続7 別荘2
「えーと……あと十五分あるね」
乗車予定の新幹線までちょっと時間があるので春日と二人で待つ。新幹線って完璧に時間通りに来るよね、アレかなり感動しちゃう。なんて思いながら右肩にバックを抱える。別荘に一泊する分の荷物が入ったバックである。ちなみに左手には春日の荷物……まぁ彼氏なんで持ちますよ。水川に言われた後ってのが残念だった。荷物を握る前に手を握ろうとしちゃったよ。手を繋ぎたいと思うのは至極当然のことだし、荷物を持って優しくしようとするのも至極当然ではないでしょーかー。付き合う前の俺らだったら、
『持ちなさい』
『嫌だ』
『持ちなさい』
『はい』
みたいなやり取りをしたのだろう。我ながら情けない性分だなと思う。が、しかし。しかーし! はうえばー! つまり逆☆接! しかし、今はヘタレを卒業したのだ。もう言いなり従順な俺は可燃ゴミにポイしたんです。うふふのふー。
「……兎月」
「ん?」
「……重くない?」
「んにゃ大丈夫だよ」
……びっくりした。なんと春日が心配してきた。ちょっとした事件だよ。無表情無言無愛想で有名なキングオブ理不尽の春日さんが俺の心配をするなんて……感激過ぎる。春日も変わったんだなー、いやホント良いことだよ。例えるなら、昔は大虐殺の悪行を行ってきた野菜星のM王子が気づいたら仲間になっていたみたいな。ツンデレにも程がある。
「……本当?」
「なぜ疑う」
あと最近気づいたんだけど、春日ってたまに疑い深くなることがある。それもまた春日なりの心配の仕方なのだろう。荷物を持つ腕をじっと見つめてきて、なんか抓ってくる。軽く抓ってくる。この軽くってのが超重要だ。猫で言うと甘噛みって感じ。本気で抓ってきたなら今ごろ俺の悲鳴が轟くだろうし、この程度の抓りってことはただ心配してるだけってことだ。もう一度言おう、本気なら恐ろしい威力なんです。春日さんの攻撃パターンとしてローキック、パンチ、抓る、抉る、削ぐ、がある。後になるほどレア度が高い。どれもこれも人体破壊として優秀な技ばかりだ。なんて冗談はさておき、心配してくれるってこんなにも嬉しいことなんだな……。すごい、じわ~っと心が癒されるのが過剰なまでに鋭敏に実感することが出来る。俺が春日のことを想って荷物を持ち、春日が俺のこと想って抓る。それがこんなにも嬉しくてどうしようもない。高揚する恋の病がさらに加速し、たまらないほどに愛おしくなる。ただ二人、並んで新幹線を待つ一時で俺達はこんなにも惹かれ合って互いを想うことが出来る。なんて素晴らしくて、幸せなんだ……。ヤバイなこれ、別荘に行く前からテンションがすごいことになっている。別荘休暇、来て良かった~。けどなぁ………後から春日父と合流するんだよなぁ……嫌だ。せめて今、一緒にいる時間を精一杯に満喫しよう。
「……ありがと」
抓る作業をある程度終えた春日はお礼を言ってきた。これもまた素直になった証拠だよな。おお、デレ期到来ですか~?
「いえいえ、お礼はキスでお願いしま痛い!?」
「……馬鹿」
痛っ~……まあ、このようにボケると容赦ない蹴りツッコミを入れるのは変わらないんだよな。相変わらず素晴らしいローキックを放ってくれます。いやホント普通に痛いから。慣れている俺だからいいものの未経験者は確実にKOされてるね。とんだ初見殺し、イビルジョーを彷彿させるよ。初対戦でイビルはビビるよね。ギャグじゃないよ!
「……」
「……」
とりあえず沈黙。だけど気まずさってのはない。喋る時は喋るし、そうではない時はのんびりと過ごす。キャピキャピと騒ぐカップルもいるが、俺は静かな方が好きだ。こうやって無言の中、ほのぼのとした空気を味わう。……決してトークが下手だからってないよ? 俺にだってすべらない話の一つや二つはありますって。けど今はそれを喋る時じゃない。こうして冗談を交えつつ無言の中で意志のキャッチボールをして、今は二人だけの時間だよってことを認識して頬を緩ませる。これが今の俺達にとって十分なイチャイチャ行動になるんだ。そりゃキスだってしたいけど、そんな頻繁にするもんじゃないでしょ。恋愛経験未熟な俺の偏見だけど。
「……と、兎月」
「ん?」
「あ、後でする……から……っ」
「……にゃ、にゃにを?」
噛んでいる時点で俺も感づいているじゃないか。お、おおおおぉっぉ……ごめん、訂正します。やっぱ頻繁にするものかもしれないっす!
