続74 雪山で遭難と言えば洞窟
「ねぇ将也ぁ、おんぶ」
「ぱっぱらぱ~、ぱぱぱぱーぱーぱー」
「狩りのテーマソング歌わないで聞いてよ馬鹿」
後ろでずっと騒ぐ日下部。だからそれだけ元気なら大丈夫だって。無視してテンションの上がる歌を口ずさむ。これ聞くと気持ちが高ぶるんだよねぇ。ラオさんから砦を守るクエストを思い出す。皆で大砲の弾を運んだりバリスタを撃ったりしたよ、あぁ懐かしい。そして倒すと一目散に剥ぎ取りに行く。少し遅れると全部剥ぎ取れないからスタートダッシュが大事になる。そして先に剥ぎ取った奴が邪魔してきてガチギレする、定番だ。また今度新作が出るらしい、是非とも買いたい。……はぁ、暖かい部室で山倉達と狩りしたいな。
「にしても、ここどこだ?」
幸せな思いに胸馳せても現状は変わらない。寒くてキツくて辛い現状だ。滑り落ちた先は林の中、人がいそうな雰囲気は皆無。簡単に言えば遭難だ。日下部と二人で遭難状態。人や建物を探したいところだが見つかりそうにない。林の中、さらには雪も降ってきて視界は悪くなる一方。どこか休める場所があれば……ふと、黒い穴を見つけた。パッと視界に入る黒色。あれは……もしや、洞窟なのでは……? 何というご都合主義、漫画みたいな展開だ。だが非常に助かる!
「ねぇ将也ってば」
「あそこに洞窟みてーのがあるぞ。行ってみようぜ」
「あ、ちょっと待ってよ!」
降雪が激しくなってきた。本格的に降ってきやがったよ。足を速めて洞窟を目指す。ズザァ、と崩れる足場。足を取られ、持ちにくいスキー板とストックを持つ手が痺れてきた。順調に体力が削られていく。し、しんどい。必死になって歩く、ひたすら歩く! ……見えてきた、やっぱり洞窟だった。林に沿うようにしてそびえる高い壁、雪に覆われている壁には一つの入口がある。人が入れそうなくらいの大きさ。暗くて奥は全く見えない。けど今は入るしかない。
「ほら日下部、早くし……って何うずくまっているんだよ」
後ろを振り返ると数メートル向こうでしゃがんでいる日下部。何をしているんだ、早くしないと雪が激しくなって……ん、どうかしたのか? さっきまでブーブー文句垂れていたのに、今は黙って座り込んでしまった。……様子が変だ。スキー板とストックを入口のところに立てかけて日下部の元へと寄る。冷風に乗った雪が急激に体力を奪う。
「日下部?」
「寒いの……」
ガクガクと震えている。ちゅおぉ? だ、大丈夫かよ。
「おまっ、ヤバイならそう言えって」
「さっきからずっと言ってたじゃん」
あぁ、もう。両手を肩に添えて震える日下部。見る限り日下部は歩けそうにない。……ちょっと冷たく当たり過ぎたかな。実際のところ、俺が無理矢理逃げようとした結果こうなってしまったわけだし。俺が悪い点もあったよな……。こうして、元偽カノを辛い目に遭わせている事実。目の前で辛そうにしゃがむ日下部の姿。途端に罪悪感が押し寄せてきた。
「ほら、おんぶするから乗って」
しゃがみ込んで日下部に背中を向ける。あと少しで休める場所があるから、ほら。
「うん、ありがと将也」
日下部を背負って歩く。ぐっ、キツイ……! いやいや決して日下部が重いってわけじゃないよ。単純に雪の上が歩きにくい。でも俺がなんとかしなくちゃいけないんだ、しっかりしろ将也。震える唇を噛み締めて洞窟の入り口だけを見つめる。頑張れ、踏ん張れ、歯を食いしばれ。幼少時、やれば出来る子と言われた真髄を見せつけろ。日頃から春日に蹴られ続けたこの両足、耐久値は世界クラスだろうが。この程度の雪にやられるようじゃ春日に会わせる顔がない。う、おおおおおっ!
