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続66 小悪魔火祭ちゃん

「ぐわあああああああああぁっ!?」


叫び声が口から漏れる。全身を襲う見えない圧力、座席に固定されて上体が起こせない。この圧迫感はなんだ、うおおおっ。そして窓に目を向ければ、とてつもないスピードで景色が過ぎていって次第に浮いていき……と、飛んだ。


「今のがGか……すっげぇぜ」


先程襲ってきた謎の圧力の正体、それは重力だった。突如ぶつかってきて、でも不快ではなく寧ろ心地好い圧迫感。ちょっとクセになりそう。今のが重力か、初体験だったな。時空が歪むほどの重力の奔流だ!とか言えばいいのかな。黒棺!って感じか。意味不明なこと言っているかもしれないけどファーストフレッシュエアプレインってことで許してください。等とくだらない思考に溺れている十秒程度のうちに地面は遠く離れ、空へと舞い上がっていく飛行機。うおお、あっという間に上空だ。ま、街が。ビル群があんなに小さく見える!? すっげー、なんという光景。これが空から見る景色なのか……ドゥフフ。


「すごいねっ」

「だな! で、なんで火祭は俺の手握ってるの?」

「なんとなく」


なんとなくで片付いちゃうから困るよね。ホントこの世は素晴らしいぜ。隣の席に座っているのは親友の米太郎ではなく親友の火祭。しっかりとシートベルトを装着した状態でなぜか俺の右手をぎゅ~と握っている。火祭曰く、本当に安心できるシートベルトらしい、これが。そんなこと言われちゃあ断れないのは決して俺がヘタレだからじゃない。んなこと美少女から言われて動揺しない奴なんているか。いるとしたらそいつの精神状態は極めておかしい、きっとホモだ。ヘタレだけど性癖はノーマルなので女子に手を握られて普通に嬉しい自分がいる。ホカホカな気持ちで離陸していき、気づけば飛行機は遥か上空。下に広がる青い海、そして雲。おいおい、雲の上を飛んでいるよ。雲を見下ろすことになるなんて……! 青空と青い海、それを挟むようにして白い浮雲が見える。まさに絶景。これを見れただけでも十分に貴重な思い出だ。右手暖かいし。


「……どーせ俺はこんなポジションですよーだ」


窓際の席に座る俺、その隣には火祭、さらに奥の通路側の席で愚痴をこぼしているのは米太郎。飛行機ってのは三席並ぶ構造なので無事米太郎も同じ列に座れた。良かったじゃないか米太郎、そんなふて腐れるなよー。わざわざこっちの方にまで来て一緒に座ろうと言ってくれた火祭、彼女のストレートで率直で真っ直ぐで真摯な思いがよく伝わる。おかげで米太郎は本来の席を奪われて一つ隣へと移された。今現在もブツブツと不満げな声を漏らしている。が、火祭は完全にこちらを向いているので全く気づいていない。俺の視点から見れば、視界半分を占める火祭の楽しそうな笑顔、その奥で顎をしゃくらせてトレイをパカパカさせる米太郎の姿が映っている。ごめんなライス太郎、また北海道に着いたら相手してやるべよ。


「こうしてまー君と二人きりで話すの久しぶりだね」

「そうかな? 結構話していると思うけど」

「三人並んで座っているのに二人きりという表現はいかがなものでしょうかね!」


一番奥で何やらライスが独り言を大声で呟いているけど放置しておこう。火祭とは結構話していると思うよ? 放課後時間があれば一緒に鍛錬しているし。飛行機も一定の高度で安定したようで、フライドアテンダントのお姉さんがマイクで席を立ってもいいですよーとか携帯電話の電源を入れても大丈夫です等と喋っているのを聞きつつガラケーで外の景色をパシャリ、待ち受けにしよう。ここからは静かな空の旅になりそうなので火祭とガッツリお喋りするか~。


「そういえばコジローはどうしているの?」


コジローとは図書館辺りに生息している野良猫のことである。生意気で気まぐれな性格の猫だ。火祭が餌をあげており、火祭には懐いている。俺は話しかけてもスルーされる。今日から三泊四日の修学旅行、その間コジローの餌はどうするのか疑問に思った。


