続79 戦いの始まり
怒涛の修学旅行が終わり、再び元の日常へと戻る。
修学旅行が終わった途端に担任は受験がどうのこうの~、とウザイ話をよくするようになった。
「今のうちにから準備しておくことが他の受験生との差をつけることになる。しっかりと取り組むように」
はいはいりょーかーい分かりましたー。いいから早くホームルーム終わりやがれ。
いつも話が長いんだよ。だから担任は嫌いだ。
デジョンの魔法が使えるなら次元の狭間に飛ばしたい候補No.1である。
「きりーつ気をつけぇ礼」
「ちゃんと言え。やり直し」
「起立、気をつけ、礼」
担任に号令のやり直しを受けて委員長の遠藤が渋々もう一度号令をし直す。
うーし、やっと帰れる! やったね!
……と言いたいけど、鬱なんだよなぁ。
放課後になったというのに溜め息が出てしまう。
「およ? 将也ったら元気ないぞ。放課後こそ学生のゴールデンタイムじゃないか!」
「お前はいいよな、気楽で……」
ハイテンションの米太郎はピョンピョンと跳ねており楽しそうだ。
いつも愉快そうで心底羨ましい。こちとら気が滅入ってさー……。
「はぁ~」
「マジでヤバそうだな。何かあったのか? あっ、春日さんと別れそうとか!?」
違うよ。寧ろ、逆だ。
息を吐き捨て、重たい気持ちを少しでも外気へ捨てる。
こいつになら、話てもいいかな。
「なぁ米太郎、結婚って何だろ?」
「自分で乳首を開発する時の作法のことを指す」
とんでもねー嘘をつくな。
デタラメを吹いたクソライス太郎を睨もうとしたら、既に米太郎がこちらを睨んでいた。ギロリと恨めしげな双眸が黒く光る。
な、なんだよおい。
「皆で泊まり行った時に発覚したが、まさか本当に結婚するつもりか貴様」
低く重たい声がぶつかる。
おいおい佐々木君ったら顔が怖いよ。野菜を頬張る時の無垢で幸せに満ちた表情はどこにいった。
「親の仇の次に憎い」
「どんだけ憎いんだよ!」
親の仇って相当だよ! 主人公が魔王を討伐する時に掲げる理由のそれと同等だ。
こいつ、二年弱連れ添った級友になんてことを言いやがる。
ナスの漬け物を噛み砕く米太郎は瞬きすることなく俺の方を睨む。にょりにょり、とナスが咀嚼される音が妙にシュールだ。
「え、本当に結婚するの? バカップルが『ゎたし達ゎマヂ結婚しちゃぅ~』とかじゃなくて?」
「割とマヂだぞ。告白した時、付き合うんじゃなくて結婚したいって春日言ったし」
米太郎の表情がより険しくなる。
「親の仇越えたわ」
「分かった、お前の中で親のランクが低いんだろ!」
親父さんとお袋さん泣くぞ。
つーか、あーぁ、言っちゃったよ。
まぁ修学旅行前旅行の時に春日が呟いた「兎月恵」の発言であの場にいた人は察したみたいだからいいけどさ。
そう、僕達結婚する予定です。なんと恥ずかしい宣言だ。俺が第三者だったら「バカップルうぜ~」と呆れているだろう。
……結婚か。これまで深く考えてこなかったけど、この前の修学旅行でその事実がグッとのしかかってきた。うぅ、胃が痛い。
「ちっ、リア充は良いご身分っすね。つまり婚約ってことだろ」
「まぁそうかな」
「ちっ、爆発しろ。エクスプロージョンしろ」
さっきから米太郎の舌打ちが気になるけどスルーしておこう。
クラスメイトが鞄を持って教室から出ていく中、俺達は話を続ける。
「つまりのつまり、許嫁ってことか。親公認みたいな? 逆玉の輿じゃあねーかー」
「……」
「将也?」
「それがそうじゃないんだよ」
今日で何度目になるのだろうか分からない溜め息を零し、今までの状況を話す。
結婚を前提に交際しているというバカップル的状態の俺ら。
だがそのことを親バカな春日父には秘密にしていること。
……今日、春日が自分の父親にその秘密を言うつもりで、俺も挨拶に行かなくてはならないこと。
「ざまぁ、の三文字しか言うことがない」
せせら笑う米太郎。
殴れ、と脳が瞬時に命令を下す。
「ぐっ……」
「うおおぉ、殴られたと思った! 超焦る!」
拳を振るったが眉間のところ寸前で止める。
こいつを殴っても何も解決しない。八つ当たりしても仕方ないんだ。
大人しく席につき、拳をそっと机の上に置く。
「暴力で発散するのは情けないからやめておく」
「将也……大人になったな」
そうさ大人にならないといけないんだ。
なんだよ親に挨拶って、未成年の学生には重た過ぎるミッションだ。
社会を知らない餓鬼が、親バカで銃刀所持の社長に挨拶とか……ひえぇぇ。考えただけでゲボ出そう。
「あぁぁあああ逃げ出したい! どこか遠くへ逃げたいよ! デジョン使えるなら俺自身に使う!」
「おいどうした急に。頭の中エクスプロージョンしてるぞ」
米太郎に冷静なツッコミされると心痛いものがあるぜ……。
なんだろうね、こんな馬鹿面したクソみてーなお米人間にすら今の俺は冷静に対処されてしまうことに悲しみを感じる。こんなライス太郎に。
「今、脳内で俺のこと馬鹿にしてただろ」
「正解だ」
「ひっでー。こちとらお前らカップルの為に身を犠牲にして頑張ったのによー」
ブーブー愚痴をこぼして、まだ言うか貴様。
修学旅行の夜、俺が教師に見つからないよう注意を引いてくれた米太郎。女子のいる部屋の近くでゲス笑いを浮かべて両手をワキワキさせるという大事件を起こしたのだ。
当然処罰は重く、現在米太郎は放課後一週間、トイレ掃除をすることになっている。
こいつはそのことを何かある度に言ってくる。
最初は申し訳ない気持ちだったが何度も言われるとありがたみも薄れてくるってものだ。なんという身勝手な俺、いや決して恩を忘れたわけじゃないからね。
「というか良い機会じゃんか。これで春日さんと完全なる関係を作り上げれば」
「春日の父親がそう簡単に了承するわけがないんだよ。最高に上手くいっても四肢のどれかを失うことになるだろう」
「え、何? あの人の父親って893?」
それに近いやつだよ。
あぁもう嫌だ。これ程までに胃が痛くなったことがあろうか。
なんとなく分かる、人生を決める大事な局面に立っていることに。
例えるならホグワーツで組分け帽子を被った時みたいな? いやあれは序盤の序盤か、入学した時だし。
……例え考えている暇あるのかよ。今は現状を打破する案を考えろ馬鹿。
「まっ、せいぜい頑張るんだな」
「お、おいおい何かアドバイスとか言ってくれよ!」
せっかく全てを打ち明けたんだ。何か参考になる意見とかあるだろ?
