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続71 午後のスキーで

……飯が喉を通らない。


「どうした将也、カレー食わないのか?」


隣の席で米太郎がスプーンを乱雑に使ってカレーライスを飲み込んでいる。その汚らしさときたら、向かいの席に座るインストラクターのお姉さんがドン引きする程に。いくら百姓の子供とはいえスプーンくらいちゃんと扱えよ。キモイんだよクソライスが。テメーはいいよな、カレーとお米と福神漬けがあれば一生過ごしていけるのだから。お気楽で羨ましいよ。こちとら午前の出来事が辛過ぎて食欲そそるはず王道の食カレーライスすら食べられないでいるのに。


「はぁ、マジやらかした」


午前中スキーに興じている最中だった。春日と会って何気なく会話、出来ずにテキトーに会話終わらせようとしたら彼女はいつものように理不尽暴力を振るってきた。なぜか今回は許せずイラッとして……あ、ああぁぁ、なんてことを口走ってしまったんだ。別れた方がいいのかもなって。ついつい滑り落ちてしまった言葉。そんなこと微塵も思っていないくせに発してしまった。そのまま春日とは喋らず会わず姿を見ずに、こうして昼食をしているわけで。お、おおおおぉぉぉ、なんて愚かなことを……! 穴があったらヘッドスライディングで入りたい、タイムマシンがあったらベリーロールで乗りこみたい、あの時の時間に戻って全てを訂正したい! 等と実現もしない架空の助けに頼らず今の自分でなんとかしろって話なんだけども。さっきから食堂全体を隈なく探しているのだが春日の姿は見当たらない。クラスや班によって食事時間が違うせいなのか、はたまた違う食堂で食べているのか、それは定かではないがとにかく最愛の彼女はいない。あぁん、一刻も早く喋りたいのに。以前のように仲が曖昧になりかけた時に反省したんだ。時間に解決してもらおうとせずに自分からすぐに行動しようと。メールやら電話やらしているんだけど春日から返事はなし。ガラケーさんをポチポチして送信、これでもう十通目だ。


「食べないなら俺もらうけど?」

「いやお前にはやらねーよ、自分の皿でも舐めてろ」

「もう舐め終わった後だけど?」


高校生にもなって容器を舐める奴がいるなんてビックリだよ。目の前に座っているインストラクターのお姉さん、人間を見る目をしていない。何か汚い物体を見つめる目だ。ウェアの袖から取り出した漬け物を食らいつつお皿についたカレーを全て舌ですくう姿はさぞ悍ましいものだったみたいだ。鬱になってぼんやりしていて良かった、今のメンタルでライス太郎のキモイ食事光景を見たら自我が崩壊していたかもしれない。てことで自分のカレーライスを死守しつつ米太郎にエルボーを放つ。テメーはこれでも食らってろ。


「ふぐぅ、なんだよ将也。機嫌悪いぞ、さては春日さんと喧嘩したんだろ」


…………。


「ん、将也?」


喧嘩……して、とい、うか、別れようって、言っちゃって……もし、も、し、本当にそうなったら…………あ、あばばばばばばばばばばばばばっ。


「ま、将也ああぁぁ!? あかん、白目剥いてる。前にもこんな症状になったことがあるような気がする!」

「ハハッ、モウ駄目ダ。イッソ雪山ニ身ヲ投ジヨウカな……」

「うわああぁぁ!?」


落ち着け俺ええええぇええ、ぶぼえぇ。心臓が嫌な跳ね方しているのが分かる。血液が急激に流れたり止まったりを繰り返し、血管がプツプツと切れそう。肉は弛緩して生気を失い、骨々は腐ってしまいそうだ。渇いた眼球に映る光景は次第に色を失っていき、白と黒の味気ない影の世界へと堕ちる。嗚咽が止まらないで喉が異様に熱い。駄目だ、すげー気持ち悪くなってきた。せっかくの修学旅行でこんなことになるなんて。本当に過去へ戻ってやり直したい。


「正気を取り戻せマイベストフレンド!」


後頭部を誰かに掴まれた。恐らく隣の米太郎だろう。そう思った矢先に、後ろから強い力で押されて俺の顔面はカレーライスへと着陸した。ヌチョリ、と熱いカレーが皮膚に浸透していく。熱っ、何しやがるクソ米! 両手をテーブルについて上体を起こす。おらぁ!


