続65 いざ飛行機へGO
学校の品性を下げてしまったが無事に荷物検査を終えてゲートのさらに奥へと入っていく。さっき検査でペットボトルのお茶の匂いを嗅がれたわ~、とか喋っているクラスメイトの遠藤に意味もなく膝カックンしながら先へと進む。普段なら膝カックン等という低俗な真似はしないのだが今は修学旅行マジックが発動中、何をしても楽しいテンションになっている。どうしても気分が浮かれてしまう、口元がニヤついて思わず「ドゥフフ」と声が漏れてしまった。遠藤が心配そうな顔をしているが気にしない。意気揚々、気分爛々、和気藹々と長い通路を歩いていけば……遂に奴が姿を現した。空駆ける船、その名も飛行機。翼面に生じる揚力によって機体を支えながらプロペラの回転や燃焼ガスの噴射によって空中を前進する乗り物だ。英語で言うとエアプレイン。外には巨大な飛行機が見える。マジパネェ、ギザヤバス。こいつが飛行機か。こうやって間近で見るのは初めてだ。意外とデカイんだな、凄っ。生飛行機だよこれ、英語で言えばフレッシュエアプレインだよ。今からあれに乗って空へと飛ぶのか……。
「ドゥフフ」
「!?」
隣で米太郎がビックリしているが無視だ。庶民にとって飛行機とは憧れの存在なんだよ。そうそう拝めるものじゃない。飛行機、別荘、虎の毛皮、三大庶民には縁がない物である。ちなみにファーストクラス、宇宙旅行、回らない寿司屋が真・三大庶民には縁がない物だ。たぶん。このまま生きていけば乗ることがないかもしれない稀有な体験を今からするんだぞ、興奮しないわけがない。米太郎よ、農民のお前にも同じことが言えるはずだ。もっとテンション上げろよ、いきなり発狂するくらいのキチガイっぷり見せようぜ。農民のくせに冷静なフリをするクソ米太郎の後ろ姿を睨みつけながら飛行機の中へと入っていく。
「うおぉ、うおおぉぉっ!」
そして発狂、テンションがハイになるっ! ニヤニヤが止まらない。勢い任せに席へ座る。うおーっ、窓があるよ!? 下で整備士のおっちゃんが渋い顔で点検しているのが見える。プロフェッショナル~。おっちゃん、俺今から飛ぶよ。もうすぐでアイキャンフライするよっ。これで興奮しないなんて庶民じゃない。よって大して興奮していないクラスメイトの奴ら、お前ら全員セレブな! 虎の毛皮でできた制服でも着てろ。とまあ発言が意味不明状態だが関係ナッシング。意味もなく目の前のトレイを開閉する。ちょー楽しい。
「やれやれ、これだから庶民は困る。飛行機程度で浮かれちゃって可愛いでちゅね~」
隣の席に座る米太郎。呆れたように小さく息を吐きながらこちらを哀れみの目で見てくる。あ? お前だって農民だろうが、俺と同ランクの人間だろ。ムカついたのでトレイの開閉を激しくさせて米太郎を威嚇する。フライトアテンダントのお姉さんが苦い顔しているのがチラッと視界の端に映ったが気にしない。テンション上がると周りの目が気にならなくなるよね。カラオケが最たる例だ。部屋の外で女子大生が小馬鹿にした目で見ているけど気にせずアニソン熱唱したのは良い思い出だ。その時は友達いたから良かったけど一人でトイレに行く途中で女子大生グループとすれ違って顔を真っ赤にしたのも良き記憶。出来れば抹消したいけど。いやそんな黒歴史ノートを見直さなくていいんだよ、今はこのスカしたクソ太郎に文句を言ってやりたい。
「米太郎だって初生飛行機だろ、もっとテンション上げろよ」
「初生飛行機ってなんだよ。英語で言うとファーストフレッシュエァプレェンじゃん」
英語で言う必要性はなかったのに英語で言った米太郎。先刻の自分と同じことをしやがったのでイラッときた。なんでいつも俺とこいつは同じ発想なんだ、やっぱ同ランクの人間だから? あと舌巻いてプレインの発音が良かったのもムカつく。発音良さげに言うな、イラッとするから。関係ないが英語の授業で英文を発音良く読む奴、少し嫌いです。ふふん、ドヤ?的な感じが滲み出ているのがムカつく。さらに言えば英文を筆記体で書く奴も少し苦手だ。ノート見せてもらうけど読みにくいんだよクソがあああ。また話が逸れました、恒例ですね。なんで勉強のこと考えているんだ、せっかくの修学旅行じゃないか。学生の本分なんて忘れて楽しもう。てことで意味もなくシートを倒して遊ぶ。リクライニング素晴らしい~。後ろの奴が舌打ちしているけど気にしないスタンスなのでよろしく!