新幹線の待ち時間だけで十分に悶絶してしまった。もう幸せ過ぎて死にそう。けど死なない。後ほど甘いご褒美が待っているから! 心臓で嘶く暴れ馬と一緒に新幹線へ乗車し、あっという間に下車。さすが新幹線さん、青い狸で有名なショッキングピンクの扉を使ったような速さで目的地へと着いた。つーか新幹線とか乗るのすごい久しぶり。さっきとは別の意味で興奮した。そんな高速での移動も終え、続いてタクシーへと乗りこむ。そして、
「ふー、やっと着いた」
前川さんと米太郎と水川に見送られてから二時間弱、ようやく到着しました春日家の別荘。ここが何県なのか全く皆目見当つかない。そしてタクシー使うなんて庶民の俺からしたら普通に快挙だ。そこまでしてやって来た別荘はなんと……!
「すげぇ……」
なんか、もう……イメージ通り予想通り想像通りだった。頭に思い浮かべていた俺にとって別荘とはこういうものなんだという期待を見事に叶えてくれているリアル別荘が目の前に君臨している。デカイ、二階建て、ウッドハウス、バルコニー、自然に隣接している、BBQが出来るほど広い庭……360度全方位どこから見てもザ・別荘だ。はあ~……これがお金持ちの実態ってわけか。夏休みに金田先輩のリゾートで堪能したのに忘れていたよ、セレブとはどれほどすごいのか。こうして春日家別荘を見て再認識した。つーかこんなすごい別荘持っているのに来るのが年に数回ってどういうことですか。俺なら永住したいんですけどっ。
「行くわよ」
「……」
「無視しないで」
「ぐふっ」
唖然と立ち尽くす体を貫いた痛みは春日のボディーブロー。被撃部分の腹部から波紋のように全身を走る鈍い衝撃。一瞬のうちに涙目になっちゃったよ、ぐすん。やっぱ春日さんは基本的に理不尽で暴力的だった。けどこれもまた良い……うふっ。あぁ、決して俺マゾじゃないんで今の発言で勘違いとかしないでね!
「あのぉ、春日? それでご両親はいつ頃こちらに到着の予定なの?」
「……パパの仕事が終わってから」
「なるほど」
「……」
「……ん?」
「……行こ」
「了解」
春日父の仕事が終了次第、ねぇ。ならば今すぐに来てもおかしくないな。あの人は娘のためなら平気で仕事を放棄する人だ。仕事が終わり次第来る。ならば強制終了も含まれるよなー……そんなんでよく社長業務が務まるものだ。そしてそんな会社に勤務する俺の父さん。なんか面白い関係だな。
「おぉ……」
ご両親が到着するのかはさておき、春日に続いて中に入れば……そこもまた想像通りの空間だった。なんということでしょう、家の中なのに開放感がすごい。横の空間も広ければ縦にも広い。二階の高さにまで広がる天井、なんかもうヤバイ。建築知識なんて皆無な俺でもこの別荘のデザインの素晴らしさを感じることが出来る。うおおおおおおおぉぉぉ!? なんか天井にプロペラが付いているよ? あっ、あれって夏の暑い時とかに回すやつ? あんなのテレビでしか見たことないよ。いやぁ、それにウッドハウスか……こう、なんというか、居心地が良い。別荘って雰囲気するし、立っているだけで新鮮に感じる。いつもと違う場所でワクワクして新鮮な空気を味わえる。あぁ、こうした雰囲気を味わうためにセレブの方々は別荘を購入するのか。今なら俺にも別荘だなんて末恐ろしい物を手に入れる気持ちが分かるよ。うわぁ……本当、すごいなぁ……。
「ぼーっとしないで」
「だから痛いっ」
またも意識喪失状態になっていたみたいで痛い二発目を受ける羽目に。別荘の凄さを全身で体感したことですし、さてさて俺達のすべきことをしなくては。……ご、ご褒美のことじゃないよ? げふんげふん、そうじゃなくて春日のお母さんに頼まれたことだ。俺が春日家の休暇に誘われたのは単なるお礼だけでなくて途中からしか来れない春日のご両親に代わって春日と一緒に別荘の掃除や晩ご飯の支度をするために呼ばれたのだ。掃除なんて使用人に任せればいいじゃない、なんて思ったりもしたがそこは自分達でやるのがいいの。ましてや食事は家族でするから楽しいし美味しいでしょ、と春日母に言われた。それだと俺も家族の一員に含まれているってことなのかな? 嬉しいです。つまり、今からは春日と協力して掃除と晩ご飯の準備をしようではないかーのタイムです。ボランティア部で鍛えた掃除技術が唸るぜぇ。料理の方は無理です。