その思いで見つめるが、米太郎は首を横に振って目を閉じる。
「もう俺があれこれ言うことじゃない。お前、いやお前ら二人で考えることだ。将也、確かにお前はいつもグダグダやって自分の意見も言えずヘタレな行動しか起こせない駄目な奴だ。それでも決意し、自分の意志に従って動くことも出来たじゃないか。ナヨナヨするな、判断を鈍るな、前を見ろ。そうすることで自分の理想を実現してみせろ。お前にとって最高のストーリーを描くことが春日さんと二人の最高に繋がるんじゃないのか。誰にだって人生を決める一世一代の瞬間が訪れる。その時になれば誰だって行動を起こせるんだ。それが本人にとって良いものになるか一生後悔するものになるのか、人それぞれだろう。俺は将也が後悔のしない選択肢を選ぶと信じているぜ。最高の選択をして、でもそれだけじゃ駄目だろうな。だけど諦めず自分の想いを告げて、必死になって勝ち取るんだ。本気になれば一世一代の瞬間には勝てる、そんなものだ。……最高の返事を、俺は待っているよ」
こ、米太郎……!
……いや、
「台詞長ぇよ! 途中から何言っているか分かんねーし。あと何が俺があれこれ言うことじゃない、だよ。メチャクチャ言っているじゃねぇか!」
「その調子だ将也!」
「きえええぇぇぇムカつくこいつぅぅぅ!」
大声で怒鳴り合う俺と米太郎。昼休みや休憩時間だったらクラスメイト達が引いていただろう。実際、まだ教室に残っていた女子数人がヒソヒソと囁きながらこちらを見ている。
はいはい野菜コンビですよ、いつもアホ面して騒いですいませんねぇ。
「……兎月」
「ぬあっ、春日の声がバックアタック!」
「……」
「ごめんね春日さん、こいつ今テンションおかしいんだ」
おい誰のせいだと思っている。
後ろを向けばいつも通り、春日。今日も可愛く、無表情だ。
違う点を挙げるとしたらローキックが襲ってこないこと。
修学旅行あの夜以来、彼女が理不尽に暴力を振るうことはなくなった。人って変われるものだね。
「……」
「なんで将也の背中に隠れて俺を不審そうに見つめるの? 俺だよ、学校一のナイスガイと名高い佐々木ライス米太郎だよ!」
「……」
「き、今日も可愛いね春日さんっ」
「……」
「あ、あれ? 俺の滑舌が悪いのかな……ぐすっ」
まぁ変わってないところもある。今の完全に米太郎を無視することとか。
元から春日は男子が苦手なんだよ。ましてやお前には以前から苦手意識あったし。加えて修学旅行でのエロマッサージ事件だ。全女子がお前を警戒しているのではなかろうか。
つーか佐々木ライス太郎ってなんだ。ミドルネームかそれ。佐々木米米太郎になるぞ。
「将也、じゃあ、俺は、そろそろ、掃除、に、行って、くるよ」
「悪いな、頑張れよ。あと別にゆっくり話さなくても聞き取れるから安心しろ」
半泣き状態で教室から出ていく親友に手を振る。
……さーて、春日が来たってことは、
「兎月、帰ろ」
「いいよ。今日俺の部屋来る?」
「今日は私の家。パパとお話」
こうなるよねぇ……。
「ほら、えっと、ワイシャツとかあげるからさ!」
「…………また今度持ってきて」
少しだけ揺れたぞこの子。
この前確認したけど既に三着ほど数が足りなかったぞ。
「……今日は大事な話。兎月も一緒に」
そう言って手を握ってグイグイ引っ張ってくる春日。
教室の端から女子のキャーキャーと嬉しそうにはしゃぐ声。おいそれやめろ、恥ずかしいからやめてください!
……駄目だ、逃げられそうにない。
抵抗虚しく、春日に連れられて教室を出ていくしかなかった。
今日、今から。俺の人生において最大の戦いが幕を開けようとしていた。