「まっ、空の旅もよろしくな親友」
「そうだな~」
「ちょ、トレイをパカパカさせながら言うなよ。なんで俺さっきから威嚇されるの?」
そろそろフライトアテンダントのお姉さんが注意に来そうな様子なので止めておこう。隣に座る佐々木米太郎君、高校入学時からずっとツルんでいる悪友だ。二年連続同じクラス、今回の修学旅行も同じ班で飛行機の座席も隣同士。ちょっと怖くなってくるぐらい米太郎と一緒だ。何かの陰謀を感じる。つーかホモフラグが立ちそうで嫌だ。なんで飛行機の座席も隣同士なのか、せっかくのフライトが野菜臭で台無しだよ。現在米太郎は隣の席で密輸したきゅうりをシャキシャキと音を鳴らしながら頬張っている。フライトアテンダントのお姉さんが怪訝そうな顔をしており、「何あそこの二人、ヤバイ」といった目をしている。また野菜コンビで一括りかよ。クラスの問題児をまとめられたような気がして嫌だなぁ。
「知ってるか将也、離陸の時にGってのが襲ってくるらしいぜ」
「Gってどういう意味だ?」
「えーっと、グランドマザーだったかな」
なんでババアが襲ってくるんだよ。離陸時にババアがのしかかれるなんてショックが大き過ぎて心的外傷になること間違いなしだ。
「あ、ごめん。グレェドマズァーだった」
「だから発音良く言うなキモイ」
「まー君」
きゅうりを米太郎の鼻穴に押し込んで黙らせていると俺を呼ぶ誰かの声。少ない声量ながらも凛として聞きやすい声。まるで子猫が鳴いたように愛おしく、天使がクスッと笑ったように清らかで、ずっと聞いていられる美声が俺の名前を呼んでくれたのだ。今のところ俺をまー君と呼ぶのは一人しかいない。昔は母さんが呼んでいたけど今は将也とかクソ息子としか言わない。あのクソマズァー、許せん。
「ねえまー君ってば、無視しないで」
そう言いながらポカッと軽く殴ってきたのは火祭。サラサラの前髪とパッチリとした瞳がバランス良く映えて小さくて線の細い鼻と口も綺麗に整っている。肌は白く、けど健康的な肌色で透き通るように眩しい。光りを浴びてキラキラと輝く赤みがかった長髪を揺らしながら小さく頬を膨らませている火祭。ぐぅ可愛い。もう一度言おう、ぐぅ可愛い。ほっぺぷにぷにしたい、髪の毛なでなでしたい。そう思わせる魅力を彼女は持っている。
「痛ぁ!」
ちなみに俺は窓際、米太郎は通路側の席であり、通路に立つ火祭は俺のところまで手が届かない。どうやら俺の代わりに米太郎をポカッと殴ったみたい。だがしかし火祭ちゃんを侮るなかれ。この美少女は華奢な体からは予想もつかないパワーを有している。ちょっと本気を出せば人一人を数メートル以上吹き飛ばすことも出来る格闘のスペシャリスト。そんな武人から軽くとはいえパンチを食らえば悲鳴も上げてしまうのは仕方ないこと。ドンマイ米太郎。でも火祭はちゃんと加減が出来る子なので米太郎が悲痛な叫びを上げるのはおかしい気がする。きっと米太郎が気に食わなかったのだろう、きっとそうだ。鼻にきゅうり差し込んでいる奴を気に入る人なんていない。河童くらいだろ。
「お、火祭。こんにちわ」
「こんにちはまー君っ」
まー君とはあだ名、火祭がそう呼んでくれる。いつから呼んでくれるようになったのかなぁ、一学期のことなのになんだか随分と前のことに思える。クラスは違うけど同学年、当然火祭も修学旅行に参加している。一組と二組の座る席の区域が微妙に離れているのにわざわざ挨拶に来てくれたようだ。青天の太陽にも負けないくらい明るくて春の日差しよりも温かい笑顔で喋りかけてくる火祭。ホントこの子は可愛いなぁ、癒される。隣で米太郎は悶えているのも頷ける。まあこいつは激痛に悶え苦しんでいるだけなのだが。
「わざわざこっちまで来てくれてありがとね。でもそろそろ離陸するから自分の席に戻ったようが良くね?」
「それでなんだけどね……えっと」