「この野郎、何しやがる!」

「おお、将也が帰ってきた。おかえりなさい!」


なんで爽やかな笑み浮かべているんだよ。あぁもう顔がカレーまみれじゃないか。目の前にいたはずのインストラクターのお姉さんがいない、カレーまみれの視界で周りを探せば足早に食堂から出ていくのを捉えた。俺ら二人の変人を前にまともな食事は出来ないと判断したのだろう。賢明ですね。ったく修学旅行始まってから他人にろくな印象を与えていないぞ俺達。空港からここまでもれなく出会った全員に不信感と恐怖と苛立ちを与えていると思う。おしぼりで顔を拭いながら呼吸を整える。


「ありがとう米太郎。あと少しで自分を見失うところだったよ」

「お、おお。俺も将也が無事で何よりだよ。まぁ春日さんのことは諦めようぜ、お前にはまだ火祭というキープの女の子がぶりちゅう!?」


語尾が懐かしい駄菓子の名前だな。久しぶりに食べたくなってきたよ。純粋にイラッとしたので米太郎の後頭部に手を乗せ、全力で振り降ろす。先程まで自分が浸かっていたカレーに米太郎の顔面を叩きつける。おらおらぁ、そんなにカレー食べたいなら今すぐ食えや。髪の毛を掴んでグリグリと左右へ揺らしつつ捻じ込む。もしテレビ番組だったら『※良い子の皆は真似しちゃ駄目だよ』とテロップが出るだろう。モガモガと聞き取りにくい悲鳴が聞こえるような気がする。ふざけるなよライス太郎君、言っちゃいけないことを言ってしまった俺が言うのも何だけど今のは許せない発言だった。火祭のことをキープと思ったことは一度もない。もし万が一、いや億が一、いやいや兆が一、今回のことで春日と別れることになってもその後すぐに火祭と付き合うなんて下衆な真似をするわけがないだろうが。最低過ぎる。ヘタレだけどそこまで人間性は腐っちゃいないんでね。何がまぁ春日さんのことは諦めようぜ、だよ。ぜってー諦めないからな! よし、そうとなれば実行に移そう。水を飲み干して席を立つ。


「米太郎、カレーは全部食べていいぞ。俺はもう行く」

「え、ちょ、待って。午後からも班で行動するんだから置いていくなよ」

「早くしろこのクズが! 俺が食わせてやる、口を開けろ!」

「ぁ、そんな乱暴な、入らな……!?」


スプーンで豪快にすくったカレーライスを強引に米太郎の口へ押し込む。涙と鼻水を垂らしながら必死に咀嚼を繰り返す米太郎と鬼の形相でスプーンを乱雑に扱う俺。圧倒的に気持ち悪い光景。忘れ物を取りに来たのであろうインストラクターのお姉さんが悲鳴を上げたのは言うまでもない。











しゃあああああぁぁ、午後からも全力で滑っていくぜ。昼食も終わり、午後からもまたスキーだ。ゴーグルを装着し、スキー板を着けて滑走を始める。


「将也が速い! マリカのスタートダッシュを彷彿とさせる!」


リフトから降りてすぐに滑り出す。八の字ぃ? そんなブレーキいらないね。雪山の傾斜に対して垂直にスキー板を置いてフルスピードで滑っていく。その間視線はありとあらゆる場所へ巡らす。目的は勿論、春日だ。食堂では会えなかったがこのゲレンデのどこかにあの子もいるはずだ。上から下へ全速力で降りていき、探すのが一番だと思ったわけですよ。見つけ次第すぐに滑り寄って全力で謝罪と訂正をするんだ。春日、もうすぐ君のところへ行k


「がぶりちゅううううううう!?」

「あぁ!? 四肢が気持ち悪い方向へ曲がりつつ将也が転倒した!」


米太郎の声が上の遠くから聞こえたような。そりゃ初心者が全速力で滑ったらすぐにバランス崩してコケるに決まっているよな。カレーに顔を落とす要領で顔面から地面へ崩れ落ちた。勢いはすぐには止まらず、両手足が鈍い音を散らしながら宙を舞って曲がる。何回転もしながら背骨が逆に反り、体中が絶叫を上げる。おぉふふん、今のは死ぬかと思った。スキー板もストックもどこかに消え、ウェアの中には大量の雪が入って体温を急激に奪っていく。……スピード出し過ぎたなぁ。首が曲がらないで良かった、不幸中の幸いと言えよう。焦り過ぎたみたいだ、人間熱が入ると無茶しちゃうものなんだね。痛たたた。