「じゃあ、俺は掃除の方やっておくから春日は晩ご飯の支度お願いします」
「……」
さて、と。このデッカイ別荘じゃ早々終わりそうにないが春日の両親が来る前には間に合うだろう。庶民パーカーを脱ぎ捨て、掃除モードへ入る。食事の準備を邪魔しないよう気をつけながら、さぁやりますか。
「……兎月」
と思ったら、
「ん?」
「私も掃除する」
「え? いや、ここは分担してやった方が……」
「一緒にする」
「……」
「……するの」
「……ごふっ」
考えること数秒、時間差でダメージが来た。ハートが震えちゃったよ。春日の言いたいことを理解し終えた途端、心臓がキュンキュンしちゃったよおい! お、おぉ……そりゃそうだ。二人でいられる時間は限られているんだ。それなのに分担するとか馬鹿か俺は。いや確かに馬鹿だけど。そこは二人一緒に同じ作業して触れ合うべきだ! どうせ春日父が来たら俺は警戒されまくって春日とまともに話すことすら不可能になるだろう。だったらあの親バカがいない今この時! 二人だけの今を楽しまないでどうするんだい。何も気にしないで二人だけにいれる貴重な時間は高校卒業まで滅多にないぞ。てことで掃除モードから一転、恋人モードへ。
「んじゃ協力してやりましょう」
「うん」
「まずは軽く床を掃いてから……」
春日と二人、テキパキと掃除を進める。ニヤニヤしてしまう状況ではあるが、俺もボランティア部の副部長。部活動で鍛えた掃除のエキスパートなのだから、ある程度プロ意識はある。順調に掃除をこなし着々と別荘中を綺麗にする。ついでに別荘の部屋の構造とかも見れるし一石二鳥だ。さらに、
「春日、髪の毛に埃ついてるよ」
「……取って」
「ん、はい。取れたよ」
「ありがと……っ、ん」
「あ、ごめん。なんかついでに頭撫でちゃった」
「ううん。……もっと」
「ごふっ」
春日とイチャイチャ出来るので一石三鳥だ。おもわず嬉しさで吐血しそうになった。なんすか、これ。超幸せなんですけど~。ナデナデする手が止まらない、ニヤニヤも止まらない。うーん、この調子だと掃除まだまだ時間がかかりそうだなー……えへへー。
「というか掃除していたから手汚れてるかも。悪い、タオル持ってくるよ」
「……いい。兎月の手だから、別にいい……」
「……ごふっ!?」
だから嬉しさで吐血しそうになるって! あー、別荘に来て良かったー!
……などと腑抜けで恍惚とした表情で浮かれていたが、時の流れとは恐ろしいほど残酷に進んでいき、
「……はぁ」
掃除を終えて、春日が晩ご飯の支度をする頃には夕方になろうとしていた。四時十二分……お願いだから時計の針さん、そこから一ミリも動かないで。なんて願いは叶うはずもなく針は正確に順調にムカつくほどに回っていく。関係ないし何の責任もないが時計職人を殴りたくなった。あぁー……もうすぐ、もうすぐ………親バカ野郎がやって来る。春日のお母さんは全然いいよ。優しいし綺麗だし俺達の交際を応援してくれているみたいだし。けどさぁ、あの親父さん絶対反対するでしょ。前回の食事会で付き合っているのバレそうになったけど正拳突きで記憶抹消に成功。しかし油断ならない。今回また春日がバラしそうになったら再び拳を握らなくてはならない。付き合っているって知ったら春日父は俺を殺しにかかるだろうし、なんとか生きのびても交際を反対されて春日と会うことを禁止してくるに違いない。それこそお前の父親クビにするぞとか脅しをかけて言うだろう。そんな親バカがあと少し経てば到着するのだ。…………はぁ、嫌だ。
『~♪』
「……ママから電話」
携帯のメロディ音と春日の声。春日の母から電話……恐らくもうすぐ着くという連絡だろう。はぁ……楽しかったなぁ、春日と二人だけの時間。それも終わりになるだなんて………あとは春日の父親にビクビクしながら大人しくしているだけ。あぁ~あ………嫌だ。すごく嫌だ!