「コジローはね、家で飼うことにしたの」

「え、マジ?」

「うん、ご飯あげているだけじゃ無責任かなと思って」


てことはもう図書館近くでコジローを見ることはないのか。あいつとは結局友達になれなかったなぁ。声をかけても無視、回り込んで手を差し出しても「はっ、人間のくせに生意気だな」と馬鹿にした目で一瞥して去るムカつく奴だけど火祭が可愛がっている猫だ。今思えば火祭との出会いも最初はコジローがきっかけだったような気がする。


「それにコジローはまー君と出会うきっかけを作ってくれたし」


火祭も同じことを思いついていたみたい。懐かしむように目を細めて前の座席を見つめている火祭。俺も真似して目を細めて感慨深い気持ちに浸る。うーん、あの頃は若かった。下僕時代の話だな。あれからもう随分と経ったな……ん、そうなのか? 四月だからまだ一年も経っていないよな。そっか、まだ一年前のことでもないんだ。


「コジローがいなかったらまー君と知り合えなかったかもしれない」

「確かにそうだなー。ある意味コジローは俺達の恩人なのかもね。いや恩猫って言うのかな?」

「うん、コジローは恋のキューピッドだよ」


……そ、そうかもねー、あはは。いやいや、なんつー爆弾放り込んでいるんすか火祭姉さん。やっぱり最近どーも火祭が積極的になっている気がする。グイグイ迫ってくるというか発言が直球になってきたというか。常に会心の一撃を食らっている気分なんですけど。この至近距離じゃ誤魔化し笑いも難しい、空の上じゃ逃げ場はない。……丁度良い機会じゃないか、この際はっきりさせておこう。俺と火祭の関係を。最悪の形でこの子を傷つけ、中途半端な優しさで慰めて、その後も好意を向けられてニヤニヤしている自分と決別しなくてはならない。ヘタレは卒業したんだろ、もうへたれ犬じゃないんだ。俺には最愛の人がいる。心に決めた、約束した、かけがえのない婚約者がいるんだ。火祭のことを完全に振りきれないでどうする、そんなんじゃ日下部との問題もグダグダになってしまうぞ。


「その、火祭。俺が言うのはテメー何様だよ死ねよ!って感じなんだけど……俺は春日と付き合っているから、正直言って火祭の想いには応えられないんだ。偉そうに聞こえるかもしれないけど、ごめん」

「え? なんでまー君が謝るの?」


ふえ? こちらとしては結構ズバッと言ったつもりなのに、隣から返ってきたのは思いもしない言葉。隣に座る火祭を見れば、いつものようにニコッと微笑んで俺のほっぺを指で突く姿だった。あぁん、頬が突かれているぅ。火祭の綺麗な指が眼前に映る。


「ちゃんとまー君は私のことフッてくれたでしょ? でも私が諦めないだけ。まー君は悪くないよ、私の諦めが悪いだけ」

「えっと……ちなみに諦める予定は?」

「今のところ一生ないよ♪」


指でグリグリと頬を突きながらニコッと笑う火祭。濁りない火祭の純粋な気持ち、想い、そしてこの笑顔。全てが俺に向けられている。あ、あぁ……駄目だ。この子は俺よりも上手だった。飛行機の揺れが怖いと言ってまた手を握ってくる火祭。手に伝わる温もりと想い、自然と心臓が跳ねる。くっ、こればかりは何度やっても慣れない。ドキドキしてしまう。こっちとしては火祭としっかり関係を元に戻そうと決意したのに、火祭はあっさりと躱して自分の想いを告げてきた。この子には敵いそうにないなぁ……。飛行機の揺れが怖いと言って俺の肩に頭を乗せて腕に抱きつく火祭の温もりと柔らかさを感じながらもうされるがままの俺だった。嬉しそうに緩んだ笑顔で手をぎゅ~と握る火祭、その奥で発狂している米太郎、ああああぁもう俺知らない! とりあえず春日には謝っておこう。


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