すると火祭は少し俯いて目を逸らす。そして口を開きかけたり閉じたりして、もにょもにょと言葉を出せないでいる様子。どしたの? 可愛いとしか脳が判断しないんですけど。おいおい離陸前からGが襲ってきたよ。ぐぅ可愛いのGだ。Gu~可愛い。っと、そんなこと思っている場合じゃないか。あまり時間もないので少し屈んで俯く火祭と視線を合わせる。太陽の笑顔ありがとう、じゃあこっちは月のように涼しげで余裕のある微笑みを返すよ。どうしたの?とアイコンタクトを混ぜつつ微笑んで促してみる。目が合って二秒足らず、コクリと頷いて火祭は口を開いた。
「えっと、佐々木君」
「へっ、俺? まさかの俺!?」
目が合って三秒目、火祭は視線を横へと移して米太郎の方を見る。殴られた頭部を気にしていた米太郎もビックリとした表情。まさか米太郎に用事があったとは。一番驚いているのは言われた本人だろう。慌てて背筋を呼ばしてキリッと精悍な顔つきになるライス君。その真面目な表情は炊き立ての白米のように立っており、酷くシュールに見えた。いつもニヤニヤしている奴がマジ顔すると違和感があるんだよな。
「その、お願いがあるんだけど……」
言葉を続ける火祭。ちなみにこの間、米太郎はチラチラとアイコンタクトをこちらへ送信し続けていた。仲良しの友達同士と出来る特技アイコンタクト。目を合わせるだけでお互いの今思っていることを伝え合う秘術である。相手との友好度が決め手となる技だ。ちなみに俺は火祭と水川とアイコン出来る。軽くだけど。そして米太郎、こいつとは好きな女優をじっくり語り合うくらい長めの会話をアイコンタクトで行える。最近ではさらに昇華され、このように一瞬目を合わせるだけで意志を疎通することも可能となった。ホモパワー全開である。その分伝えられるメッセージ量は減っているけど。先程から秒単位で送られてくる「告白? 俺告白される!?」という米太郎からのアイコンタクト。どうやら火祭から告白されると思っているみたいだ。冷静に考えれば離陸前のこんな雰囲気もない状態で告白なんて絶対ありえないけどさすが修学旅行マジック、やはりテンション上がると周りが見えなくなるようだ。良かったな米太郎、火祭から話しかけられて。お前もう今日の運使い果たしたんじゃね?
「俺で良かったらいいけど?」
まだ火祭が話し終えてないのに了承を出す米太郎。フライング過ぎる。完全に浮かれてやがる。不格好なウインクをしつつ片手で小さな丸を作っている。オッケーのサインだ。何をオッケーなのかまだ分かってないのにすごいなお前。
「ホント? わぁ、ありがと」
その途端、満面の笑みになる火祭。清楚で柔和な彼女が無邪気に屈託のない純粋な笑顔をした瞬間、周りで歓声が起こる。すげぇ火祭、さすが。勿論米太郎にも変化が起きる。オッケーサインがガッツポーズへと変わった。
「や、やった……まさか火祭からコクられるなんて。マジ飛行機最高!」
「じゃあそこどいて」
「……ぇ?」
え?ではなく、ぇ?と小さな声を漏らす米太郎。それもそのはず、火祭は今すぐそこをどいてくださいと言ってさらには米太郎を無理矢理立たせようとしているのだ。片手で制服の襟を乱雑に持ち上げている。握力ヤバイ。訳が分からない様子の米太郎君、マジ顔から動揺の色が溢れ出す。
「ど、どゆこと火祭?」
「席変わってくれるんだよね? 私まー君と一緒に座りたい」
「…………」
言葉を失うお米。しかし消沈の時間すら天使は与えてくれない。最後は強引に立たされて通路に押し出された米太郎。なんと惨めな光景。野菜の臭いが消え、米太郎の姿も消えかけた瞬間だった。その刹那でアイコンタクトが発動、「また俺こんな感じ?」と通路へ消えていく瞳が悲しげに訴えていた。ドンマイとだけ告げて視線を横へとスライド。当然のようにスッと米太郎のいた席に座る火祭。こちらを振り向いて、にへらぁとだらしなく蕩けた笑みを浮かべている。俺の隣に座ったことがまるで本当に幸せのように気の抜けたトロンとした笑顔。そんな顔されるとドキッとしてしまうのは仕方ないことだ。ごめん春日、とりあえず謝っておく。
「えへへ、空の旅もよろしくねまー君」
「ん、こちらこそ」
お客様通路できゅうりを食すのはお止めください!とフライトアテンダントのお姉さんが注意している声と親友のチクショー!と叫んでいるのが聞こえたが気にしないスタンスでいくことにした。




