはぁ、こうして二人だけで食事を楽しめるのも滅多にないぞ。存分に楽しまなくては。てことで遠慮なく勢いよくカレーを口に運んでいると、


「……兎月」

「ん? どうかした?」

「……スプーン、貸して……」

「?」


ん……なぜにスプーン? 我が右手に収まりし銀の食器を指差す春日。いきなりどうしたのだろう……ここでスプーンを強奪されると非常にマズイ。いや料理は美味いけど状況はマズイ。だってご飯が食べれなくなるのだから。それは非常にマズイことなんですっ。というか、なんで春日はスプーンを貸してほしいとか言ってきたんだ……?


「貸して」

「あはん」


甘美な気持ち悪い声を出してしまったが、それも仕方ない。春日が無理矢理スプーンを奪ってきたのだから。へし折るんじゃないかって威力で指を逆方向に曲げてきやがった。パキキッと骨の軋む音が……。軽く冷や汗だよ、一歩間違えたら折れてるからね。なのに「あはん」といった喘ぎ声を出しただけの俺は相当の我慢強さと変態を兼ね備えていたようだ。誇りであり恥でもあるよね。


「……」

「えーと……? そんで春日はそのスプーンで何をするおつもりで?」


春日の使うスプーンだってちゃんと用意してある。さっきまで春日も自分のスプーン食べていたんだから。ならば何故に我の銀匙を奪う必要があろうか、いーやあるはずがない奉り候ふ。などと間違った反語を脳で反響させながら釈然としない表情で春日をじっと見つめていたが……




そんな俺の表情は次の一瞬で崩れ去り、二瞬で眼球が飛び出た。




「あ、あーん……」


………………………………………


「……」

「……」

「……え?」

「……っ、あ…あーん……」


………………………………………


「……あ………あはん?」

「馬鹿っ」

「ふぬぐぅ!?」


そして有無を言わせずに春日はスプーンを俺の口に突っ込んできた。口内に侵入するカレーの味、そして幸福。…………………あ、れ……? 今の、って……………あーん……


「~~、っ」

「んぐ……か、春日さん?」


ふと前を見れば顔を真っ赤にした春日が手に持ったスプーンをプルプルと震わせていた。恥ずかしくてどうしようもない!って感じに口をぎゅっと一文字にして何かを堪えるように押し黙っている。真っ赤に染まった顔はとてつもなく愛おしげに見えて……。

あ、れ、れ……いや待て。将也よ、一旦落ち着こう。まずは状況を整理整頓しようぜ、今この空間、相当に乱れてる。えっと……異常気象のせいで俺と春日は二人だけで別荘に一泊することに。そんで春日は晩ご飯の準備を開始、せっかく二人きりになれたからと調子乗った俺はイチャつきたいと思っていたが春日からはそんな素振りを微塵も感じさせず、それどころか普段以上に冷たかった。だから俺も普通に接しようと、大人しく一夜を過ごそうと決意したわけで。そして晩ご飯が出来たので二人で食べ始めたら、春日がいきなりスプーンを奪ってきて、そして……選ばれし者にしか訪れないラブコメ的イベント『あーん』をしてきた。………………えヴっ!?


「……別に」

「いや別にって……いやいや?」


え……あの、春日さん一体どうされたのですか? あ、あなた様はこんなことをなされるとは思いもしなかったのですが……え、え、なんで急に!? デレデレ女の子の霊と憑依合体したとか? うっわ、つまんないボケですいません! でも仕方ないんです、ギャグのクオリティが下がってしまうくらい今この状況に追いつけないのだから。なんで……いきなりスイッチが入ったかの如く突然態度が一変した春日。わけが分からないと同時に、あーんをされたという嬉しさが混ざり合って心の中は汚れた図工室のパレットのようにぐちゃぐちゃになって……はぅ!? 嬉し恥ずかしでハートがオーバーソウルっ!


「……」

「急にどしたの?」

「……」

「……ん?」

「だって……」


ようやくやっと一言を紡ぐことが出来た春日。そ、そんないっぱいいっぱいになっているんですか?