「ほら佐々木、助けに行ってあげて。ホモ野菜コンビでしょ」

「コンビ名にホモを付け加えた覚えはないんだけどな」


大の字になって倒れる俺。さ、寒い。今ので骨折でもしたらそれこそアウトだった。もう少し慎重に滑りつつ春日を探さなくては。雪山を見上げれば米太郎がこちらへと近づいているのが見えた。おお、さすがマイベストフレンド。午前中やお昼は不躾な態度でごめんね。さあ早く俺を助け……超スピードで米太郎が真横を通過していった。


「イヤッフー! と、止まらないんだけどぉ!?」


あの馬鹿は使えなかった。下の方で激突音が聞こえたような。畜生が、結局自分で起き上がるしかないのか。モゾモゾと四肢を機能させて体勢を整えることにする。


「何してんの兎月、同じ班として恥ずかしいよ」

「そうだよ兎月君。スキー下手過ぎ」


すると俺の両隣に女子二人が華麗に滑って停止してきた。左側が水川で右側にはクラスメイトの倉田、どちらもホモ野菜コンビと同じ班の女子生徒だ。あらら、あなた方はスキー上手いんですね。倉田の方なんてドリフトのようにキレーに停止したし。女子の方が格別に上手い。男としてのプライドが一瞬にして崩れ去った。普段からバイオレンス女子達といるから既にプライドはなかったけどね。


「思ったより簡単だよね」

「真美ちゃん上手いねっ。てことで私達は先に行っているから早く追いついてねー」

「え、助けてくれないの?」


同じ班なんだから助け合おうよ。ねえ聞いてる? あ、絶対聞いていないよね。もう視線は下の方向いているし。どっちが速く降りられるか競争しようとか会話しているよね? 嘘、マジで助けてくれないの!?


「じゃあね兎月、スキー出来ないと恵から愛想つかされちゃうよ」


ぐっはあぁあぁ!? 今の俺にその言葉は大ダメージなんですけど。ものすごーく傷つく言葉を最後に女子二人は颯爽と降りていった。途中で転倒している米太郎はガン無視していたからまだ俺の方が優しく接してくれたと思えるのが逆に辛い……。愛想つかされちゃうか……そ、そんなの困る。なんて不吉なこと言いやがる水川の奴め。致死量超える一撃だったわ。クッソー、今に見てろ。スキーなんてイケメン補正でマスターしてやるよ。イケメン補正とは、カッコイイ奴はなんでも出来るよね?的なパワーで全てをそつなくこなすスキルのこと。勿論イケメンにしか許されない補正。さあ将也よ、お前のナイスフェイスで華麗に……無理だよね。イケメン補正が使えるならとっくに使用済みだ。それが出来ないから俺と米太郎はこうして雪に埋もれている。あぁ、なんだか惨めな気持ちになってきたよ。自分が威張れる競技なんてサッカーとダーツくらいのものだ。是非とも今後の修学旅行は北海道でダーツ大会とかにしてほしい。LON TONを叩き出してやるよ。


「大丈夫?」


ダーツ大会で無双している自分を妄想していると声をかけられた。あ、誰かに声かけられた。まさかのここに来てイケメン補正が発動したとか? 声から察するに女子だ。同じ班の女子からは見捨てられたから、となるとクラスメイトの女子か知り合いか、もしくは一目惚れです(ハート)な女子の可能性が。って馬鹿かよ、他の女子にデレデレしている場合か。春日と会わなくちゃいけないってのに。慌てて起き上がってスキー板を装着する。近くにあって良かった。さあて、今度は落ち着いて自分に合った速度で滑っていこう。


「……待ちなさいよ」


するとどうだろう、突如ストックが股下へと突き刺さる。危うく股間直撃だった。愚息とはいえ自分の息子が串刺しにされるのは嫌だ。股間のブルに刺さっても点数は出ないよ。代わりに絶命する悲鳴が聞こえるだけだ。突然のストックに全身が、何よりも息子がビックリしたせいでまたしても転倒。顔から倒れ込む。こ、こんなことが午前中にもあったような。午前中……? ま、まさか、


「春日!?」


背筋と首の力で頭を持ち上げる。もしかして春日自ら会いに来てくれたのか? だってこんな暴力を振るう女子、他にいない。そう思って女子の方を向けば、




正直驚いた。色々な感情が駆けていったが何よりも驚きが大き過ぎて頭の中が真っ白になる。え、なんで…………どうしてお前がここにいるんだ? ゴーグルを外してこちらを不機嫌そうに見下ろす女子。修学旅行なのに、うちの高校の生徒ではない奴がそこにいた。


「なんで日下部がここにいるんだよ!?」


元偽カノ、日下部冬華とまさかの再会だった。


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