「ぜぇ、ぜぇ……しゃおらぁ!」
再び洞窟へと到着。中へと入ってすぐ傍の壁に日下部を下ろす。ふぅ、疲れた。というか日下部、お前どこか怪我でもしたのか? しゃがみ込んで日下部と目を合わせる。……あ? お前、なんで笑っているの? さっきまで震えて辛そうな表情していただろ。なぜか今はクスクスと笑って顔色も良好。……ま、まさか、
「ふふん♪ 最初からそうやっておんぶしたらいいのよ。将也は私に従えばいいのっ」
「この女ぁ……!」
この女ぁ……!は「このアマぁ……!」と読むのが正しい。こいつ、演技してやがった。疲れているフリして俺に運ばせたのだ。なんつー悪女、これが元カノなんて認めたくない。遭難して不安、慣れない環境で心身両方疲れているのはお互い様だというのに他人を下僕のように使いやがった。水川の小悪魔行為が可愛く思える程の悪行。運んでもらった後はどーでもいいと言わんばかりに壁へもたれかかる日下部。女王様にでもなった気分か。ここは王宮じゃないぞ、ただの洞窟だ。
「ねぇ将也、私の板とストック回収してきて」
「嫌だ」
「えー、こんな吹雪の中を女子に行かせるつもりぃ?」
ちっ、はいはい行きますよーだ。これは決して俺の犬体質が発動したわけじゃない。命令されると従う犬体質はお嬢様や偉い人にしか発動しないはずだ。なんとまぁ下僕に最適な特性だこと。日下部はごく一般的庶民だ。態度こそ我女王なりの高飛車傲慢女だが犬体質センサーに反応することはない。ではなぜ俺がこうして従順にスキー板とストックを取りに行ったか。もう単純に日下部と口論するのが面倒臭くなったからである。横殴りの吹雪に体を縮ませて目的の物を拾う。あの女に刃向って拒否しても最終的にこちらが折れるのは分かりきっている。なら無駄な抵抗はせずにさっさと行動した方が精神的には楽だ。こちとら一学期前半は紅茶を買いに行くパシリと図書室に本を返しに行くパシリを何度もしてきたんだ。メンタルと足腰は鍛えられている。さらには激烈ローキックによって防御力も常人の三倍は上がっているはず。積雪に負けてたまるか。
「ほら取ってきたぞ」
「あーりがとー」
壁にもたれかかった日下部が心のこもっていないお礼を告げる。こいつは人に感謝するという発想を持っていないのか。人間なら成長していく過程で必然と習得する常識なんですけど。サッカーで例えるとリフティング的な? 学校で例えると必履修科目みたいな? それくらい根本に属することだろ感謝って。それが出来ない人間がいるなんて……それが元偽カノだなんて……怒りを越えて悲しみすら感じる。
「はぁ、色々と疲れた」
何はともあれひとまず落ち着ける場所を確保。圏外で連絡手段が使えない携帯電話だがライト搭載しているので懐中電灯の役割を持てる。洞窟の奥を照らしてみれば、特に何もない。洞窟の奥はさらに道が続いているようでライトの光りでは奥の方まで見えない。ここを進んでいくのはどうなんだろうね、都合良くゲレンデに繋がっているならいいんだけどそう都合良いことがあるだろうか。熊に遭遇する可能性の方が高いのでは? もしくはイエティ、または未知の動物が生息している。氷漬けの幻獣ヴァリガルマンダがいてもおかしくない。あー、あれは雪国といっても炭鉱だったか。じゃあいないや。そもそも幻獣いねーよ。とりあえずは待機だ、下手に冒険するのは賢明ではない。腰を下ろして息を吐く。これは安堵の息なのかそれとも溜め息なのか……はぁ。日下部とは反対側の壁に座っておく。腰を下ろせてようやく足が休める。しんど。
「吹雪いてきたな」
「そうね」
外を見れば風がビュンビュンと言っていた。すぐ傍にあるはずの林が見えないくらい雪が降っているのだ。無数の雪が激しく降り注ぐ。初めて生で見る、これが吹雪というやつか。ニュースや映画でしか知らない光景が目の前にあった。この中を歩くのはどう考えても危険だ。この洞窟を発見出来て本当に良かったぜ。不幸中の幸いという言葉は今こそ使うべきだと思いました。
「誰か助けに来ると思う?」
「どーだろうなぁ、誰か気づけばいいんだけどな」
こんな天候じゃスキーは中止になっているかもしれない。となるとホテルに帰る。点呼が行われる。あれ、兎月いなくね? おい佐々木何か知らないか? 分かんないっす。おいおいまさか雪山の中か? 探しに行こう。こうなれば救助される可能性は増すだろう。けれど仮にスキーが続行されたとする。終わるのは夕方だ。そこでやっと兎月いなくね? おい佐々木何か知らないか? 分かんないっす。おいおいまさや雪山の中か? 探しに行こう。となる。助けが来ることには変わりないが救助されるのが遅延する。それまで俺達の体力が持てばいいけど。最悪のケースが誰も俺がいないことに気づかないことだ。修学旅行終わって数日経ってから気づかれるともう完全にアウトだ。ニュースで騒がれるだろう。高校生、修学旅行先の雪山で凍死。まさか自分の死因が凍死だとはなぁ。孫に囲まれて老衰が理想の死に方だったんだけど凍死は予想外だった。嫌だな、すごく嫌だ。肉うどんの気分で食堂に行ったら売り切れだった時くらい嫌だ。
「誰も将也がいないことに気づかないかもね」
ちょ、それやめて。微かに恐れているケースを口に出すんじゃない。皆に忘れられて冷たくなっていく自分を想像したらものすごく悲しくなった。二つの意味で凍死だよ、身も心も凍え死ぬって。
「誰か気づくだろ流石に。絶対に春日は気づく! はず!」
春日はきっと気づいてくれるはず。最愛の彼氏がいないんだよー? 誰よりも先に気にかけてくれるはずだ。でもまあ今絶賛崩壊寸前なんですけどね。いや崩壊かどうかも分からないんだった。ムキになって別れようと言ったきり会っていない。あっちはどんな気持ちなんだろうな…………あぁ、早く会いたい。なんで俺遭難したんだよ。
「……ふーん」
「なんだよ」
口を尖らせてこちらを睨む日下部冬華さん。さっきからコロコロと表情が変わる。怠そうに文句を垂れたり、体調悪いフリしたり、ニヤニヤ笑ったり、今は不機嫌そうにこちらを睨んでいる。まるで面白くなさそうな面持ち。こんな表情を別の誰かでも見たような気がする。
「別にー? ただ彼女のことばかり考えているんだなーって」
「そりゃ、うん? まあ当然じゃん」
遭難状態でもしかすると死んでしまうかもしれない今、思い馳せるのは大切な人なのは当然じゃないか。
「ニヤニヤしてさ、何調子乗ってるのよ。不釣り合いなくせに」
「……」