「……と、兎月と二人きり、に……な、なれたから……っ」

「……」

「~~、っっ……馬鹿っ」

「ええぇ? 別に馬鹿では…はぐむむぅ!?」


そしてさらなる追撃が襲いかかる。お次はハンバーグ、感動ですらあるお肉のジューシーな味が全身に浸透してまたも目の前はフラッシュバックしそうになりそうで……。


か、春日……も、もしかして……


「……ずっと緊張してた?」

「っ!」

「……」

「……」

「そ、そうだったんだ」

「……別に」

「出たよエリカ様」


なるほど。つまり、つまーり簡単に言ってしまえば、一人淡々と料理したり変に素っ気ない態度をとっていたのも、全て照れ隠しであって、実際のところ春日自身もこの二人きりって状況に混乱していたわけで……。なんと、まぁ、なんということでしょう。そして遂に我慢出来なくなって無理矢理スプーンを取って、あーんをするという暴走をしちゃったみたいで……。う、うん……いや、混乱してしまう気持ちは分かるよ。外は豪雨で中に二人閉じ込められたような状態だし、俺だってテンションがよからぬ方向に突き進んでいたし。なんだ、春日も意識していたんだ……俺だけが浮かれていたかと不安になったよ。


「……っ」

「痛い痛い、テーブルの下から蹴るのやめて」


そして照れ隠しのつもりか、脛を蹴ってきた。普通に痛い。ふぅ、相変わらず素晴らしい威力のキックですこと。


「……」

「……じゃ、スプーン返してくれる?」

「……」

「?」

「……駄目」

「………と、言いますと?」

「……っ」

「……」

「あ、あーん」

「……あーんっ」


照れ隠しもキックも春日の気持ちも、全てを受け入れて俺は再び口を大きく開く。あぁ………色々と考えたけど、やっぱ俺はこういう展開を待ち望んでいました!











「……とか思ったけど」


確かに思ったよ、春日とイチャイチャ出来てすごい幸せだったと。あの後も、あーんの連続、さらには俺からもあーんをしてあげてお互いがお互いに食べさせてあげるだなんて人様には見せられないバカップルぶりを発揮したよ。その後は一緒にお皿洗って、ソファーで二人寄り添うように密着してのんびりしたり、ものっすごいイチャイチャしたよ! 声を大にして言おう、イチャイチャしたよ!!! ええ!! そりゃ、もうっ!!!! 

だからこそここで一つ言わせてもらおう、ここから先……次のステップに行っていいのか!? こうやって二人だけの誰にも邪魔されない貴重な時間、そして初めて二人で過ごす夜。外は大嵐だけど別荘の中でも暴れちゃいますか~、てことを無意識のうちに考えちゃうわけですよ! ええ、そりゃもうドキドキしないわけがない。晩ご飯を終えて、食後のやんわりとした休憩を終えて、お風呂沸かして俺が先に入れって春日に言われて、そんでお風呂お先にいただいて、今はソファーでくつろいでいて、今は春日がお風呂に入っていて……いて!?

そう、ここだ。なんか知らんけど自然な流れで春日がお風呂から上がってくるのを待っている。なんだこれ、どこのホテルだ。ちょいちょいちょい、この先の未知なる世界に足を踏み入れていいのか!? はっきり言おう、これ以上はちょっとした指定が入るんじゃないの!? 残酷な描写じゃない方のR指定がっ。そ、それはマズイ……とかヘタレらしい後退思考の傍らで本能に忠実であろうとする男の性とプライドが詰め寄ってきている。しかし、こんな流れでやっていいものなのか……そこら辺の葛藤も加わって思考はグチャグチャのカレーライス状態、何がどうなれば一番良いとかそんなの分からねぇっす! ん? カレーライス……カレー、ライス。ら……ライス………太郎、はっ


「米太郎だ」


こういう時は頼れる親友に聞くのがベストじゃないか。今までだって米太郎は的確なアドバイスを送ってくれた。きっと今回も何かしらの知恵を授けてくれるに違いない。となれば早速電話……と思ったが、そこでもう一つ思い出したことがあった。別荘に行く前、駅まで見送りに来てくれた米太郎が俺に押しつけてきた物……封筒の存在を思い出した。


「そうだった。確か困った時に見ろって言っていたな」


まさに今この状況じゃないか。大雨警報で外出不可能、別荘で春日と二人きりで夜を過ごさないといけない、とつてもなく困った時だ。ならば今こそ、米太郎の封筒を開ける時! 何の変哲もない普通の封筒、ペラペラの薄さから察するに大層なものは入ってなさそうだ。恐らく、手紙程度の薄さだ。となれば、手紙か……きっと米太郎なりのメッセージがあるはず……よしっ。そうとなれば早速、中を開けてみよう! ビリビリと封筒を破る。


「……」


ゴムが入っていた。


「あのライス野郎おおおおおぉぉぉぉ! マジ使えねぇ!」


なんでこんなの入れたんだあの馬鹿! これじゃあ完全にゴーサインじゃねーかー! あいつ馬鹿なの馬鹿でしょ馬鹿だろっ! 何が困った時に開けろだよ、ピンチ=チャンスとか古いんだよぉぉぉおおぉ! いらぬ心配しなくていいんだよ! 封筒に入る薄さだから手紙かと思ったら違ったよ、確かにこれも薄いけどさ!