「うん……うん、分かった」
だってさぁ、春日と二人だけでいられるのって難しいんだもん。よく俺の部屋で勉強するけど、なぜか母さんが廊下で聞き耳立てているし。あのババア、余計な詮索ばっかしやがって。だから大層なことは出来なくて、母さんが買い物に行くとかしないと頭ナデナデも出来ない。それに春日父の目も光る。夜遅くまで遊ぶなんて駄目だし泊まりとか無理だ。互いの両親の異常な監視が二人の時間を圧縮してきやがる。だから今回の別荘旅行はチャンスだと思った。ようやく落ち着いて二人だけの時間を過ごせのだから。けどそんな幸せな時間は甘々とイチャつきながら掃除しているだけであっという間に過ぎて……うぅ、タイムリープしたい……。
「え……?」
と、不意に春日の声が一際大きくなった。静かに応答していた春日の表情が曇ったものになり、なんだか不安げに揺れている。
「うん……パパ、大丈夫なの?」
え……春日父に何かあった……?
「うん、分かった……バイバイ」
結構長いこと電話をしていた春日。不安そうな顔をしていたけど電話を切る時には落ち着いていた。けど、どことなく不満そうな顔でもある。何かあったの?
「えっと、お母さん何だって?」
そう聞いた俺を待っていたのは予想もしないアンビリーバブルな内容だった。
「……パパが怪我した」
…………えっ?
「け、が……?」
「会社のエントランスで転んで……今、病院にいる」
……………………えっ?
「びょう、いん……?」
「それで入院しないといけないって」
………………………ええええぇっ!?
「……なるほどね」
その後、詳しい内容を聞かされた。春日父が怪我したのは午後一時頃。今やっと落ち着いて春日母が連絡してきたって次第だ。なんと会社を抜け出してエントランスを走っていたら躓いて転倒したらしい。自分の会社の正面入り口で盛大にコケた春日父、そのまま病院へ搬送。診断結果は打撲で今日は入院しないといけないようで別荘には来れないらしい。あぁ、神様ありがとう。そして春日父のバーカ。つーかあの野郎、なんだよ一時頃って。会社サボってこっち来る気満々じゃねーか。その天罰が下ったのだろう、ざまーみやがれ!
「で、お母さんはどうしろって?」
「……ママじゃなくてパパが『今すぐ戻って来い』って」
あの野郎ぉ……! 自分が行けない以上、俺達を呼び戻すしかないと考えたのか。ふざけるな、誰が帰るかボケェ。このチャンスを見逃すわけにはいかない! ……なんて啖呵を切ると、キレて父さんクビにしかねない。はぁ、大人しく戻るしかないか。せっかくこんな豪華な別荘で泊まれると思ったのに、何してくれているんだ春日父ぃ。
「しょうがない……帰ろう」
「……」
春日も乗り気じゃない面持ちだが、逆らうわけにもいかない。しぶしぶパーカーを着直して外へと……………ん? なんだ……? この、窓を叩きつけるような音は………んん? ふと耳に飛び込んでくる轟音。電話のことで頭いっぱいで気づかなかったけど、これは……
「……兎月」
春日が指差す方向には窓が。そして窓の外は……雨だった。かと思いきや次第に勢いが増していき……嵐になった。…………え?
「う、嘘ぉ……」
滝の如く降り流れる無量の雨。地面に突き刺さり爆ぜる雨音は凄く、そして異常だった。この豪雨の中、外へ出るだなんて誰がどう見ても危険で……
「~♪」
再び春日の携帯が鳴って……
「……異常気象だって」
「う、うん」
通話を終えた春日の顔はこれでもかと言うくらいに真っ赤になっていた。
「今帰ると危ないから……べ、別荘で泊まりなさいって」
「……マジデ?」
こうして、まさか、俺と春日の、二人だけのお泊りが決定した。