「あの野郎、電話で文句言ってやる!」

『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか……』

「いらぬ気遣いしてんじゃねぇ!」


電源切ってやがるよあいつ。何ちょっと気を遣ってくれてるの? お前に感想とか実況とかをリアルタイムで言うわけないだろーがっ! マジ何なの米太郎? あいつ続編始まってからまともなこと何一つやってないからな!


「……え? ま、マジで……いっちゃうの俺?」


いやいやいやいやいやいやタイムを申告しよう。とりあえず落ち着こう、な? 米太郎の馬鹿げたジョークは無視します。けれど無視したところで今の状況は何一つ変わることなく、ここから何をすべきか。俺は……いや、俺達は何をしても良いのか……。


「……兎月」

「はあぁぁぁあぅんんんん!?」


背後から聞こえた声に思わず脊髄が反り上がって折れそうになった。び……っくりしたぁ……! ただでさえ緊張している心臓がさらに加速して加熱して加圧されてドキドキがとんでもないことになってる。死ぬ死ぬ、死んじゃう! 相変わらず春日は気配を消すのが上手過ぎる。こっちは夜のプランニング中で、緊張と興奮と不安の三重奏だよ! 割とマジで口から心臓が出そうだったが、なんとか飲みこんで慌てて後ろを振り返ると……


「……何」

「い、いや何でもないですにょ?」


だから噛んでる時点で駄目なんだって俺! とはいえ無理もないでしょーよー、後ろに立っていた春日さんは……パジャマ姿だったのだからっ。淡いピンク色のなんとも女の子らしい可愛らしさ抜群のパジャマ、お風呂から上がったばかりだからか、サラサラの黒髪は濡れていて普段とは別次元レベルでの色気さを感じる……。お風呂上がりって……すげぇ! ……っ、な、何を言ってんだ俺?


「……」


そしてさも当然のように、あっさりすんなりと自然に俺の隣に座る春日。近い、普通に近い。ぐ、う、おおおおおぉぉぉ……!? ピトッと密着するかのようにすぐ隣にくっついてきた春日。これだけ近いとシャンプーの匂いが届いてきて……てゆーかホント近過ぎるでしょ!?


「あ、あの……春日? ちょ、近いって」

「……」

「き、聞いてる?」

「……髪」

「ん、ん?」

「髪の毛……拭いて」

「……わ、分かった」


二人の距離はさほど変わらないままソファーの上に座って、俺はドライヤーとタオルで春日の髪の毛を拭く作業へと移行した。え、えー……何これ? すげー幸せなんだけど……つーか春日の髪の毛ってホントにサラサラだな。どうやったらこんなにも絹のように綺麗な髪の毛を維持出来るんだ? などと恍惚にも似た思いで長い黒髪を拭いていく。


「……もっと優しく」

「はいはい」

「……」


……つーか、春日さんの機嫌がかなり良い。出会って半年ちょい、付き合って一ヶ月だけど、なんとなく春日のテンションの違いが分かるようになってきた。無表情で無口な彼女の変化を捉えることが出来るようになったのは月面着陸並に凄まじい進歩だと思っています。そんな俺から見れば……今の春日さんは相当嬉しそうだ。髪を触っているせいか、より鮮明に機嫌の良さが伝わってきているような……。ほら、今だって、


「……♪」


普段なら無言だけのところを語尾に音符マークがついているではないか。これは過去類を見ない異例の事態だ。俺だけが浮かれていたと思っていたよ……けどさ、どうやら春日の方もかなりテンションがおかしいことになっているみたいなんですよ。最近は甘えてくることも多々あったが、今日の様子は一段とおかしい。音符マークだなんてつけるような人じゃなかったはずなのに。うーむ……も、もしかすると……春日も、二人きりってこと意識していて…………よ、夜のことも考えていたり……


「……兎月」

「うおっ」


名前を呼んだかと思ったら急に背中を倒してきた春日。俺の懐にポスンと柔らかくフィットインする。これまたフワリと良い匂いが鼻先を掠めて……ヤバイ。さらに密着しているもんだから春日の温もりが一瞬のうちに全身へと伝わって……ヤバイ。………………えっ、このままいくと本当に……


「……♪」

「……や、ヤバイ」




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